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6.めくるめく恋の時間
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お世話になります ♯6
佐藤の部屋に市井が見舞いに来て、掃除までして帰ったのが昨日の事で、あれからぐっすり眠れた佐藤は翌朝には熱も下がり、まだ喉は痛いものの、いつもどおり出勤することができていた。
(……せっかくの休日を体調不良で寝込んで潰したのに、月曜にはちゃんと仕事行けるなんて、我ながら社畜が様になってきてんなぁ……)
フロアの窓から差し込む朝日に向かってやけくそで笑って見せたら、眩しさで涙が出そうになった。
「佐藤?」
おはよう、と挨拶もそこそこに、自席に鞄を置いた大夢が心配そうに小走りで駆け寄ってくる。
「なんか目が潤んでるぞ? 具合、まだ悪いのか?」
市井から昨日の佐藤のひどい有様を聞いていた大夢がいつもより優しい対応をしてきたので、佐藤は仔犬を見る目で頭を撫でてやる。
「だいじょぶ、だいじょぶ。社畜にはちょっと太陽が眩しかっただけ……つーか、お前の目の方が潤んでないか? 俺の風邪、うつしたかなぁ」
掠れた声の佐藤に逆に心配されて、思い当たることがあった大夢は真っ赤になってしまった。
「違う違うっ、俺のはただの寝不足で欠伸のし過ぎ。俺のことより佐藤はホントに病人だったんだから、キツかったら仕事振ってくれても……~~って、オイっ、髪の毛ぐしゃぐしゃにするなっ」
大夢はサラサラの直毛なので手ぐしで簡単に戻すことはできるが、一応せっかくセットした髪を朝イチから揉みくちゃにされては、さすがに佐藤の手を掴んで剥がそうと抵抗する。とはいえ身長の高低差が結果の全てだ。
大夢の手をするりとかわし、悪びれもせず黒髪の頭頂部でポフポフと手をバウンドさせながら佐藤は話を続ける。
「まあ体調は、このとおりもうスッカリよ。一人暮らししてから誰かにあんなに心配してもらって世話されたことなんかなかったからなぁ。ほんと市井さんの看病、スゲーわ。八木沢が風邪の時も速攻で治ってたよな。お前もアレしてもらったんだろ? 男同士でもあそこまでされると惚れるわ」
「ぅ、え、ウン!?」
佐藤の手と頭上で戦っていたら突然佐藤から意味深な言葉が出てきて、思わず大夢の声が裏返ってしまった。佐藤が呆れた顔で見てくる。
「何だよ、その相槌。忘れたのか? 市井さんが最初に来た日、お前風邪だったじゃん」
「いや覚えてるしっ」
むしろ忘れられなくて困ってる。
「ってゆーか、佐藤も市井さんにアレしてもらったの!?」
頬を赤く染め、大夢が驚いた表情で聞いているのは紡錘型のアレの件だが、意味が分かっていない佐藤は大夢のつむじを押しながら片眉を上げた。
「あ? 当たり前だろ?」
「当たり前なの!?」
ただの看病話にやけに食いついてくる大夢に佐藤が訝しむ。
「市井さんが来てくれたのは俺を看病する為なんだから、世話してもらって何が悪い……ん? ……あーっ、アレって、アレか!」
市井に出会った当時の事を思い出した佐藤に、大夢は自分がせっかく言葉を濁した部分を職場で佐藤が明るい声で喋り始めるのではと思って慌てる。朝礼前とはいえフロアにはそれなりに人が出入りしている時間だけに、今ここでその話はいただけない。
「わ、わかってくれればもういいからっ」
ワタワタと両手を動かして視線を彷徨わせ、耳まで赤くなっていく大夢の表情と仕草に、佐藤は昨日の市井の言葉を思い出した。
『めちゃくちゃ、可愛いです』
あのイケメンが大夢のことをそう評価していた。
(まぁ……確かに、まぁ……)
