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忘年会で一波乱・その2
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「あー、ゆき。と、ユウキくんだよね。一緒に来たんだ」
亜香里がニヤッと口元をつり上げて目配せしてくる。彼は優樹の隣に追いつくと、軽く会釈をしてみせた。
「どうも」
「ちょうどよかった。もう中入れるらしいよ」
少し早かったけれど席の準備はできているということで、三人で予約済の掘りごたつの席に乗り込んだ。幹事の亜香里は入口近く、優樹と彼は後から他のみんながやってくるからと奥に座った。ほどなくして続々とメンバーが姿を見せる。この間の合コンとほとんどメンバーは一緒だが、風邪をひいてしまったということで一人代打となっている。
一杯目のドリンクが手元に到着すると、早速乾杯だ。その後は、復習のために全員が自己紹介をする流れになった。フルネームと仕事、住んでいる場所、その他ひと言を順番に言っていく。
(えっと、医療機器の営業の小野さんと保険会社の経理の魚崎さんと? あっ最初の人忘れた……)
男性陣はすでに三人自己紹介を終えて、最後を締めくくるのが彼だった。
「神谷友紀|《とものり》、仕事は企業向けの…―」
彼が話し始めてすぐ、その場が騒然となる。
「え? 名前なんて?」
「ユウキくんじゃないの!?」
「本当はトモノリ」
「ウソぉ! ゆきちゃんがユウキくんユウキくんって言うから……」
「ってその顔、ゆきも知らなかったわけ?」
そう、新事実に驚いたのは優樹も一緒だった。彼と出会ったフットサルの社会人サークルでは毎回名札を用意されていて、それを見てお互いの名前がどっちもユウキって読めるという話になったのだ。
(その時みんなユウキくんって呼んでて否定しなかったから私も……)
彼が首の後ろに手を当てて、眉を下げる。
「あー、騙すとかそういうつもりはなくて」
「あ、うん。わかるよ」
優樹がすかさずフォローすると、彼はホッとしたように笑みを浮かべた。これで一件落着ということで、止まってしまっていた自己紹介の続きだ。
「仕事は企業向けの機器の設計してます」
「家は?」
「有明」
「へー、いいとこ住んでるじゃん」
「いや、会社から近くて」
これは前に聞いたことがある。残業が多いから、会社から近くのところに住んでいるとか。確か去年あたりに近場で引っ越しをしたはずだ。記憶をたどっているうちに女性陣へとバトンが移っていった。
女性陣も全員が自己紹介を終えた後は食事を進めながら話を楽しむ。今回は忘年会ということで、駆け引きなしの気楽な会だ。目の前に小皿に盛りつけられたサラダが置かれる。
「ユウ……友紀《とものり》くん、ありがとう」
呼び間違えかけてつっかえながら、お礼を告げる。
「今まで通り呼んでくれたらいいから」
「ん……」
本名を知ったからには正しく呼ぼうと思いながらも、まだ慣れなくてこうしなってしまう。彼は優しいから全然気にしていないみたいな態度を取っているし、他のみんなもすでにユウキくんとして定着しているようで呼び方はそのままだ。気にしているのは優樹だけなのかもしれない。
ちなみにここへ来てから、食事の面倒はずっと彼がみてくれている。もちろん優樹にだけではなく、全員分取り分けてくれているわけだが。料理は人数の関係で二皿用意されるのだが、奥側の席用の皿を取り分ける仕事を彼が担っていた。ざっくりとしたトングさばきながら、きっちりと人数分過不足なくよそっていくのは彼の緻密な計算のおかげだろうか。
「ユウキくんめっちゃ気が利くね」
「確かに! 彼女いそう~てかいるでしょ」
突然振られた話題に、優樹はドキッとしてしまう。なんて答えるんだろうと内心気になってしかたなかった。
(まさか彼女がいるなんてことないだろうけど……)
そうじゃなかったら合コンに誘った時にそう言って断ってくれていたはずだし、優樹と二人で会わないだろう。どうしても考えてしまうのは、もしかして自分のことを憎からず想ってくれているというパターンだ。女子会でおだてられてから、どうもこの無謀な望みを捨てきれない自分がいる。
「ゆきちゃん知ってる?」
「へ?」
急に矛先を向けられて、気の抜けた返事をする。本人を差し置いて自分に回ってきた問いに、どう答えるべきか迷いながらも口を開いた。
「うーん……聞いてないよ」
当たり障りなくそう答えた瞬間、隣の彼がすごい勢いで振り返ってきた。
(な、なに? 私なんか間違った?)
