お世話になります ~仕事先で男の乳首を開発してしまいました~

餅月ぺたこ

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5.二人きりの一夜

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 二月の遅い日の出から一時間もすれば、カーテンの隙間から部屋の中へ朝日が差し込んでくる。

 よく晴れた日だった。

 冬の弱い、ただ明るいだけの光が、ベッドですやすやと寝息をたてていた大夢の顔を照らしていた。

「ん……」

 眩しさに眉を寄せてから、そっと瞼を開ける。なんだか久しぶりによく眠れた気がした。

 それから数秒。

 大夢は両目をこれでもかと見開き、瞬きも忘れて目の前を凝視すると、寝起きの頭で理解が出来ない現状に、思考と身体をフリーズさせていた。

 目の前に、朝日に照らされ光り輝いている裸のイケメンがいる。

「えっ、えっ……眩しっ、……えっ?」

 どう見ても市井だ。光ってる市井だ。

「えっ、カッコいい。……いやっ、てゆーか……」

 枕が温かい。

 と思ったら、頬の下に市井の腕がある。

(腕!? なっ……なんで……市井さんの横で俺が寝てて……なんで裸の市井さんが俺のベッドで寝てるの……)

 見たままの状態を確認した途端、意識の覚醒と昨夜の出来事を次々と、瞬発的に、頭の中であれこれしっかり思い出した。

(ゆ、夢じゃ……なかったぁぁッ)

 一気に大夢の全身に赤みがさし、動揺から身じろいでしまったら、布団の中に冷たい空気が入って市井が唸る。

(お、起きちゃう!)

 今起きちゃダメダメ、と大夢がピタッと動きを止めて、息も止める。

 動かない湯たんぽと化した大夢は、当然のように暖を求めた市井に引き寄せ抱きしめられた。

(うっ、うぁぁあ……っ。近い近い近いっ!)

 頬が市井の胸板にぴったりと当たって、それだけで茹だってしまう。

 人肌を感じれば感じるほど記憶はますます蘇ってしまい、大夢は市井の腕の中でぶり返す恥ずかしさと一人で戦わねばならなかった。

(俺……、あんなやらしいこと初めてしたっ)

 思い出すのは、市井に抱きしめられて煽られるまま、あられもない声を上げて抱き返した自分の行動だ。なりふり構わず腰を捩って、熱い茎の根元から押し上がってくる欲望をぶつけ合い、頭の中が真っ白になった。

(めちゃくちゃ……気持ちよかった……っ)

 二人して貪るように快感を求め、裸で性器を擦り付けあった時間は、思い返しても眩暈がするほどだ。

(あぁっ、こらこらこらっ)

 そんなことを思い出せば、経験値の低い下半身が反応するのは当然で。大夢は慌てて深呼吸を繰り返したが、もともと、ある程度あった朝特有の反り返りが、角度と硬度をじわじわ上げていく。

 息を詰めても止まるわけもなく、ただただ焦っていたら、やはり予想通りの感触に当たったのが分かって、赤面してしまった。

(うわぁぁ、やっぱり全裸だ……ッ! 俺どころか、市井さんもなんも着てないっ)

 昨夜は途中までどう考えてもリビングで食事中だったはずなのに、どうしてこんな状況でベッドに二人で並ぶ朝を迎えることになるのか。

(い、市井さんも……朝だから勃ってて……。うぅ、ばっちり当たり合ってる……)

 スースーと穏やかに寝息をたてている割に、市井のソレはなかなかのものだ。

 大夢の両足は市井の長い足にがっちり挟まれていて、現状、あらぬところが正面衝突で触れ合っていた。布団に遮られて見えないのに、ナニが乾杯の構図よろしくくっ付き合っている様や、相手の大きさと温もりが伝わる布一枚挟まない接触は、どうしても昨日のことを思い出させて居心地が悪い。

(市井さんのが大きいのは十分知っているしっ。生理現象だから、コレはッ)

 とにかく出来るだけこれ以上擦れ合わないように、腰を動かさずジッとするしか対処はないようだ。

(って、無理だよっ。昨日の今日でこんな状況になってて、意識するなってほうが難しいよっ。ジッとしてても勝手にピクピクムクムク動くし……市井さんも大っきいし、あったかいしッ)

 どうにかして一旦落ち着かなければ大惨事の予感しかしない。

(も……こんなときに俺の先っちょ、なんかだんだん濡れてきてるんじゃないかッ?)

