17 / 33
夜這い1
しおりを挟む
その日の夜、湯浴みを終えたベアトリーチェは早めにメイドを下がらせた。疲労を感じているのは、久々に他人と長く会話したからだろうか。
このまま眠りたいところだけれど、そうもいかない。
レオンハルトはこの城に長く滞在するつもりはないと言っていた。例の件を実行するなら早い方がいい。
彼と二人で話してみてこんな計画が成功するはずもないという思いが強くなっている。
怖気づいてもいたが、どうせ黙っていても断罪される運命だ。
――それならせめて、あがいてみよう。
半ばやぶれかぶれな思いで、レオンハルトの訪問からずっと枕の下に押し込めておいた例の品物を取り出す。
今夜決行しなければきっとこの決意も萎れてしまう。これまで国が傾いていく様を見ているしかなかった自分がほんの少しでも貢献できるなら。
自己犠牲の気持ちを胸に、ベアトリーチェは震える手でポーチを開けた。
最低限の準備を終えると、自室を出る。夜の城内はしんとして、ひどく侘しい。
元々使用人の数が少ないうえ、トライデントの兵士たちの世話のために手を取られているのだ。
ただ、今のベアトリーチェにとっては都合がいい。
夜更けに男性の部屋に忍んでいくところなんて誰にも見られたくなかった。
ネグリジェの上から防寒用のガウンを一枚羽織り、レオンハルトの滞在する部屋に向かう。手すりを握りしめながらゆっくりと階段を下ると、程なくして賓客用の部屋の並ぶ場所へ出た。
一番手前の客室に、彼はいるはずだ。扉の前に立ち、どうやって声をかけようかと逡巡していると、中から呼びかけられた。
「誰だ」
誰何の声を受け、ベアトリーチェは胸に抱いたポーチをぎゅっと抱きしめた。
「夜分に失礼します、ベアトリーチェです……」
震える声で応じると、すぐに内側から扉が開かれた。
「どうした」
扉の向こうに立つレオンハルトは、困惑の表情を浮かべている。
それはそうだ。ベアトリーチェと彼は、戦勝国と敗戦国の代表同士でしかない。こんな時間に訪ねるのは非常識だ。
「あ、あの、」
うまい返しが浮かばず声を上ずらせていると、レオンハルトは一歩下がって部屋の中へとベアトリーチェを誘った。
「中で話そう。廊下は冷えるだろう」
「すみません」
先に立つレオンハルトの背中を追って、室内に足を踏み入れる。
彼は飾りのないシャツを纏っていた。ベルトは解いているが、下はまだ軍服のままだ。
昼に会ったときはしっかりと上げられていた前髪は今は下ろされて、薄明かりに鈍く光を放っている。
隙のない軍服姿と比べると、少しだけ雰囲気が和らいでいるような気がした。
「それで、こんな時間に何の用だ?」
訪ねてきた理由を問われ、ベアトリーチェは浅く息を吸った。
「レオンハルト様、私と一夜を共にしていただけませんか」
抑揚のない声で要望を告げると、整った眉がはっきりとしかめられる。
このまま眠りたいところだけれど、そうもいかない。
レオンハルトはこの城に長く滞在するつもりはないと言っていた。例の件を実行するなら早い方がいい。
彼と二人で話してみてこんな計画が成功するはずもないという思いが強くなっている。
怖気づいてもいたが、どうせ黙っていても断罪される運命だ。
――それならせめて、あがいてみよう。
半ばやぶれかぶれな思いで、レオンハルトの訪問からずっと枕の下に押し込めておいた例の品物を取り出す。
今夜決行しなければきっとこの決意も萎れてしまう。これまで国が傾いていく様を見ているしかなかった自分がほんの少しでも貢献できるなら。
自己犠牲の気持ちを胸に、ベアトリーチェは震える手でポーチを開けた。
最低限の準備を終えると、自室を出る。夜の城内はしんとして、ひどく侘しい。
元々使用人の数が少ないうえ、トライデントの兵士たちの世話のために手を取られているのだ。
ただ、今のベアトリーチェにとっては都合がいい。