もしかして忘れているだけかもと思い返してみるが、彼から恋人の有無について聞いた記憶はない。
「へえー意外~。ホントに?」
向かいの席から、茉優がつっこんできた。意外~、までは優樹と目を合わせ、その後は彼に向かって視線を移す。それを受けた彼はというと、こめかみに指先を置いて頭を振っている。
「いや……、ちょっと待って」
一旦茉優に向かって告げると、もう一度こちらの方へ顔を向けてきた。
「ゆきさん、それ本気で言ってる?」
彼はとがめるようなまなざしで、優樹を見つめてくる。じいっと瞳を覗き込まれて、あたふたしてしまう。
「えっ……と、」
さっきの発言に何か不備があっただろうか。考えても考えてもわからなくて、返答に困る。テーブルの面々は、緊迫し始めた両者の成り行きを固唾を飲んで見守っていた。
「ゴメン」
よくよく考えた末、優樹は頭を下げた。温厚な彼が常になく鋭い視線を向けてくるのは、確実に自分が何かしてしまったからだ。謝罪を聞いて、彼は気を落ち着けるように細く息を吐いた。
(どうしよう、呆れられている……)
気が焦り、申し訳なさに肩が縮こまる。
「はいっ、そこまで!」
亜香里の元気のいい声が凍りかけた空気を切り裂いた。
「えーっとね、たぶんわかってないのは本人だけでほかは全員察してるんだけど」
ぐるりと亜香里がテーブルに視線を巡らせる。すると合コンメンツはみな一様にうんうんと首を縦に振った。
「二人とも、話し合いなさい。私からは以上」
パチパチ、とまばらな拍手が個室に響く。
先に動いたのは彼の方だった。自分のと優樹の荷物をまとめて持つと、スッと優樹に向かって反対側の手を差し出した。
「えっ? ええっ?」
優樹は彼と亜香里の顔を交互に見る。前回のこともあるし、何度も途中に抜け出すなんて失礼なことだ。けれど亜香里もみんなも早く行けと言わんばかりに手を振ってくる。無言の重圧に耐えかねて、優樹はようやく彼の手を取り腰を上げた。
みんなが前方に身体を傾けて、背後をあけてくれる。そこを通って出口に向かう。部屋を出る寸前、一旦手を離された。見ると彼が財布からお札を出して亜香里に渡している。
「グッドラック」
「がんばれ~」
「報告して」
友人たちや二度めましてのメンズににこやかに見送られ、優樹と彼はダイニングを後にした。手を引かれるまま足を運び、行きに通ったクリスマスイルミネーションで彩られた通りに出る。
(これから話し合うんだよね? でもその前に……)
歩き続けながら、彼の気に障ったのがどの部分なのか検証するために、さっきまでの経緯をもう一度脳内に思い起こす。
(ユウキくんの彼女の有無について聞かれて、私が知らないって言って……)
そこで彼の態度が一変した。その時の彼の、信じられないとばかりに見張った目、ショックがありありと現れた表情が忘れられない。裏切ってしまった気がして胸が軋んだ。それでも落ち込んでいる暇はない。
(たぶんだけど、ユウキくんが伝えたはずのことを私が覚えてないんだよね)
それがなんのことなのか、いつだったのかを彼に説明される前に思い出したいところだ。優樹はボタンの掛け違いになったきっかけを探り始める。
可能性があるとすれば、恵比寿での一件だろうか。あの時から、彼との関係がそれまでと少し変わったような気がする。内面に踏み込むような話をするようになったのもあれからだから、何かの拍子に大事な話をされたのかもしれない。
しかしそこまでで時間切れとなってしまった。淡い桃色のグラデーションの光を通り抜け、道の脇に逸れる。ビルとビルの中間の広場のようになっている場所で、彼は足を止めた。
亜香里がニヤッと口元をつり上げて目配せしてくる。彼は優樹の隣に追いつくと、軽く会釈をしてみせた。
「どうも」
「ちょうどよかった。もう中入れるらしいよ」