あれがどういうレベルの「可愛い」なのかは判断しかねるが、概ね自分と同じ感覚だろうと佐藤は受け取っている。
(懐っこくて、生意気な感じが表情と相まって……たまになんか可愛いんだよなぁ)
急に黙って動かなくなった佐藤の次の言葉を待ち、不安そうにジッと見つめて待っている大夢を見れば、ついつい甘噛みくらいの力でイジめてしまいたくなるのは男の性だろうか。
「アレだろ? 俺が買った座薬……モガァっ!」
公衆の面前でどこまで言うつもりだ、と大夢が実力行使で佐藤の口を手で押さえこむ。
「バカ! バカ佐藤! だいたいお前だって同じこと昨日してもらったんなら、俺たち同類だからなっ」
佐藤の耳に口を寄せて小声の早口でそう告げてくる大夢の表情は真面目そのもので、緊迫感さえあった。
佐藤はきょとんとして至近距離で大夢の真剣な眼差しと目を合わせるが、すぐに大夢の勘違いを理解すると、口を押さえられている為に出せなかった空気を鼻の穴から一気に噴いて腹を抱えた。
「わあぁっ、汚いィィ! 鼻水飛ばされたッ。おもいっきり手にかかった!」
佐藤から飛び退いて、汚染された手を振ることも出来ない大夢が、身体の前方にぷらりと手首を垂らして泣きそうな顔で睨んできたが、自前のハンカチをポケットから出して自分の鼻だけを拭いた佐藤は笑うしかない。
「うははっ、悪い、悪い。だって、だって、お前が俺もケツに挿された仲間だと思ってるから……。ッ……アハハハハッ」
「ち、違うのかよ!?」
「違うに決まってるだろッ。そんな勘違いしてる事にびっくりするわ!」
「だって、さっき!」
「さっき、何よ?」
頬を膨らませた大夢が、恨めしそうに佐藤の言葉を掻い摘んで繰り返して言ってやる。
「市井さんに看病してもらって、アレしてもらった、とか、男同士でもあそこまでされると、とか言うから、だから俺が、佐藤もアレしてもらったのか? って聞いたら、当たり前だ、とか言ったじゃん……」
「ぶははははッ!」
一度緩んだ腹筋は崩壊しやすい。
「そ、それは悪かった……ククッ。お互い勘違いがあったみたいで……アハッ、お前の真剣な顔が……ヒーッ苦しいッ」
佐藤は目に溜まった涙もハンカチで拭いて、努力してなんとか呼吸を落ち着かせる。
「はー。そうだった、思い出したわ。あったよなぁそんなことが……――」
過去の記憶を思い出したついでに、佐藤はまた一つ、昨日の市井の言葉を不意に思い出した。あの時は一体何を言っているのか意味が分からなかった言葉だ。確か、大夢のほくろの場所がどこにあるか、という話だった。
『またぁ、目のだけなんて言って。もっと違う場所、知ってるでしょ』
やけに確信めいた市井の物言いが、大夢の目の横以外にあるほくろの所在を知っていることを裏付けていて、座薬の世話をした市井が必然的に目にする場所と話が結びつく。
「――ッぎゃぁぁ!」
「ッ!? な、何何!? 目の前で突然叫ぶなよっ。びっくりするだろっ」
「っ……、いや、オマ、そこ……ッ」
佐藤の声に驚く大夢を見れば、左目の横にある涙ボクロも視界に入ってきて。
先程まで恥ずかしがって真っ赤になっていた大夢よりも顔を熟れさせた佐藤は、思わずその場にヘナヘナとしゃがみ込んで項垂れてしまった。
「おーい、佐藤? なあ、声も辛そうだし、やっぱまだ風邪なんじゃね?」
両腕で頭を抱えるようにして屈み込んでしまっている佐藤のつむじを、仕返しとばかりに突きながら能天気な声をかけてくる大夢を無視して、佐藤は予想だにしなかった展開に目を回すしかなった。
(マジかよ……。そんなホクロ見ても八木沢のことめちゃくちゃ可愛いって……。市井さんッ、マジのマジかよッ)
佐藤が友人二人の関係について目眩を起こした後、その友人のひとりである大夢は、持ち回りの地域を移動する電車に揺られて睡魔に襲われていた。
