お世話になります ~仕事先で男の乳首を開発してしまいました~

餅月ぺたこ

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3.とっても気になる男の乳首

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 佐藤は楽しく騒ぐと満足したのか、リビングの床に寝転がって幸せそうにイビキをかいている。

 そういえば十日ほど出張していたと言っていたか。それ程無茶に酒は飲んでいないようだったが、撃沈は早かった。きっと疲れがあったのだろう。

 そう思い、市井は安堵の息をついて、起こさないように小声で確認した。

「やっと……佐藤さん寝てくれましたか」

「みたいですね……。す、すいません市井さん、そんな格好で長々付き合わせて……」

「あはは……」

 メイド姿の市井が愛想笑いでお茶を濁す。

 とりあえず以前の教訓と、大夢のおかしな言動に、これは今回もあぶない、と市井は大夢だけでも泥酔させないように酒を遠ざけた。どうやらそれは成功し、今夜は大夢とまだ普通に会話ができている。

「それにしても……コスプレで接待、ですか」

 営業マンも大変ですね、としみじみ市井が言うと、率先して企画するのは佐藤くらいですよ、と大夢が困ったように眉を下げた。

「佐藤の話では、余興で脛毛ボウボウの男がスカート姿でお酌して回るとウケるそうです」

 そういうわけで男でも着用できる大きなサイズの衣装であるはずなのだが、細身に見えても長身で体格のいい市井では、上腕の生地がパツパツで、背中のファスナーは上がらず、腰あたりから背中や肩が丸出しになっている。

 長い手足、程よい筋肉が付いたしなやかな体躯。それは大夢から見れば、男として羨ましいほどバランスのとれた身体だ。それなのに、佐藤にせがまれてメイド姿になったとたん、滑稽さが強調されるばかりで、何だか真顔で話し掛けられるとやっぱりじわりと笑えてくる。

 大夢は佐藤が言っていた面白さとはこれなのかと、この状況になってやっと共感できた。

 佐藤のいびきに混じってクスクスと聞こえてきた大夢の笑い声に、市井が今更笑わなくてもと、きまり悪そうに半目でビールを啜る。

「ご、ごめんなさい。でも、背中側から見たら、市井さん、裸エプロンみたいになってて、アハハッ」

 慌てて謝るが、効果のない謝罪になってしまった。

「は、裸エプロンて……酷いなぁ」

 拗ねてしまった市井に大夢はもう一度笑う。そんな大夢をジト目で見遣って、市井が愚痴を零した。

「さっき佐藤さんも喜んでましたけど、メイドの仕事なんて、服の違いこそあっても、俺が普段やってる事とほとんど変わらないんですから面白味に欠けるでしょ。こういうのは八木沢さまこそ絶対似合うと思うのに」

 突然向けられた矛先に、大夢が口に含んだビールをゴクンと塊で飲み込む。

「うっ、ええっ。俺ですか!?」

「ええ、そうですっ。そうですよ! 俺なんかよりよっぽど似合いますよ!」

「いや、ちょっとまってください、市井さんっ。アレ……なんで脱いでるんです……着ませんよっ。俺、絶対着ませんから!」

「俺だって絶対嫌だって言ったのに頑張ったんですから、今度は八木沢さまの番です!」

「こ、困りますっ。俺じゃ市井さんみたいに面白くならないしっ」

「なります! 絶対大丈夫! 着ている本人だけが面白くないっていうのは実証済みです!」

「何その説得力!」

 窮屈な洋服からやっと解放された市井が、意気揚々と大夢に衣装を押し付けると、「さぁさぁ」と急かす。

 さっきまで笑いを誘う可笑しなメイド姿だった市井の姿が、半裸になると、引き締まった身体はパンツ姿でも雑誌から抜け出てきたモデルのようで、大夢は視線を逸らして頬を染めた。

 その表情がコスプレへの羞恥心だと思った市井は、楽しそうに付け加える。

「あ、佐藤さんが言ってましたけど、アンダーシャツも脱いでくださいね」

「そっ、その佐藤ルール、ホント意味分かんないっ」

 嘆きながら、大夢はどうしても意識してしまう市井の身体を見ないようにして、しぶしぶシャツを脱いだ。

(どうしてこんなことに……)

 あまり人に自慢できない薄い胸は、市井のそれを見てしまった後では余計に貧弱に見えて恥ずかしい。

 シャツを首から抜くときに乱れた髪を手櫛で戻して、大夢はさっさと服を着てしまうことにする。

 だから、市井が大夢に注視しているなど、主に注視されているのが胸の小さな突起だということなど、自分は他人にしておいても、それが身に降りかかるなど、夢にも思わなかった。

