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十三歳、淡い初恋、片想い
あなたに想いを告げたくて
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エマはエプロンの裾を直すふりをしながら思考を巡らせる。
星空の下、二人きり。想いを告げるのにこれ以上ふさわしい場所はない。誘い出す手間が省けたというものだ。
ルークが好きだと、想いを受け入れてくれるなら一緒に花火を見てほしいと告げるべき時だ。何度もその場面を思い浮かべてきた。
たった一言伝えればいい。今しかないとわかっているのに、エマの舌は凍り付いたように上顎から離れない。
「ごめん。エマのこと、そんな風に見られない」
「俺は街を出るし、進学で忙しくなるから」
もしくは、「俺が好きな相手、知ってるだろ」
断られる理由なら山ほど思いつく。そんな弱気な自分を卒業したくて夏至祭に誘ったのに、結局変われないままなのか。
自己嫌悪が押し寄せてくる。気分が沈みそうになった時、背後で短い汽笛が遠慮がちに鳴った。
「もう遅いのに、こんな時間まで動いている船があるんだな」
「そうだね……」
振り返って船を確認するルークに返事をした時、強い風が吹いて肩にかけたスカーフがパタパタとはためいた。胸元でピン止めしているから風に攫われることはない。けれどそれを知らないルークが肩で跳ねるスカーフの端を抑えてくれる。
風はすぐに止んだものの、ルークの指はスカーフに触れたままだ。指先でそっと肩の稜線をなぞられて、胸が音を立てる。
「刺繍、自分でやったのか」
「そうだよ」
もしかしていい雰囲気なのでは、とほんの少しだけ期待した。けれどルークは刺繍のできを確かめていただけらしい。
「うまくできてる。大変だったろ」
労われて、エマは頬を緩ませた。その一言でこの日のために睡眠時間を削ったことが報われたと感じられる。
自分の技量よりも難易度が高い刺繍を選んだのは願掛けのつもりだった。途中何度もくじけそうになったけれど、人の手を借りずに自分の力だけでということにこだわって満足いくまでやり直した。
そこまでしたのはルークに一番いい出来栄えを見てもらいたかったからだ。
だから気づいてくれてどれだけ嬉しいかわからない。眠気に負けて針で刺した指先の傷も、今となっては勲章のように誇らしく思えた。
沈みかけた気持ちは急浮上して、もう一度自分の内面と向き合う余裕が生まれた。
出会って六年、恋して六年、人生のほとんど半分の時間、ルークを想ってきた。
正直いって勝算はない。想いを告げれば今までの関係は壊れてしまうだろう。でも、ただの幼なじみから脱出できるなら。
エマは深呼吸をした。大きく吸って、ゆっくり息を吐く。
失うものともしかしたら手に入れられるもの、天秤にかけてどちらに傾くかをじっくり検討する。
「ねえルーク。私ね、」
覚悟を決めて呼びかけた時、背後にけたたましい汽笛が聴こえた。振り返ると、運河の向こうに船影が見えた。船幅が狭く赤いペンキで塗られていることから、郵便船のようだ。
「びっくりしたな」
「……うん、そうだね」
二人で顔を見合わせ苦笑を交わす。
「さっき何か言いかけてた?」
タイミングを逸して、エマは口ごもる。
「えっと、何だったかな」
たった今決意したばかりなのに、思わぬ邪魔が入ったことで勢いを殺されてしまった。言えるだろうか。本当に今でいいのだろうか。そんな迷いを抱えながらルークに視線を送る。
星空の下、二人きり。想いを告げるのにこれ以上ふさわしい場所はない。誘い出す手間が省けたというものだ。
ルークが好きだと、想いを受け入れてくれるなら一緒に花火を見てほしいと告げるべき時だ。何度もその場面を思い浮かべてきた。
たった一言伝えればいい。今しかないとわかっているのに、エマの舌は凍り付いたように上顎から離れない。
「ごめん。エマのこと、そんな風に見られない」
「俺は街を出るし、進学で忙しくなるから」
もしくは、「俺が好きな相手、知ってるだろ」
断られる理由なら山ほど思いつく。そんな弱気な自分を卒業したくて夏至祭に誘ったのに、結局変われないままなのか。
自己嫌悪が押し寄せてくる。気分が沈みそうになった時、背後で短い汽笛が遠慮がちに鳴った。
「もう遅いのに、こんな時間まで動いている船があるんだな」
「そうだね……」
振り返って船を確認するルークに返事をした時、強い風が吹いて肩にかけたスカーフがパタパタとはためいた。胸元でピン止めしているから風に攫われることはない。けれどそれを知らないルークが肩で跳ねるスカーフの端を抑えてくれる。
風はすぐに止んだものの、ルークの指はスカーフに触れたままだ。指先でそっと肩の稜線をなぞられて、胸が音を立てる。
「刺繍、自分でやったのか」
「そうだよ」
もしかしていい雰囲気なのでは、とほんの少しだけ期待した。けれどルークは刺繍のできを確かめていただけらしい。
「うまくできてる。大変だったろ」
労われて、エマは頬を緩ませた。その一言でこの日のために睡眠時間を削ったことが報われたと感じられる。
自分の技量よりも難易度が高い刺繍を選んだのは願掛けのつもりだった。途中何度もくじけそうになったけれど、人の手を借りずに自分の力だけでということにこだわって満足いくまでやり直した。
そこまでしたのはルークに一番いい出来栄えを見てもらいたかったからだ。
だから気づいてくれてどれだけ嬉しいかわからない。眠気に負けて針で刺した指先の傷も、今となっては勲章のように誇らしく思えた。
沈みかけた気持ちは急浮上して、もう一度自分の内面と向き合う余裕が生まれた。
出会って六年、恋して六年、人生のほとんど半分の時間、ルークを想ってきた。
正直いって勝算はない。想いを告げれば今までの関係は壊れてしまうだろう。でも、ただの幼なじみから脱出できるなら。
エマは深呼吸をした。大きく吸って、ゆっくり息を吐く。
失うものともしかしたら手に入れられるもの、天秤にかけてどちらに傾くかをじっくり検討する。
「ねえルーク。私ね、」
覚悟を決めて呼びかけた時、背後にけたたましい汽笛が聴こえた。振り返ると、運河の向こうに船影が見えた。船幅が狭く赤いペンキで塗られていることから、郵便船のようだ。
「びっくりしたな」
「……うん、そうだね」
二人で顔を見合わせ苦笑を交わす。
「さっき何か言いかけてた?」
タイミングを逸して、エマは口ごもる。
「えっと、何だったかな」
たった今決意したばかりなのに、思わぬ邪魔が入ったことで勢いを殺されてしまった。言えるだろうか。本当に今でいいのだろうか。そんな迷いを抱えながらルークに視線を送る。
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