昨日は休日出勤とはいえ、気を抜くと市井との出来事を反芻してしまい、仕事にならなかった。気力で頑張ってはみたものの、夕方には早々に仕事を切り上げて、急ぎ足で自宅に向かっている。
なんというか、もう限界だった。
駆け込むように飛び込んだ玄関のドアが閉まると、靴を脱ぐのも煩わしく感じながら足をバタつかせ、手は忙しなくベルトとホックを外してファスナーを下ろす。その数秒の作業が、どんどん呼吸が浅く早くなってきている大夢には実際の時間以上に焦ったく感じさせた。だがそれも、下着から取り出した蒸れた塊を握ってやるまでだった。
「んっ、……ンーッ」
痺れるような快感に喉を震わせ、リビング手前の短い廊下で膝を着くと、もう立ち上がれなかった。
我慢出来ずにその場で気の済むまで握り込んだ右手を上下に振りまくると、目眩がするほど快かった。
「アッ、アッ、……ああッ、ハッ、アァッ」
空いた左手は、朝から疼きっぱなしの胸に当てて、ワイシャツの上から粒を見つけると爪で何度も弾く。両の手が別々の場所で大夢を追い込み、その快感が熱で腫れ上がった先端からとろとろと止めどなく滲み出ると、零れた透明な液体が大夢の手を汚し、廊下にもポタポタと跡を付けた。クチュクチュと水音を立ててまとわりつく粘りが指に絡まれば絡まるほど、くびれの引っ掛かりを優しく掻けて堪らない。
「うっ、クゥッ……ハァッ、ンッ」
グッと太腿を強張らせて昇りつめ、手のひらで押さえる間も無く廊下に飛び散らせてしまった。
「ハッ、ハァ……ハァ……」
駅から走り続けたことと行為の疲労で、額と背中にドッと吹き出る汗を感じながら大きな呼吸で息を整える。冷たい廊下に撒いた自分のものを暫くぼんやり眺め、億劫に感じながらポケットからハンカチを取り出すと、無言で廊下を拭った。そのまま虚な目でゆっくり立ち上がった大夢は、ずり下がるズボンを片手で持ちながらヨタヨタ歩き、リビングを通り過ぎて寝室のドアを開けた。
そして、そこにある見慣れたベッドを目にしたとたん、吐き出したばかりの欲望が大夢のお腹の底から再び湧き上がってきた。
ほんの数時間前に市井と二人でシワだらけにしたシーツは、家を出る前に市井が取り替えてくれていて、今は歪み無く完璧に整えられている。
ベッドに近づくと、その綺麗な布地に大夢は汚れた右手をついて、そのままシーツを掴んでくしゃりと握りしめた。
「い…市井、さん……」
誰もいない部屋で名前を呼んでみたら、記憶の中の市井の手が、指が、舌が、大夢の身体中に熱を灯した。
『八木沢さまが気持ちよくしてくれるから、じっと出来なくなってきました』
朝、そう言って大夢から主導権を奪った市井は、寝起きの裸体を気怠げに起こして大夢を組み伏せてきた。
あの時と同じような体勢になるように大夢はスーツのままベッドに横になって目を閉じる。
暗い瞼の中で、市井の重く垂れ下がったそれが、大夢のものと重なり合ってきて押し付けられた。それを再現するようにひとりベッドの上で、スーツが汚れるのも厭わず大夢は股間を弄り始める。
市井の唇が、大夢の胸を中心に上半身を啄んできた感覚を思い出すと、今また首筋がゾクゾクして吐息が漏れた。
「あ……あぁっ」
拙い自分の手ではどれも正確に再現出来なくてもどかしい。
「もっと……」
胸の突起を自分で触ったのでは満足出来なくて、大夢は市井の手が弄った記憶をさらに追う。
あの時、市井の右手は大夢の胸を充分堪能した後、ゆっくりと脇腹を伝って更に下りていき、太腿から内腿を撫で回しながら滑り落ちて、袋をふやふやと優しく揉んでるうちに中指の先がきゅっと窄まった場所にたどり着いた。最初は偶然市井の指が当たったのだと思った。だが、いつまでも市井の指先はそこに留まったまま、襞の周りをユラユラと撫でていて、大夢は戸惑いを隠せず市井を伺い見たのだ。その視線を受けて、市井は「痛いことはしません」とだけ言うと、つぷりと指を一本、浅く挿し込んできた。
