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第30話 逆ギレなのかもしれない…。

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 * * * * * * * * *

『セリカちゃんは我が家の誇りね』

 両親にそう言われるのが嬉しかった。

 ロードライト家のセリカ・ロードライト。

 両親のみならず、親戚や周囲の者たちが、皆口を揃えて褒めてくれた。

 セリカは天才だと。

 みんなの誇りだと。

 だからセリカは、みんなが望むように振る舞おうと、幼少期からそれに相応しい態度を周りに見せていた。

 喜んで欲しかったから。
 自分がそうあろうとすると、みんなが嬉しそうにしてくれるから。

 本当のセリカはどちらかといえば気弱で、どちらかといえば臆病な性格をしていてもだ。

 そんな風に期待を寄せられ、頼られ、天才だと呼ばれてきたセリカ・ロードライト。

 その末路が、これだった。



(……私、このまま死ぬのかな)

 押し寄せてきた魔物の群れに吹き飛ばされ、地面に体を叩きつけられたセリカ。全身が痛い。鈍い痛みだ。その痛みも次第に麻痺していく……。
 薄れゆく意識の中、自分の人生はなんだったんだろうと、そんなことを考えた。

 ただ魔力が大きかっただけなのに、天才だと持て囃されて、戦場に駆り出されて。

 その結果が、これ。

 この姿を見れば、一目瞭然だろう。

 どれだけ魔力が大きかろうと、多数の魔物の進軍に飲まれてしまえば、紙切れのように宙を舞い、石ころのように地に落ちる。

 これが周りの期待を裏切らないようにした、セリカ・ロードライトの死に様だ。

(みんなが天才って呼んでた私は、これぐらいの存在よ……)

 ……どう? 天才ってすごい……?

 ボロボロで、スローモーションになった意識の中、セリカは自嘲するように笑った。

 お母様も、お父様も、お爺様も、お婆様も。
 ロードライト家に仕えていたメイドも、執事のセバスティンも。

 みなさま、セリカ・ロードライトは、綺麗に地に墜ちて、その人生の幕を閉じることになりました。

「……ッ」


 ……腹が立った。


 どうして自分が死ななくてはいけないんだろうと、無性にムカついた。


 その瞬間、スローモーションになっていたセリカの思考が瞬く間に加速を始めた。


 その刹那ーー。
 周囲に群がっていた赤いトカゲたちが同時に刻まれた光景があった。

「「「!」」」」

 この場から我先にと逃げていた者たちが、恐ろしいほどの力を感じ、強制的に足を止め、振り返った。

 そして見たのは、敵の魔物の大群が塵のように刻まれて舞い散り、その中で立ち上がる赤い髪の少女の姿だった。

「セリカ……さん?」

 そして次に見たのは、刻まれた数え切れないほどの魔物のその肉体が、蒼い炎に包まれるという驚愕の光景だった。

「ジュリア……さん?」

 ジュリア・ルピナスにも、セリカと同じ変化が訪れていた。

 瑠璃色の髪の少女も、また同じように立ち上がり、王都に押し寄せていた魔物の群れの真っ只中に立っていたのは、セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナスの二人だった。

 しかし、様子がどうもおかしい。

 セリカも。ジュリアも。
 その姿を見ていると、目が痛くなるのだ。
 さらに、二人の姿を見ていると、それだけでなぜかこちらの全身が硬直してしまう気がするのだ。

 まるで、圧倒的な存在に睨まれた時のように……。

 ただただ、絶句して、身動きが取れなくなってしまっていた。

 皆が、その光景に言葉を失っていた。

「い、いけない!」

 そして治癒師ココも、二人の変化と、その光景に言葉を失っていたのだが、いち早くその事態に気づき、どうにかセリカとジュリアの元へと向かうおうとしていた。

「魔物が再生します!」

 さっきの時点で、分裂と独立、そして膨張を繰り返していた赤いトカゲのような魔物。その数は、すでに数百はあった。

 それが先ほど何が起こったのか分からないが、全て刻まれ、青い炎で燃やされたことで、一応は全滅することができたように見えた。

 ……しかし、あろうことか、蒼い炎で燃やされたその魔物の残滓が膨張し、魔物の姿を形成し始めているではないか。

 つまり、さらに魔物の数が増えてしまう。先程の時点で、数百いた魔物は、数千、数万に。かなり細かく刻まれていたせいで、その増殖は止まることを知らない。

 けれど。

「……そんなの知らないわ」

「……増えるのなら、消せばいいだけ」

 セリカがゆったりとした動作で剣を抜く。

 そして、一閃。ただそれだけで、鋭い衝撃が巻き起こり、増殖していた魔物たちがまたもや粉々に刻まれていた。

「……うっ!」

 今度は、ジュリアが余裕のある動作で、杖を空へと掲げた。

 瞬間、蒼い炎が空を埋め尽くし、刻まれた魔物たちが容易く焼却され、うめき声をあげていた。

「す、すごい……」

 その光景に、治癒師ココは思わず息を飲んでいた。

 無数の斬撃と、燃やし尽くす蒼い炎。

 やっているのは、セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナス。

 今の二人は、別格だ。まるで地獄から舞い戻ってきたかのような覇気を纏っているように見える。こんな光景、誰も目にしたことがない。

「さすが、セリカ様だ……」

「ジュリア様の炎……凄まじい」

「やはりこの二人がいれば、王都は安泰だ……」

「「…………」」

 そんな口々に囁かれるその言葉は、セリカとジュリアの耳には届くことはなく。

 今の無表情な二人の中にあるのは、怒りに似た感情だった。


 それは周りへの怒り。

 勝手な期待を、押し付けてきて。

 好き勝手に、言ってくることへの怒り。

 こっちだって、怖いものは怖い。戦いたくなんてない。

 みんな、人任せで、自分勝手だ。

 無責任だ。


 それはブーメラン。
 ……確かに自分も、頼ろうとした人がいたのだから。
 Sランク冒険者クラウディアや、黒龍を倒したあの彼。

 しかし、それはそれだ。

 むしろ、


「「あの男が許せない……」」


 何より許せないのはあの男のことだった。

 以前、黒龍を倒してくれた男。今回、助っ人として自分と一緒に戦ってくれるはずになっていた、あの男。

 ーー『ちょっと周りを見てきてもいいだろうか?』ーー

 そう言ったっきり、結局この場に戻ってこなかったあの男。

 もしかすると、面倒臭くなって、逃げたのかもしれない。自分が彼の立場だったらそうする。王都から逃げて、ここから遠い場所へと避難するだろう。

 それなら、それでいい。

 だって、そもそも、彼は助っ人で力を貸してくれることになっていた立場だったから。

 強制はできない。

 でも、それならそれで。

「「……逃げるのなら、私も一緒に誘って欲しかった……」」

 許せない……。

 一人で逃げたあの男が許せない……。


 許せないッ!


「この戦いが終わったら、覚えてなさい……」

「一人で逃げたことを、後悔させてやる……」

 そうして二人は、未だに増殖していく魔物たちを、切り刻んで燃やしていく。


 研ぎ澄まされたセリカの斬撃と、全てを燃やし尽くすジュリアの青い炎。

 それらがあの男に降りかかる日がやってくるのは、そう遠くはないのかもしれないーー。
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