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4.家政夫、欲求不満の乳首を食べる
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しおりを挟む大夢と佐藤がイルミネーションを見たのは、師走の最初の週末。例年より遅れてきた寒波到来でコートにマフラー、更に手袋が必要な最初の日になった。そうなると佐藤には、何故か手を繋いで寄り添って歩くカップルの姿が妙に多く目に付いた。
仕事帰りの佐藤は白けた表情で視界の端々に入るカップルを見てから、営業先に同行した隣にいる大夢を見た。
今日は手袋を忘れたとかで、大夢は先程から両手を擦り合わせて指先に息を吹きかけて暖を取っている。仮にこれが可愛い女の子なら、その手を取って握ってやり、あったかくなるまで離さないところだ。
「街はカップルで溢れてるのに……なんで……なんで俺の隣にはお前しかいないの? なんで俺はお前と一緒に帰ってんの?」
悔しい思いがつい言葉に出てしまった。
いきなり不満をぶつけられた大夢は、身長差で佐藤を見上げてムッとする。
「あのねぇ……。俺ン家の飯を食うために週三で入り浸ってるからだろ。嫌なら来なくていいよ」
バイバイ、とあっさり背中を向けた大夢に、佐藤は慌てて背中に覆い被さって縋った。
「ごめんなさい、ごめんなさい。美味しいご飯食べたいです。今日もありがとーごちそうさま」
調子のいい佐藤に呆れながらも、大夢は抱きつかれてあったかくなった背中に文句も言えず、大きなカイロを背負ってそのまま歩く。
そして数歩歩いたところで、駅前の広場に出来ていた人垣からワッと歓声が上がる様子に足を止めた。
集まった人だかりは皆一様に携帯のカメラを円の中心に向けている。
『ヤバい』と『可愛い』を連呼して身悶えしている女子高生や、たまたま居合わせた社会人、買い物に来ていた家族連れなど、色々な人たちが注目し興奮していたのは、これから駅前の並木道に灯されるイルミネーションの点灯式に現れた、若手売れっ子女優の登場によるものだった。
「うおっ、ラッキー。双葉サトだ。顔小っさ。細っ」
背後で佐藤も騒ぎ出し、ゴソゴソとポケットから携帯を取り出すとカメラを向け始めた。相変わらず大夢の背中に覆いかぶさったまま離れないのは、きっと佐藤も温かいのだろう。
テレビドラマで聞いた音声そのままの声がマイクを通して広場に響き、一通りイベントをこなして漸く女優の手が点灯ボタンに置かれ、ライトアップに備えて一帯の灯が一斉に消えた。
「それでは五秒前からいきましょう! いいですかー? 五秒前っ! よーんっ、さーんっ……」
司会のマイクに合わせて観客のカウントダウンの声が一つに重なり広場中のテンションが上がってゆく。
「にーっ!」
大夢の耳元で佐藤もストレス発散のように叫んでいる。
「いちー!」
佐藤のテンションの高さに笑いながら大夢も叫んでいた。
「ゼローッ」
次の瞬間、誰もが想像した以上の広範囲を光の模様が包み、降り注ぐ。
冷たい空気を忘れたように光のカーテンを瞳に映した観客が静寂のあと、一斉に歓声を上げた。
「スゲーっ! な、佐藤!」
たまたま通りがかったイベントで思わぬ感動をもらい、思わず感嘆の声を上げた大夢が背後の佐藤に同意を求めて振り向く。
「……おお! マジで、綺麗」
大夢と同様に感動して、佐藤はイルミネーションもカメラに収めていた。
そんな寄り道をしつつ、九時前に帰宅できたが、部屋に市井の姿はもうなかった。
十一月の後半から仕事で土曜日も日付が変わってからの帰宅が続き、市井とは暫く会えていない。今日も帰る時間が分からなかったから連絡せずにいた。だから食事の支度が終わると大夢を待つことなく帰ったのだろう。契約している訪問日に帰宅すれば、こうやっていつも部屋は片付けられ、冷蔵庫の中には小分けにされた食事が用意されている。だから姿は見なくても市井がこの部屋に来ていたのは確かで、そんな気配が嬉しくもあり、寂しくもあった。
佐藤はしっかりとご飯を食べると、明日の仕事の準備があるからと、早々に帰ってしまう。
そんな日の夜に、大夢は久しぶりの夢を見た。
カウントダウンの声に、溢れる光。
我ながら単純だと思ったが、その日あった事をもう夢で見ている。
