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忘年会で一波乱
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__でェ!? いまだにどっちつかずなわけ?
「その通りです……」
スマホの向こうで親友が吠えるのを聞いて、優樹は小さくなる。
__二人でコスモクロック乗っといて、付き合ってませんっていうの?
ありえないと吐き捨てられて、肩身が狭い。ゴンドラの中で寄り添ったことはなんとなく言いづらくて伏せておいたが、それを知られたらもっと人権をなくしていたはずだ。
彼から好意らしきものを感じたことは数あれど、お付き合いしてくださいと言われたわけではないのだから、今まで通り友人関係継続中だ。
__ならもう、自分から行けばいいじゃない。
もっともだ。優樹だってそう考えた。けれどもズルズルとタイミングを逃し続けてそのまま解散してしまった。振り返ってみれば、いくらでも尋ねる機会はあったはずなのだ。
レストランでかわいいと言われた時、観覧車でくっついた時、駅まで向かう道のり。絶好の機会がありながらそれらを逃し続けたのは、覚悟が足りなかったからだ。
「いや、本当バカだと思う……」
萎《しお》れる優樹に、親友はようやく同情の気持ちが芽生えたようだ。
__忘年会するよ。
「忘年会……」
__そう。私が幹事するから、それに呼びな。
「えっ……?」
突然の提案に、思わず気の抜けた声で問い返す。
__そんで、ユウキくんの気持ちを探り出すよ。
盛大にアシストしてあげる、と言われて優樹はおたついてしまった。厚意に感謝する気持ちと気後れする気持ちが半々だ。長年の付き合いがある彼女には性格を知り尽くされている。このままだと優樹が動けないのがわかっていて、尻を叩いてくれたのだろう。
親友との通話を終えた後、優樹はさっそく彼を忘年会に誘い出すためにメッセージアプリを開いた。セッティングしてもらうからには、成果を見せなくては。そんな気負いが緊張を呼び、指先を震わせた。
忘年会はみなとみらいデートから約一週間後に設定された。今回は店の手配や連絡まわりのことは亜香里がしてくれるということで、優樹は指定された場所に赴くだけでいい。
予約時間の三十分前に新宿駅に到着して、まずは東口からすぐのファッションビルへ向かう。
「ゆきさん、こっち」
声のする方に顔を向けると、目当ての相手が見えた。ロイヤルブルーのマフラーに顎先をうずめている彼の方へ小走りで駆け寄る。
「ユウキくん! 待たせてゴメン、寒かったでしょ」
「そうでもないよ」
一応屋根があるとはいえ吹きさらしの場所だ。待ち合わせ時間まではまだ十分近くあるというのに、いったいいつからここにいたんだろうか。
疑問を口から出す前に手を差し出される。なんだろう、と考えているうちに、優樹の右手がその手に包まれる。じんわりとぬくもりが伝わってきた。
当たり前のように手を取られ、少し慌ててしまうけれど、このところ会えば必ずこうなるのだから今さらどうこう言うのはおかしいかもしれない。
「まだ早いけど、店の近くまで行っとく?」
「あ、うん。迷うかもしれないしね」
「それはない」
「ユウキくん、知ってるお店だった?」
「違うけど、調べたから」
ごく当たり前のように言うけれど、若干方向音痴ぎみな優樹にとっては調べただけでたどり着けるとは限らない。それが表情に出ていたのだろう、彼はくすりと笑った。
「ちゃんと連れて行ってあげるから、安心して」
噛んで含めるみたいに言われて、今の態度は失礼だったかもしれないと気づく。
「ユウキくんのこと疑ってるとかじゃなくて、私なら難しいなあって」
「そうだね、ゆきさん地図苦手だし」
そう指摘する彼はどこか楽しげだ。すっかり見破られていて、立場がない。これでも克服しようという気はある。今日だって道中目的地までの地図をスマホに用意してきていた。
けれど彼は、優樹にそれを使わせる気はないようだった。
「俺が一緒にいる限り、迷わせないよ。これからは俺がどこでも連れて行くから」
さらりと告げられた言葉に優樹は目をむいた。
(またそういう……女心をくすぐるようなこと言ってー!)
こういうことの積み重ねで彼に落ちたようなものだ。これから真剣に彼が脈ありかなしかを判断しなければいけないというのに、目が曇ってしまう。
(ちゃんとフラットな目で見ようと思っているのに、欲が出ちゃうよ……)
恨めしげな目でにらむけれど、彼は進行方向をまっすぐ見つめている。口元から息が白く浮き上がっていて、今日はかなり気温が下がったんだったと思い出す。優樹も冷たい空気を喉奥に吸い込んでゆっくりと吐き出した。
駅構内から出て横断歩道を渡った広場の街路樹には、淡いピンク色のイルミネーションが施されていた。恵比寿で見たものと比べるとささやかだが、この時期だけだと思うとつい目が吸い寄せられる。
イルミネーションを流し見ながら人の行き交う横断歩道を渡り、いくつか通りを過ぎると飲食店が立ち並ぶエリアに出た。優樹はソワソワし始める。飲み会の参加メンバーだってそろそろ店に向かっている頃だ。誰に見られるとも知れない状況に、気が気でなかった。
そんな時、彼が立ち止まり、つられて優樹も足を止める。
「ここ」
目的の店は商業ビルの地下にあった。地下へ続く階段を下り自動ドアを抜けると、カウンターが目に入る。カウンターの前に立つ後ろ姿が今回の幹事を引き受けてくれた親友の亜香里だということに気づき、優樹は彼女までのあと三歩を急ぎ足で近づいた。そうして罪悪感に心苦しくなりながらも、彼とつないでいた手をなるべく自然に見えるように振りほどく。
