20 / 132
第1章
18話 聖女、ソフィア
しおりを挟む……その時、俺は馬車を見て迷った。
俺にとって一番大事なことは、テトラを守ることだ。
だからこそ、今、こうして魔物に追われるように走ってきている馬車なんて関係なく、距離を取るべきだと思った。
テトラに少しでも危害が加わる可能性があるのなら、馬車は放っておけばいい。そしたら、あの馬車はあのまま魔物の餌食になるだろう。その隙に俺とテトラは逃げて助かるはずだ。
それでなくとも、俺たちはあの馬車とは無関係なのだ。
……それなのに、どうしてもあの夜に触れたテトラの血の感触を思い出してしまい、ためらってしまう。
思い出すのは、人が死ぬ時の感触だ。
それを思い出したところで、なおも強くテトラを失わないようにしたいと思うのに……それなのに、あの時のことが頭に強く浮かんで、馬車を見ていると立ち止まってしまう。
「テオっ。私は宝石に宿って姿を隠すから大丈夫だよっ」
テトラが俺の手を握りながら、穏やかな笑みを浮かべている。
「テオは優しいもんね。そんなテオだから、私ももっと好きになれるの。だからテオが正解だよ? あの馬車をどうにかしよ。今のテオは誰にも負けないぐらい強いから、きっと大丈夫だよっ」
背中を押すようにそう言うと、テトラは俺の頬に口付けを落としてくれた。
そして俺の腕輪の宝石に触れて、宝石に宿った。
そんな俺たちの元に、土煙を上げながら馬車が走ってきていた。
* * * * * *
馬車が走っていた。
遮るものなど何もない草原の中を、ものすごい勢いで駆けていく。
御者台には一人の男の姿がある。
60代程のその男の表情は苦々しげで、彼は背後を気にしていた。そこにはおびただしい数の魔物の群れがおり、現在、その馬車は魔物に襲われている最中だった。
通常、この辺りには魔物の姿はあまり見られない。
だから街を目指すためにそこを通ったのだが、そのような時に限ってトラブルというのは起きてしまう。
ゲーダーリザード。
硬い皮を持ち、獲物と見るやその命を食いちぎるまで襲ってくる魔物だ。
それが一体ならまだしも、現在、数十匹単位の群れで追いかけてくる。
魔物達の狙いは、まず、馬車を引いている馬だろう。
その次が御者を務めている男を食い殺そうとするだろう。
彼一人ならこの場を切り抜けることは可能だ。しかしこの馬車には、彼にとって守らなければならない存在が乗っている。
「おじい様、私がこの力を使えば……」
彼を心配したその彼女は、荷台の中で不安そうな声で告げた。
「なんのこれしき。お嬢様はしっかり掴まっていてください」
「で、ですが……」
彼は少しでも彼女の不安を和らげようと、振り向いてシワの刻まれているその顔に笑みを見せた。
しかし、内心では余裕のない状況だというのも分かっていた。
このままでは馬に負担がかかりすぎる。
さらに馬車の車輪が外れでもしたら、一貫の終わりだ。
頭の中に、自らが戦うという選択肢もあった。そうできるだけの実力を彼は持ち合わせていた。
しかしお嬢様の安全を考えると、それは得策とも言えないのも分かっている。
「おじい様……」
……と、その時だった。
「おじい様……!」
「ええ……これはいけません。この先に誰かおります……」
進行方向にあったのは人影だ。
旅人か、冒険者か、誰かは分からない。
しかしこのままだと、自分たちを追っている魔物をぶつけてしまうことになる。
つまり巻き込んでしまうのだ。
それだけは避けなければいけなかった。
しかし……その時に限って運も悪かった。
「「ぐ……っ」」
ガツンと馬車が大きく揺れた。
地面から別のゲーダーリザードが這い出てきて、それにぶつかった馬車の車輪が損傷したのだ。
「お嬢様……!」
「おじい様……」
馬車が倒れゆく直前、おじい様と呼ばれた男が彼女を抱えて、地に降り立った。
その後、転倒する馬車。おじい様が馬車から離れる際に馬を引いていた紐を切り離していたおかげで、馬も逃げることができていた。
馬車だけが転倒し、地面を削っていた。そして地を揺らす足音が近づいてきて、二人の背後に魔物が迫っていた。
『『『ガッガアアアアアアアア!』』』
ようやく追い詰めたとばかりに、吠える敵。
「お嬢様は離れずに、後ろにいてください」
「おじい様……」
数はどれぐらいいるだろうか……。
ざっと見ても、50はいるだろう。
彼の実力を知っている彼女なのだが、それでもこの状況には苦しい顔をせざるをおえない。
「そのような顔はされないでくださいませ。この命に変えましても、ソフィア様をお守りするのが私の使命です」
「おじい様……」
そのおじい様の横顔には、覚悟が浮かんでいた。
ソフィアは聖女だ。その命は、自分の命がいくつあっても足りないぐらい重いものだ。
しかし、彼女は気が気ではなかった。
(……本来ならこのような時にこそ、私が守護するべきなのに……)
彼女の顔には後悔が浮かんだ。
それでも、制約を破れない自分を恨んだ。
……その時だった。
「スパーク・ブレイク」
「「……っ!?」」
バチィと音がした。
少し遅れて、バチバチバチィ……ッッッ、という音がした。
それを肌で感じた瞬間、プツンと何かが切れた音がして、次に感じたのは轟音だった。
「「……ッ!」」
場に満ちたのは魔力で。
遅れて翡翠色の雷撃が目の前を通過する。