思わず息を詰め、身を捩って逃げようとした大夢の腰を左手で捕まえた市井が、襞の入り口にある指先から気をそらすために体勢を大夢の足が割り開く形に変えると、腰から滑るように動いた左手が大夢の茎を掴んで扱き始める。大きな手のひらに包まれる強引な愛撫が、大夢の思考をグズグズと簡単に溶かした。
市井の左手が上下運動して大夢の敏感な場所を擦る度、小刻みに喘ぎ声を上げさせられ、いつの間にか伸びた両腕が市井の肩に回っていてしがみ付くしか出来なくなる。その間ずっと、大夢の小さな窄まりの中にあった市井の右手の中指が、襞の入り口の浅いところで抜き差しを繰り返していた。
射精へ追い込む陶酔の中、それでも時折感じるあらぬ場所への違和感に、それをイヤイヤと髪を乱して大夢が恥ずかしがっても、市井は尻から指を抜いてはくれず、左手に追い込まれた大夢が足の爪先に力を入れて吐精しそうになると、左手を茎から離され、再び上半身を翻弄される。
ズキズキと痛いほど脈打つ状態で期待を外された大夢の意識が、お尻から市井を追い出す動きに変わると、市井の左手が胸から茎の先端に戻ってきてまた虐めてくる。そんな攻防が二十分ほど続いて、もうどこに集中すればいいのか分からないくらい気持ち良くされて、早くイかせて欲しいと涙ぐみながら大夢から市井の首や肩にチュ、チュと吸い付いたところで、市井が困ったように降参してきた。
「せっかく二本までいけたけど……難しいですね」
そう呟いた市井は、何かを堪えるように悔しがると、右手を窄まりから漸く抜いてくれた。違和感がなくなってほっとしたのも束の間、大夢の胸へ愛撫が再開し、――それから二人は朝からイチャイチャと身体を弄り合った。
そんな市井の愛撫に浸る大夢が見たのは、普段穏やかな市井の、細められると少し意地悪になる目や、気持ちよさそうに熱い吐息を短く零す唇、それから右手のふやけた中指と人差し指だった。
(指が……)
ベッドの上で今朝の記憶を辿っていた大夢はそっと目を開けると、触り続けていたことで充分にぬらつく右手を眺めてから、そろりと陰嚢の下にある窄まりへ指を伸ばした。
それからゆっくり息を吐いて吸うと、市井の指の感触が残るそこに同じように当てがい、第一関節までをそっと挿入する。
(痛く、ない)
市井に解されていた事と、先走りの滑りも手伝って、気が付けば大夢の指は根元までずぶずぶと埋まっている。
そんなところに指を入れることなど別段気持ち良くはなかったが、これが市井の指だと思うと大夢を堪らなく興奮させた。
「あ……市井さ……指、やぁ……っ」
気がつくと右手の中指をそこに差し込んだまま、左手で自身を夢中で慰めて、呆気なくシーツを汚していた。
我にかえるとなんとも言えないやってしまった感に襲われたが、そのあと風呂上がりに佐藤の様子を伝える市井のメッセージを見たら、寝る前にまたスイッチが入って、夜中まで三度盛ってしまったのだった。
電車の揺れるリズムに微睡みそうになるのを堪えながら、大夢はまたひとつ欠伸を噛み殺す。
(今日が市井さんの来る月曜日だったこと思い出して、あれからシーツを洗濯機に突っ込んだり、汚したスーツやらハンカチやらを風呂場で洗ったり……色々してたら三時過ぎてて……めちゃくちゃ眠い)
また欠伸が出そうになった時、手に持っていた携帯電話に市井からメッセージが届いた。
佐藤の部屋に市井が見舞いに来て、掃除までして帰ったのが昨日の事で、あれからぐっすり眠れた佐藤は翌朝には熱も下がり、まだ喉は痛いものの、いつもどおり出勤することができていた。