「亜香里!」
優樹の呼びかけに、亜香里はくるりと振り返った。
「その通りです……」
スマホの向こうで親友が吠えるのを聞いて、優樹は小さくなる。
__二人でコスモクロック乗っといて、付き合ってませんっていうの?
ありえないと吐き捨てられて、肩身が狭い。ゴンドラの中で寄り添ったことはなんとなく言いづらくて伏せておいたが、それを知られたらもっと人権をなくしていたはずだ。
彼から好意らしきものを感じたことは数あれど、お付き合いしてくださいと言われたわけではないのだから、今まで通り友人関係継続中だ。
__ならもう、自分から行けばいいじゃない。
もっともだ。優樹だってそう考えた。けれどもズルズルとタイミングを逃し続けてそのまま解散してしまった。振り返ってみれば、いくらでも尋ねる機会はあったはずなのだ。
レストランでかわいいと言われた時、観覧車でくっついた時、駅まで向かう道のり。絶好の機会がありながらそれらを逃し続けたのは、覚悟が足りなかったからだ。
「いや、本当バカだと思う……」
萎《しお》れる優樹に、親友はようやく同情の気持ちが芽生えたようだ。
__忘年会するよ。
「忘年会……」
__そう。私が幹事するから、それに呼びな。
「えっ……?」
突然の提案に、思わず気の抜けた声で問い返す。
__そんで、ユウキくんの気持ちを探り出すよ。
盛大にアシストしてあげる、と言われて優樹はおたついてしまった。厚意に感謝する気持ちと気後れする気持ちが半々だ。長年の付き合いがある彼女には性格を知り尽くされている。このままだと優樹が動けないのがわかっていて、尻を叩いてくれたのだろう。
親友との通話を終えた後、優樹はさっそく彼を忘年会に誘い出すためにメッセージアプリを開いた。セッティングしてもらうからには、成果を見せなくては。そんな気負いが緊張を呼び、指先を震わせた。
忘年会はみなとみらいデートから約一週間後に設定された。今回は店の手配や連絡まわりのことは亜香里がしてくれるということで、優樹は指定された場所に赴くだけでいい。
予約時間の三十分前に新宿駅に到着して、まずは東口からすぐのファッションビルへ向かう。
「ゆきさん、こっち」
声のする方に顔を向けると、目当ての相手が見えた。ロイヤルブルーのマフラーに顎先をうずめている彼の方へ小走りで駆け寄る。
「ユウキくん! 待たせてゴメン、寒かったでしょ」
「そうでもないよ」
一応屋根があるとはいえ吹きさらしの場所だ。待ち合わせ時間まではまだ十分近くあるというのに、いったいいつからここにいたんだろうか。
疑問を口から出す前に手を差し出される。なんだろう、と考えているうちに、優樹の右手がその手に包まれる。じんわりとぬくもりが伝わってきた。
当たり前のように手を取られ、少し慌ててしまうけれど、このところ会えば必ずこうなるのだから今さらどうこう言うのはおかしいかもしれない。
「まだ早いけど、店の近くまで行っとく?」
「あ、うん。迷うかもしれないしね」
「それはない」
「ユウキくん、知ってるお店だった?」
「違うけど、調べたから」
ごく当たり前のように言うけれど、若干方向音痴ぎみな優樹にとっては調べただけでたどり着けるとは限らない。それが表情に出ていたのだろう、彼はくすりと笑った。
「ちゃんと連れて行ってあげるから、安心して」
噛んで含めるみたいに言われて、今の態度は失礼だったかもしれないと気づく。
「ユウキくんのこと疑ってるとかじゃなくて、私なら難しいなあって」
「そうだね、ゆきさん地図苦手だし」
そう指摘する彼はどこか楽しげだ。すっかり見破られていて、立場がない。これでも克服しようという気はある。今日だって道中目的地までの地図をスマホに用意してきていた。
けれど彼は、優樹にそれを使わせる気はないようだった。
「俺が一緒にいる限り、迷わせないよ。これからは俺がどこでも連れて行くから」
さらりと告げられた言葉に優樹は目をむいた。
(またそういう……女心をくすぐるようなこと言ってー!)
こういうことの積み重ねで彼に落ちたようなものだ。これから真剣に彼が脈ありかなしかを判断しなければいけないというのに、目が曇ってしまう。
(ちゃんとフラットな目で見ようと思っているのに、欲が出ちゃうよ……)
恨めしげな目でにらむけれど、彼は進行方向をまっすぐ見つめている。口元から息が白く浮き上がっていて、今日はかなり気温が下がったんだったと思い出す。優樹も冷たい空気を喉奥に吸い込んでゆっくりと吐き出した。
駅構内から出て横断歩道を渡った広場の街路樹には、淡いピンク色のイルミネーションが施されていた。恵比寿で見たものと比べるとささやかだが、この時期だけだと思うとつい目が吸い寄せられる。
イルミネーションを流し見ながら人の行き交う横断歩道を渡り、いくつか通りを過ぎると飲食店が立ち並ぶエリアに出た。優樹はソワソワし始める。飲み会の参加メンバーだってそろそろ店に向かっている頃だ。誰に見られるとも知れない状況に、気が気でなかった。
そんな時、彼が立ち止まり、つられて優樹も足を止める。
「ここ」
目的の店は商業ビルの地下にあった。地下へ続く階段を下り自動ドアを抜けると、カウンターが目に入る。カウンターの前に立つ後ろ姿が今回の幹事を引き受けてくれた親友の亜香里だということに気づき、優樹は彼女までのあと三歩を急ぎ足で近づいた。そうして罪悪感に心苦しくなりながらも、彼とつないでいた手をなるべく自然に見えるように振りほどく。
「亜香里!」
優樹の呼びかけに、亜香里はくるりと振り返った。
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