 呆気なく裏切る息子を恨めしく思いながら、もう一度スーハーとゆっくり呼吸をすると、とにかくここから抜け出すことが最善だと判断した。そうなると、やはりまずは抱き込まれている市井の手足をどうにかするため、身体を捩らせるしかない。

(男同士だけど肌が当たり合うと……困ったことに気持ちいいなぁ)

 モゾモゾ動くたびにあれこれ触れてしまい、逃げようとしているのに深みにはまっていく気分だ。と、ここで大夢は自分の肌にも市井にも、昨夜の行為で汚れた感覚があまり無いことに気づいた。

(あれ……昨日は俺……)

 市井に乳首を捻られ、思いっきり自分の腹に向かって飛ばした記憶がある。

(いや、誰だってあんなこといきなりされたらビクッてなるしっ)

 あれは不可抗力だ、と赤くなって思わず市井の胸に鼻を埋めてしまう。

(それから、そのあと市井さんが……)

『俺のでドロドロにしてあげる』とかなんとかと、とんでもなく恥ずかしことを大夢に言い、太ももに挟んで真っ赤に腫らせた先端から気持ちよさそうにほとばしらせ、有言実行でぶっかけられた記憶も蘇ったら、そのあと市井の手で大夢のモノを握られしごかれて、市井の撒いた快楽の痕の上に二回目の吐精で白く上塗りした記憶も蘇った。

(って、俺ばっかり掛かってるしっ!)

 合計三回も二人分のどろどろに塗れた熱さの記憶に、大夢の先端がますます喜んでくぷりと汁を浮き上がらせ、体温も再び上がってくる。

(お、落ち着けぇ、俺ェ!)

 起きてから考えることが全て昨日のことで、どれもこれも下半身に直結する刺激になって涙目になってしまう。

(さっきから何度も考えないようにしようとしてるのにッ……いつのまにか話が戻ってるよっ。あぁ……今、俺の頭の中、昨日のことでいっぱい過ぎだぁぁっ)

 うおおぉ、と呻いてみるものの、そこも市井の腕の中で。くたりと市井の胸に額をもたれさせたら、目の前にあった市井の乳首に気づいて赤面し、また呻く。まさに八方塞がりの体になっていた。

(と、とにかくっ。あんなに汚れたはずなのに、なんで俺たち肌がサラサラ……)

 どんなに思い出しても風呂の記憶はなく、睡魔に勝てずリビングの床で寝落ちて今に至っているはずだ。

(ということは……)

 順番は分からないが、市井がベッドまで運ぶことと、身体を拭くことをしてくれたということだろう。

「……ぃ、ッ!」

(いやぁぁぁぁ……ッ!)

 出会ったころの看病と同じ、恥ずかしい世話を再びさせてしまった。

(俺……どこまで世話してもらって……。もう市井さんに、全身見られて触られてるんじゃないのか……)

 そう思えば思うほど、大夢は市井との関係が物心付いてからの人生の中で、誰よりも特殊で、誰よりも自分をさらけ出した相手になっている状況にあることを思い知らされる。

(仕事で家に来てるこんなカッコいい家政夫さんにッ、俺は何させて……っ)

 部屋中を綺麗にしてくれるあの手で、美味しい料理を作ってくれるあの手で。

 出すだけ出して萎んだモノをつまみ上げさせ、股ぐらまで拭かせたのだ。

 その事実が、悶え転げたいほど恥ずかしい。

(お、落ち着けぇぇ! 市井さんがカッコいいのはもともとだしっ、俺にだけ優しい人じゃないしっ。市井さんにとっての俺は、お金を払ってくれるただの客だしっ……)

 混乱を停止させる思考をあれこれ見繕ったのに、自分で結構なショックを受けた。

(お金……払ってるだけ……)

 結局はお金で関係している繋がりでしかないのだということが、どうしても引っかかってしまう。

(市井さんは仕事で好意寄せられるように対応してるんだから、こんな奴が勘違いしてきたら迷惑……だ)

 大夢だって仕事では取引先の担当者に気に入られるように愛想を振りまいている。それは少しでも商談を円滑に進める手段であり、決して恋愛感情からなんかではない。

(でもっ……ふざけてこんなことまでする人じゃ……ないしっ)

