お世話になります ~仕事先で男の乳首を開発してしまいました~

餅月ぺたこ

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5.二人きりの一夜

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 男の鎖骨の硬さを頬に感じながら、大夢は口から心臓が飛び出そうだった。

(な、な、な……なんだコレっ。なんでッ、なんでだっ?)

 市井と二人きりでいることすら気まずいのに、隣に座って距離を詰めてくるわ、変なドラマを見せるわ、挙句の果てに、先日の件を持ち出すわで、気持ちがどんどん追い込まれたところにこの行動である。

(心臓すごいうるさいしっ、めちゃくちゃ恥ずかしいしっ)

 ここは、腕に渾身の力を入れて突き放すべきなのだろうか。しかし、これよりもっと踏み込んだことを、大夢は市井とすでにやってしまっている。しかも、自慰を手伝ってもらうことを、大夢がお願いしたことになっているのだ。

(どう考えても、俺が市井さんに突き飛ばされることを先にしてるよっ)

 尚且つ、そんな無理難題を、市井は懇切丁寧に叶えてくれたのだ。

 その延長上に今日があるのだから、抱きつかれたくらいで突き飛ばしたら、市井の立場がかわいそうすぎないだろうか。

 とはいえ、あんなことをした相手に抱きつかれたのだから、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

(だって、だって……、だって、市井さん……かっこいいんだもんッ)

 イケメンずるいっ、と言ってやりたかったが、現実の大夢は、真っ赤な顔で市井に抱きしめられて、固まることしか出来ないでいた。

 そんな大夢とは対照的に、男女の違いはあれど場数だけは踏んでいる市井は、この空気をものともしない。

 せっかく抱きしめることが出来たのだから、当然次へ進もうとしている。

 腕の中に閉じ込めた大夢の耳朶へ、唇の先を掠るように何度も当てて、市井はもう一度、名前を呼んだ。

「……八木沢さま」

「――ゃッ」

 くすぐったいような、痺れるような、とにかく耳から首筋あたりの皮膚をゾワリとさせられて、腰を捩った大夢から小さな声が漏れ出る。

「俺と……二人きりは嫌ですか?」

 耳元でボソボソと市井が声を出すたび、その唇が焦れったい接触をしてきて、何度も大夢は息を詰めさせられる。

「今日の八木沢さまは、目も合わせないし、話も聞いてくれてないですよね。俺といるのは……そんなに嫌なんでしょうか」

 もちろん大夢の行動が、市井を嫌うものではないと分かっての質問だが、ちょっと悲しげに言ってみた。

 市井の思惑通り、大夢は市井の胸に額を擦り付けて、慌てたように首を横に振ってくれる。

「ち、違……。俺、市井さんが嫌じゃ、なくて……」

「なくて?」

「やっ……、あのっ、耳ッ、唇が当たってくすぐった……ンッ」

 たまたま偶然に唇が掠ってきているのだと思おうとしていたのに、大夢が喋っていても耳を啄ばんでこられると、もうさすがにエッチな雰囲気を作ろうとしている市井の意図が大夢にも伝わる。ただ、意図が分かっても、どうすることが正解なのか、大夢にはやっぱり分からなかった。

「んっ……、んンっ、市ぃ、さ……ッ」

 煽って誘う啄ばみを続けながら、市井は辛抱強く大夢の様子を伺っていた。

 明らかに常識の枠を超えている二人の状況には、もう気づいただろう。だから大夢の目は、戸惑いを露わにしている。

 それなのに、この状況を理解してもなお突き放さず、むしろ受け入れるように短く甘い吐息を繰り返すだけなのは、恋人への貞操よりも、男に、佐藤に、抱かれ慣れた大夢の身体の方が、これ以上を期待し始めて、目の前の男を受け入れようとしているのだろうか。

(コレ、いきなりルールを守れないんじゃ……)

 今朝方決めたマイ・ルール〝大夢を悲しませない〟という前提で行動するはずだったのに、初日から目の前にニンジンがぶら下がるどころか、食べやすいように茹でて味までつけられた展開になっている。

 時々気持ちいい場所に当たるのか、市井のソフトな唇のタッチに目を細め、眉を切なげに震えさせる大夢からは、強い拒絶の意思はやはり感じられなかった。

(すみません……止められないかも……)

 心の中で先に謝っておくと、市井は大夢を怖がらせて逃がしてしまわないように、少しずつ、しかし確実に、唇を当てがう場所の範囲を広げ始め、大夢のワイシャツのボタンを音も無く外していく。

 耳から首筋にかけて降り注がれる市井の唇の感触と、その唇が次第に立て始めたチュッという小さな音。それが小刻みに何度も触れて鳴るのと同じだけ、大夢の吐息も不規則に乱れさせられる。しばらくは唇だけの接触だったのが、次第に舌も使われ始めると、市井の行動に熱がこもってきたことを、文字通り大夢は肌で感じることになった。

 鎖骨から耳までを舌の広い面でなぞり上げられて、大夢は肩を竦めさせられた。その舐め上げた中で大夢の反応が良かった場所を見つけたのか、市井はその場所ばかりを今度は舌先で徹底的にチロチロ舐め責めてくる。

「や、そこっ……ぅ、んッ、んー……ンンンッ」

 硬くした舌先で掻くように擦り続けたかと思うと、ねっとりと唾液をなすり付けてこられ、ゾクゾクする感覚に思わず顎を上げて首を伸ばしたところで、ヂュッと吸い上げられて、皮膚を食まれた。