(……せっかくの休日を体調不良で寝込んで潰したのに、月曜にはちゃんと仕事行けるなんて、我ながら社畜が様になってきてんなぁ……)
フロアの窓から差し込む朝日に向かってやけくそで笑って見せたら、眩しさで涙が出そうになった。
「佐藤?」
おはよう、と挨拶もそこそこに、自席に鞄を置いた大夢が心配そうに小走りで駆け寄ってくる。
「なんか目が潤んでるぞ? 具合、まだ悪いのか?」
市井から昨日の佐藤のひどい有様を聞いていた大夢がいつもより優しい対応をしてきたので、佐藤は仔犬を見る目で頭を撫でてやる。
「だいじょぶ、だいじょぶ。社畜にはちょっと太陽が眩しかっただけ……つーか、お前の目の方が潤んでないか? 俺の風邪、うつしたかなぁ」
掠れた声の佐藤に逆に心配されて、思い当たることがあった大夢は真っ赤になってしまった。
「違う違うっ、俺のはただの寝不足で欠伸のし過ぎ。俺のことより佐藤はホントに病人だったんだから、キツかったら仕事振ってくれても……~~って、オイっ、髪の毛ぐしゃぐしゃにするなっ」
大夢はサラサラの直毛なので手ぐしで簡単に戻すことはできるが、一応せっかくセットした髪を朝イチから揉みくちゃにされては、さすがに佐藤の手を掴んで剥がそうと抵抗する。とはいえ身長の高低差が結果の全てだ。
大夢の手をするりとかわし、悪びれもせず黒髪の頭頂部でポフポフと手をバウンドさせながら佐藤は話を続ける。
「まあ体調は、このとおりもうスッカリよ。一人暮らししてから誰かにあんなに心配してもらって世話されたことなんかなかったからなぁ。ほんと市井さんの看病、スゲーわ。八木沢が風邪の時も速攻で治ってたよな。お前もアレしてもらったんだろ? 男同士でもあそこまでされると惚れるわ」
「ぅ、え、ウン!?」
佐藤の手と頭上で戦っていたら突然佐藤から意味深な言葉が出てきて、思わず大夢の声が裏返ってしまった。佐藤が呆れた顔で見てくる。
「何だよ、その相槌。忘れたのか? 市井さんが最初に来た日、お前風邪だったじゃん」
「いや覚えてるしっ」
むしろ忘れられなくて困ってる。
「ってゆーか、佐藤も市井さんにアレしてもらったの!?」
頬を赤く染め、大夢が驚いた表情で聞いているのは紡錘型のアレの件だが、意味が分かっていない佐藤は大夢のつむじを押しながら片眉を上げた。
「あ? 当たり前だろ?」
「当たり前なの!?」
ただの看病話にやけに食いついてくる大夢に佐藤が訝しむ。
「市井さんが来てくれたのは俺を看病する為なんだから、世話してもらって何が悪い……ん? ……あーっ、アレって、アレか!」
市井に出会った当時の事を思い出した佐藤に、大夢は自分がせっかく言葉を濁した部分を職場で佐藤が明るい声で喋り始めるのではと思って慌てる。朝礼前とはいえフロアにはそれなりに人が出入りしている時間だけに、今ここでその話はいただけない。
「わ、わかってくれればもういいからっ」
ワタワタと両手を動かして視線を彷徨わせ、耳まで赤くなっていく大夢の表情と仕草に、佐藤は昨日の市井の言葉を思い出した。
『めちゃくちゃ、可愛いです』
あのイケメンが大夢のことをそう評価していた。
(まぁ……確かに、まぁ……)
あれがどういうレベルの「可愛い」なのかは判断しかねるが、概ね自分と同じ感覚だろうと佐藤は受け取っている。
(懐っこくて、生意気な感じが表情と相まって……たまになんか可愛いんだよなぁ)
急に黙って動かなくなった佐藤の次の言葉を待ち、不安そうにジッと見つめて待っている大夢を見れば、ついつい甘噛みくらいの力でイジめてしまいたくなるのは男の性だろうか。
「アレだろ? 俺が買った座薬……モガァっ!」