夜更けに男性の部屋に忍んでいくところなんて誰にも見られたくなかった。
ネグリジェの上から防寒用のガウンを一枚羽織り、レオンハルトの滞在する部屋に向かう。手すりを握りしめながらゆっくりと階段を下ると、程なくして賓客用の部屋の並ぶ場所へ出た。
一番手前の客室に、彼はいるはずだ。扉の前に立ち、どうやって声をかけようかと逡巡していると、中から呼びかけられた。
「誰だ」
誰何の声を受け、ベアトリーチェは胸に抱いたポーチをぎゅっと抱きしめた。
「夜分に失礼します、ベアトリーチェです……」
震える声で応じると、すぐに内側から扉が開かれた。
「どうした」
扉の向こうに立つレオンハルトは、困惑の表情を浮かべている。
それはそうだ。ベアトリーチェと彼は、戦勝国と敗戦国の代表同士でしかない。こんな時間に訪ねるのは非常識だ。
「あ、あの、」
うまい返しが浮かばず声を上ずらせていると、レオンハルトは一歩下がって部屋の中へとベアトリーチェを誘った。
「中で話そう。廊下は冷えるだろう」
「すみません」
先に立つレオンハルトの背中を追って、室内に足を踏み入れる。
彼は飾りのないシャツを纏っていた。ベルトは解いているが、下はまだ軍服のままだ。
昼に会ったときはしっかりと上げられていた前髪は今は下ろされて、薄明かりに鈍く光を放っている。
隙のない軍服姿と比べると、少しだけ雰囲気が和らいでいるような気がした。
「それで、こんな時間に何の用だ?」
訪ねてきた理由を問われ、ベアトリーチェは浅く息を吸った。
「レオンハルト様、私と一夜を共にしていただけませんか」
抑揚のない声で要望を告げると、整った眉がはっきりとしかめられる。
0
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
冷静沈着敵国総督様、魔術最強溺愛王様、私の子を育ててください~片思い相手との一夜のあやまちから、友愛女王が爆誕するまで~
KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
フィア・リウゼンシュタインは、奔放な噂の多い麗しき女騎士団長だ。真実を煙に巻きながら、その振る舞いで噂をはねのけてきていた。「王都の人間とは絶対に深い仲にならない」と公言していたにもかかわらず……。出立前夜に、片思い相手の第一師団長であり総督の息子、ゼクス・シュレーベンと一夜を共にしてしまう。
宰相娘と婚約関係にあるゼクスとの、たしかな記憶のない一夜に不安を覚えつつも、自国で反乱が起きたとの報告を受け、フィアは帰国を余儀なくされた。リュオクス国と敵対関係にある自国では、テオドールとの束縛婚が始まる。
フィアを溺愛し閉じこめるテオドールは、フィアとの子を求め、ひたすらに愛を注ぐが……。
フィアは抑制剤や抑制魔法により、懐妊を断固拒否!
その後、フィアの懐妊が分かるが、テオドールの子ではないのは明らかで……。フィアは子ども逃がすための作戦を開始する。
作戦には大きな見落としがあり、フィアは子どもを護るためにテオドールと取り引きをする。
テオドールが求めたのは、フィアが国を出てから今までの記憶だった――――。
フィアは記憶も王位継承権も奪われてしまうが、ワケアリの子どもは着実に成長していき……。半ば強制的に、「父親」達は育児開始となる。
記憶も継承権も失ったフィアは母国を奪取出来るのか?
そして、初恋は実る気配はあるのか?
すれ違うゼクスとの思いと、不器用すぎるテオドールとの夫婦関係、そして、怪物たちとの奇妙な親子関係。
母国奪還を目指すフィアの三角育児恋愛関係×あべこべ怪物育児ストーリー♡
~友愛女王爆誕編~
第一部:母国帰還編
第二部:王都探索編
第三部:地下国冒険編
第四部:王位奪還編
第四部で友愛女王爆誕編は完結です。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる