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十三歳、淡い初恋、片想い
想いはずっと変わらない
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ふっと意識が明瞭になり、瞼を持ち上げる。まずは自分の腕が見えた。
ベッドの上にいるということはすぐに理解した。夢で過去を追想したこともはっきり覚えている。
寝違えたのか、強張った体はなかなか動かなかった。
うつ伏せの状態からゆっくりと仰向けに体勢を変える。
部屋の窓から入る日の傾き加減を見ると、眠っていたのはそれほど長い時間ではなさそうだった。
診療を終えてルークは自分の足で帰って行ったが、その夜高熱を出し、数日寝込んだ。
翌日見舞いに行ってそのことを知り、無理を言って治るまで毎日訪れ看病させてもらった。
ルークにねだられ、騎士の冒険譚の書物を何度も読んで聞かせたことも忘れられない思い出だ。
「もう七年、か……」
ルークへの恋心を持ち始めてから過ぎた年月だ。ほとんど半生とも言っていい。想いはずっと変わらなかったが、変化したことも多い。年齢や環境もそうだが、一番大きかったのは自意識だ。
エマは恋を自覚してから、今までの自分ではいけないと思うようになった。
比喩表現でなくぽっちゃりとしていた体型がそれまで以上に気になった。彼がダンと争うことになった原因となってしまったことが申し訳なく、からかいの種のなる特徴を消せばいいのではと考えついたのだ。
「今日からおやついらない。あと、ご飯、少なくしてほしい」
母に告げると少し驚かれたものの、決意を秘めた表情に何かを感じ取ったのか、何も聞かずに了承してくれた。
食事やおやつを控えることはつらいことだろうと覚悟していたが、幸いなことにルークへの恋心が助けとなった。彼のことを想うと不思議と胸が満たされて、食欲をあまり感じずにいられた。
そもそもエマの体格が良くなったのは、寂しさを紛らわせるためだ。その頃は弟も妹も今よりずっと手のかかる年齢で、長子のエマは何かと割を食うことが多かった。
比較的聞き分けがよく、本を読んだり絵を描いたりなど一人で完結できる遊びを好んでいたこともあり、放っておかれても時間を潰すことができた。
手がかからなくて助かるなどと言われていたが、子どもながらに忙しい両親をそれなりに気を遣っての行動だった。
たまに寂しくなって声をかけると、ずっと母親にべったりだったはずの弟が割り込んできたり、妹が泣いたりする。父の店に顔を出すも、訪れる客の応対などであまり落ち着いていられない。
簡単な傷の手当ても父を見て学んだことだった。父の手伝いをすれば、褒めてもらえる。昼間のエマの働きぶりは父の口から母に伝わり、また褒められる。
それに味をしめ、エマは自ら進んで家業を手伝うようになった。動機としては不純かもしれないが、両親に喜ばれたし、構ってもらえる機会ができてエマも嬉しかった。
ただ、それでも弟妹と比較すれば、エマが両親に甘える時間は限られていた。
甘えたいのに甘えられないというジレンマが食に向かってしまい、ふくよかな体つきが完成した。
エマの肉体改造の更なる追い風が、その年の秋から父親の赴任先から移住してエマの住む街の学校に通うようになったテオだ。活動的な外遊びが好きな彼はエマとルークを駆りだし、町中を走り回った。
一緒に行動するようになり自然と運動量が増え、エマの体は少しずつ引き締まっていった。周囲の目が変わったことで外に出ることが億劫でなくなる。それに伴い家の中と父の薬局だけが安らげる場所だったエマの世界が広がった。
物知りなルークと行動派のテオはあっという間に街になじみ、同年代の子どもたちの中心的な存在になった。彼らの後をついて歩くうちにエマ自身も知り合いが増え、引っ込み思案を克服することができたのだ。
いじめっ子のダンはというと、ルークとの一件で懲りたのか、エマにちょっかいを出すことはなくなった。心配していたルークへの報復も杞憂に終わった。
年下で体格に劣るルークが機転でダンを返り討ちにしたという噂が広まり、肩身が狭そうにしているらしい。彼が大いに株を落とした代わりに、ルークは勇気のある行いを称えられ一目置かれるようになった。エマもそのことが誇らしかった。
エマは自分に起きた様々な変化をすべてルークのお陰だと信じて疑わなかった。だからこそ七年間ルークだけを想ってきた。
恋に恋する移り気な少女たちの中では異質なことだ。けれどエマにとってはルークは唯一無二の存在で、代わりなんていない。
改めて好きだという想いが募りベッドにうつ伏せて足をばたつかせると、リズミカルなノック音が響いた。
はっとしてベッドの上に起き上がり返事をすると、開いた扉からひょっこりと妹のアナの顔が覗く。
「お姉ちゃん」
「どうしたの?」
「家の中静かだったから……」
誰もいないと思い不安になったようだ。
「ああ、ちょっと寝てたの。もう起きるから、一緒にご飯作ろっか」
