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第1章
50話 二人の門出
しおりを挟むかくして、山に眠っていた白龍との戦闘が終わった。
そして、
(本当に完敗だわ……。こんなに圧倒されたのはいつ以来かしら? もしかしたら、初めてかもしれないわ)
『『「……ど、ドラゴンの声が聞こえる……」』』
それは白龍との戦闘が終わった後のことだった。
頭の中に耳心地の良い声が聞こえたと思ったら、どうやらそれは目の前にいる白龍から聞こえてきた声のようだった。
白龍は死んではおらず、俺の攻撃を受け終わった後、そのまま何事もなかったかのようにのっそりと起き上がっていた。
(ふふっ、驚かせてごめんなさいね。少しだけあなたの実力を見せてもらうつもりだったのだけど、止めることはできなかったの。怪我はなかったかしら……?)
「は、はい……。一応……」
俺は恐る恐る頷いた。
……まるでさっきまでのが嘘のようだ。
白龍からは敵意のようなものは感じられない。
俺のことを気遣ってくれている節すらある。
「あの、そちらも大丈夫でしたでしょうか……」
(ふふっ。私のことも気遣ってくれるのね。でも平気よ。そもそもあなたは無意識のうちに、力加減をしてくれていたんだもの。そのおかげで、私には鱗一つ傷ついていないわ。白龍相手にそこまでされるなんて、本当に初めてだわ。勝利の証にこれを受け取ってくれると嬉しいわ)
俺の手が光る。
そこに、透明で丸い石が現れた。
(それは龍種に勝った証、龍石よ。あなたの最後の一撃を受けてみて、それに相応しい者だと分かったから是非受け取ってほしいのだけど、いいかしら?)
「いただきます……」
俺が受け取ると白龍が微笑んだように見えた。
そして俺はそれを持ちながら改めて、白龍を見てみる。
白銀色の眩しい、月光のような輝きを伴っている大きな龍。
言葉は通じるし、話してみると静かな龍だった。
そしてその白龍が俺の腕輪の一つ。テトラの腕輪を見ると、その瞬間、腕輪の宝石に宿っていたテトラの姿が隣に出現した。
「私、弾き出された……?」
首を傾げるテトラ。
(初めまして。聖女、テトラ様。私は『月光の白龍』ホワイトムリスタルと申します。あなたのその力が顕現するのを、お待ちしておりました)
「私の、ですか……?」
(はい。それが私の務めですから)
白龍が教えてくれる。
(龍種と聖女は深い繋がりがあるの。聖女が在りし場所に、ドラゴンありと言い伝えられているほどよ。それが私の務めなの)
「つ、務め……」
(ふふっ)
いまいち分かっていない様子のテトラ。
そのテトラの様子を見て、白龍が微笑んだ気がした。
つまり、聖女がいるところに、ドラゴンがいる。
この白龍がここにいるのは、聖女のテトラがここに住んでいたからとのことだった。
「でも、私は、この辺りで生まれたわけではないですよ……?」
(ええ、でもそういうものなの。そもそも、聖女のテトラ様は少し特殊だものね。魔族だし)
「う……っ」
(あの夜、教会から逃げたし)
「う……っ」
(テオくんと生きる道を選んだんだし)
「う……っ」
痛いところを突かれてしまったテトラ。
(ふふっ)
白龍がそんなテトラを見て、また微笑んでいた。
(でも、それもいいと思うわ。だってそれはしょうがないことだもの。だけど、本来ならあなたは聖女の力を高めるために、教会に所属して、この山に来て、私の力を分け与えるための儀式をする必要があったの。それがさっき彼がやってくれたことで、テトラ様も腕輪から彼のことを守っていましたよね)
それが、さっきの白龍との戦闘の理由だったらしい。
白龍が攻撃してきたのは、聖女の儀式のためだったとのことだ。
初めから俺たちの命までを奪うつもりはなく、ただ力を見たかっただけのようだ。
「でも、それなら今回私は何もしてません。……全部、テオがやってくれたのですから」
(構わないわ。テトラ様と彼はすでに繋がっているんだもの。メテオノールくんは必ずテトラ様を守る。腕輪を通じて、テトラ様もそんなメテオノールくんを守る。今回私が見せてもらったのはそれなの)