少し早かったけれど席の準備はできているということで、三人で予約済の掘りごたつの席に乗り込んだ。幹事の亜香里は入口近く、優樹と彼は後から他のみんながやってくるからと奥に座った。ほどなくして続々とメンバーが姿を見せる。この間の合コンとほとんどメンバーは一緒だが、風邪をひいてしまったということで一人代打となっている。
一杯目のドリンクが手元に到着すると、早速乾杯だ。その後は、復習のために全員が自己紹介をする流れになった。フルネームと仕事、住んでいる場所、その他ひと言を順番に言っていく。
(えっと、医療機器の営業の小野さんと保険会社の経理の魚崎さんと? あっ最初の人忘れた……)
男性陣はすでに三人自己紹介を終えて、最後を締めくくるのが彼だった。
「神谷友紀|《とものり》、仕事は企業向けの…―」
彼が話し始めてすぐ、その場が騒然となる。
「え? 名前なんて?」
「ユウキくんじゃないの!?」
「本当はトモノリ」
「ウソぉ! ゆきちゃんがユウキくんユウキくんって言うから……」
「ってその顔、ゆきも知らなかったわけ?」
そう、新事実に驚いたのは優樹も一緒だった。彼と出会ったフットサルの社会人サークルでは毎回名札を用意されていて、それを見てお互いの名前がどっちもユウキって読めるという話になったのだ。
(その時みんなユウキくんって呼んでて否定しなかったから私も……)
彼が首の後ろに手を当てて、眉を下げる。
「あー、騙すとかそういうつもりはなくて」
「あ、うん。わかるよ」
優樹がすかさずフォローすると、彼はホッとしたように笑みを浮かべた。これで一件落着ということで、止まってしまっていた自己紹介の続きだ。
「仕事は企業向けの機器の設計してます」
「家は?」
「有明」
「へー、いいとこ住んでるじゃん」
「いや、会社から近くて」
これは前に聞いたことがある。残業が多いから、会社から近くのところに住んでいるとか。確か去年あたりに近場で引っ越しをしたはずだ。記憶をたどっているうちに女性陣へとバトンが移っていった。
女性陣も全員が自己紹介を終えた後は食事を進めながら話を楽しむ。今回は忘年会ということで、駆け引きなしの気楽な会だ。目の前に小皿に盛りつけられたサラダが置かれる。
「ユウ……友紀《とものり》くん、ありがとう」
呼び間違えかけてつっかえながら、お礼を告げる。
「今まで通り呼んでくれたらいいから」
「ん……」
本名を知ったからには正しく呼ぼうと思いながらも、まだ慣れなくてこうしなってしまう。彼は優しいから全然気にしていないみたいな態度を取っているし、他のみんなもすでにユウキくんとして定着しているようで呼び方はそのままだ。気にしているのは優樹だけなのかもしれない。
ちなみにここへ来てから、食事の面倒はずっと彼がみてくれている。もちろん優樹にだけではなく、全員分取り分けてくれているわけだが。料理は人数の関係で二皿用意されるのだが、奥側の席用の皿を取り分ける仕事を彼が担っていた。ざっくりとしたトングさばきながら、きっちりと人数分過不足なくよそっていくのは彼の緻密な計算のおかげだろうか。
「ユウキくんめっちゃ気が利くね」
「確かに! 彼女いそう~てかいるでしょ」
突然振られた話題に、優樹はドキッとしてしまう。なんて答えるんだろうと内心気になってしかたなかった。
(まさか彼女がいるなんてことないだろうけど……)
そうじゃなかったら合コンに誘った時にそう言って断ってくれていたはずだし、優樹と二人で会わないだろう。どうしても考えてしまうのは、もしかして自分のことを憎からず想ってくれているというパターンだ。女子会でおだてられてから、どうもこの無謀な望みを捨てきれない自分がいる。
「ゆきちゃん知ってる?」
「へ?」
急に矛先を向けられて、気の抜けた返事をする。本人を差し置いて自分に回ってきた問いに、どう答えるべきか迷いながらも口を開いた。
「うーん……聞いてないよ」
当たり障りなくそう答えた瞬間、隣の彼がすごい勢いで振り返ってきた。
(な、なに? 私なんか間違った?)