公衆の面前でどこまで言うつもりだ、と大夢が実力行使で佐藤の口を手で押さえこむ。
「バカ! バカ佐藤! だいたいお前だって同じこと昨日してもらったんなら、俺たち同類だからなっ」
佐藤の耳に口を寄せて小声の早口でそう告げてくる大夢の表情は真面目そのもので、緊迫感さえあった。
佐藤はきょとんとして至近距離で大夢の真剣な眼差しと目を合わせるが、すぐに大夢の勘違いを理解すると、口を押さえられている為に出せなかった空気を鼻の穴から一気に噴いて腹を抱えた。
「わあぁっ、汚いィィ! 鼻水飛ばされたッ。おもいっきり手にかかった!」
佐藤から飛び退いて、汚染された手を振ることも出来ない大夢が、身体の前方にぷらりと手首を垂らして泣きそうな顔で睨んできたが、自前のハンカチをポケットから出して自分の鼻だけを拭いた佐藤は笑うしかない。
「うははっ、悪い、悪い。だって、だって、お前が俺もケツに挿された仲間だと思ってるから……。ッ……アハハハハッ」
「ち、違うのかよ!?」
「違うに決まってるだろッ。そんな勘違いしてる事にびっくりするわ!」
「だって、さっき!」
「さっき、何よ?」
頬を膨らませた大夢が、恨めしそうに佐藤の言葉を掻い摘んで繰り返して言ってやる。
「市井さんに看病してもらって、アレしてもらった、とか、男同士でもあそこまでされると、とか言うから、だから俺が、佐藤もアレしてもらったのか? って聞いたら、当たり前だ、とか言ったじゃん……」
「ぶははははッ!」
一度緩んだ腹筋は崩壊しやすい。
「そ、それは悪かった……ククッ。お互い勘違いがあったみたいで……アハッ、お前の真剣な顔が……ヒーッ苦しいッ」
佐藤は目に溜まった涙もハンカチで拭いて、努力してなんとか呼吸を落ち着かせる。
「はー。そうだった、思い出したわ。あったよなぁそんなことが……――」
過去の記憶を思い出したついでに、佐藤はまた一つ、昨日の市井の言葉を不意に思い出した。あの時は一体何を言っているのか意味が分からなかった言葉だ。確か、大夢のほくろの場所がどこにあるか、という話だった。
『またぁ、目のだけなんて言って。もっと違う場所、知ってるでしょ』
やけに確信めいた市井の物言いが、大夢の目の横以外にあるほくろの所在を知っていることを裏付けていて、座薬の世話をした市井が必然的に目にする場所と話が結びつく。
「――ッぎゃぁぁ!」
「ッ!? な、何何!? 目の前で突然叫ぶなよっ。びっくりするだろっ」
「っ……、いや、オマ、そこ……ッ」
佐藤の声に驚く大夢を見れば、左目の横にある涙ボクロも視界に入ってきて。
先程まで恥ずかしがって真っ赤になっていた大夢よりも顔を熟れさせた佐藤は、思わずその場にヘナヘナとしゃがみ込んで項垂れてしまった。
「おーい、佐藤? なあ、声も辛そうだし、やっぱまだ風邪なんじゃね?」
両腕で頭を抱えるようにして屈み込んでしまっている佐藤のつむじを、仕返しとばかりに突きながら能天気な声をかけてくる大夢を無視して、佐藤は予想だにしなかった展開に目を回すしかなった。
(マジかよ……。そんなホクロ見ても八木沢のことめちゃくちゃ可愛いって……。市井さんッ、マジのマジかよッ)
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昨日は休日出勤とはいえ、気を抜くと市井との出来事を反芻してしまい、仕事にならなかった。気力で頑張ってはみたものの、夕方には早々に仕事を切り上げて、急ぎ足で自宅に向かっている。
なんというか、もう限界だった。
駆け込むように飛び込んだ玄関のドアが閉まると、靴を脱ぐのも煩わしく感じながら足をバタつかせ、手は忙しなくベルトとホックを外してファスナーを下ろす。その数秒の作業が、どんどん呼吸が浅く早くなってきている大夢には実際の時間以上に焦ったく感じさせた。だがそれも、下着から取り出した蒸れた塊を握ってやるまでだった。
