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十三歳、淡い初恋、片想い

離別を前に

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説明もなく風のように去っていった従弟の背中を目で追っていると、視界から消える間際に振り返ったテオが口を動かす。声は聞こえなかったけれど、わざわざ問い返すような重要なことでもないだろう。
「あいつ、クラブの追い出し会があるらしい」
体を正面に戻すと、ルークが補完してくれた。
「後輩と対戦して全員負かして箔つけるんだってさ」
「そうなんだ」
テオは拳闘部と剣技部両方に所属しており、活躍を聞きつけた進学先からスカウトされ、部活動に励むことを条件に特待生として入学が決まっていた。
ルークも同じ学校に通うことになっているが、こちらは成績が優秀なので正規の入学である。
「いつ向こうに行くの?」
「来月の最終週には発つつもり」
「そっか……」
「寂しい?」
鋭利な切れ長の目が険を落とし、優しい眼差しが注がれている。
彼らの新しい学び舎はエマたちの住むフェネリーの街から北に位置する学術都市ゲインズブールにある。馬車に乗れば二時間あまりで行き来ができるものの、これまでのように会うことは叶わない。
「……それはそうだよ」
幼年の頃はほとんど毎日顔を合わせ、別のグラマースクールに入ってからも都合が合えば共に過ごしてきた大切な幼なじみだ。秋からは彼らが街にいないという現実は、エマを落ち込ませる。
エマと彼らは誕生日が数カ月しか離れていない。けれど二月生まれのエマは彼らとは生まれ年が違うため、グラマースクールの卒業は一年後だ。
「来年、お前も来いよ」
「そうできたらいいんだけど……卒業したら家の手伝いがあるから」
エマにはルークのような優秀な頭もテオのような身体能力もない。語学や文学など比較的興味を持って取り組める教科もあるけれど、この先特別に学びたいと思えるような分野を見つけられないでいる。
それにエマの家は常に人手不足だ。商っている薬局の手伝いに弟妹の世話、母親の所属する婦人会の奉仕活動。卒業すればそれらの手伝いをすることになるだろう。
両親から何か言われたわけではないけれど、他に目指す道がない以上、当然のことだと思っている。
そうなればルークとはこの先何年も離ればなれだ。顔を合わせる機会は彼が年に三回ある休暇で帰省する時くらいになる。
ひと月先に待ち構える別離を思うだけで、エマは胸が塞ぐ想いだった。
「あと一年あるんだから、進学も考えてみたらどうだ? リュシーにも相談してみるとか」
リュシーことリュシエンヌはテオの姉であり、エマにとっては六つ年上の従姉にあたる。学術都市バルフォア・ソニアの寄宿制女子カレッジに通う才女で、咲き初めの薔薇のような美貌と明るく優しい性格を持つリュシーはエマの憧れだ。
「うん、そうだね。そうしてみようかな」
「夏休みだからそろそろ戻ってくるだろうな。エマ、何か聞いてるか?」
瞳をきらきらとさせながら、ルークが尋ねる。
エマはこわばった頬を努めて緩やかに見えるよう持ち上げた。
「ううん、まだ何も」
「そうか。試験で忙しいのかな」
そう言って目を細めるルークの頬が心なしか紅潮していることに気づき、エマは瞳を陰らせた。
リュシーのことを語る時、ルークは大人びた仮面が剥がれ、年相応の顔になる。気をつけて見なければ気づかないくらいの微細な変化に恋を見いだせたのは、エマもまた彼に想いを寄せているからかもしれない。
「そうだね。もしうちに知らせが届いたら、ルークに教えるね」
「ああ、頼む」
夏休みの間、リュシーはエマの家に身を寄せる。きっとそのうち連絡があるはずだ。
正直なところ、二人を会わせたくない。けれど素直で可愛い幼なじみに期待される言動をしなくてはならない。そうすればルークは幼なじみとしてエマを好いてくれる。
顔を俯かせるとガラスの中のアイスクリームがすっかり溶けて、ほとんど液体になってしまっているのが見えた。
恋心も同じように美味しく食べられる期限があるのかもしれない。そうだとしたら、自分のルークへの想いは今どれくらいまで形を保っているのだろう。
そんなことを頭の片隅で考えながら、エマは蕩けたバニラをスプーンの先でかき混ぜた。
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