「ぁ……っ、はっ、……ぁぁっ」

 市井の腕に抱きしめられて、シャツをはだけさせた大夢は、首筋だけで様々な快感の波があることをたっぷり教えられていく。

 トイレで涎まみれにされた乳首と同じように、何度も何度も市井の唇が当てられ、可愛がられた。

(あ……あの時と同じくらい……市井さんに舐められて、よだれで……ぴちゃぴちゃ……音、聞こえる……)

 乳首に吸い付いてきた市井の唇の記憶も脳裏に呼び起こされて、大夢の下腹部はいよいよ熱を集めることを求めだしている。

(も、首……やだ……ッ。そこじゃ、なくてっ、……俺また、市井さんに、胸……して欲し……)

 足りない刺激に焦れて、瞑っていた目を開けて市井を見たら、大夢の身じろぎに気付いて顔を首筋から離した市井と、バチッと視線がぶつかった。

 いつもより早い呼吸を二人ともがしていて、余計に興奮を高める。

 大夢が目を合わせてきた意味を理解した市井が、優しく尋ねた。

「首だけじゃ焦れったかったですか? それともイイ? ずっと同じこと、続けましょうか?」

 浮かべる笑顔はいつものキラキラスマイルなのに、今日の市井は所々で大夢をいじめる。

(い、市井さん、俺がどこ触って欲しいか……絶対わかってるのに……)

 して欲しいなら、お願いしないとしてくれないのかもしれない。そんな言い草だ。

「……い、いじわる……」

 雰囲気に流されて、市井を責めそうになったとき。ふいに、大夢は昨日の市井のデートを思い出した。

(い、市井さん、彼女いたんだったっ! それなのに俺がお願いしたら、きっと……また、仕事で仕方なくさせてしまうのか……?)

 市井の優しさにつけ込んで、快楽を求めていたことに気づいて、冷や水をかけられたようだった。

「ご、ごめん……なさ……」

 突然、腕に力を入れて、市井の腕の中から逃げ出そうとし始めた大夢に、市井が驚いて引き留める。あんなに甘えた状態から一転どころか、四回転してひねり跳ぶとはどういうことか。

「ど、どうしたんですか?」

 押しのけようとする大夢よりも強い力で抱きかかえ、急に怯えだした態度のわけをとにかく探る。

「何が、ごめんなさいなんですか?」

 市井に肩を押さえ込まれては、力で敵わないことに加え、理由を聞くまで逃してもらえそうにない。逃げ切れないと諦め、大夢は情けない思いで市井の胸に顔を埋めて、素直に謝った。

「市井さん……彼女いるのに、俺は、お金でこんなことさせて……ごめんなさい……って」

「……は? え? ……彼女?」

「も……ぅ、こんなこと、させないんで。無理させて……ほんと、すみません」

 何故突然そんな話になったのかはわからないが、どうやら存在しない彼女を持ち出されて、突如終了しようとしていることは分かった。

(それを言うのは俺の方なのに、なんであなたに言われなきゃ……)

「あの……俺、彼女いませんけど」

「……っ。そんな嘘言わなくても、俺、契約解除とかしませんからっ」

「いや、俺、先月言いましたよね? 五カ月セックスしてないって。あれ、六カ月目に更新されてますよ」

 寝不足がここにきて再び市井をイラつかせて、ため息を吐かせる。だが、大夢だって昨日、市井を見ているのだ。

「青い……コート着た女の人とデート……。昨日、百貨店にいたの……俺、知ってます」

「は? 昨日? 昨日は俺、仕事しか……」

 そこまで答えて、誤解される原因にあっけなく思い当たる。昨日、市井が大夢と佐藤に気づいたのと同じように、大夢も市井の姿に気づいていたのだ。

「あの、お気遣い頂いて大変申し訳ないんですけど。あれは、仕事先のお客様で、完全に八木沢さまの勘違いです。なんでしたら、今度は契約時間中に、八木沢さまとも買い物に出かけましょうか?」

 そこまで説明すると、昨日の状況が大夢にも伝わったようだ。

 早とちりを恥ずかしそうに、小さな声で謝ってきた。

「すみません……」

 そうして、すっかり水を差してしまったことに気づいて、腕の中でしょんぼりと肩を落としてしまう。

(身体……まだ熱くて……続きして欲しい、なんて……)

 男の自分に盛ってくれていた状態を、市井がいつまでも維持してくれるわけがない。当たり前のことを考えれば考えるほど、流れを止めた自分の行動を悔やんでしまう。

(俺に……触ってくれるの……市井さんしかいないから……、俺、おかしくなってるのかな……。市井さんに、すごく、触って欲しい)

 今更どう伝えたら、市井はこの男の身体に興味を持ってくれるのだろうか。

 分からなくて、お願いしたくて、触ってほしくて。大夢は祈るように市井のシャツの袖をそっと摘んで、僅かに頭を市井に凭れさせた。

 そんな大夢の仕草に、市井は身体を硬直させていた。

(や、八木沢、さま……、これっ、俺にほっぺたスリスリして、甘えてきてるっ? 服もなんかちょっと引っ張られてるし、ほらまた! めちゃくちゃ分かりにくいけど、絶対スリスリしてきてる! かわいいッ)

 切れてしまったと思った時間が思いがけず大夢から繋いできてくれて、愛おしさが湧き上がる。身体が硬直するどころか、あらぬところまで硬直する威力だ。

 そっと抱きしめ直して大夢の意図を汲んだことを伝えると、大夢の髪に、まぶたに、頬に、チュ、チュ、と唇を落として、甘く、甘く、誘う。

「俺としては、続き、したいんですけど」

 市井の声ひとつで、一旦落ち着いた呼吸と鼓動が、簡単に早くなった。
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