だが何度見てもそれは綺麗で、夢の中でも大夢はまた感動してしまった。キラキラした視界、背後にいる佐藤。だが、振り返ってみれば、目の前にあったのは市井の顔だった。
――わあ、久しぶりの市井さんだ。
嬉しくて笑顔になった。市井も笑顔を返してくれる。
だが微笑む市井はメイドの格好をしていて、大夢は吹き出してしまった。
どうしてそんな格好で来たのか尋ねると、メイド服が好きだからだ、とカッコイイ表情でキリっと答えたから、また大夢は笑った。
だが、いつのまにか場所は大夢の部屋になっていて、メイド服を着ているのは大夢になり、市井は半裸になっている。
何処かで見たことのある状況になって大夢が混乱していると、市井が大夢に聞いてきた。
『俺のこと、好きですか?』
聞かれた言葉の意味は分かるのに、そんな質問にどう答えればいいのかが分からない。
『優しくすればダメじゃないんですね』
笑って受け流そうとする前に話が進んでいく。低音でボソボソと耳元で囁かれてゾクゾクしてしまった。どうやらこの端正な顔の持ち主は真面目な表情で、しかも半裸で口説いてきているようだ。
何処からか佐藤と自分のカウントダウンの声が聞こえてきて、早く答えなきゃと追い込まれる。
アワアワと返事に戸惑っているその間も、ジリジリと二人の距離を詰めてくる市井。その迫ってくる顔と胸板をどうにかしようと、大夢はオロオロと手を動かしてもがき、なんだか分からないけれどだんだん責められているような気分になってきて、気がつけば一生懸命に謝っていた。
『ご……ごめ、ごめんなさいっ、いつも市井さんに夢の中でエッチなことしてもらってごめんなさいっ。あと、俺っ、乳首で感じてしまうんです。しかも、市井さんのあの、ソレ……をお尻に入れてもらってるかもしれませんっ、こんな男でごめんなさい……、ごめんなさいぃぃ』
市井との淫夢から覚めたあといつも持ってしまっていた罪悪感を、まるで懺悔のように洗いざらい白状して、大夢は市井にごめんなさいと何度も言っていた。
そんな大夢の告白が終わると、市井はキラキラの微笑みを浮かべ、イルミネーションを背景に背負って、まるで大天使のようなアングルで大夢を見下ろすと、『教えてくれてありがとうございます、八木沢さま』そう言って優しく抱きしめてくれた。
そして、いつの間にやら裸になっていた大夢の乳首をいつもと同じように甘やかし、可愛がって、ベッドの上で目が醒めるまでエッチなことを目一杯してくれたのだった。
「――市井さん、……スゴかった……」
翌朝、パジャマのズボンに見事な湿ったテントを張らせた大夢の、その日の第一声がそれだった。
せっかくのロマンチックなイルミネーションも、そのあと見た市井とのめくるめく耽美な夢とワンセットでメモリーとなっていた大夢にとって、佐藤の急に振ってきた思い出話は股間への起爆剤のようなものでしかなく、危うくズボンにシミを作るところだった。
(でもパンツは守れなかった……)
少し滲み出てしまった感覚に内腿を僅かにモジモジさせて、大夢はもう一度はにかんで市井に言った。
「す……スゴかったですっ」
自分で言っておきながら、失敗に気付いて顔が赤くなる。
「俺、ちょっとトイレ行ってきますっ」
「はい。いってらっしゃい」
熱したフライパンで肉を焼き始めた市井に声をかけて、大夢は慌ててトイレに逃げ込んだ。
パタン、と閉めた扉の内側に凭れてズルズルと背中を引きずってしゃがみ込むと、一気に恥ずかしさが爆発する。
(な、何言ってんだよ俺っ。イルミネーションの感想聞かれてるのに、スゴかったって……ッ、完全に市井さんとのイチャイチャの感想を答えてたじゃん! 市井さん絶対変に思ったよっ。だって『それはとても綺麗でスゴかった……。す……スゴかったですっ』って俺言ったもん! ボキャブラリーも無い上に、声が上擦ったのも変態くさいっ)
「っ、ぁぁ……もう、何やってんだよ……」
暫く悶えて呻いていたが、いつまでもトイレにこもっている訳にもいかず、ノロノロと立ち上がるとズボンを下ろし、トイレットペーパーでパンツのシミを擦って応急処置を施す。そして、こっちは触ってくれないのか、といよいよ期待に熱を帯び始めた愚息に「夜まで我慢してね」と言い聞かせなければならなかった。
「……でもスゴかったんだもん……」
トイレから出る前に弱音を吐いてしまったことは許して欲しかった。
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