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十三歳、淡い初恋、片想い
苦手な針仕事と訪問者
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夏休みに入ってからの数日、エマは慌ただしい生活を送っていた。
朝みんなを送り出して家のことをやって、昼食の用意と片づけ、夕飯の支度。
その合間にクリスやアナの宿題を見てやり、昨日は遊んでいる最中にクリスが怪我をして帰ってきたのでその手当てが必要だった。
いつも来てくれている通いのメイドは別の家で子どもが生まれたということでそちらにかかりきりになっており、手が回らない。洗濯と掃除はメイドが来た時にまとめてやってくれるにしろ、細々とした用事に追われていると一日はあっという間だった。
その上自分の課題、そして何より重要なのは夏至祭の衣装の準備だ。
女性は白いブラウスにたっぷりのタックを取った黒のスカートを合わせ、カラフルな縦縞のエプロンを重ねるのが定番で、少女はばら模様のスカーフを肩からかけ、もう少し年を重ねると編み上げのベストを纏う。
既婚者はベストとエプロンの色合いが落ち着いたものに変わるなど細かな、基本的にはみな揃いの衣装を身につける。
スカーフを飾る刺繍とベストの編み上げ紐は自作するのが習わしで、エマもこの二週間せっせと苦手な針仕事に勤しんでいた。
図案と手元を比べながら一針ずつ刺し進める地道な作業は弟妹のせいでよく中断された。このままだと夏至祭に間に合わないかもしれないと危機感を覚えているところだ。
午前中、朝食を終えると弟妹はそれぞれ近所の友達と遊ぶと行って家を出た。父は一階の店舗で仕事中、母も町内の婦人会の活動に駆り出され、今家にはエマ一人だけだ。
家族が食事のために戻る昼までのわずかな時間でできる限り進めておこうと針と糸を手に取るも、焦る気持ちが針目を乱すのか、なかなか思うようにならない。
糸を切りため息をついた時、呼び鈴が鳴らされた。忙しいのに、とため息をつきたいような気持ちを抑え、立ち上がる。
玄関扉の覗き穴を確認すると大荷物を抱えたルークとテオが見え、急いで扉を押し開けた。
「今日から世話になる」
夏休みの間、寮は閉鎖されるからテオはこの時期いつもエマの家に身を寄せる。普段なら休みに入った翌日にはやってくるが今回は卒業とも重なっているため、荷造りに時間がかかったのだろう。
「どうぞ、入っていいよ」
「お邪魔します」
招き入れると、ルークは断りを入れるがテオは勝手知ったるといった風に玄関近くの部屋に入っていった。小さな客間は彼が来ることを見越して数日前にリネン類の洗濯と掃除を済ませてある。
「せっかく来たんだし、お茶でも飲んでいく?」
大荷物で寮からここまで歩いてきたせいで、二人とも少し汗ばんでいた。どこかへ行くにしても少し休んでからの方がいいと考えて誘う。
「助かる」
「これ、お土産」
無造作に手渡された包みを受け取り、荷ほどきをする二人を置いて台所へ向かった。包みの口を開け中身をあらためると、バターの甘い香りが立ちのぼる。焼き菓子を買ってきてくれたらしい。
すぐにでも味見をしたいくらいだけれど、ひとまず両親に見せるのが先だ。元の通りに口を閉じると、戸棚にしまう。
それから湯を沸かし、お茶の用意に取り掛かる。
体の熱を冷ますならとミントティーを淹れることに決めた。父の仕事柄、薬草やハーブはエマにとって身近なものだ。
慣れた手つきでお茶の用意を終えて台所を出ると、ルークとテオがダイニングでくつろいでいた。
「お待たせ」
それぞれの前にカップを置くと、テオがすん、と鼻を鳴らした。
「お、ヘイウッド家の夏の定番」
「確かにこれを飲むと夏が来たって感じるな。いただきます」
全員にお茶を行き渡らせてテーブルの中央にドライフルーツを乗せた皿を置くと、エマも二人の正面の席に着く。
大きく開いた窓からぬるい風と共に外遊びをしている子どもの声が届いた。ほんの数年前は自分たちもあの輪の中にいたと懐かしい気持ちになる。
エマは一日の内でもっとも落ち着いたひと時を気心の知れた幼なじみと過ごせることに安らぎを覚えていた。
「そういえば、まだリュシーから連絡きてないんだよね?」
ルークが知りたがっていたリュシーの帰省時期について話題に出すと、テオはあっさりと首を振る。
「ああ、別に何も聞いてない。いつも通りお前のとこに電報寄越すんじゃないか」
「こっちから連絡した方がいいかな」
「向こうで用が済んだら来るし、そこまでする必要ないだろ。すれ違いになるかもだし」
確かに、試験や荷造りで忙しいところにわざわざ連絡をするのはよくないかもしれない。