 一方の市井は、目の前で始まった大夢の生着替えに、何事も言ってみるものだなぁと、双子の薄赤い粒を眺めながら感慨深く思う。あの場所に舌を這わし、唇を吸い付け、指で散々虐めた。その生々しく残っている感覚を再び思い出せば、見ているだけで楽し――

(いやいやいや、何考えてんだ)

 イケナイ思考を抑えるため、ビールを一口喉に流し込み、やり直しとばかりに見つめ直す。

 一昨日オカズにした妄想より、ほんの少し濃い赤色だった実物の乳首は、見ているだけで――

(癒される……)

 まさか男の着替えを肴に酒を飲む日が自分に来るとは。

 たっぷり楽しむ時間も無く、すぐに服の下に隠れてしまった可愛いポッチを名残惜しく思いながら、市井はまたグラスに口を付けた。

(今なら、お願いしたらいろいろ聞いてくれたりして)

「あのぁ、膝枕で耳掃除……なぁんて」

「すいません市井さん、後ろのファスナー上げてもらえますか」

「あ、はいはいっ」

「……さっき何か言いかけました?」

「いえいえ」

(あっ……危なかったんじゃないか!? もう少しで職場を失いそうなことをまたしでかすところだったんじゃないか、俺っ)

 市井は怪しまれないように穏やかなスマイルを浮かべる。

 そして、恥ずかしそうに白いエプロンを掛けている大夢の姿を、だらしない表情にならないように奥歯を噛みしめて見つめた。視線は次に足元へ流れる。

「……ボウボウ、ですか?」

 市井の言葉に大夢は、自分の男性的要素の足りなさを自覚するしかなかった。情けなさを通り越して悲しくなってくる毛量だ。

「おっ、俺は……ボウボウじゃないから。だから面白くないって……言ったのに……」

 恥ずかしそうに目元を赤らめて市井を睨み、正座した大夢は短いスカートをできる限り引っ張って足を覆う。

(面白さより……むしろ別の方向に滾りますっ)

 毛深くない脛は言わずもがな、全体的に細い体格にサラリとした黒髪。恥ずかしそうにモジモジしている大夢は、想像以上に着こなしていて違和感がない。

(奇跡……)

 自分が着せられたときは佐藤に殺意も湧いたが、大夢に関してはメイド服を仕入れた佐藤に敬礼を心の中で送ってやった。

(悔しいけど、八木沢さまを使って楽しむことにかけては佐藤さんに一目置いてしまう!)

 さすがだ、と感服している市井は、大夢を使って最大限に楽しんでいるのが自分一人だけだという事実に気づいていない。

「とにかく、それで佐藤が衣装を持ってて、同僚にレンタルしてるんです」

「なるほど」

「だからっ、俺が趣味で持ってたワケじゃないですから。……信じてもらえますか?」

「ええ」

 市井のもう一つの悩みだった、メイド服が何故あったのかという話。それを市井に説明しながら大夢は、先程からずっと自分を見つめてくる市井の視線が気になって落ち着かない。会話が途切れてしまって沈黙が流れると、大夢は伏し目がちに視線を泳がせた。

「な、なにを……見てるんですか?」

 余りに視線を感じて、居た堪れなくて訊ねた大夢に、市井が「ああ」と眉を上げて、それから腰の方を指さしてきた。

「蝶々結び」

「蝶……?」

「ええ。さっき佐藤さんに言われてましたよね。上手くないって」

 歪な形で縦方向に傾いている結び目に、市井がくすりと微笑む。

 市井はいつも持ってきている社名の入った青いエプロンをカバンから出して腰紐を摘まむと、正座した大夢と向かい合うようにあぐらをかいた。大夢の右手を取ってその手首にシュルリと回す。

「市井さん?」

 首を傾げる大夢に市井が甘い声でレクチャーする。

「いいですか、簡単なんで見ててください。こうやって一度縛ったとき……自分から見て手前の紐を輪にして……奥の方を上から掛けるんです。そうしたら……」

「あ……、すごいっ」

「ね、上手く出来るでしょ」

 何故自分を見ているのかと聞かれて、咄嗟に誤魔化すために出したリボンの話題だったが、上手くかわせて市井はホっと胸を撫で下ろした。

 大夢はそんな市井の思惑に何も気づかないまま、市井の結んだリボンを解いて、市井の腕を掴むと、紐を掛け、今教えられたことを繰り返す。

「で、できた! 上手くできましたよ、市井さんっ」

 言われたとおりにしただけなのに思った以上に綺麗に出来て、嬉しさに破顔して市井を見上げたら、紐を結ぶ大夢のつむじを見ていた市井と視線がぶつかった。一瞬、市井の目が見開いて、動きが止まったように思った。

