あなたの姫にはなれないとしても~幼なじみに捧げた求めぬ愛のゆく先は

乃木ハルノ

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十三歳、淡い初恋、片想い

胸騒ぎ、謎めいた手紙と父の態度

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「それでエマ、何か用があってきたんじゃないのか?」
エマとアシュクロフト氏の会話を見守っていた父から絶妙なタイミングで声をかけられ、手の中の封筒の存在を思い出す。
「あ……お父さん宛に手紙が来ていたから届けに来たんだった」
「私に? 急ぎのものかい?」
「わからないんだけれど、普通の手紙とは違うみたいで気になって」
汚れてよれた封筒を差し出すと、父は眼鏡をかけ直して表書きを検分した。
「差出人も書いていないし、ボロボロだな」
「トーマス、消印を見てみろ」
アシュクロフト氏の指摘に切手の下にあるスタンプの印に目をやると、この国の属領である遠く海を越えた南方の島の地名が見えた。
「ガジェツァ……」
重々しく呟くと、父は唇を引き結んだ。エマにとってはその地はなじみのあるものだった。
「おじさんからかも」
エマの父の兄、そしてリュシーとテオの父であるエミリオは軍の士官としてガジェツァの治安維持のために駐屯している。
時々近況報告のために現地の風景を描いた絵葉書を送ってくれるのだが、今日届いた封書は今までの便りとは違う。煤けたような汚れに折れ曲がった跡は輸送中のちょっとした事故かもしれない。
けれどもしそうでなかったなら、叔父の身に何かあった暗示なのではと一抹の不安が胸をよぎる。
「そうだな。後で確認しておくよ。ありがとう、エマ」
エマの心配をよそに、父はカウンターに封書を置いた。このまま中を検めるものだとばかり思っていたエマは拍子抜けする。
「え、でも……」
「エマ、もう行っても構わないよ」
穏やかだけれど有無を言わさぬ態度で告げられる。そうして父は早々にエマから目線を外し、アシュクロフト氏に向き直った。
「アシュクロフトさん、中断してすみません」
これ以上この場所に留まることができるほど、エマは物分かりが悪くない。
「それじゃ、失礼します」
「ああ、また。会えて良かった」
謎めいた手紙が気になりつつも、エマはいとまを告げるしかなかった。
軽く一礼して、勝手口の方へ下がる。戸口をくぐる寸前、振り返って目礼すると、二人はカウンター越しに小声で何かを話し合っている様子だった。
遠目にちらりと見えたアシュクロフト氏の表情は緊張感を帯びており、嫌な予感に包まれながらそっとドアノブから手を離した。
ただの杞憂だと自分をなだめながら自宅に戻るが胸騒ぎというのか何とも言えない不安が消えず、落ち着かない。
思い返せば先ほどのように父から一方的に出ていくように言われたのは初めてかもしれない。
エマはともかく下の二人が聞き分けなくわがままを言った時もきちんと理由を言い聞かせ納得させるのが両親の教育方針だった。
手紙のことも父の態度も重なったから気になるだけで、それぞれが別の日に起こったなら気にならなかったはずだ。けれど日常とは違うことが続くとつい何かあるのではと気を揉んでしまう。
誰かと話して気を紛らわせようにも母は買い物か婦人会の集まりかまだ戻らない。弟妹も日が傾くまでどこかで遊んでいるはずだ。
気分を変えたいと自室に入り、引き出しにしまっていたルークからの手紙を取り出した。心を浮き立たせるには恋が一番の薬だとエマは知っていた。
ベッドに寝転がり、シーツの上に便箋と封筒を並べる。受け取ってすぐは書かれた内容を噛み締めるだけで胸がいっぱいになっていたけれど、改めて見ると色々な発見があった。
便箋の上部に印字された校名の最後にエンボス加工でエンブレムが施されていること、右肩上がりの角ばった文字、ペン先が引っ掛かかったのか毛羽立った紙面さえ愛しくて、ずっと眺めていられそうだった。
最初から最後まで繰り返し文字を追い、新しい学校でのルークを想像しては口元を緩める。
そのうちに気がかりは静まっていった。手紙のことも、エマが知るべきと思えば父は自分から話してくれるはずだ。そう納得したところでエマの口から小さな欠伸が漏れる。
窓辺から入る淡い日差しがベッドに心地よい温もりを与えてくるからかもしれない。
今日に限って家族の戻りが遅く家が静かだということも眠気を誘う。
本格的にうとうとしてくる前に、エマは手紙を元のようにしてベッドサイドテーブルに置いた。
「皆が返ってくるまで、ほんの少しだから……」
誰が聞いているでもないのに言い訳を口にして、枕に突っ伏した。
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