ハズレ合コン救世主〜理系男子の溺愛は不言実行

乃木ハルノ

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お疲れなんですね

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(えっ、寝てる……?)
長めの前髪の向こう越しに、伏せたまつげが影を落としていた。残業も多いと言っていたし、疲れていたに違いない。
(まだ閉店には時間あるよね。しばらく寝かせておいてあげよう)
優樹はそう決めて、肩の力を抜いた。手持ち無沙汰ではあるけれど、スマホを取り出す気にはなれなかった。
店内のインテリア、窓から見える庭の造作、手元のカップなど眺めるべき場所には事欠かない。
ソファの座り心地は抜群だし辺りは静かだし、彼がうとうとする気持ちもわかるような気がした。優樹の目は、自然に彼に向いた。
しっかりと通った鼻筋。ふせたまぶたの縁には浅く二重の線が刻まれている。照明のせいか、目元に隈が見える気もする。仕事が忙しいと言っていたから、そのせいだろうか。
(ユウキくんの顔こんなにじっくり見ること今までなかったけど……)
わずかに開いた唇は乾燥して少し荒れているが、形がいい。しかし優樹が一番に称賛するのは、整った歯並びだった。
(もしかしなくても、隠れイケメンというやつでは?)
けして派手ではないけれど清潔感があって、背も高い。何より今日一日で何度救われたことか。彼の行いは文句なしにイケメンだと断言できる。
それを再確認して一人うなずいていたところで、彼が身じろいだ。ソファにあずけていた頭がぐらりと傾いで、優樹の方へゆっくり倒れてくる。
「わっ、……!」
優樹は考えるより先に、彼の方へ手を伸ばした。両方の手のひらで肩を支え、そうっと背もたれの方に押し戻す。
一瞬彼の薄いまぶたがぴくりと震えた。このまま起きるかに思えたが、意識はまだまどろみの中に沈んでいるようだ。
ほっとしながら、優樹は彼の肩に触れていた手から徐々に力を抜く。最後に指先を外してホールドアップの体勢になりながら、もう倒れてこないかどうかを観察した。
(うん、大丈夫そう)
ひと仕事やり終えたような気分で、ソファに背中をつける。しかし優樹の気が緩んだと同時に彼の身体が再び倒れてしまう。
気づいた時には、優樹の右半身に彼がもたれるような形で寄りかかっていた。
「ぇ、ぇぇぇ~」
身長の差のせいで、優樹の頭は彼の枕にされている。電車内でたまに起こる事態だが、はたから見ればいい感じに寄り添っているように見えるだろうが、優樹は表情も身体もガチガチに緊張していた。
(完全に寝てる……んだろうねこれは)
起こすかどうか、少し考えてすぐに却下する。どうせこんな不安定な体勢では長くは寝ていられないだろう。それまでの間、立派に枕としての役割を果たそうと優樹は決意した。
(て言っても、さすがにちょっと恥ずかしいかも)
先ほどやって来た店員は、状況を察したのかことさらゆっくり丁寧な動きで空いた皿を片付けていった。何を言われたわけでもないけれど、気になってしまう。
彼が起きないように、優樹は身体を動かすことができない。できることと言ったら考えることだけだ。でも余りある時間が優樹を少しずつ追い詰めていく。
肌の弱い優樹でも一切チクチクとした刺激を感じないなめらかな肌当たりのニット、その向こうにある確かな質量。彼と触れ合った右半身が、じんわり熱を持っている。
(いや、欲求不満か)
自分で自分にツッコミを入れる。そうでもしなければ、平静でいられない。
(だってさ、あんなことされたらもしかしてって思っちゃうよ)
彼から与えられた言葉の数々が頭を駆けめぐる。気の迷いとして片付けるには、彼は優樹の心の深くまで入り込んでいた。
少し優しくされただけで勘違いするなんて、アラサーとしてどうなんだ。優樹は情けない思いで深くため息をついた。