「んっ、……ンーッ」
痺れるような快感に喉を震わせ、リビング手前の短い廊下で膝を着くと、もう立ち上がれなかった。
我慢出来ずにその場で気の済むまで握り込んだ右手を上下に振りまくると、目眩がするほど快かった。
「アッ、アッ、……ああッ、ハッ、アァッ」
空いた左手は、朝から疼きっぱなしの胸に当てて、ワイシャツの上から粒を見つけると爪で何度も弾く。両の手が別々の場所で大夢を追い込み、その快感が熱で腫れ上がった先端からとろとろと止めどなく滲み出ると、零れた透明な液体が大夢の手を汚し、廊下にもポタポタと跡を付けた。クチュクチュと水音を立ててまとわりつく粘りが指に絡まれば絡まるほど、くびれの引っ掛かりを優しく掻けて堪らない。
「うっ、クゥッ……ハァッ、ンッ」
グッと太腿を強張らせて昇りつめ、手のひらで押さえる間も無く廊下に飛び散らせてしまった。
「ハッ、ハァ……ハァ……」
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ベッドに近づくと、その綺麗な布地に大夢は汚れた右手をついて、そのままシーツを掴んでくしゃりと握りしめた。
「い…市井、さん……」
誰もいない部屋で名前を呼んでみたら、記憶の中の市井の手が、指が、舌が、大夢の身体中に熱を灯した。
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朝、そう言って大夢から主導権を奪った市井は、寝起きの裸体を気怠げに起こして大夢を組み伏せてきた。
あの時と同じような体勢になるように大夢はスーツのままベッドに横になって目を閉じる。
暗い瞼の中で、市井の重く垂れ下がったそれが、大夢のものと重なり合ってきて押し付けられた。それを再現するようにひとりベッドの上で、スーツが汚れるのも厭わず大夢は股間を弄り始める。
市井の唇が、大夢の胸を中心に上半身を啄んできた感覚を思い出すと、今また首筋がゾクゾクして吐息が漏れた。
「あ……あぁっ」
拙い自分の手ではどれも正確に再現出来なくてもどかしい。
「もっと……」
胸の突起を自分で触ったのでは満足出来なくて、大夢は市井の手が弄った記憶をさらに追う。
あの時、市井の右手は大夢の胸を充分堪能した後、ゆっくりと脇腹を伝って更に下りていき、太腿から内腿を撫で回しながら滑り落ちて、袋をふやふやと優しく揉んでるうちに中指の先がきゅっと窄まった場所にたどり着いた。最初は偶然市井の指が当たったのだと思った。だが、いつまでも市井の指先はそこに留まったまま、襞の周りをユラユラと撫でていて、大夢は戸惑いを隠せず市井を伺い見たのだ。その視線を受けて、市井は「痛いことはしません」とだけ言うと、つぷりと指を一本、浅く挿し込んできた。
思わず息を詰め、身を捩って逃げようとした大夢の腰を左手で捕まえた市井が、襞の入り口にある指先から気をそらすために体勢を大夢の足が割り開く形に変えると、腰から滑るように動いた左手が大夢の茎を掴んで扱き始める。大きな手のひらに包まれる強引な愛撫が、大夢の思考をグズグズと簡単に溶かした。
市井の左手が上下運動して大夢の敏感な場所を擦る度、小刻みに喘ぎ声を上げさせられ、いつの間にか伸びた両腕が市井の肩に回っていてしがみ付くしか出来なくなる。その間ずっと、大夢の小さな窄まりの中にあった市井の右手の中指が、襞の入り口の浅いところで抜き差しを繰り返していた。
