お世話になります ~仕事先で男の乳首を開発してしまいました~

餅月ぺたこ

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2.秋の夜長のカオス

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 土曜の夜、七時。

 いつもの契約日に訪問した市井は、まだ仕事から帰宅していない依頼主、八木沢大夢の住むマンションへ合鍵を使って部屋に入り、一人でキッチンに立っていた。来る途中で元気のない声の大夢から連絡が入り、今夜は佐藤が酒を持ってくるから三人で一緒に食べないかという誘いと、夕食はその時つまめるもので用意をしてほしいとのリクエスト。年齢が近いからか、自分の料理を二人が気に入ってくれたからか、土曜日にこうやって三人で食事をするのももう何度目かになってきている。

 大夢の好物ばかりの冷蔵庫を見て、急きょ買い足しにスーパーへ戻り、つまみやすいナッツ類に、カニかまやちくわ等の練り物、佐藤の好きな肉料理の材料等々、予定より多くなったメニューを頭の中で考えながら市井は次々にカゴに入れていった。

 そういう経緯で、今日は掃除もざっとした後はキッチンでずっと料理している。

 炒め終わった野菜を一旦皿に移し、手早くフライパンを洗うと、今度は肉を焼く。それが出来上がると鍋に水をはり、沸くまでの間に別の下ごしらえをし――。

 和洋中の調味料が入り乱れるストッカーを迷いなく掴んで次々に品数を作り上げていく市井の姿は、例えるならテレビのイケメン料理コーナーさながらといったところか。今日も恵まれた容姿をシステムキッチンにだけ無駄に披露している。

 あらかた作り終え、温め直すだけですぐに食べられるように準備をしておく。時計を見れば八時半を少し回ったところだった。

 大夢たちは九時頃帰宅すると言っていたから、まだあと三十分ほど時間がある。

 行儀が悪いとは思ったが、小腹も空いていたので余った食材のちくわを一本だけ食べることにした。

 そして、冷蔵庫のドアポケットにあったマヨネーズに手を伸ばす。赤いキャップを逆さまにして立てておいたが、もう残り僅かなことが一目瞭然だった。

 あとで次のボトルを開けないといけない。

 そう思いながらちくわの端にマヨネーズを出したとき、やはりマヨがブリっと――いやもっと正確に音を表すならブリブリッ、プスッと――音を立てて出てしまった。

 その何とも食欲を削がれる音に、開けていた口を閉じた市井は、じっとちくわの端を見つめる。そして、しばらく穴の周りに付いたマヨを無表情で観察したあと、口にちくわを入れないで、ちくわに指を入れた。

 骨ばった長い人差し指がマヨを潤滑剤にして、ヌポヌポと出たり入ったりをしばらく繰り返す。すり身の細い穴は市井の指が沈むと裂けそうで裂けない状態まで拡がりつつ、キュっと締め付けてきた。

 端正な顔をした男が無言でちくわに指を埋めてフィット感を確かめる光景は、シュールの一言だ。

 どう考えても先日の一件を引きずっている行動なのだから、もうこのちくわは食べられそうもなかった。

 その時、不遇なちくわの人生を救う男が現れた。

「あ、ちくわじゃーん。も~らいっ」

 突然背後から声が掛けられ、驚いた市井が指を引き抜いた途端、パクリと一口で食べ攫われてしまう。

「さ、佐藤さんっ!? え、そのちくわ……っ、食べっ、あぁっ」

 もぐもぐとちくわを頬張る佐藤は、市井の驚いた様子にしたり顔でいるが、市井には「大夢は渡さない」と佐藤に牽制されたように見えて、そんなつもりはなかったんですよっ! と頭の中が言い訳で一杯になった。そして更にそんなつもりがなかったのにそう見えてしまったのが、一見じゃれ合うような佐藤と市井のやりとりだ。佐藤の後ろから見ていた大夢が、ムッとしながら言う。

「ただいま、市井さん」

 予定より早く帰ってきた二人に、市井はあたふたとしながら手を洗った。

「おかえりなさい。早かったですね」

 振り向いた時にはいつもの澄ました顔に戻っていた市井だったが、笑っていない大夢に気付いて、手を拭くのもそこそこに顔を覗き込んだ。

「電話の時も思ったんですが、八木沢さま、また具合でも悪いんですか? その、元気がないようですが……熱はないですね」

 大夢のおでこに、洗ったばかりの冷たい、少し湿った市井の手が優しく触れてきた。

「元気ない……ですか?」

 言われて初めて自分の態度に気づく。

 自分の感情と、間近に迫る市井の整った顔。二つの理由で驚いて見つめていると、市井の方が先に照れて、手が離れる。

「そうですね、いつもよりかは。まあ、病気っていうより、不機嫌って感じでしょうか。八木沢さまはいつも笑顔で帰宅されるので。……仕事で何かありましたか?」

 市井に余計な心配をさせてしまい、大夢は慌てて手を振った。

「い、いえ。仕事はむしろ順調で」

「それはよかったです」

 それならいつまでも立ち話をさせてしまうのも、と市井が大夢から鞄を預かり、手を洗ってくるように洗面台に促す。

 そんな二人を気にも留めず、ちくわを食べ終えたその佐藤はというと、ローテーブルに並ぶ料理に「すげぇ、すげぇ」と連呼して定位置に座っており、早速食べ始める体勢を整えている。そして、持ってきた大きな手提げから自慢げに、茶色い一升瓶を四本取り出し、市井にお披露目するべく並べ始めた。

「市井さんが日本酒好きってこの前言ってたから、色々選んできましたよー」

「すごいっ、こんなに?」

 市井の驚いた顔に佐藤は満足げだ。差し出されるおしぼりを受け取りながらご機嫌で説明する。

「ひとえに俺の人脈あっての格安ルートだから。俺に感謝して呑むように」

「あれは職権乱用っていうんだぞ」

 鼻の穴を膨らませる佐藤に、手を洗って戻って来た大夢が笑って教える。

「違うっつーのっ。営業先の工場長の友達の店っ。このヤロっ」

「ちょ、ピーナッツ投げんなよッ」

「あっ、お前も投げんなっ」

 佐藤と言い合いする様子を見ていると、もういつもの大夢に戻っている。不機嫌の理由が仕事でないなら、佐藤絡みかと市井は思ったが、それは大丈夫そうだ。

「……はいはい、お腹減ってるでしょ。食べますよ」

 テーブルの上を飛ぶピーナッツの数が増えてきたところで、二人のいちゃいちゃを止めるべく、市井が号令をかける。

 はーい、と二人が声を揃えて返事をして、三人で笑いながらグラスに酒を注ぎ合った。

「お疲れさまでーす」

「お疲れッス」

「いただきます」

 乾杯をすると、男三人の酒盛りは、二人の仕事の話やら、市井の派遣先であった出来事の話へと話題を変えたり戻ったりして、今夜もワイワイと盛り上がっていった。

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