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お泊り準備
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「じゃあ俺んち来て」
「うん……」
自分から言いだしたことなのに、すでに覚悟が揺らいでいる。
(泊まりの準備なんてしてないし、今日下着どんなだっけ?)
泊まるイコールそういう想像に結びつくのは短慮かもしれない。けれどもしほんの少しだけでもそういう可能性があるなら、パッケージだけでもちゃんとしておきたかった。
「あのさ」
「ん? やっぱり気が進まない?」
「違うよ! 泊まる準備してこなかったからちょっと買い物したいかもって」
誤解してほしくなくて早口で告げると、彼は軽く目を見張った。
「そっか、気がつかなくてごめん」
「今ならギリギリ、お店も開いてると思うから」
閉店まで残り二十分。ファッションビルに駆け込んで、まずは着替えを物色する。移動の最中に何階を探せばいいかを調べておいたから、場所はわかるけれど…ー
「俺、そばにいないほうがいい?」
「あ、うん……できれば」
いつ切り出そうかと思っていたから、察してもらえて助かった。エスカレーターを降り立ったところで、つないでいた手を離される。彼はエスカレーター脇のソファで待っていると言った。
「ちゃんと帰ってきてね」
切実さがこもった声色に、買い物に向かおうとした足が止まる。
「今さら逃げないよ」
「信じていい?」
確認されて、気持ちがぐらつく。とっくに覚悟したはずが、相思相愛後即日お泊まりという大事を前に、刻一刻と増していく緊張感でつい口を滑らせた。
「……たぶん」
本気で彼を置いて逃げるなんてありえない。でも、逃げ出したくなるくらいドキドキしている。プレッシャーに負けて口走ってしまったその瞬間、手を掴みなおされる。
「たぶん?」
彼のすねたような表情に、今さらながら自分が無神経なことを言ってしまったことに気づく。
「ウソ、絶対! 約束する……ごめんなさい」
「謝るくらいなら最初から言わない」
「はい……」
もしかしてなくても不安を与えてしまったはずだ。深く反省してうなだれたところ、頭に重みがかかる。
「ごめん。俺、余裕なさすぎ」
「そんなことないよ」
「あるでしょ。……ゆきさんってつかみどころなくて、またどっか行っちゃったらどうしよって思った」
その言葉に彼の本音がにじんでいることは、いくら鈍い優樹にもわかった。そう、彼からのアプローチをすべてスルーして、彼はどんなにもどかしかっただろう。
「今日は大丈夫。ちゃんと戻ってくるから」
全然うまいことが言えない。まっすぐ彼の目を見上げて約束する。彼は柔らかく目をすがめ、待ってると答えてくれた。
***
終業間際のアナウンスが流れる中、優樹はランジェリーショップで頭を悩ませていた。
(どっちにするか……)
左右の手にひとつずつブラジャーを持ち、交互に眺める。片方は王道なデザインのピンク、そしてもう一方は白地にところどころ黒いレースがあしらわれたものだった。
どうにか二つにまでしぼったはいいものの、そこからが難しい。その上、ショーツが二型あるというのも悩みのタネだった。あまり狙いすぎているのも気が引けるし、かといってラフすぎるのもいけない。普段勝負下着とは無縁の生活をしてきたことにツケが回った。
「どっちも買えば」
突然背後からかけられた声に、優樹は肩を大きく揺らした。見れば彼が店先までやってきている。
「待とうって思ったんだけど、時間も時間だし」
「あ、そうだよね。もう会計するだけだからっ」
迷っていた二種類をどちらもカゴの中に収め、急いでレジに向かう。すでに店じまいの支度をしていた女性店員にサイズの確認を促され、背後を気にしながらうなずく。
金額を提示され財布を開こうとした矢先、カルトンの上にお札が乗せられる。
「え、いいよ!」
「無理言ったの俺だし」
「でも……」
「もう閉店だし、とりあえず今は」
そのひと言で、カルトンの手前で手を止めていた店員が動き出す。
(……返せる気がしない)
これに限らず、今までも何度かこのようなやり取りをしている。手際よくラッピングの済まされた品物を受け取ると、ちょうど閉店時間を知らせるメロディーが流れた。
「うん……」
自分から言いだしたことなのに、すでに覚悟が揺らいでいる。
(泊まりの準備なんてしてないし、今日下着どんなだっけ?)