射精へ追い込む陶酔の中、それでも時折感じるあらぬ場所への違和感に、それをイヤイヤと髪を乱して大夢が恥ずかしがっても、市井は尻から指を抜いてはくれず、左手に追い込まれた大夢が足の爪先に力を入れて吐精しそうになると、左手を茎から離され、再び上半身を翻弄される。
ズキズキと痛いほど脈打つ状態で期待を外された大夢の意識が、お尻から市井を追い出す動きに変わると、市井の左手が胸から茎の先端に戻ってきてまた虐めてくる。そんな攻防が二十分ほど続いて、もうどこに集中すればいいのか分からないくらい気持ち良くされて、早くイかせて欲しいと涙ぐみながら大夢から市井の首や肩にチュ、チュと吸い付いたところで、市井が困ったように降参してきた。
「せっかく二本までいけたけど……難しいですね」
そう呟いた市井は、何かを堪えるように悔しがると、右手を窄まりから漸く抜いてくれた。違和感がなくなってほっとしたのも束の間、大夢の胸へ愛撫が再開し、――それから二人は朝からイチャイチャと身体を弄り合った。
そんな市井の愛撫に浸る大夢が見たのは、普段穏やかな市井の、細められると少し意地悪になる目や、気持ちよさそうに熱い吐息を短く零す唇、それから右手のふやけた中指と人差し指だった。
(指が……)
ベッドの上で今朝の記憶を辿っていた大夢はそっと目を開けると、触り続けていたことで充分にぬらつく右手を眺めてから、そろりと陰嚢の下にある窄まりへ指を伸ばした。
それからゆっくり息を吐いて吸うと、市井の指の感触が残るそこに同じように当てがい、第一関節までをそっと挿入する。
(痛く、ない)
市井に解されていた事と、先走りの滑りも手伝って、気が付けば大夢の指は根元までずぶずぶと埋まっている。
そんなところに指を入れることなど別段気持ち良くはなかったが、これが市井の指だと思うと大夢を堪らなく興奮させた。
「あ……市井さ……指、やぁ……っ」
気がつくと右手の中指をそこに差し込んだまま、左手で自身を夢中で慰めて、呆気なくシーツを汚していた。
我にかえるとなんとも言えないやってしまった感に襲われたが、そのあと風呂上がりに佐藤の様子を伝える市井のメッセージを見たら、寝る前にまたスイッチが入って、夜中まで三度盛ってしまったのだった。
電車の揺れるリズムに微睡みそうになるのを堪えながら、大夢はまたひとつ欠伸を噛み殺す。
(今日が市井さんの来る月曜日だったこと思い出して、あれからシーツを洗濯機に突っ込んだり、汚したスーツやらハンカチやらを風呂場で洗ったり……色々してたら三時過ぎてて……めちゃくちゃ眠い)
また欠伸が出そうになった時、手に持っていた携帯電話に市井からメッセージが届いた。
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ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
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個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
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鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
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久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
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