周囲に降り注いだそれが、周りにいた魔物達を数十体まとめて貫いていた。
『『『ガッガアアアアアアアア!』』』
鼻をかすめるのは、焦げ臭い匂い。
それが爆発的な威力を伴い、空気すらも焦がし尽くす。
衝撃で土煙が巻き起こる。その土煙の中に、魔力を手に宿している人物の姿がうっすらと映し出されていた。
揺れるそのシルエットを見た残りの魔物達が、一斉にそちらを向き、飛びかかる。
『『『ガッガアアアアアアアア!』』』
しかし、それは無駄に終わる。
なぜなら、彼の魔法の方が早かったからだ。
「スパーク・ブレイク」
一瞬、目の前が光り、その時にはすでに魔物達は、硬い革をも貫かれていた。
「これはお見事……」
「す、すごいですわ……」
翡翠色の雷撃で、地面にある砂鉄さえも反応し、隆起している。
一瞬で起きた出来事に、二人はただただ感心するばかりで、息をするのも忘れるほどだった。
なにより、土煙の中にいるその人物の姿がほんのわずかに見えた瞬間、彼女の顔が驚きに見開かれる。
(……!! あの方は……!!!)
彼女は彼のことを知っていた。
実際に会ったことはないのだが、あの夜のことをこの目で見ていた。
それはまるで雷に打たれたかのような衝撃で、聖女ソフィアは、まさかこのような形で彼と出会うことになるとは露ほどにも思ってはいなかった。
0
お気に入りに追加
634
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
召喚アラサー女~ 自由に生きています!
マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。
牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子
信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。
初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった
***
異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います
かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
勇者がパーティーを追放されたので、冒険者の街で「助っ人冒険者」を始めたら……勇者だった頃よりも大忙しなのですが!?
シトラス=ライス
ファンタジー
漆黒の勇者ノワールは、突然やってきた国の皇子ブランシュに力の証である聖剣を奪われ、追放を宣言される。
かなり不真面目なメンバーたちも、真面目なノワールが気に入らず、彼の追放に加担していたらしい。
結果ノワールは勇者にも関わらずパーティーを追い出されてしまう。
途方に暮れてたノワールは、放浪の最中にたまたまヨトンヘイム冒険者ギルドの受付嬢の「リゼ」を救出する。
すると彼女から……「とっても強いそこのあなた! 助っ人冒険者になりませんか!?」
特にやることも見つからなかったノワールは、名前を「ノルン」と変え、その誘いを受け、公僕の戦士である「助っ人冒険者」となった。
さすがは元勇者というべきか。
助っ人にも関わらず主役級の大活躍をしたり、久々に食事やお酒を楽しんだり、新人の冒険者の面倒を見たりなどなど…………あれ? 勇者だったころよりも、充実してないか?
一方その頃、勇者になりかわったブランシュは能力の代償と、その強大な力に振り回されているのだった……
*本作は以前連載をしておりました「勇者がパーティーをクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら(かつて助けた村娘と共に)、最初は地元民となんやかんやとあったけど……今は、勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?」のリブート作品になります。
スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!
KeyBow
ファンタジー
日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】
変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。
【アホが見ーる馬のけーつ♪
スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】
はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。
出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!
行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。
悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!
一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる