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ドレス
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上階へ続く石段を登る彼の肩にすがりつき、揺れに身を任せる。
揺れの程度はさほどではなかったが、視線の高さにくらくらしてしまう。
男が扉の枠をくぐるたびに、ミレイユは頭を打ちつけるんじゃないかと心配になり、首をすくめた。
いくつかの扉を抜けた後、小部屋に入った。
男はミレイユを肩から下ろすと、室内のベッドに放り出した。マットレスの上で身体が跳ねる。
硬い感触とぎしぎしと鳴るところをみると、上等な品ではないとわかる。
しかしミレイユにお馴染みのものだった。
男はベッドの足元に立って、ミレイユを見下ろしていた。
ランプの淡い光で、彼の瞳が獲物を見定めるようにゆっくりと瞬いている様が照らし出される。
「さて、始めようか」
半分起こしたミレイユの上半身を囲うように男の手がシーツの上に着地すると、二人分の体重を受け止めたベッドが悲鳴のような軋みを響かせた。
自分を守るように胸の前で組み合わせた両手はまとめて持ち上げられる。
彼は片手でミレイユの両腕を封じると、もう一方の手をドレスの胸元に這わせた。
長い指先がくるみ釦を一つ二つと外したところで、ミレイユはようやく危機感を覚えた。
慌てて身をよじって逃れようとするものの、腕を枕元に固定されていて叶わない。
「お、抵抗する気か?」
気づいた男が、顔を覗き込んでくる。
「いいぞ。その方が楽しめる。ほら、頑張れ頑張れ」
そうして器用に片頬だけ上げて、煽るような言葉を投げかけてきた。
いっそう強く力を込め、全力で暴れてみせても拘束はまったく緩まない。
ミレイユの息が上がっても、男の方は余裕の表情だ。
──全然敵わない……。
男女の力の差を見せつけられて絶望に眉を寄せた時、中途半端にはだけた胸元でドレスの布地が引き攣れていることに気がついた。
繊細なシルク地が傷んでしまうことを懸念して、ミレイユは動きを止めた。
「もうおしまいか?」
尋ねられ、ミレイユは力なく頷いてみせた。
「はい。もう抵抗はしません。だから、ドレスには触れないでください」
「なぜ?」
「破損したくないんです」
ミレイユの言葉を聞き、男は不可解そうに眉を寄せた。
このドレスは、ミレイユに貸し与えられたものだ。本来の持ち主は彼女の妹、正確には義妹だった。
男は一つまばたきをすると、唇の片側を器用に上げてみせた。
「なるほど? なら、自分で脱いでみせろ」
「え……」
言い渡された言葉にぎょっとする。
自分からドレスを脱ぐなど、淑女の嗜みではない。
けれどミレイユの事情など男は知ったことではないとでも言うように、脅しをかけてきた。
「俺に引き裂かれたくなかったらな」
──引き裂く、だなんて。
身に纏うことを許されたこのドレスも、いつ返せと言われるかもわからない。
義妹、そして継母との関係は、信じては裏切られの連続だった。
王都へ出発する前に、彼女たちはなんと言っていたか、ミレイユは鮮明に思い出せる。
「留守番、頼んだわよ」
「もし役目を全うできたら、その時はお姉様を家族の一員だと認めてあげてもいいわ」
それはこの数年、ミレイユが何よりも望んでいたことだった。
揺れの程度はさほどではなかったが、視線の高さにくらくらしてしまう。
男が扉の枠をくぐるたびに、ミレイユは頭を打ちつけるんじゃないかと心配になり、首をすくめた。
いくつかの扉を抜けた後、小部屋に入った。
男はミレイユを肩から下ろすと、室内のベッドに放り出した。マットレスの上で身体が跳ねる。
硬い感触とぎしぎしと鳴るところをみると、上等な品ではないとわかる。
しかしミレイユにお馴染みのものだった。
男はベッドの足元に立って、ミレイユを見下ろしていた。
ランプの淡い光で、彼の瞳が獲物を見定めるようにゆっくりと瞬いている様が照らし出される。
「さて、始めようか」
半分起こしたミレイユの上半身を囲うように男の手がシーツの上に着地すると、二人分の体重を受け止めたベッドが悲鳴のような軋みを響かせた。
自分を守るように胸の前で組み合わせた両手はまとめて持ち上げられる。
彼は片手でミレイユの両腕を封じると、もう一方の手をドレスの胸元に這わせた。
長い指先がくるみ釦を一つ二つと外したところで、ミレイユはようやく危機感を覚えた。
慌てて身をよじって逃れようとするものの、腕を枕元に固定されていて叶わない。
「お、抵抗する気か?」
気づいた男が、顔を覗き込んでくる。
「いいぞ。その方が楽しめる。ほら、頑張れ頑張れ」
そうして器用に片頬だけ上げて、煽るような言葉を投げかけてきた。
いっそう強く力を込め、全力で暴れてみせても拘束はまったく緩まない。
ミレイユの息が上がっても、男の方は余裕の表情だ。
──全然敵わない……。
男女の力の差を見せつけられて絶望に眉を寄せた時、中途半端にはだけた胸元でドレスの布地が引き攣れていることに気がついた。
繊細なシルク地が傷んでしまうことを懸念して、ミレイユは動きを止めた。
「もうおしまいか?」
尋ねられ、ミレイユは力なく頷いてみせた。
「はい。もう抵抗はしません。だから、ドレスには触れないでください」
「なぜ?」
「破損したくないんです」
ミレイユの言葉を聞き、男は不可解そうに眉を寄せた。
このドレスは、ミレイユに貸し与えられたものだ。本来の持ち主は彼女の妹、正確には義妹だった。
男は一つまばたきをすると、唇の片側を器用に上げてみせた。
「なるほど? なら、自分で脱いでみせろ」
「え……」
言い渡された言葉にぎょっとする。
自分からドレスを脱ぐなど、淑女の嗜みではない。
けれどミレイユの事情など男は知ったことではないとでも言うように、脅しをかけてきた。
「俺に引き裂かれたくなかったらな」
──引き裂く、だなんて。
身に纏うことを許されたこのドレスも、いつ返せと言われるかもわからない。
義妹、そして継母との関係は、信じては裏切られの連続だった。
王都へ出発する前に、彼女たちはなんと言っていたか、ミレイユは鮮明に思い出せる。
「留守番、頼んだわよ」
「もし役目を全うできたら、その時はお姉様を家族の一員だと認めてあげてもいいわ」
それはこの数年、ミレイユが何よりも望んでいたことだった。
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