あなたの姫にはなれないとしても~幼なじみに捧げた求めぬ愛のゆく先は

乃木ハルノ

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十三歳、淡い初恋、片想い

不吉な手紙を裏付ける火種

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夕方、店じまいをした父の帰宅を待って、ヘイウッド一家は夕食を囲んだ。
いつものようにアナやクリスが話すその日学校であった出来事を話す中、エマはちらちらと父に視線を送る。昼間届けた手紙の内容が気になっているのに、父はまったくそのことに触れない。
いっそ自分から聞いてみようかとも思ったけれど、今日に限って弟妹どちらも舌が止まらずなかなか口を挟む糸口が見えない。
食後もずっと話し続ける二人は母に追い立てられてやっとバスルームに向かった。
湯が冷めないうちに次々に入浴しなければならないため、一番目にカラスの行水のクリス、続いて母とアナ、それから父、最後にエマがぬるまった湯を使うのがいつもの順番だった。
父と二人きりになったタイミングで、エマは意を決して手紙のことを尋ねた。
すると父は「そのことか……」と少しだけ考える様子を見せた。眼鏡を外し、袖口で軽く拭うと心を決めたようにエマと目を合わせる。
「エマには話しておこうか」
そうして仕事の納品書の束の間から昼間届いた封書を取り出した。
「ニコラスおじさんからだったよ」
エマの予想した通り、手紙の差出人は叔父だったらしい。軍人である叔父は国を離れている間、エマの父に子ども達の後見を頼んでいる。その関係で手紙のやり取りをしているのは知っていたが、今回の手紙は薄汚れていたり差出人の名前がなかったりと妙なことばかりだった。
「何て書いてあったの?」
「入学式には顔を出せそうにない、と」
テオの学校のことだとしたら、もう二か月も前のことだ。どうして今さらというエマの疑問を悟ったのか、父は続ける。
「ガジェツァは今、情勢があまり良くなくて郵便も遅れがちなんだ」
「情勢って……ガジェツァは植民地よね」
エマの知識は、ガジェツァはエマの住むイザード王国が統治している遠く東南の半島ということくらいだ。
「そうだよ。エマはよく勉強しているね」
普段なら父に褒められたら嬉しいのに、ガジェツァで何が起こっているのか、叔父の身に何かあったのではという不安の方が大きくて素直に喜べなかった。
笑おうとして失敗し、口元を引き攣らせたエマに、父はガジェツァに元々住んでいた人々の間でイザードから独立しようという機運が高まっていると語った。
「それじゃ、おじさんは? おばさんだって向こうにいるのに」
「エミリオおじさんは現地の治安維持のために戻って来れないって伝えてきた。マリアンおばさんも残るそうだ」
治安維持。つまりガジェツァは安全ではないということだ。軍人である叔父の仕事のことはわかっているつもりだったけれど、いざとなると動揺してしまう。
「テオとリュシーは知ってるの?」
「今のところ、二人から連絡はない。不安にさせても良くないからこちらに戻ってくる時に話そうと思ってるよ」
父のところに手紙を送った同じタイミングで子ども達にも連絡していているかもしれない。二人とも何かあれば父に真っ先に相談するはずだ。
「今のところ手紙の到着が遅れただけだ。エマもあまり気にしないように」
「うん……話してくれてありがとう」
父の言うことももっともだ。悪い想像をしていても何も解決しない。エマは無理やりに笑顔を作った。
それから数日後、学校を終えたエマが同級生と共に白い息を吐きながら帰路についていると、通りの一角に人だかりができているのに気がついた。
「何だろうね?」
隣を歩く同級生が歩きながら人垣の向こうを覗き込もうとする。
「行商人じゃない?」
定期的に街を訪れる異国の行商人が屋台で売る食べ物が評判となり、長蛇の列を作ることがある。きっとその類いだろうと見当をつけて通り過ぎようとするが、同級生はすっかり歩みを止めてしまった。
「ちょっと見て行こうよ」
一応、登下校中の道草は禁じられている。けれど友人はすっかり屋台の食べ物に気を取られてしまっているようだった。止めても無駄だと思い、エマは彼女について人垣に近づいた。
「あれ、屋台じゃない……?」
人の輪の中心には大きな鞄を下げた男性がいて、どうやら号外を配っているらしい。
号外を手にした人々が眉をひそめ、囁き合う。
「ついに開戦か……」
「怖いわねえ」
「今までの恩をあだで返すのか、現地人なんてのはやっぱり野蛮だな」
「まあ遠く離れた場所のことだから、我々には直接は関係ないか」
不穏な単語の数々に何か悪いことが起こっているということだけははっきりとわかった。
号外を手にするためには二重三重の人垣の中へ入っていかなければならない。その時間すら惜しく、すぐ近くで号外を広げる小柄な女性の手元を覗き込んだ。
混乱のガジェツァ、民間人と軍が衝突などという見出しに目の前が暗くなるような思いがした。駐留地の被害甚大、略奪で壊滅状態……そこまで確認すると、エマは一緒にいた友人に声をかけることすら忘れ、ふらふらとその場を離れた。
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