泊まるイコールそういう想像に結びつくのは短慮かもしれない。けれどもしほんの少しだけでもそういう可能性があるなら、パッケージだけでもちゃんとしておきたかった。
「あのさ」
「ん? やっぱり気が進まない?」
「違うよ! 泊まる準備してこなかったからちょっと買い物したいかもって」
誤解してほしくなくて早口で告げると、彼は軽く目を見張った。
「そっか、気がつかなくてごめん」
「今ならギリギリ、お店も開いてると思うから」
閉店まで残り二十分。ファッションビルに駆け込んで、まずは着替えを物色する。移動の最中に何階を探せばいいかを調べておいたから、場所はわかるけれど…ー
「俺、そばにいないほうがいい?」
「あ、うん……できれば」
いつ切り出そうかと思っていたから、察してもらえて助かった。エスカレーターを降り立ったところで、つないでいた手を離される。彼はエスカレーター脇のソファで待っていると言った。
「ちゃんと帰ってきてね」
切実さがこもった声色に、買い物に向かおうとした足が止まる。
「今さら逃げないよ」
「信じていい?」
確認されて、気持ちがぐらつく。とっくに覚悟したはずが、相思相愛後即日お泊まりという大事を前に、刻一刻と増していく緊張感でつい口を滑らせた。
「……たぶん」
本気で彼を置いて逃げるなんてありえない。でも、逃げ出したくなるくらいドキドキしている。プレッシャーに負けて口走ってしまったその瞬間、手を掴みなおされる。
「たぶん?」
彼のすねたような表情に、今さらながら自分が無神経なことを言ってしまったことに気づく。
「ウソ、絶対! 約束する……ごめんなさい」
「謝るくらいなら最初から言わない」
「はい……」
もしかしてなくても不安を与えてしまったはずだ。深く反省してうなだれたところ、頭に重みがかかる。
「ごめん。俺、余裕なさすぎ」
「そんなことないよ」
「あるでしょ。……ゆきさんってつかみどころなくて、またどっか行っちゃったらどうしよって思った」
その言葉に彼の本音がにじんでいることは、いくら鈍い優樹にもわかった。そう、彼からのアプローチをすべてスルーして、彼はどんなにもどかしかっただろう。
「今日は大丈夫。ちゃんと戻ってくるから」
全然うまいことが言えない。まっすぐ彼の目を見上げて約束する。彼は柔らかく目をすがめ、待ってると答えてくれた。
***
終業間際のアナウンスが流れる中、優樹はランジェリーショップで頭を悩ませていた。
(どっちにするか……)
左右の手にひとつずつブラジャーを持ち、交互に眺める。片方は王道なデザインのピンク、そしてもう一方は白地にところどころ黒いレースがあしらわれたものだった。
どうにか二つにまでしぼったはいいものの、そこからが難しい。その上、ショーツが二型あるというのも悩みのタネだった。あまり狙いすぎているのも気が引けるし、かといってラフすぎるのもいけない。普段勝負下着とは無縁の生活をしてきたことにツケが回った。
「どっちも買えば」
突然背後からかけられた声に、優樹は肩を大きく揺らした。見れば彼が店先までやってきている。
「待とうって思ったんだけど、時間も時間だし」
「あ、そうだよね。もう会計するだけだからっ」
迷っていた二種類をどちらもカゴの中に収め、急いでレジに向かう。すでに店じまいの支度をしていた女性店員にサイズの確認を促され、背後を気にしながらうなずく。
金額を提示され財布を開こうとした矢先、カルトンの上にお札が乗せられる。
「え、いいよ!」
「無理言ったの俺だし」
「でも……」
「もう閉店だし、とりあえず今は」
そのひと言で、カルトンの手前で手を止めていた店員が動き出す。
(……返せる気がしない)
これに限らず、今までも何度かこのようなやり取りをしている。手際よくラッピングの済まされた品物を受け取ると、ちょうど閉店時間を知らせるメロディーが流れた。
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