あなたの姫にはなれないとしても~幼なじみに捧げた求めぬ愛のゆく先は

乃木ハルノ

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十三歳、淡い初恋、片想い

伯父への容疑

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エマは自宅ではなく、父のいる店舗に駆け込んだ。
「父さん、これ……!」
握りしめていた号外を渡そうとするが、同じ物がカウンターの上にあるのが目に入った。父もすでにガジェツァでの出来事を知っているのだと理解して、単刀直入に切り出した。
「伯父さんと伯母さんは無事なの?」
「軍に安否確認の電報を送った。返事を待っているところだ」
「リュシーとテオはどうなるの?」
「手助けが必要になった時はいつでも頼ってほしいと連絡しておいた」
父の口から聞かされたのは知りたいことへの直接的な答えではなく、エマはもどかしさを感じていた。
この前、心配するなって言ったのに。状況が悪くなっている焦りと苛立ちで、八つ当たりめいた刺々しい気持ちに胸を覆われる。
けれどここで父を責めても何の解決にもならないということはエマにもわかっていた。
唇をぐっと噛みしめて葛藤と戦っていると、温かな手のひらに背中をそっと撫でられる。
「ひとまず続報を待とう」
「うん……」
穏やかにエマを諭しながら、父は二組の号外をたたみ直す。しかしなかなかうまくいかず、不格好な折り目をいくつも作っている。いつもは薬包紙を寸分たがわぬ正確さで折るはずなのに。
冷静を装っているが、父も不安なのだろう。
困らせてはいけないとそれ以上の言葉を飲み込み、エマはその場を後にした。

数日後、家族で朝食を摂っている最中にけたたましいノック音が鳴り響いた。
父が扉を開けると、その向こうには屈強な男性を数名引き連れた四十がらみの男性が立っていた。
「エミリオ・ヘイウッド大尉の関係者だな」
「ええ、エミリオは私の兄ですが……」
早朝訪れたことへの気遣いもなしに用件を告げる相手に、父は困惑の表情を浮かべた。
「ヘイウッド大尉について確認したいことがある」
黒づくめの軍服にたくさんついた記章を見せつけるように胸を張り、高圧的に告げた。
「待ってください、兄は戦地にいるのでは?確認とはどういったことですか」
「質問に答える気はない。我々と来るんだ」
後ろに控えていた兵卒が進み出て、父の腕を捕らえたかと思うとそのまま外に連れ出そうとする。
「あなた……!」
追いすがろうとする母を父の左側にいる兵士が制した。
「奥方と子どもたちは戻っていい。しかし、街を離れることは許さない」
要求するだけして、士官は踵を返す。
「フィオナ、子ども達を頼む。私は大丈夫だから、心配せずに待っていなさい」
突然の闖入者は父を引きずるようにして軍用馬車に乗せる。残されたヘイウッド家の母子は走り去る馬車を呆然と見送るしかできなかった。
降ってわいたような、困惑と不安に包まれた
父の代わりに母が薬局の店番に向かい、この日は学校が休みだったのでエマが弟妹のことを引き受けた。
朝の出来事のせいですっかり怯え切った妹と強がってはいるがピリピリし通しだった弟の相手をするのは骨が折れた。
気を紛らわすために室内でできる遊びに誘ってはみたものの、どうも気が入らず、神経が張り詰め通しだった。
夕方となって、父はようやく家に戻ってきた。
父の顔を見てほっとしたのもつかの間、憔悴しきった姿に不安がかき立てられる。
「兄は……伯父さんは、反逆者として軍から追われているそうだ」
予想だにしなかった経緯に、エマは息を呑む。
リュシーやテオの父であるエミリオ・ヘイウッドは軍属ではあるが戦闘には参加せず、後方支援を担当している。勤続は二十年にも及び、その間世界中の駐屯地に派遣されてきた。
国内にある本部に配属されれば安全だし子ども達の成長を見守ることもできるというのに、危険地帯で任務をこなす兵士達が快適に過ごせるよう手助けをしたいとあえて海外勤務を選んだと聞いている。
誇りを持って任務に当たっている彼が、軍を裏切るなんて信じられなかった。
「きっと何かの間違いだと思うんだが、軍の資金に手を付けた嫌疑がかかっている」
ますます納得がいかない。叔父は普段は穏やかだが正義感が強い性格だ。息子であるテオが子どもらしいいたずらをして人に迷惑をかけたり、自分が得するためにちょっとした嘘をつくことがあれば、いつも厳しく叱っていた。
この場にいる全員がそんな伯父が汚職に関わるなんてありえないことだと思っているが、軍の見解は違うようだ。彼らは伯父がガジェツァでの数年分の活動資金を流用し妻と共に行方をくらませたことを強調し、本人がみつからなければ代わりに賠償するようにと言い放ったとか。
「そんな……薬局を開業した時の借り入れだってまだ残っているじゃない」
母の言葉に、父はうなだれた。具体的な金額は口にしなかったが、検討をつけるくらいはできる。支払えと言われてもない袖を振ることはできないのだ。
「そうだ。だが、このままではリュシーとテオが……」
苦渋を滲ませた父の声に、エマは喉の奥がきゅっと締まるような心地を覚えた。
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