 真面目で誠実な人柄を知っているからこそ、悪ふざけで男とあんなことはしないと断言できた。ならば、出来心でなく本心で大夢に触れてきたということになる。

 好意を寄せているのは寧ろ市井の方なのだろうか。

 だが以前、市井は女性と付き合ったことがあると言っていたのも事実だ。

(女も……男も……いける人なのか? 俺はそういう目で市井さんに見られてるのか……? だったら俺は……これからどうしたら……)

 今まで考えたこともない立場になっていて、結論なんて「ノー」の一言だ。

 それなのに、抱きしめられている今の距離に胸が苦しい。

(お、俺……恥ずかしいだけで、全然……嫌じゃない……。むしろ、市井さんと……この特別な感じが、嬉しぃ……)

 そこまで考えて、そっと見上げて市井の寝顔を見つめれば、目を閉じていても端整な容姿が今も朝日に照らされ、相変わらずキラキラと光り輝いている。

(あ……あれ……これ、本当にヤバくないか)

 なんだかいつもより大夢の目に映る市井のキラキラ度が増して見える、気がする。

 それに気づくと今度は、自分の心臓の音が急に大きく聴こえてきて、喉と胸がキュッと締められたみたいになって、ますます苦しくなってくる。

(や……だって、市井さん今彼女いないって言ってたし……。だから、ふざけてるとかじゃないなら……市井さんが俺のこと、そういう対象として触れてきたんだって思ったら……なんか……市井さん見てるだけで、俺の気持ちが……変な方向に……ッ)

 疎い身体が、初めての事だらけの快感を与えてくれた相手に錯覚してしまっている。

 自分の単純すぎる思考に呆れもする。

 頭ではそんなこと十分理解している。

 だが、大夢の心音は今やうるさいほど早くなっていて、市井にときめいていくのを止められないのだ。

(や、ダメだろっ。ほんっと、ダメだろコレ!)

 どんどん体温を上げて、顔から鎖骨までの皮膚がみるみる赤く染まっていっていることを自覚すればするほど、昨夜の行為の実感と今の市井に抱きしめられている状況が、恥ずかしくて、嬉しくて、不安で、大切で、ドキドキして――。

 どうしようもなく、大夢の瞳を潤ませた。









 布団の中で、汗ばむほど体温を上げていく大夢の身体を抱きしめていた市井が、その暑さに気怠げな息を一つ零して、そっと目を開けたのは、そんな時だった。

 目覚めたとたん、間近に、困ったような、嬉しそうな、どちらともつかない表情で眉を寄せ、自分をジッと見つめて揺れる、大夢の瞳があった。

 それが後悔や拒絶の類いではないことが、熟れたほど真っ赤な皮膚の色や、恥ずかしそうにきゅっと閉じた唇、何より求めるような熱っぽい眼差しで感じ取れて市井を驚かせる。

(え、可愛い。何? 夢? どういう状況?)

 混乱の最中、表情が一切崩れないのは寝起きだからかイケメンだからか。

 トキメク視線で市井を見つめ、市井の腕枕で横向きになり、こちらを向く大夢の体勢は、肉付きの薄い肩幅をより小さく見せ、裸の華奢さが市井の庇護欲を掻き立てる。

(なんて色気を振りまいて……)

 身体中に燻る熱が、市井の胸をジリジリと焦がすようだ。

「って、いや、八木沢さま、えっ!? 朝!?」

 市井のポーカーフェイスもここまでだった。幸せな余韻を吹き飛ばす現実が、市井を一気に我へ帰らせ驚愕させる。

 そもそもあのまま帰るつもりだったのに、寝落ちた挙句、よりにもよって大夢に先に目覚められているとは。

 ところが、ビクンと身体を硬直させて驚いた市井の振動で陶酔から覚めたように焦点を合わせた大夢は、殴りかかりもせず、挨拶をしてくれた。

「お……おはよう、ございます……」

 明らかに動揺を瞳に浮かべる市井をなじるでもなく、至近距離で瞳を潤ませ見つめてくれる。

「う……可愛ッ、いえ、お……はようございます」

 大夢の表情と視線から真意を読み取り、この状況をなんと説明すればと頭の中で必死になっているのだが、どうも最悪の展開ではないようだ。

 とにかくじっと見つめてくる大夢の視線が心地よくて、にこりと微笑みかえす。

 するとその笑顔だけで大夢は心臓の限界を超えてしまったように、俯いて顔を隠してしまう。

(ベタだけど、そんな反応可愛すぎますっ八木沢さま!)

