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啓斗の気持ち2

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「……俺、クソ野郎なのかな」

口に出してから自分に引いた。そんなことないという答えを期待するずるい質問だ。紗矢はテーブルに頬杖をついて眉根を寄せた。

「好意を利用して搾取するの? 貢がせたりとか」
「してない! 俺、そんな風に見える?」

肯定されたらかなりショックだ。付き合っても長続きしないのは誠意がないからだと言われてもおかしくないけれど、ヒモ扱いされるほど外道じゃない。

「わからないけど、悪いことしてないなら別にいいんじゃないの」

話は終わりだとでも言うように背中を向けられてしまった。反対隣で居眠りをしていた女友達が覚醒したらしい。
聴いていた曲がサビに入る直前でプレイヤーの電源が落ちてしまったみたいな物足りなさを感じつつ、友人を放っておいて話の続きをせがむわけにはいかない。

「おーい、水飲む? そろそろラストオーダーの時間だよ」

紗矢は再びうとうとし始めた女友達の肩を揺り動かして覚醒を促す。その甲斐もなく、彼女は不明瞭に何事かを呟きながらテーブルに突っ伏してしまった。
結局、女を搾取する悪い男に見えていたのかという問いは宙に浮いたままだ。

「ぎりぎりまで寝かせといてあげれば。いざとなったら運ぶから」
「そうだね。もしもの時はお店出るまで手を借りるかも」

友人を気にしつつも、紗矢の注意はようやくこちらに向く。とはいえすでに閉じた話題を蒸し返すのも場違いな気がして切り出せなかった。代わりに少しずらした地点から会話を再開させることにする。

「紗矢ちゃんって呼ばない方がいい?」
「いや、いいよ。友達もそう呼ぶし」

よく知らない相手から馴れ馴れしく呼ばれるのは嫌なのかと思って問いかけると、あっさり首を振った。

「じゃあ俺のことも名前で呼んで」
「わかった。名前なんだっけ、ケイゴ?」
「啓斗」

放っておいたら口角がつり上がってしまいそうで密かに唇の裏側に歯を立てた。この塩対応、たまらない。
サークルでは同年代より上の女子からはケイくんって呼ばれることが多い。男は苗字呼び捨て。後輩はケイ先輩か、小笠原先輩。
名前を間違えられて悦ぶなんてまあまあの変態だ。でもこんなに雑に扱われることはほとんどないから逆に新鮮で、紗矢に対しての好感度がどんどん上がっていく。
それなのに紗矢はその日は一度も名前で呼んでくれなかった。
居酒屋の退店時間が近づく中、元の席に呼び戻されるまでの時間は十五分足らず。短いけれどたわいない会話の合間に呼びかけるチャンスはいくつかあったはずなのに。
頃合いを見て連絡先を交換して、後からメッセージの一つくらい送ってくれるだろうという予想も裏切られた。
どうしたら警戒されないかと頭を悩ませながら送ったメッセージの返信は、一夜明けた朝に届いた。
絵文字もスタンプもない『昨日はお疲れ様』というそっけない一言。
うっとうしいと思われない程度にやり取りを重ね、その次の週半ばに学内のカフェテリアで再会した。お互い同じ時間に空きコマがあることがわかったからだ。
一限が終わった十時半過ぎに待ち合わせて、一度学外に出る。人もまばらな住宅地をしばらく歩いて紗矢の行きつけだという小さなカフェに入った。
店内には近所に住んでいると思わしき主婦の集いの場となっていて、男性客は俺一人。少し構えながら端の二人席に座った。
紅茶専門店という看板の通りメニューには種類豊富な茶葉の名前が書かれている。
馴染みがなくどれを選んだらいいか迷っていると、エプロン姿の男性がやってきて手助けをしてくれた。
注文が来るまでの待ち時間に店内の様子を眺めていると、カントリー調の内装の所々に聖書の一場面をかたどった木彫りの置物やガラスのツリーなどクリスマスにちなんだものが飾りつけられているのに気がついた。