もしかして忘れているだけかもと思い返してみるが、彼から恋人の有無について聞いた記憶はない。
「へえー意外~。ホントに?」
向かいの席から、茉優がつっこんできた。意外~、までは優樹と目を合わせ、その後は彼に向かって視線を移す。それを受けた彼はというと、こめかみに指先を置いて頭を振っている。
「いや……、ちょっと待って」
一旦茉優に向かって告げると、もう一度こちらの方へ顔を向けてきた。
「ゆきさん、それ本気で言ってる?」
彼はとがめるようなまなざしで、優樹を見つめてくる。じいっと瞳を覗き込まれて、あたふたしてしまう。
「えっ……と、」
さっきの発言に何か不備があっただろうか。考えても考えてもわからなくて、返答に困る。テーブルの面々は、緊迫し始めた両者の成り行きを固唾を飲んで見守っていた。
「ゴメン」
よくよく考えた末、優樹は頭を下げた。温厚な彼が常になく鋭い視線を向けてくるのは、確実に自分が何かしてしまったからだ。謝罪を聞いて、彼は気を落ち着けるように細く息を吐いた。
(どうしよう、呆れられている……)
気が焦り、申し訳なさに肩が縮こまる。
「はいっ、そこまで!」
亜香里の元気のいい声が凍りかけた空気を切り裂いた。
「えーっとね、たぶんわかってないのは本人だけでほかは全員察してるんだけど」
ぐるりと亜香里がテーブルに視線を巡らせる。すると合コンメンツはみな一様にうんうんと首を縦に振った。
「二人とも、話し合いなさい。私からは以上」
パチパチ、とまばらな拍手が個室に響く。
先に動いたのは彼の方だった。自分のと優樹の荷物をまとめて持つと、スッと優樹に向かって反対側の手を差し出した。
「えっ? ええっ?」
優樹は彼と亜香里の顔を交互に見る。前回のこともあるし、何度も途中に抜け出すなんて失礼なことだ。けれど亜香里もみんなも早く行けと言わんばかりに手を振ってくる。無言の重圧に耐えかねて、優樹はようやく彼の手を取り腰を上げた。
みんなが前方に身体を傾けて、背後をあけてくれる。そこを通って出口に向かう。部屋を出る寸前、一旦手を離された。見ると彼が財布からお札を出して亜香里に渡している。
「グッドラック」
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「報告して」
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(これから話し合うんだよね? でもその前に……)
歩き続けながら、彼の気に障ったのがどの部分なのか検証するために、さっきまでの経緯をもう一度脳内に思い起こす。
(ユウキくんの彼女の有無について聞かれて、私が知らないって言って……)
そこで彼の態度が一変した。その時の彼の、信じられないとばかりに見張った目、ショックがありありと現れた表情が忘れられない。裏切ってしまった気がして胸が軋んだ。それでも落ち込んでいる暇はない。
(たぶんだけど、ユウキくんが伝えたはずのことを私が覚えてないんだよね)
それがなんのことなのか、いつだったのかを彼に説明される前に思い出したいところだ。優樹はボタンの掛け違いになったきっかけを探り始める。
可能性があるとすれば、恵比寿での一件だろうか。あの時から、彼との関係がそれまでと少し変わったような気がする。内面に踏み込むような話をするようになったのもあれからだから、何かの拍子に大事な話をされたのかもしれない。
しかしそこまでで時間切れとなってしまった。淡い桃色のグラデーションの光を通り抜け、道の脇に逸れる。ビルとビルの中間の広場のようになっている場所で、彼は足を止めた。
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