白龍がそう言ってこっちを向き、
(彼、メテオノールくんには本当に悪いことをしてしまったわ。謝って済むことではないわよね。それでも本当にごめんなさい……)
白龍が改めて頭を下げてくる。
俺は首を振って、それに答えた。
敵じゃないなら、構わない。
(ありがとう。メテオノールくんは本当に素敵ね。彼ならきっと聖女様を守ることができると断言できるわ。だから私も安心してこの力を託すことができる)
その瞬間だった。
白龍から銀色の光が満ちて、それがテトラの中に静かに溶けた。
「あ……っ」
(儀式を終えた証として、聖女テトラ様に【月光龍の加護】を送らせていただきました。同時にメテオノールくんにも腕輪を通じて送らせていただきましたので、それはいつかあなたたちの加護になって、力になれると嬉しいです)
それが、白龍からの贈り物らしい。
各聖女につき、一つずつそういうのがあるとのことだった。
「それでは別の聖女……ソフィアちゃんも受け取ってるのですか……?」
(聖女ソフィア様ね。ええ、彼女は蒼龍の加護を受け取ってると思うわ)
「そうだったのですか……」
(聖女というのは過酷な使命が待ち受けているものなの。あの子もきっと、これから先、大変な運命が待ち受けていると思うわ)
「だから」、と白龍は俺たちの方を見て、
(もしよかったらメテオノールくんもテトラ様も、聖女ソフィア様のことは気にかけてあげてくれると嬉しいわ)
それは優しい口調だった。その言葉に俺たちは頷いた。
ソフィアさんにはすでに何度も助けてもらっている。
もしそういうことがあった場合は、今までの分も返したいと思っている。
「ひとまず、これで私からの話は終わりよ。私はこれからもこの山に住み続けるから、何か用があった時は遊びに来てね」
「うんっ!」
元気に返事をするテトラ
そして白龍は満足そうに頷くと、山の頂上にある巣に帰ろうとする。
でも、俺は慌ててそれを引き止めた。
まだ大事な話が聞けてなかった。
「あの、村に魔物が押し寄せていることなんですけど、なにか知っていることがあれば、教えてほしくて……」
そもそも今回、俺たちがこの山に来た理由はそれだった。
(あ、そうみたいね。それはただ純粋に、本来あるべき姿に戻っただけだと思うの)
「あるべき姿……」
(あの村はメテオノールくんがいたから、今も存続できている。魔物もメテオノールくんがいたから村を襲うことはなくなっていたし、もしメテオノールくんがいなかったら、数年前にすでにあの村は壊滅していると思うわ)
『さすが私のご主人様ね……! 知らず知らずのうちに、村を守ってたなんて……!』
腕輪を通じてコーネリスの声が聞こえて来た。
俺はその腕輪をそっと撫でて、白龍の話に耳を傾ける。
その結果、分かったことは、白龍と村に魔物が襲っていることは関係ないとのことだった。
……だとすると、どうしよう。
あの村に魔物が来ないようにするためには、何か策を考える必要があるということになる。
(あまり自然のことに介入するのはいけないのだけど……いいわ。魔物の動きは私が止めるから任せて)
「「ありがとうございます」」
『キュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル』
請け負ってくれた白龍が、空を見上げ、咆哮をあげる。その耳障りのいい声音が広がり、周辺に響いた。
これで魔物のこともどうにかできるとのことで、全部問題が解決したことになる。
「聖女テトラ様、メテオノールくん。頑張ってね。これから先、何があっても私はあなたたちを見守ってるからね」
「「はい」」
俺たちは白龍にお礼を言う。
そして別れを告げて、白龍が見守ってくれている中、二人で山を降りるのだった。
* * * * *
そしてーー
(メテオノールくんは本当に立派になったわね……)
二人が去ったあと白龍はテトラの隣にいるテオのことを優しい眼差して見送りながら、懐かしい気持ちになり、そんなテオとテトラの門出を祝うように、もう一度耳心地のいい咆哮をあげるのだった。
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