 こんな朝など佐藤と数えきれないほど迎えただろうと思うのに、大夢の行動は一々が初々しくて、市井をこそばゆい思いにさせる。真っ赤な耳が隠せてないのが可愛かった。

(やっぱり嫌われてない! この八木沢さまの反応は照れてるだけだっ)

 市井も恋人とベッドで迎える朝は幾度か経験していたが、それは相手も自分に好意を寄せていて、望まれて抱いた関係であったことばかりだ。恋人でもない片想いの相手と、なし崩し感も否めない展開で昨夜は二人で溶け合い昇りつめた。それを否定されなかったことに、とにかく安堵する。こんな朝は人生初の経験だった。

(ほんと朝から可愛いなぁ。この人、一日中可愛いんじゃないか?)

 市井の大夢に対する感情は、猫可愛がりの一途をたどっている。

 大夢が男相手に芽生えてしまった気持ちに気づき、困惑の只中にいる状況なのに対し、先日それを既に克服した市井は、今の状況をただ楽しむだけだ。

 その心の余裕が人間関係で優劣や上下の関係を生むのかもしれない。それは、肉体関係においても往々にして起こるわけで。

 大夢に嫌われていないと確信した時点で、市井はまた壁を越え、先手を取ることができた。

「あの……、結構当たってますね……?」

 目覚めれば当然気づく、ぶつかり合った男同士の二本のソレに関しても、市井は困った表情をしつつも簡単に言葉にしてしまえる。

「すッ、すみ、ません……っ。もう少ししたら、落ち着くんでっ。それまで……ジッとしてれば……」

「あの、今って何時くらいですか?」

「……え? あ、たぶん八時前くらいだと」

「八木沢さま、今日お仕事は?」

「あの……え……?」

 やはり朝勃ちソコの問題を最初に指摘されてしまったか、と股間を落ち着かせることに全力を向けたいのに、突然時間を聞かれ、その後さらにまた別の質問をされる。

 大夢は市井の思惑を探る間も無く素直に答えてしまった。

「日曜だし、仕事は昼過ぎには行こうかと。あ、その前に佐藤の様子見に行って……ァッ」

「佐藤さん、ですか……」

 風邪気味だという佐藤を片時も忘れない大夢に好感と嫉妬が混ざって、市井の心は余計に少しでも自分との時間を欲しがった。

「あのっ、市井さんっ、そうされると……ッ、俺、マズイから……ぁ、は、離れてッ」

 もともと無いに等しい二人の距離をさらに詰めて、市井は閉じ込めるようにギュッと大夢を抱きしめる。市井の両足に絡まるように足を挟まれていた大夢は未だ慣れない性器同士の密着に、身体が簡単に悦んでしまう。

「あのっ、市井さんが、汚れちゃう……っ」

「……ほんとだ。朝からこんなに先走りが出てたんですね」

「う、言わない……で、えっ、ちょっと」

 太ももを動かして、市井がわざと大夢の先端にスリスリと刺激を与えてきて吐息を零させてくる。

「あっ……んぅっ、やぁッ」

 大夢の体液で濡れた太ももが、お返しのように大夢に塗り返してきた。

「んっ、んっ、んんっ」

 市井の腕の中で大夢の吐息に熱がこもりだすと、我慢できなくなった腰が動き出したそうに、小さなお尻を震えさせているのが触れ合っていた肌でわかって、市井は唾を飲み込んだ。

「昨日みたいに気持ちいいように動いてください。八木沢さまが動くと、俺が気持ちいいですから」

 大夢の羞恥心をやわらげるように、自分のために動いてくれと市井が強請る。

 戸惑っていた大夢だが、自分の動きを待っている市井の様子を伺うと、おずおずと腰を市井の方へ押し当てた。ゆさゆさと左右に小さく振ると茎の裏側同士が擦れあって、市井がピクンと腰を震わせるのがわかった。そっと市井の表情を覗き込み、両目を瞑って気持ちよさそうに吐息を零す姿を見て、今度は腰からお尻全体を振るように裏筋を上下に擦れ合うよう動かすと、大夢自身が堪らなくなって市井に甘えるような腰つきで何度も押し付け始める。

