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1.社畜、家政夫を雇う
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しおりを挟む「はいはいはい。今開けまーす」
大夢の代打で玄関に向かった佐藤は、家政婦、二十代、というキーワードに足取りも軽く、夢いっぱいの思いでドアを開ける。
「はーいっ、待ってまし――……」
「あ、おはようございます。ハウスキーパー・パンジーの、市井と申します」
佐藤が想像した可愛い笑顔があるはずの場所、そこより、だいぶ上の方から愛想のいい声が降ってきた。家政婦はかなりの長身で――いや、今はそんなことよりも、家政婦の声の低さに佐藤は思考をフリーズさせている。
ギギギギ……と古い洋館の扉を開けるような軋んだ動きで目線を上げた佐藤が、ようやく市井と視線を合わせて更に目を見開く。
「あんたが……二十代の、家政婦……」
「え? ええ、ご契約いただいたハウスキーパーです」
コレを、と首ひもで胸にぶら下げた写真入りのカードを、ニコリと愛想のいい営業スマイルを浮かべた市井が、佐藤の目の前に提示する。
カードに印字された文字は、確かに今さっき見たパンフレットに載っていた社名と一致している。だが、佐藤が聞いた大夢からの話では、イイ感じの出会いがない穴埋めに、二十代の女の子をハウスキーパーに指名したような口ぶりだったはずだ。なのに、目の前に立っているのは、そびえるような長身の男だ。
「あの、八木沢さま?」
玄関口で固まって、なかなか市井を家に入れようとしない佐藤に、市井が困り顔で首を傾げて呼びかけた。その声に佐藤はハッとして「違う違う」と手を振る。
「俺は、八木沢の同僚。で、おたくを呼んだ八木沢は、奥で風邪ひいて寝込んでるの」
家の中を指さして説明した佐藤の言葉に、市井は「そうでしたか」と頷くと、少し考え込むような素振りを見せた。
「あの……、それでしたら今日はどうしましょうか。八木沢さまはキャンセルについて、何か仰ってますか?」
「あー、ええっと……」
佐藤は一瞬口ごもってしまった。大夢は今日やってくる家政婦さんに食事の用意をお願いするつもりでいる。だがそれは、可愛い家政婦さんによる手料理の期待だ。家政夫さんの手料理ではない。
どうやら大夢は二十代の指定はしたが、男女の指定にまで気を配らなかったようだ。
(あいつ風邪ひく前からボケボケだな……)
「えっと、市井さんだっけ。ちょっと待ってて」
玄関に市井を待たせて、とりあえず大夢の失敗を笑ってやろうと佐藤は小走りで部屋に戻ったが、肝心の大夢は佐藤が玄関に行った僅かな時間でもう眠ってしまっていた。
(まぁ、かなり具合悪そうだったしなあ)
熱で頬を赤くした寝入りばなの大夢を起こすことは躊躇われたし、起こしても悲しい現実が待っている。あの家政夫を見たら大夢の熱はまた上がるかもしれない。
(――だが、面白い)
佐藤は今日一番の笑みを浮かべると、大夢を起こさず玄関に戻り「どうぞ~」と市井を我が家のごとく招き入れた。
「あいつ今寝たとこなんで、寝させておきます。二日ほど何も食ってないみたいだから、起きたらすぐに何か食べれるように飯の用意でもしといてください」
それだけ伝えると、佐藤は玄関に置いていた上着と鞄を掴んで、市井と入れ替わるように靴を履く。
「面白そうだからもう少し居たいんですけど、もう仕事行ってきます。八木沢が起きたら帰ったって伝言してもらえます? じゃあ、あとは頼みますね。いやー、月曜に出社する八木沢の顔が楽しみだわ」
一しきり話すと、その早口な説明に言葉も挟めず茫然としている市井を残し、佐藤はあっと言う間に去っていった。
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