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おやすみさせない・その1

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小さな違和感が生まれ、ちくりと胸を刺激した。思わずすがるような眼差しで友紀の背中を見つめる。
友紀は優樹の視線の先で、床に散らばった服を拾い上げた。その後、下着を身に着け始めたので優樹は布団を持ち上げて視界を遮った。
彼は優樹の下着と少し前まで着ていた服をそっと枕元に置くと、口を開いた。
「もう一回シャワー、浴びたい?」
「う、ううん、大丈夫」
戸惑いながらもなんとか答えると、彼はブランケットの上から優樹の肩に優しく触れた。
「ちょっと待ってて。俺、汗流してくる」
そう言い残すと、優樹が返事をする間もなく出て行ってしまう。
「え?」
残された優樹は思わずベッドから起き上がり、友紀が出て行ったドアを見つめる。
(お、終わりってことなんだよね?)
シャワーを浴びるということはそういうことなんだろうと思うけれど、あまりに唐突で受け止めきれない。
「私、何かやっちゃった?」
自分ばかり気持ち良くされて、それが終わったら解散なんて。
悶々とした気持ちを抱えながら横たわっていると、程なくして友紀が戻ってきた。
「お、おかえり?」
自分から声をかけたものの、言葉選びに自信がなくて語尾が上がってしまう。
けれど友紀は気にした様子もなくベッドまで歩いてくると、わずかにベッドを揺らして布団の中に身体をすべらせてきた。
湯気の名残りか、彼の身体はしっとりと温もっている。
「ただいま」
頭上からかけられた声にほっとする。いつも通りの彼の声だ。
ひとりでいる間に嫌な想像が働いて、すっかり意気消沈していた優樹はほっと肩から力を抜く。
すると、布団の外から片腕が身体の上に軽く乗せられる。置く、と抱きしめるのちょうど中間くらいの加減だ。
しっくりくる場所を探すように身じろぎをする。
「寝ててよかったのに」
「うん……」
歯切れ悪く答えながら、どうやって切り出そうか頭を悩ませる。
(もう寝るの? これじゃ伝わらないかも)
(……しないの? 抽象的すぎるか)
思いつくセリフがどうもしっくりこない。
(性交……いや、えっちしないの? それとも、私もしようか? い、言えるわけない!)
脳をフル回転させて適切な言葉を探すけれど、羞恥と混乱で決めかねる。
そうこうしている間に、友紀は目を閉じてしまった。
「あ……」
もしかして寝てしまったのかと思い落胆の声をあげると、瞼が開いて瞳が覗いた。
「どうしたの?」
「き、今日はしないでいいの?」
口から飛び出した言葉に愕然とする。思ったより直接的で、しかも上から目線なことを言ってしまった。
訂正しなければ、と友紀は一瞬天井の方に視線を向けた
それから目を合わせて、
「あー……すごくしたいけど、用意してないから」
文脈から避妊具のことだろうというのはすぐに察しがついた。
「本当は今日、こういうつもりじゃなかったし。帰る前にコンビニ寄ろうかとも思ったけど、身体目当てとか思われて嫌われたら困るし」
「ん……」
優樹が勝手に不安になっている間に、彼の方はいろいろ考えてくれていたのだとわかり、申し訳ないような嬉しいような気持ちになってくる。
「でも正直、今すっごい我慢してる」
溜めを作って吐き出された言葉はすごく切実で、胸の底がこそばゆくなる。
「えっと、あの、明日の朝ごはんがないんじゃないかな?」
彼が軽く首をかしげた。いきなり何を言い出すんだと思われているに違いない。
「私、いつも朝ヨーグルトを食べてて、でも起きてすぐは買いに行くの面倒だし、だからその」
「コンビニに買いに行こうか」
しどろもどろになっていると、正しく意図をくみ取ってもらえた。
「うん」
ふたりでベッドを出て、そのまま玄関へ。会話はなかったけれど、しっかりと手を繋いで夜のコンビニに入った。
建前のヨーグルトの他、菓子パンを選ぶ。
「会計してくるから、入り口のところで待ってて」
おとなしく入り口近くへ向かい、コピー機前のスペースで足を止める。
自意識過剰かもしれないけれど、店員の視線が気になって、レジを背にして外の景色に顔を向けた。外の歩道を足早に横切っていく人がいる。
「アリガトウゴザイマシタ~」
店員のおざなりな挨拶が耳を打ち、会計が終わったのだとわかる。そわそわと後ろを気にしていると、後ろから軽く背中に触れられた。
「帰ろ」
いつも通りの声。
(緊張してるのは、私だけなのかな)
自分から仕向けておいて、いざとなると小心者な性格が顔を出す。
コンビニを出てマンションのエレベーターに乗るまで、誰ともすれ違わなかったことにほっとする。こんな深夜にわざわざ避妊具を買いに行ったという行動が、何とも言えず後ろめたい気分だった。
ふいに強く手を握られて、横目で隣を見ると、友紀と目が合った。
「悪いことしてる気分」
「え……」
「ちょっと緊張した」
表情も変えずそんな風に告げられて、頬がわずかに熱を持つのがわかった。
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