 しばらく繰り返して互いの呼吸が早くなっていけば、茎も硬く、熱を帯びる。

 もっともっとと、欲しがる身体にグっと力を入れて堪えた大夢が、胸元から市井を見上げた。

「あ……市井、さん、気持ち、い?」

 市井に強請られて動いている前提を忘れず、蕩けた顔で尋ねられて、市井のハートがキュッと締め付けられた。

「はい……。たまんないです」

 市井は微笑むと、腕枕をしていた腕を曲げて優しく大夢の髪を撫でる。

 市井の作る甘い空気に大夢は恥ずかしがって目を伏せたが、素直に同調してくれた。

「……俺も」

 腰をくねらせ続ける大夢の疎い動きもさることながら、熟れる表情は本当に市井をたまらなくさせた。

(股間も視覚もヤバいですっ、八木沢さま!)

 文字通り、食べちゃいたい。

 自分と二つほどしか歳の違わない同性に、これほどまでのめり込むことになるとは。

(好きになるって、すごいなぁ)

 ここまでの仲に進んでしまえている奇跡に感謝しつつ、市井はそろそろ主導権を返してもらおうと、モゾリと体勢を動かすと、優しい声で囁いた。

「八木沢さまが気持ちよくしてくれるから、じっと出来なくなってきました」









 日曜日の昼過ぎにスーツを着て、会社でパソコンと向かい合っているいつも通りの自分姿は、夢でも見ているような気分だった。

 あの後シャワーを浴びたのに、シャツの下で胸の飾りが未だにジンジンと疼いている。

(昨日だって散々触ってたのに……。朝から、あ……あんなに舐めまわさなくても……ッ)

 フロアに同僚も数人いたが、気怠げな表情で出社してきた大夢に気づくはずもなく、しばらく普通に仕事をしていて、今突然机に突っ伏した大夢を見ても、休日出勤に疲れを見せた程度に見えただろう。

 まさか、ちっぽけな突起に飽くなき執着を見せ、もうソコへの刺激なしには満足出来なくなり始めている身体に仕込んだ男の指と舌を思い返して自爆しているなんて誰も思わない。

(俺の市井さんへのこの気持ちって、快楽の好きなのか?! )

 高校大学時代も気になる女子が側にくれば当然ドキドキ感だって経験した。それだってエッチなこと抜きの、仏のような思考であるわけもないわけで。

(え? 俺普通だよな? 好きって気持ちにエロいこと込みでもおかしくないよな? それともみんなやらしいこと抜きで好きになるの?)

 それだと自分はとんだ淫乱気質ではないのか。

(いや、そりゃあんなの誰でも気持ち良くなるよっ。市井さん、すごいすごいエロいしっ! いつの間にかお尻の方まで触ってくるしッ……やめてって言ってもずっと……うあああッ)

「も……やだ……」

 弱音が零れてしまった大夢に、周りの同僚は勘違いの同情の目を向けてくれている。

 大夢はなかなか消えない熱を持て余しながら、シワのないスーツを捩らせて悶えるしかなかった。

 その市井は、昨夜皺くちゃにしてしまった方の大夢のスーツをクリーニングに出すついでだと、大夢の部屋でシャワーを浴びたあと(もちろん別々にシャワーを浴びた)朝のイチャイチャで遅くなってしまったからと、大夢の代わりに佐藤の見舞いへ行ってくれている。

 大夢の知らない市井情報を佐藤は多々知っていたが、まさか市井も佐藤の住所まで知っている仲だったとは。

 市井が訪ねてきた佐藤はというと、当然万歳して市井を出迎えていた。

 あまりの歓迎ぶりに市井は真綿で首を絞められる思いだったのだが、佐藤は熱でよろけながらも目を潤ませて見舞いに来たのが大夢でなくて良かったと切実に感謝してくれている。