「あ……あの……」

 膝を付き合わせる至近距離に大夢が戸惑って瞳を揺らすと、市井がコクンと一度、喉を上下させる。

「――俺は質問に答えたんで、……次は俺の質問に答えてください」

「えっ……、は、はい……」

 いつもと変わらない市井の丁寧な口調に、大夢は素直に頷いた。

 何を聞いてくるのだろうかと動かずに待っていると、市井は大夢に結ばれた紐の巻きついた左手を伸ばして大夢の右腕を掴んだ。

「い、市井……さん?」

 まるで逃げられないように掴まれているみたいだな、と思ったら、本当に逃げだしたくなる質問をされた。

「乳首が感じるんですか」

 瞬発的に聞かれた意味を理解して、大夢は首まで羞恥に染まった。それなのに、反射のように腕を振り払おうとした大夢の行動などお見通しだというように、市井が右腕を掴む力を強くしてきて動けなかった。

「市井……さ……、は、離し……」

 唇も、そこから出てくる声も震えた。

 ずっと利き腕を渾身の力で動かそうとしているのに、左手でそれを止める市井との力の差に愕然とする。端整な顔にじっと見つめられて、頭を小さく何度も振るのが精一杯だった。逃げることの出来ない状況が、思考する力を奪ったのか、どんどん大夢の頭の中は恥ずかしいという気持ちだけに埋め尽くされていく。

 そのことではもう佐藤にさんざんからかわれたのに。その時には、市井はなだめてくれて、話をメイド服を着る事に逸らしていってくれたのに。だが、あの気遣いの裏ではやっぱり市井も面白おかしく思っていたのか。それなら改めてからかわずに、佐藤と一緒にそのとき笑い飛ばしてくれればよかったのに。

 恥ずかしくて、恥ずかしくて、どんどん目が熱くなってきて、男のくせに視界が滲んできたのは、きっとアルコールのせいだと思った。アルコールが入ると、どうしても感情の起伏が大きくて、簡単に揺さぶられてしまう。男なのだから人前で泣きたいなど思っていないのに、油断させてからこんなに恥ずかしい気持ちに晒されたら、男の沽券はズタボロで、泣きたくもなるというものだ。

「い……いじわる……だっ」

 自分を守ってくれる、絶対の味方だと勘違いしていた。それとも、市井を信用し過ぎた自分が馬鹿なのだろうか。

 未だに動かすことも出来ない押さえられた右腕が悔しい。

「し、失礼っ、ですっ。は……離してくださいっ」

 せめて拒絶を伝えたくて声を荒げたら、弾かれたように市井の表情がみるみる強張っていき、掴まれていた右腕をグンっと強く引っ張られて、勢いよく市井の胸に顔をぶつけた。

 服を着ていなかった市井の肌に頬が直接あたる。ドクドクとうるさく鳴る心臓の音が、ピタリとくっついた大夢の耳に直接聴こえてきて、胸に抱え込まれている状態なのがわかった。

「えっ、何、俺っ……あのっ」

 離れたいと思ったのに逆に密着していて、訳がわからない。それでこんなに心臓がやかましいのかと思ったが、耳に聞こえるその音は間違いなく市井のものだ。

(なっ、何で市井さんがこんなにドキドキしてるんだ!?)

 そのリズムがまるで走ったときのように早くて、触れている肌もしっとりと汗ばんできている。頬が濡れるのは自分の涙だと思っていた大夢は、その汗の量に、市井が急に具合でも悪くなったのかと驚いた。怒っている場合ではないと、慌てて市井の顔を見ようとしたら、ガバっと頭を両腕で羽交い締めにされた。

 胸の中に閉じ込められて、むぐぅ、と呻いたのに、そんな大夢に気づかないのか、市井が必死の声を出してきた。

「す、すみませんっ。泣かないでくださいっ……怒らせるつもりはなかったんです! からかうつもりも……っ。――そのっ、……あまりにも可愛かったんで、一瞬、理性が……、飛びましたっ……すみませんっ」