「いい店だね」
「そうでしょ。ランチも美味しいんだよ」
「楽しみ。よく来るの?」
「時々かな。先週は女子会したよ」

確かに女子が好きそうな雰囲気ではある。

「落ち着いてるからデートにも良さそう」
「ああ、そうかもね。今度は彼女と来なよ」

この流れで彼女の有無を探り出されることはよくあったから、もしかして紗矢もその手合いなのかと身構える。
一瞬の間が空いたせいか、紗矢の視線が探るように顔に寄せられた。わずかな沈黙が落ちた隙に、テーブルのそばに人影が近づいてきた。

「お待たせしました。クリスマススパイスのミルクティーと、ストレートのダージリンです」

穏やかそうな女性店員がテーブルにティーポットとソーサーに乗せられたカップを並べる。ソーサーの端には輸入品らしきクッキーが添えてあった。

「この砂時計の砂が落ちきったら飲み頃です」
「ありがとうございます」

丁寧にお礼を告げる紗矢にならって軽く会釈をすると、女性店員が興味深そうな眼差しを送ってくる。

「紗矢ちゃんが男の子連れてくるの、初めてじゃない? もしかして彼氏だったり?」
「いや、普通に同じサークルの人です」
「あら、そうなの」
「はい。彼、顔が広いので友達連れてきてもらえるかなって」
「まー、お気遣いありがとうございます。助かるわぁ」

店員はごゆっくり、と言い置いてカウンターの向こうへと戻っていった。
サークルの人。まだ友人の枠にすら入れてもらえないらしい。密かにショックを受けていると、紗矢が大きめのカップを手前に引き寄せる。

「というわけで、よかったら誰か連れてきてね」
「いいの? お気に入りの店なんだよね」

問い返すと、紗矢はどうしてそんなことを聞くのかといった風に首を傾げた。

「もちろんいいよ。好きなお店には繁盛してほしいもん。私も本当は毎日来たいくらいなんだけど、週に一度の贅沢なんだ」

ランチはさすがに学食の方が安いけれど千円ちょっとだし、ドリンクは駅前のスタバとそう変わらない。
確かに学生の身分でそう頻繁に訪れるのは厳しい。
なるほどと相槌を打つと、紗矢は重たげなカップを持ち上げて慎重に口をつけた。
カップから離れた上唇にフォームミルクの泡がついているのが見えて、とっさに指を伸ばす。すると紗矢は警戒するかのように体を引いた。

「何」
「泡、ついてるから」
「口で言ってくれたらいいのに」

慌てて紙ナプキンで唇を押さえる紗矢の肩の向こうでさっきドリンクを運んでくれた女性店員が何やらジェスチャーを送ってくる。
たぶん俺達のことを付き合ってないけどいい感じだと勘違いしている。

「また付き合ってるって間違えられちゃうかな」
「それはほんとゴメン。でも小笠原君も悪いと思う」

この間名前で呼んでほしいと言ったのに忘れてしまったのだろうか。訂正したいが、話が逸れてしまう。こちらの非とやらを特定するのが先だ。
どういうことかと問うと、店に入る時にドアを押さえていたこととか、エスコートめいた行動や話す時の距離の近さのせいだという。

「全然意識してなかった」
「天然でジゴロなんだろうね」
「ジゴロって……人の口から初めて聞いた」
「じゃあホスト?」

ほとんど悪口にあたるような気がする。でも当の本人があっけらかんとしているから嫌味に感じない。

「なんか紗矢ちゃんって俺の扱い雑だよね」
「ちやほやしてくれる人なんて他にいくらでもいるでしょ」

突き放すような態度。媚びない言葉が小気味いい。気が強いというより自分を持ってるという印象だ。
これからもそのままでいてほしい。ささやかな願いは陳腐に聞こえそうで口には出せなかった。
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