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十三歳、淡い初恋、片想い
憧れの恋敵
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夏至祭でルークがリュシーの髪にひっそりと口づけるという決定的な場面を目の当たりにして、エマは告白もせずに失恋した。そのことは確かにショックをだったけれど、案外冷静に受け止められていた。
リュシーはエマにとって恋敵だけれど、同時に大切な従姉だ。
彼女はエマの進路が決まらないことに対して親身に相談にのってくれてもいた。
「エマは何がしたい? 家族のことは一旦忘れて考えるの。エマは今まで頑張ってきたんだもの、そろそろ自分の好きなようにしてもいいと思うわ」
おっとりと微笑みながら優しく言い聞かせられ、凝り固まっていた心がじわりとほどけるような気がした。その上進みたい道が決まったら両親に対して後押ししてくれると約束までしてくれた。
リュシーはたおやかなようで実は芯が強い。こうと決めたら譲らないところがある。多くの求婚を断りカレッジへ進学したこともそうだ。
女王陛下の肝いりで女子にも大学の門戸が開かれるようになったのはここ十数年のことで、高等教育に進む女性はまだまだ少数派だ。
クイーンズカレッジのことをオールドミス養成所などと揶揄する人々もいる。
そうでなくても、せっかく美人なんだからいい男をつかまえてさっさと婚約してしまえばいい、などと余計な口を出してくることもある。そんな場面に出くわした時、エマはいつも憤りを感じるのだった。間違った考えだということはわかるのに、反論ができるほどの知識や強さを持たない不甲斐ない自分がもどかしくもあった。
けれどリュシーは時たま耳にする心無い言葉には機転を利かせて受け流し、「言いたい人には言わせておいていいわ。私の人生は私で決めるの」と堂々としていた。
エマはそんな彼女を尊敬し、憧れを抱いていた。
これほど素敵な女性なのだから、ルークが想いを寄せるのも当然だ。リュシーと恋のさや当てで渡り合えるなんて思ってもいない。
普通なら絶望するところだが、エマは初恋を温め続けていた。
悲壮感がないのはルークの想いと裏腹にリュシーの彼への態度があくまで弟の友人という域にとどまっているからかもしれない。
通りを歩けば異性の視線の集中砲火を浴び、声をかけられることだって少なくない。
その気にさえなれば誰だって手に入るのに、リュシーはあらゆるアプローチをすべてただの親切やお世辞として受け取っているように見えた。
それはルークに対しても同じだ。エマの目から見て、ルークのリュシーに対する言動は恋心が明らかだというのに、いつもさらりとかわしている。
この夏も何度もそんな場面を見た。
正直な所、その度にエマはほっとしていた。リュシーがルークに気持ちを返さないなら、エマはまだルークを好きでいられる。
身勝手なことは重々承知していながらも、そう考えずにはいられなかった。
リュシーは八月に入ってすぐ、南の海岸都市へと旅立った。カレッジの同級生の別荘で文学や歴史などを研究する自主的な勉強会が開催されるためだ。
クイーンズカレッジの生徒たちは薔薇の蕾と強い絆が芽生えるらしい。裕福な家庭出身の者は別荘や自宅でもてなし、社交界に顔の利く者は社交シーズンが来れば晩餐会や舞踏会に招待して学外の人脈を広げる手助けをするなど、助け合いの精神が浸透しているという。
リュシーの出立から三週間後、ルークとテオも街を出た。
港まで彼らの乗る船を見送りに出たことも記憶に新しい。今まではいつでも会える距離にいたのに、もう街中でルークやテオと偶然出くわすこともない。
寂しさは時間が解決してくれると思っていたけれど、秋も終わりに差し掛かろうというのにまだ彼らの面影を探してしまう。
年をまたぐ前には彼らもリュシーも戻ってくる。それを心の支えとして、エマは変わり映えのしない日常を送っていた。
リュシーはエマにとって恋敵だけれど、同時に大切な従姉だ。
彼女はエマの進路が決まらないことに対して親身に相談にのってくれてもいた。
「エマは何がしたい? 家族のことは一旦忘れて考えるの。エマは今まで頑張ってきたんだもの、そろそろ自分の好きなようにしてもいいと思うわ」
おっとりと微笑みながら優しく言い聞かせられ、凝り固まっていた心がじわりとほどけるような気がした。その上進みたい道が決まったら両親に対して後押ししてくれると約束までしてくれた。
リュシーはたおやかなようで実は芯が強い。こうと決めたら譲らないところがある。多くの求婚を断りカレッジへ進学したこともそうだ。
女王陛下の肝いりで女子にも大学の門戸が開かれるようになったのはここ十数年のことで、高等教育に進む女性はまだまだ少数派だ。
クイーンズカレッジのことをオールドミス養成所などと揶揄する人々もいる。
そうでなくても、せっかく美人なんだからいい男をつかまえてさっさと婚約してしまえばいい、などと余計な口を出してくることもある。そんな場面に出くわした時、エマはいつも憤りを感じるのだった。間違った考えだということはわかるのに、反論ができるほどの知識や強さを持たない不甲斐ない自分がもどかしくもあった。
けれどリュシーは時たま耳にする心無い言葉には機転を利かせて受け流し、「言いたい人には言わせておいていいわ。私の人生は私で決めるの」と堂々としていた。
エマはそんな彼女を尊敬し、憧れを抱いていた。
これほど素敵な女性なのだから、ルークが想いを寄せるのも当然だ。リュシーと恋のさや当てで渡り合えるなんて思ってもいない。
普通なら絶望するところだが、エマは初恋を温め続けていた。
悲壮感がないのはルークの想いと裏腹にリュシーの彼への態度があくまで弟の友人という域にとどまっているからかもしれない。
通りを歩けば異性の視線の集中砲火を浴び、声をかけられることだって少なくない。
その気にさえなれば誰だって手に入るのに、リュシーはあらゆるアプローチをすべてただの親切やお世辞として受け取っているように見えた。
それはルークに対しても同じだ。エマの目から見て、ルークのリュシーに対する言動は恋心が明らかだというのに、いつもさらりとかわしている。
この夏も何度もそんな場面を見た。
正直な所、その度にエマはほっとしていた。リュシーがルークに気持ちを返さないなら、エマはまだルークを好きでいられる。
身勝手なことは重々承知していながらも、そう考えずにはいられなかった。
リュシーは八月に入ってすぐ、南の海岸都市へと旅立った。カレッジの同級生の別荘で文学や歴史などを研究する自主的な勉強会が開催されるためだ。
クイーンズカレッジの生徒たちは薔薇の蕾と強い絆が芽生えるらしい。裕福な家庭出身の者は別荘や自宅でもてなし、社交界に顔の利く者は社交シーズンが来れば晩餐会や舞踏会に招待して学外の人脈を広げる手助けをするなど、助け合いの精神が浸透しているという。
リュシーの出立から三週間後、ルークとテオも街を出た。
港まで彼らの乗る船を見送りに出たことも記憶に新しい。今まではいつでも会える距離にいたのに、もう街中でルークやテオと偶然出くわすこともない。
寂しさは時間が解決してくれると思っていたけれど、秋も終わりに差し掛かろうというのにまだ彼らの面影を探してしまう。
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