理系男子の純愛が私を癒すまで～トラウマこじらせ女子の心のほぐし方

２８ゴンドラの中でその１

数年前、フットサルの練習にほとんど毎週通っていた頃、関元さんとトラブル……というより行き違いがあったのだ。
当時は彼からの希望で智くんと呼ばせてもらっていた。
打ち上げの飲み会で、なぜか彼は私を気に入ったらしく、親しく話しかけてきた。
それからすぐに二人で出かけるようになって、その度に気が利くとか一緒にいて楽しいとかそういう褒め言葉をかけられたり、手を繋がれたり頭を撫でられたりして舞い上がってしまった私は、盛大に勘違いしてしまったのだ。
彼女にしてもらえるものだと思い込んで、麻衣にも惚気交じりの相談をして、ついには関元さん本人に直撃した。
「私たち、付き合ってるんだよね」
返ってきたのは、「ごめんね」という断り文句。今まで通り友達でいてねと言われて、涙を呑んで了承した。それだけなら若かったね、と笑い話で終わる。
でもその後、チームの忘年会の席で、お手洗いの帰りに喫煙所の近くを通りかかった時、彼が他のメンバーに話しているのを聞いてしまった。
曰く、「長田優樹は磨けば光るかもしれないけど、服とかメイクとかアドバイスをしてあげても聞かない頑なな子」「主張がなくてつまらないし、俺、向上心ない子ってダメなんだよね」
話に出てきたのは私の名前だけじゃなかった。女子メンバーの品評会みたいなことをしていたんだと思う。飲みの席でのおふざけでも、想いを寄せていた相手からの手ひどい拒絶の言葉は当時の私にはショックだった。
それからひと月もしないうちに、私は転職した。
容姿についてよりも、向上心がないと言われたことが一番堪えていたからかもしれない。傷つきながらもそれだけで終わらせたくない、変わりたいと思った。
それでいわゆる誰にでもできる簡単なお仕事から、専門性を身につけられる特許関係の事務職に転換した。
畑違いの仕事が務まるか不安もあったけれど、人にも恵まれて仕事にやりがいを感じるようになって、結果的に関元さんのお陰で転職は成功したことになる。
それでも自信は戻らなくて、新しい仕事が落ち着くまでお休みさせてもらうはずだったチームの活動を再開できないまま今に至る。
記憶と共に風化しかけていた重苦しい感情までよみがえり、つい顔が俯いてしまう。
物思いを途切れさせたのは、友紀くんの一言だった。
「観覧車に乗ってみない？」
時計表示のついた観覧車は、横浜のランドマークの一つだ。このあたりは何度か訪れていておなじみだけれど、これまで乗ったことはなかった。
「……いいね」
せっかく誘ってもらったし、暗い気分を忘れたくて賛成する。
潮風に吹かれながら歩を進め、観覧車の列に並ぶ。少し待った後、赤色のゴンドラに乗り込んだ。
徐々に高度を上げていくゴンドラは、座面から上は三百六十度すべてガラス張りだ。
足元にはメリーゴーランドやジェットコースターが、遠くに目を向ければ特徴的な形のホテルやかつての貨客船など、みなとみらいの夜景が一望できた。
なんてことのない近くのビルの窓明かりすらもキラキラと光を放って目を楽しませてくれる。
ついさっきまで落ち込んでいたのが嘘のように、いつしかガラスの向こうの景色に見入っていた。
「気に入った？」
「うん。すごく綺麗……！」
語彙力が足りないのはいつものことだと大目に見てほしい。
「写真は撮らなくていいの？」
せっかくの絶景だというのに、友紀くんはカメラを脇に置いてしまっている。
「今はいいんだ」
そう言うと彼は膝の間に両手を組んで、身体を乗り出してきた。
「というより、あんまり外、見れない」
「え、どうして……？」
「高い所、あんまり得意じゃなくて」
それは初めて聞いた。高所恐怖症っていうこと？
「じゃあ、こんなの乗ったらダメだったんじゃ」
「そこまで深刻じゃないから。でも、ちょっと手を握ってくれてたらありがたいかも」
力なく笑みを浮かべる友紀くんの力になりたくて、そっと手を差し伸ばす。
届かないこともないけれど、向かい合わせの座席は少し遠い。
「そっち行ってもいいかな？」
「うん」
ゴンドラを揺らさないようにそうっと立ち上がると彼の隣に席を移した。
「はい、いいよ」
筋張った手の甲に手のひらを重ねると、角度を変えて手を握り込まれる。指同士を絡めるような繋ぎ方だ。私のような頼りない者にも縋りたくなるくらい高い所が苦手なんだ。
「……考えれば考えるほど腹が立ってきた」
「えっ」
怒りを感じるくらい観覧車が嫌いだったなんて。軽率に乗りたいなんて言ってしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。