 病気で弱っているかっこ悪いヨレた姿を見せたくないのだろうと、男として察する市井だったが、佐藤に他意はない。本気で、役立たずの大夢でなくて助かったと喜んでいる。

「レドルドのお粥ど、ズポドリじゃないのが食べだいでずぅぅグッ、ゴホッゲホッゲホッ」

 ガラガラの声で『レトルト』と『スポーツドリンク』と必死で発音してせて咳き込みだした姿に、市井は背中を撫でてやる。

「死にかけてるじゃないですか。よく玄関で万歳できましたね。ほら、ベッドに戻って」

「大好ぎ!」

「口先だけにしててくださいね」

 憎めない恋敵にお詫びも込めた訪問のつもりだが、つい先程まで佐藤の恋人を貪っていたのが裏切り感満載で、こんなに喜ばれると自己嫌悪の嵐だ。

(結局、ここに来たのは自己満足なんだよな)

 佐藤とは、雇用関係にある大夢とはまた違う、友人と言ってもいい関係になっているのが更に悩ましい。

 それにしても佐藤邸は想像通りの汚部屋だった。

「市井ざん、なんか喋っで。ずっど一人だっだがら暇で暇で……」

「……寝た方が楽ですよ?」

 一瞬、白状しろと言われたのかと、どきりとさせられた。下ごしらえの合間に部屋を片付けながら、市井はいつかしなければならない懺悔のタイミングが早速もうきたのかと天を仰ぐしかない。

「……そういえば、一昨日、佐藤さんと八木沢さまを街で見かけたんですけど」

「おどどい?」

「ええ。地下鉄の地上口で」

「ぢがでづ……あー。八木沢ど」

「はい。待ち合わせ、ですかね。ちょうど合流したところでした。あのとき、佐藤さんまだこんなに苦しそうじゃなかったですよね」

「んー……だじがに」

 確かに、と言ったようだ。そうして佐藤は暫く熱で重い頭を「うーん」と唸って考える素振りをみせ、パチっと両目を見開いた。

「ぞっが。だがらがわいぐみえだのが」

「え? 何て? 何て言ったんです?」

 濁音が多過ぎて全然聞き取れない。半笑いで市井が聞き返したが、佐藤はホッとしたように笑っている。

「多分、俺、あの時にば熱があっだみだい」

「俺が見かけた時には、すでに熱が?」

 今度はちゃんと聞き取れた。正解だったようで、佐藤はコクコク頷いている。

「だがら、八木沢が可愛ぐ見えで、思わずギューっで」

 自分で言って恥ずかしくなったのか、笑い飛ばす代わりに佐藤は咳き込んだ。

 しかし、市井は真顔で佐藤をたしなめる。

「事実、八木沢さまは可愛いんですから、熱で間違えたみたいに言っちゃ駄目ですよ」

 あまりにも真剣に市井が言うから、佐藤の方が呆気にとられている。

「市井ざん……も、八木沢が可愛ぐ見えるの……?」

 いつのまにか佐藤のベッドの横で正座していた市井が、佐藤の質問に肩をギクリと揺らしたように見えた。そして、観念して、市井は認めた。

「はい……めちゃくちゃ、可愛いです」

「ぞんなに?!」

 そんなに、と言いたかったようだがとにかく驚いているのは分かった。

「さ……佐藤さんこそ、八木沢さまのそういうところ、俺よりよく分かってるかと」

「俺が!? いやいやいやいや、……いやいやいやいや!」

「バレて恥ずかしいからって、そんなに繰り返さなくても。ハハッ」

「いや何で笑っでるの? 俺の事誤解じでない!?」

 熱で苦しんでいるのに、どうやら完全に市井に遊ばれてしまったようだと佐藤は布団に沈み込む。

「やべー……熱上がっでぎだ……」

「八木沢さま効果ですかね」

「ぢがう~」

 何を言っても無駄な気がして、佐藤は最後の悪あがきで言っておく。

「八木沢のばアレだ、目のホグロだげが、魔性なの!」

 以前、市井も大夢のホクロについて色っぽい事は認めていた。だから、これは自分だけではない。そう思って言ったのだが。

「またぁ、目のだけなんて言って。もっと違う場所、知ってるでしょ」

 照れ隠しだと信じて疑わない市井は、困ったように眉を寄せて諭そうとしてくる。

「ブハッ、や、マジで、八木沢のホグロなんで、目の横のじか知らないじっ! 寧ろ、市井ざん、他に何処どこ知っでんのッ!? ぢょ、頭痛いがら、あんまり笑がざないでッ」

 自分の声が頭に響いて、佐藤は殴られたみたいにガンガンする頭を抱えた。が、殴られたみたいになって顔色を失った人物はもう一人いる。

「あれ……市井ざん? どーじだの?」

 まさか、自分の風邪が速攻で感染うつって具合でも悪くなったのかと心配する。

 だが、どうやらそうでは無いらしい。

 そうではないらしいのだが、なんだか市井が大人しくなった。

 鍋の煮えた音に気付いてキッチンへ戻った市井は、看病バージョンの胃に優しい料理を佐藤に食べさせ、その後も何事もなかったように大夢の部屋と同じ要領で綺麗に次々片付けてくれた。