気持ちを切り替えて、アナのそばに歩み寄る。昨日焼いたパンが残っているのと卵がたくさんあるからオムレツにして、野菜とベーコンで簡単なスープを作ろうか。アナには卵の殻を割る手伝いを頼もう、などと考えながら台所へ向かった。
ベッドの上にいるということはすぐに理解した。夢で過去を追想したこともはっきり覚えている。
寝違えたのか、強張った体はなかなか動かなかった。
うつ伏せの状態からゆっくりと仰向けに体勢を変える。
部屋の窓から入る日の傾き加減を見ると、眠っていたのはそれほど長い時間ではなさそうだった。
診療を終えてルークは自分の足で帰って行ったが、その夜高熱を出し、数日寝込んだ。
翌日見舞いに行ってそのことを知り、無理を言って治るまで毎日訪れ看病させてもらった。
ルークにねだられ、騎士の冒険譚の書物を何度も読んで聞かせたことも忘れられない思い出だ。
「もう七年、か……」
ルークへの恋心を持ち始めてから過ぎた年月だ。ほとんど半生とも言っていい。想いはずっと変わらなかったが、変化したことも多い。年齢や環境もそうだが、一番大きかったのは自意識だ。
エマは恋を自覚してから、今までの自分ではいけないと思うようになった。
比喩表現でなくぽっちゃりとしていた体型がそれまで以上に気になった。彼がダンと争うことになった原因となってしまったことが申し訳なく、からかいの種のなる特徴を消せばいいのではと考えついたのだ。
「今日からおやついらない。あと、ご飯、少なくしてほしい」
母に告げると少し驚かれたものの、決意を秘めた表情に何かを感じ取ったのか、何も聞かずに了承してくれた。
食事やおやつを控えることはつらいことだろうと覚悟していたが、幸いなことにルークへの恋心が助けとなった。彼のことを想うと不思議と胸が満たされて、食欲をあまり感じずにいられた。
そもそもエマの体格が良くなったのは、寂しさを紛らわせるためだ。その頃は弟も妹も今よりずっと手のかかる年齢で、長子のエマは何かと割を食うことが多かった。
比較的聞き分けがよく、本を読んだり絵を描いたりなど一人で完結できる遊びを好んでいたこともあり、放っておかれても時間を潰すことができた。
手がかからなくて助かるなどと言われていたが、子どもながらに忙しい両親をそれなりに気を遣っての行動だった。
たまに寂しくなって声をかけると、ずっと母親にべったりだったはずの弟が割り込んできたり、妹が泣いたりする。父の店に顔を出すも、訪れる客の応対などであまり落ち着いていられない。
簡単な傷の手当ても父を見て学んだことだった。父の手伝いをすれば、褒めてもらえる。昼間のエマの働きぶりは父の口から母に伝わり、また褒められる。
それに味をしめ、エマは自ら進んで家業を手伝うようになった。動機としては不純かもしれないが、両親に喜ばれたし、構ってもらえる機会ができてエマも嬉しかった。
ただ、それでも弟妹と比較すれば、エマが両親に甘える時間は限られていた。
甘えたいのに甘えられないというジレンマが食に向かってしまい、ふくよかな体つきが完成した。
エマの肉体改造の更なる追い風が、その年の秋から父親の赴任先から移住してエマの住む街の学校に通うようになったテオだ。活動的な外遊びが好きな彼はエマとルークを駆りだし、町中を走り回った。
一緒に行動するようになり自然と運動量が増え、エマの体は少しずつ引き締まっていった。周囲の目が変わったことで外に出ることが億劫でなくなる。それに伴い家の中と父の薬局だけが安らげる場所だったエマの世界が広がった。
物知りなルークと行動派のテオはあっという間に街になじみ、同年代の子どもたちの中心的な存在になった。彼らの後をついて歩くうちにエマ自身も知り合いが増え、引っ込み思案を克服することができたのだ。
いじめっ子のダンはというと、ルークとの一件で懲りたのか、エマにちょっかいを出すことはなくなった。心配していたルークへの報復も杞憂に終わった。
年下で体格に劣るルークが機転でダンを返り討ちにしたという噂が広まり、肩身が狭そうにしているらしい。彼が大いに株を落とした代わりに、ルークは勇気のある行いを称えられ一目置かれるようになった。エマもそのことが誇らしかった。
エマは自分に起きた様々な変化をすべてルークのお陰だと信じて疑わなかった。だからこそ七年間ルークだけを想ってきた。
恋に恋する移り気な少女たちの中では異質なことだ。けれどエマにとってはルークは唯一無二の存在で、代わりなんていない。
改めて好きだという想いが募りベッドにうつ伏せて足をばたつかせると、リズミカルなノック音が響いた。
はっとしてベッドの上に起き上がり返事をすると、開いた扉からひょっこりと妹のアナの顔が覗く。
「お姉ちゃん」
「どうしたの?」
「家の中静かだったから……」
誰もいないと思い不安になったようだ。
「ああ、ちょっと寝てたの。もう起きるから、一緒にご飯作ろっか」
気持ちを切り替えて、アナのそばに歩み寄る。昨日焼いたパンが残っているのと卵がたくさんあるからオムレツにして、野菜とベーコンで簡単なスープを作ろうか。アナには卵の殻を割る手伝いを頼もう、などと考えながら台所へ向かった。
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