上 下
28 / 30

呼び捨て:彼目線

しおりを挟む
「ゆき」
会話が途絶えた頃合いで呼びかけると、彼女はバッと音がしそうなくらいの勢いで顔を上げた。知り合ってからずっとさん付けだったけれど、そろそろ呼び捨てにしたいと思ったらこの反応。
急に変えたから驚いているだけか、もしかして気を悪くした?
「……て、呼んでいい?」
慎重に伺いを立てると、慌てたように首を縦に振る。
「うん、はい、どうぞ」
早口の肯定に首をかしげる。じっと見つめていると、すぐにうつむいてしまったから表情がわからない。
「気が進まないなら今まで通り、」
「そういうのじゃなくて! その……いきなりだったから」
いきなりと言うけれど、呼び捨てにしたのは今が初めてじゃない。
「昨日も呼んだけど、覚えてない?」
昨晩ベッドを共にした時に一度だけ、勢いのまま口走った。ちゃんと耳元で呼んだはずなのに、聴こえていなかったのだろうか。
「……覚えてる。覚えてるから問題なの」
ほとんどささやくような声で言われ、一つの結論が導き出される。
「エッチしてる時のこと、思い出しちゃうから?」
ほとんど確信して問うと、彼女は顔を両手のひらで覆ってしまった。
「言わないでー……」
蚊の鳴くような声で懇願されて、ぐっと喉を鳴らす。デリカシーのない質問だったと反省しながらも、唇がゆがむのを抑えきれない。だって、かわいい。
「ごめん」
こちらに向けられたつむじの上に手のひらを乗せて、軽い力で撫でる。
「そういう時以外にもいっぱい呼ぶね。そしたら慣れると思うから」
「うん」
そのうち慣れると言っても、きっとしばらくは名前を呼ばれるたびに昨日のことを思い出して恥ずかしがってくれるんだろう。意地悪だけど、楽しみだって思ってしまう。
そのままもうしばらく、顔を隠していてほしい。きっと今、すごくだらしない顔をしているから。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私が消えた後のこと

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,197pt お気に入り:628

【完結】王太子妃の初恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:2,566

あなたに愛や恋は求めません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:99,253pt お気に入り:9,202

出会ってはいけなかった恋

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:20,399pt お気に入り:948

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:185,531pt お気に入り:7,563

処理中です...