煩悩を払うように頭を振ると、その拍子に肩口で切りそろえた毛先が彼の鼻先をくすぐった。
「ん……」
耳元で低く響いた声に胸がどくりと鼓動を刻みだした。肩にかかる重みがわずかに増え、その後完全に消えた。
「わっ……いけね」
第一声に素が垣間見える。
「ゆきさん、ごめん」
彼は自身の髪に手指を差し入れて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「いいよいいよ、お疲れだったんだよね」
「ん、でもせっかく一緒にいるのに」
一緒にいるのになんだというのだ。無意識に女心をもてあそぶのは、ご勘弁願いたい。
彼の言動は優樹のなけなしの乙女心にジワジワとダメージを蓄積させている。
(ダメージなんて言ったら語弊《ごへい》があるかも知れないけど、ちょっとあまりにも心臓に悪いっていうか)
そんな本音を隠しながら、優樹は口角を上げた。
「私には気を使わないでいいよ。それよりあんまり無理しないでね。まあ、私が言うなって感じだけど」
言外に今日はるばる来させてしまったことを詫びる気持ちを込めて告げる。
(きっと彼のことだからコントロールはしているんだろうけれど)
すぐさまそう思い直して余計なことを言った弁護をしようとした時、彼がふっと表情を柔らかくした。
「ありがと、気をつける」
あんまりまっすぐ受け止められたものだから、優樹は言いかけていた言葉を一旦飲み込んだ。
「ん……あの、私にできることがあったら言ってね。ストレス発散したい時とか」
「え」
彼が自分にしてくれたことを返したいという気持ちでそう伝えると、彼は目をまたたかせた。
「愚痴聞くとか、肩揉みするとか、美味しいもの食べに行く時にごちそうさせてもらうとか、そういうことならできるからさ」
逆に言うとそれしかできないとも言えるけれど、役に立ちたい一心だった。彼の顔をちらりと見上げると、しっかりと視線が絡み合った。
(おぅ……私なんか、間違った?)
そう思ってしまうくらいの強いまなざしだ。固唾を呑んで目を見返していると、ようやく彼が口を開いた。
「お願いしてもいい?」
「も、もちろんだよ」
じっと見つめられたまま問われて、口ごもりながらうなずく。
「何したらいい?」
「ゆきさんに癒やされたい」
「いっ……?」
自慢ではないが、優樹は癒やし系ではない。少なくとも自分ではそう思っていない。
(華奢でふわふわして女らしくてかわいい子ならいざしらず、私に?)
――人選ミスとしか思えないが、なんでもやると言った手前受けて立とうじゃないか。
「わかった、私でよければ……!」
「やった」
彼は無邪気に笑みを浮かべた。期待に応えなければと思い、優樹は記憶を探って癒やしにふさわしい知識を拾い上げようとする。
「あ」
一つ心当たりが浮かび、優樹は声を上げた。
「今日のお店を調べた時に見つけたんだけど、近くに暖炉カフェとベッドありバーというのがあって」
癒やしの空間としていいのではないかと思って、手元のスマホで検索画面を開く。
「ベッド……バー?」
彼は目をしばたたかせて、繰り返した。
「うん」
「ってなに、飲み会でそんなとこ行こうとしてたの」
問い詰める声音がなぜだか険しい。
「えっ、そうだけど……いけなかった?」
「なんか、すごいいかがわしそう」
眉をひそめられて、優樹は慌てて反論した。
「違うよ!? いかがわしいところじゃないからね? ……ちょっと待ってて」
急いでスマホを操作して、情報サイトでお店のページを出す。
「ほら見て! 違うでしょ」
「こんな写真じゃわかんないよ」
「口コミ!」
「ええ……誰が書いてるかわからないし、信用できる?」
なおも懐疑的な彼に優樹はつい口を滑らせてしまった。
「じゃあ行ってみようよ、証明するから」
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