あなたの姫にはなれないとしても~幼なじみに捧げた求めぬ愛のゆく先は

乃木ハルノ

文字の大きさ
上 下
23 / 27
十三歳、淡い初恋、片想い

回想:出会ったその日に恋をした5

しおりを挟む
どうしたらいいかわからず立ち尽くしていると、横からルークに手を差し伸べる者がいた。
「お前、やるじゃん」
聞き覚えのある声にはっとして顔を向けると、従兄のテオが腰を屈めていた。いつの間に、とエマが目をしばたたかせているうちにテオがルークの手首を取る。
「誰……」
いぶかしげに見上げるルークに向かって、テオがにやっと笑う。
「テオ。エマの従兄。お前は?」
確認するようにルークの視線がこちらを向いたので、エマは頷いてみせる。
「……ルーク」
「そっか。たぶん、同じくらいの年だよな」
テオが掴んだ腕をぐいっと引っ張り上げる。乱暴なやり方に、エマはようやく言葉を発した。
「怪我してるんだから気をつけて」
「あー、そうだな。おぶってやろうか?」
「いらない。平気だ」
ルークは不本意だと言わんばかりにテオの腕を振り払う。テオは気にした様子もなく、「男はそうでなきゃな」なんて機嫌が良さそうに歯を見せている。
場の雰囲気が和やかになりかけた時、恨みがましい声が投げかけられた。
「お前、覚えてろよ」
肩を震わせ右手をかばいながら起き上がったダンが悔しげにルークをねめつけていた。
「君が自滅したんだ」
満身創痍ながらも、ルークは瞳に闘志を宿しながら返す。
「あら、新しいお友達?」
再び臨戦態勢になろうかという空気は鈴を転がすような声音に霧散した。
その場の全員の目線が声の主に集中する。そこにはテオとよく似た容姿を持ち、しかしもっとたおやかで可憐な美少女が立っていた。
「姉ちゃん……」
まだ膨らみの少ない胸元に白魚のような手を当てて、テオの姉であるリュシーは息をついた。
「テオったら、いきなり走り出してびっくりするじゃない。久しぶりに走ったから息が切れてしまったわ。それで、みんなで何をしてたの?」
リュシーは地面にうずくまったダンとボロボロのルーク、そして泣きべそ顔のエマを順繰りに視線で撫で、小首を傾げた。そんな仕草も愛らしく、喧嘩の後だというのに妙に気持ちを寛がせる。
「あ……」
突然現れた美少女相手に、ダンですらも見惚れていた。
「大変。怪我をしているじゃない。とりあえず手当てをした方がいいわね。お医者様へ行く?」
真っ白なサマードレスに包まれた膝に両手を乗せて屈みこんだリュシーに、ダンの赤ら顔がますます色を濃くする。
「いやっ、俺は平気……です……」
「それならいいけれど……痛くなったらちゃんと病院に行かなきゃダメよ」
そう言い置くと、リュシーはエマのそばへ寄った。
「とりあえず、どこから始めたらいいかな?」
少しの逡巡の後、ポケットから出したハンカチで優しく頬を拭われる。ぱりっと糊のかかった純白のハンカチの感触が肌に擦れてくすぐったい。安心したのか、ぎりぎりの所で耐えていた涙があふれ出す。
「ああもう、エマ。大丈夫だから」
リュシーはしなやかな両腕を伸ばし、エマをそっと抱きしめてくれた。
「汚れちゃうよ……」
エマはいまだ握りしめたままのアイスクリームコーンを背中側に回し、遠慮がちに後ずさろうとする。しかしリュシーはエマの背中に回した腕を解こうとなしなかった。
「いいのいいの。この服、気に入ってないから遠慮なく汚して」
エマを慰めるための気休めではなく、彼女の本心だろう。レースとフリルがあしらわれたサマードレスはリュシーにとても似合っているのにもったいないと感じる。けれども正直でさっぱりした所がリュシーらしくて、エマはくすっと笑みをこぼした。
「そうそう、エマは笑ってた方が可愛いよ。さ、もう日が暮れるから帰りましょ。アイス、持ってあげる」
躊躇するエマの手からかつてアイスクリームだった残骸をさらい、リュシーは歩き出した。その後について足を踏み出したものの、ルークのことが気にかかる。すると彼はテオに肩を貸されながらちゃんとついてきていた。
沈みかけた夕日を背に、一同はエマの父親の営む薬局に向かう。道中、リュシーとテオは夏の間、エマの家に世話になると話した。
「リュシーは別の街の寄宿学校に行くけど、俺は街の学校に通うから」
「なら、僕と同じ学校かもしれない」
ルークとテオが同時に校名を言うと、見事に音が重なった。
すでに同じクラスになったかのように意気投合する彼らを見て、エマは羨ましさを感じずにいられなかった。エマの方が先に出会ったのに、男の子同士でさっさと仲良くなってしまいそうで少し焦りを感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...