 腹を満たされ、薬を飲んだ佐藤が片付いた部屋の中で眠りに落ちる前に見たのだって、いつも通りの笑顔の市井だった。

 ただ、何となく、心ここに在らずに見えた。





 まだ熱はあるものの、一通りの世話を済ませて佐藤の家を出た市井は、すっかり遅くなった自宅までの夜道を物思いに耽って黙々と歩く。

 その思考は、佐藤の言葉と自分の勘違いの堂々巡りだった。

『や、マジで、八木沢のホグロなんで、目の横のじか知らないじっ! 寧ろ、市井ざん、他に何処知ってんのッ!?』

 大夢の左目の泣きぼくろしか知らないと言った佐藤は、照れ隠しのつもりだったのだろうか。それとも、本当に知らないのだろうか。

(恋人なら、絶対気付くよな。……だって)



 大夢のお尻を見る度に、市井はその襞のすぐ左側に、目元と似たホクロを見てきたのだから。



 大夢らしいお尻で、とても可愛いと思った。

 なんなら、顔をみても、ちょっとエッチな気分にさせられた日もある。

 ホクロが口の横でなかったことが、良かったのか残念なのか、一人で討論したこともある。

(もし、それを知るのが、俺だけなら……)

 今まで市井が、大夢と佐藤の仲を勘繰っていただけなら――。

 以前、大夢は童貞であることと、ファーストキスすらまだだということを自白している。それは、男女どころか、当然、男との関係すら全く経験がなかったということなのだろう。

(じゃあ、俺は何も知らない八木沢さまの身体を……半年かけて、今やあんなに声を上げて悶えるほど開発してきたのか……?)

 仕事で最初に訪問したときの二人の乱れた服から想像したことが市井の勘違いなら、座薬を入れてとお願いしてきた行動も誘い慣れた訳ではなかったのだ。

 座薬を入れた場所は使い込んでいるわけでもなければ、普段もっと大きいものを挿れられてもなかった。

 佐藤ではなく、市井を一番だと言ってくれたのが信じられず、ヤキモチをやいて知らないままにファーストキスを奪い、乳首を弄りまくって散々啼かせてしまった。

 それが原因で乳首が敏感になってシャツ乳首問題が発生したのに、調子に乗って更に開発を進めてしまった。

 メイド服は普段男に抱かれているから可愛く着こなせたわけではなく、着こなせた大夢に素質があっただけだった。

 SMも餅つきも、自分の先入観からエロい想像をしただけだ。

 大夢の記憶不在の時に身体を弄り続けた結果、夢の中で市井に抱かれ始める誤算が生まれ、欲求不満から現実の市井に乳首を触ってと強請ってくるまでに追い込まれ、今や市井から誘えば恥じらいながらも痴態を見せ、その反応の一々で市井を骨抜きにしてしまっている。

(恐るべし、八木沢さまッ)

大夢の開花に感嘆してしまう。

「いやいやいや、そうじゃない。そうじゃないだろ俺ッ」

 思わず夜道で自分を叱る声が出た。

 いつのまにか、知らなかったでは済まされない、取り返しのつかない大規模開発に市井は着手してしまっていたのだ。しかもその開発には、同性に対象を向けてしまった自分も含まれている。

(いや、もう……俺は手遅れだ。だって今朝の八木沢さまの姿思い出すだけでタワーマンション完成するし)

 ナニがタワーなマンションなのかは敢えて説明しないでおく。

 とにかく状況としては、誰のものでもない手付かずの大夢が、突然皿の上に乗って差し出された事に諸手を挙げて喜んでいいはずもなく、大夢の経験の無さを利用して、男の自分に開発されてしまったことをどう説明し、責任をどうとれば許してもらえるのかを市井は考え続けるしかなかった。


……to be continued
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