 すみません、すみません、と何度も年上の市井に謝られて、なんだか大夢の方が意地の悪いことをしてしまった気分になっていく。相変わらず市井の鼓動は早いし、肌は湿っている。市井らしくない一連の行動に、体調がますます気になった。もしかしたら、市井はそう見えなくても泥酔しているのではないかとも考えたが、それにしては体温が低くて、血の気を引かせて謝ってきているのではと思えた。だから、この謝罪が市井の本音であること、そして、自分の発言で大夢に泣くほど嫌な思いをさせてしまったことに後悔していることが伝わってきて、大夢の怒りはもう完全に沈んだどころか、逆に市井を励ます方法を考えている。

「い、市井さん、落ち着いて。俺、もう怒ってないから……。ね、謝らないで……」

 市井に腕を引っ張られた、胸にもたれる体勢のまま市井の背中に腕を回して、トントンと何度か優しく叩く。その声に市井の大夢に巻き付いていた腕が、ほんの少し緩んだ。

 少し動ける隙間が出来て、スカートの裾から出ている素足の膝を前に進めて、市井のそばに寄り、顔を覗き込む。

 市井が泣いて謝っているのかと思ったが、その顔に涙はなく、ただ反省の色は浮かべていた。市井にそっと涙の溜まった目を拭われて、泣いていたのは自分だったことを思い出した。