ルークの方へ目線を流すと、彼は特に感情の見られない表情で従兄妹同士の会話を静かに聞いているようだった。
エマがルークに気を取られているうちに、テオが席を立つ。
朝みんなを送り出して家のことをやって、昼食の用意と片づけ、夕飯の支度。
その合間にクリスやアナの宿題を見てやり、昨日は遊んでいる最中にクリスが怪我をして帰ってきたのでその手当てが必要だった。
いつも来てくれている通いのメイドは別の家で子どもが生まれたということでそちらにかかりきりになっており、手が回らない。洗濯と掃除はメイドが来た時にまとめてやってくれるにしろ、細々とした用事に追われていると一日はあっという間だった。
その上自分の課題、そして何より重要なのは夏至祭の衣装の準備だ。
女性は白いブラウスにたっぷりのタックを取った黒のスカートを合わせ、カラフルな縦縞のエプロンを重ねるのが定番で、少女はばら模様のスカーフを肩からかけ、もう少し年を重ねると編み上げのベストを纏う。
既婚者はベストとエプロンの色合いが落ち着いたものに変わるなど細かな、基本的にはみな揃いの衣装を身につける。
スカーフを飾る刺繍とベストの編み上げ紐は自作するのが習わしで、エマもこの二週間せっせと苦手な針仕事に勤しんでいた。
図案と手元を比べながら一針ずつ刺し進める地道な作業は弟妹のせいでよく中断された。このままだと夏至祭に間に合わないかもしれないと危機感を覚えているところだ。
午前中、朝食を終えると弟妹はそれぞれ近所の友達と遊ぶと行って家を出た。父は一階の店舗で仕事中、母も町内の婦人会の活動に駆り出され、今家にはエマ一人だけだ。
家族が食事のために戻る昼までのわずかな時間でできる限り進めておこうと針と糸を手に取るも、焦る気持ちが針目を乱すのか、なかなか思うようにならない。
糸を切りため息をついた時、呼び鈴が鳴らされた。忙しいのに、とため息をつきたいような気持ちを抑え、立ち上がる。
玄関扉の覗き穴を確認すると大荷物を抱えたルークとテオが見え、急いで扉を押し開けた。
「今日から世話になる」
夏休みの間、寮は閉鎖されるからテオはこの時期いつもエマの家に身を寄せる。普段なら休みに入った翌日にはやってくるが今回は卒業とも重なっているため、荷造りに時間がかかったのだろう。
「どうぞ、入っていいよ」
「お邪魔します」
招き入れると、ルークは断りを入れるがテオは勝手知ったるといった風に玄関近くの部屋に入っていった。小さな客間は彼が来ることを見越して数日前にリネン類の洗濯と掃除を済ませてある。
「せっかく来たんだし、お茶でも飲んでいく?」
大荷物で寮からここまで歩いてきたせいで、二人とも少し汗ばんでいた。どこかへ行くにしても少し休んでからの方がいいと考えて誘う。
「助かる」
「これ、お土産」
無造作に手渡された包みを受け取り、荷ほどきをする二人を置いて台所へ向かった。包みの口を開け中身をあらためると、バターの甘い香りが立ちのぼる。焼き菓子を買ってきてくれたらしい。
すぐにでも味見をしたいくらいだけれど、ひとまず両親に見せるのが先だ。元の通りに口を閉じると、戸棚にしまう。
それから湯を沸かし、お茶の用意に取り掛かる。
体の熱を冷ますならとミントティーを淹れることに決めた。父の仕事柄、薬草やハーブはエマにとって身近なものだ。
慣れた手つきでお茶の用意を終えて台所を出ると、ルークとテオがダイニングでくつろいでいた。
「お待たせ」
それぞれの前にカップを置くと、テオがすん、と鼻を鳴らした。
「お、ヘイウッド家の夏の定番」
「確かにこれを飲むと夏が来たって感じるな。いただきます」
全員にお茶を行き渡らせてテーブルの中央にドライフルーツを乗せた皿を置くと、エマも二人の正面の席に着く。
大きく開いた窓からぬるい風と共に外遊びをしている子どもの声が届いた。ほんの数年前は自分たちもあの輪の中にいたと懐かしい気持ちになる。
エマは一日の内でもっとも落ち着いたひと時を気心の知れた幼なじみと過ごせることに安らぎを覚えていた。
「そういえば、まだリュシーから連絡きてないんだよね?」
ルークが知りたがっていたリュシーの帰省時期について話題に出すと、テオはあっさりと首を振る。
「ああ、別に何も聞いてない。いつも通りお前のとこに電報寄越すんじゃないか」
「こっちから連絡した方がいいかな」
「向こうで用が済んだら来るし、そこまでする必要ないだろ。すれ違いになるかもだし」
確かに、試験や荷造りで忙しいところにわざわざ連絡をするのはよくないかもしれない。
ルークの方へ目線を流すと、彼は特に感情の見られない表情で従兄妹同士の会話を静かに聞いているようだった。
エマがルークに気を取られているうちに、テオが席を立つ。
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