「……俺のスカート姿、そんなに市井さんをトキメかせましたか?」

 ふふ、と深刻にならないように笑って尋ねた。もう怒ってない、と伝えたかった。

 市井は困ったように大夢を見て、大夢の背中に回していた腕を腰の位置まで下げると、大夢の肩に頭を乗せて、しばらくしてからぽつりと答えた。

「可愛くて……どうにかなりそうでした……」

「そ、そんなに?」

 肩口でボソボソと聞こえてくる市井の声がくすぐったい。市井ほどの男にそこまで言わせるとは。制服の効果恐るべしである。

「市井さんって、結構、その、情熱的なんですね」

 肉体的に飢えているイメージがなかったから、こういう場面に余裕がありそうだったし、男の大夢に向かって衝動的になるなんて予想すらしていなかった。

 再び、すみません、と言ってくる市井に大夢は「もう」と呆れる。

 怒ってないです、と念を押すと、ため息混じりに笑った。

「俺なんかにどうこうなるなんて、これじゃまるで夢の中の市井さんと一緒……――」

 言ってから、跳ねるように肩から顔を浮かせて凝視してくる市井の表情で、大夢は自分がまた失言してしまっている事に気がついた。

「夢の中で、俺に、どうこうされたんですか……?」

「え……いや……」

「俺は何をどうこう……」

 話したくない話に状況が流れ出して、大夢は思わず腰を引いて立ち上がろうとしたが、その腰を市井が両手で押さえてきて逃げられなくなった。

「こ、言葉のあやで……ですね……」

「もしかして……、乳首が敏感で困ってるのって、夢の中で俺に……」

 しどろもどろの言い訳を考えているうちに、市井が真相にどんどん近づいてくる。

「八木沢さま……俺、言いましたよね、今、あなたに、どうにかなりそうだったって……」

「き、聞きました……」

「その俺に、乳首を嬲られた夢を見てるって言うんですか」

「な、なぶるって……もうちょっと言い方……まあ、そうなんですけど」

 もごもごと恥ずかしそうに口ごもる大夢に、市井はギュと眼をつぶると、力強く腰を引き寄せて抱きしめ直した。

「い、市井さんっ」

「男だったら、わかってくださいっ」

 何を分かれと、と言おうとして、それが生理的な現象のことだと、太ももに当たる布越しの市井の硬い熱の塊の感触で嫌でも分からされた。

「え……ま……まさか俺なんかで市井さんがこんなことに……。あの、なんか、申し訳ないです……」

 あのハイスペックな男、あの市井が、何故か居た堪れない状況に陥っていることに、大夢が市井の背中にある手を上へ下へとオロオロすると、「動かないでっ」と怒られた。

「あなたホント状況わかってますか……っ」

 いつもの、八木沢さま、と呼ぶ言いかたも出来ていないことが、市井の切羽詰まった股間事情を大夢に把握させる。

「ト、トイレに行かれますか……?」

 膝立ちで微動だに出来ない大夢が恐る恐る提案した。その言葉にフーッ、フーッ、と早い呼吸を繰り返して耐えている市井が苦しそうに顔を歪ませて情けない顔で笑う。

「ヤバい……、このまま、ここで、めちゃくちゃにしたい……っ」

「誰をっ!?」

 自分しかいないだろっ、と心の中でツッコんだが笑えない。

「そそそ、それはヤバいですねっ、かなりヤバいですよっ」

 それよりももっとヤバいのは、全力で大夢に色気を振りまいてくる市井の視線と表情と息遣いと、体温と、腰に置かれた左手と、お尻の丸みに沿うように動き出している右手だ。そして極め付けが、市井が着衣しているのはパンツだけという、全身から流れる汗の一筋さえ分かるこの状況。グレーのボクサーパンツの盛り上がった場所の一点が濃い色に染みていて、ソレが汗のシミなんかではないことは一目瞭然だった。

(なんだコレっ、なんだコレっ、夢より現実の市井さん、スゴすぎるっ!)

 自分が女の子だったら、きっともうメロメロだっただろう。だが大夢は残念ながら男だ。もっと正確にいうなら、女装している残念な男だ。

「お、俺、どうすれば……っ」

 あまりにも経験がなさ過ぎて、嫌悪感を抱くより、むしろこの状況下の男の心理を察して戸惑うばかりの大夢は、理性を総動員して欲望と戦っている市井をことごとく粉砕していく。

「や……、市井、さんっ、耳にあんまり……息かけないで……んッ」

「ちょ、煽らないでくださいっ。ああもうっ、可愛いっ、可愛いですっ」

 ピクピクと皮膚を震わせて短い声を上げられて、離れようとしていた腕に再び力がこもって、またふりだしに戻ってきてしまった。腰を掴んでいた手をそのまま脇腹を伝って這い上がらせ、親指の腹が胸の飾りを見つけると、市井は堪らず服の上からやわやわと揉み始める。

「か、可愛くなんか……っ、ないィィ。あ、あ、やぁ、そこはダメなッ――」

 生地を挟んだ歯痒い刺激に背筋がゾクゾクして、大夢の腰が跳ねた。

「夢の中でさんざん俺に触らせて、今更ダメとか酷いですよっ」

 やっと触れることができたらダメだと言われ、ついに市井の口から出る言葉が抑止ではなく泣き言になっていた。

 だが、泣きたいのは大夢も同じだ。

「ご、ごめ……なさ、い。アッ、勝手な夢見て……ごめん、なさい……っ。お願い、ソコ、本当におかしくなる、……ですッ」

 僅かな愛撫だけでスカートの上から股間を押さえ込んで、膝を擦り合わせなんとか耐えなければいけなくなっている。一度泣くと泣きかたを覚えるのか、それとも涙腺が弱くなるのか。涙がブワっと瞳に溜まって、ポタポタと音を立てて市井の肌に落ちてしまった。

 もうそのあとは市井が可哀想なくらい狼狽えて、カタチがわかるほどパンツを盛り上げている疼きに耐えながら、大夢に謝り、慰めの言葉をかけ、先にトイレに入れてくれると、大夢がスッキリして部屋に戻ったときには、服もズボンも着ていた。ただ、言葉少なに大夢とすれ違ってトイレに入って行ったから、きっと凄く努力して堪えてくれたのだと、大夢の嫌がることは、やっぱりしない人なのだと改めて思えて、その健気さにちょっと胸をキュウっと甘く締め付けられた。

(なんか……すごく大事にされてる、よな)

 酷い人だと思ったことと、夢の中で絡み合ったことを心の中で謝って、大夢はしばらくしてトイレから出てきた市井の気配に振り向いた。

「あれ……、八木沢さま、まだその服……」

 てっきりトイレにこもっている間に脱いでいるものだと思っていた市井は、気まずいような、嬉しいような複雑な表情を浮かべている。少しでも喜ぶ素ぶりが見えて、大夢は、やはり、という気持ちで笑顔を浮かべた。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「え、……ご主じっ、ぅええっ」

 メイドといえば、という定番のシチュエーションに驚きの声を上げつつニヤけている市井の様子に、大夢は「市井さん、やっぱりメイドコスプレお好きなんですね」と、ただ可笑しそうに笑って見ていたが、実は大夢の部屋で衣装を見つけてからかなり興奮して夜のオカズにしてしまった市井がいることを大夢は知らない。

(すみませんっ、また今夜もお世話になりますっ)

 笑顔で接してくれる大夢に心の中で頭を下げながら、市井は今回の暴走を途中で止めることができた大夢の涙に、泣くほどですか、と甘酸っぱい思いにもなるのであった。


……to be continued
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