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第13話 メイドの嗜み
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目を覚ましたはずのタクミが美咲にどつかれて意識を失うという思わぬ事態が発生した冒険者パーティーのストレンジャー。派手にタクミを吹き飛ばした美咲は必死の形相で彼の体を揺さぶって「タクミ君、ゴメンナサイ」と声を枯らしながらなんとか目覚めさせようとしている。だが圭子が彼女の肩に手を置いて止めに入る。
「タレちゃん、たぶん脳震盪だと思うから体を揺するのは逆効果よ。まずはゆっくりとベッドに寝かせて」
「は、はい… あの… タクミ君は大丈夫なのでしょうか?」
「まあ、それなりに頑丈に出来ているはずだからたぶん命には別条ないでしょう。空、あなたって聖女なんでしょう。回復魔法くらいできるわよね」
「クックック、我は神に選ばれし使徒。いまだ未熟なれども多少の術は心得ておる」
「それじゃあチャチャッとタクミを回復してやってよ」
「よかろう」
エラそうな態度で空がタクミの横にやってくる。彼女に場所を譲った美咲は心配そうに気を失ったタクミを見つめている。
「クックック、それでは回復」
空が手を翳すと手の平から純白の柔らかな光がタクミに向けて照射されていく。そのまま5秒ほど光を当てると、ゆっくりとタクミの目が開いていく。
「う~ん、なんだか変な夢を見たな」
「タクミ君、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」
「何で美咲が謝っているんだ?」
脳震盪にありがちな記憶の一部がどこかに飛んでいる症状がタクミにも表れているのだろう。そもそも寝起きのところにもってきていきなり美咲にブッ飛ばされたのだから、覚えている方がおかしいかもしれない。
「あの… 夜中にちょっと喉が渇いて水を飲んで… それで自分のベッドに戻ったと思ったら間違えてタクミ君のベッドに潜り込んじゃったみたいなんです。それで朝起きてみたら隣にタクミ君が寝ていて… 私ったら気が動転して思いっきりタクミ君を突き飛ばしてしまいました。本当にゴメンナサイ」
「いや、全然覚えていないからそんなに謝らないでいいぞ。言われてみれば側頭部と首にちょっと痛みが残っているけど特に問題ないレベルだ。あとで自分で治療しておくから、出掛ける頃には完全に復活しているはずだ」
「本当ですか? 変なぶつけ方をしていませんか?」
「ああ、問題ない」
どうやらタクミのダメージは大したことがないようなので美咲は一安心した表情。つい先程までは今にも泣き出しそうだったのだが、現在は俯きがちではあるもののだいぶ立ち直っている。
するとここで圭子が…
「いや~、ビックリしたわ。まさかタレちゃんがタクミを軽々と吹っ飛ばすなんて」
「はい、実は皆さんには隠していましたが、私って生まれつき力が強いんです」
「いやいや、あれは力が強いとかいうレベルじゃないわよ。ちなみに握力はいくつなの?」
「学校にある握力計では針を振り切ってしまって計測不能です」
「じゃあ、ちょっとこれを持ってみてよ。結構重たいからそっと渡すわよ」
圭子がアイテムボックスから取り出したのは彼女が日常の筋トレで使用している70キロのバーベル。
「えっ、これが重たいんですか?」
圭子が両手で手渡したバーベルを、あろうことか美咲はヒョイッと片手で受け取って清ました顔で上げ下げしてまったく重量を感じさせない。
「いやいや、タレちゃん、それはおかしいってば! 私だって片手では扱わないわよ」
「そうですか。私にはもうちょっと重たくないと重量感を感じません」
恐れ入るとはこのことだろう。圭子だけではなくて他のメンバーも70キロのバーベルをバトントワリングの要領でクルクル回し始める美咲にドン引きしている。
「これが噂に聞く怪力メイドってやつね。まさかこんな身近に希少属性の持ち主がいるとは思わなかったわ。あっ、タレちゃん。これ以上は危険だからバーベルは仕舞っておくわね」
このままでは調子に乗った美咲がバーベルをもっとド派手に振り回すんじゃないかと懸念した圭子が止めに入っている。その時…
「圭子ちゃん、そのバーベルって本当に重たいんですか?」
圭子がアイテムボックス収納しようとした横から春名が口を挟んでくる。
「そんなに信じられないんだったら自分で持ち上げてみなさいよ」
圭子はバーベルを床に置いて春名に向かって「さあやってみろ!」と顎をしゃくる。美咲があまりにも軽々とバーベルを取り扱うのを見たせいで自分も出来そうだと変な考えを起こしてしまった春名が両手で握って引き上げようとするが…
「重すぎてビクともしませんよ~」
「当たり前でしょう。軽かったら私のトレーニングにならないじゃないの」
「はぁ~… タレちゃんはスゴイんですねぇ~。ひょっとして武器を手にしたらもっと強くなれるんじゃないですか?」
春名の言葉に美咲はハッとする。
「私、春名ちゃんの言葉で目が覚めました! これから武器の取り扱い方を学んでご主人様をお守りできるメイドになりたいです!」
「タレちゃん、ご主人様って誰のことよ?」
圭子のちょっと意地悪な質問に美咲は耳まで真っ赤になっている。
「そ、そ、それは… 秘密です」
女子たちには美咲が顔を真っ赤にする意味がわかっているが、タクミには何のことやらサッパリ理解不能の会話だったと付け加えておく。
ここで美智香が思い立ったように…
「それにしても空って名ばかり聖女かと思っていたけど、実はちゃんと回復魔法が使えるとは驚いた。ちょっと見直したかもしれない」
「クックック、我は敬虔なる経典の信者ゆえにこの程度の術は造作もない」
「さっき『いまだ未熟』って言ってたじゃないのよ」
「クックック、更なる高みを目指すのであらば新たなる経典を手に入れなければならぬ」
「異世界でガチホモ本が手に入るわけない」
「あっ」
これまで調子に乗って厨2病の風をブイブイ吹かしていた空が素になってシマッタという表情。いや、たぶん聖女のスキルとガチホモ本は関係ないと思われるが…
この遣り取りを聞いていたタクミが空に向き直る。
「そうか、俺が目を回していたのを空が回復してくれたのか。助かった、感謝する」
「クックック、言葉による礼ではなくて我は大胸筋を所望する」
「圭子、空は俺に何を求めているんだ?」
「たぶん『タクミの胸板を心行くまで触らせろ』っていう意味でしょう」
「空、ハッキリ言っておくぞ。だが断る!」
どうやらタクミは空の妄想のオカズになるのは勘弁という表情。確かにガチホモ好きの腐女子の妄想ネタになるのは正常な男子には耐えがたいに決まっている。
こんな具合でずいぶんとバタバタした朝だったが、圭子の「朝食にしましょう」という号令で各自は朝の支度を整えて1階へと降りていく。朝食のメニューは野菜スープに黒パン、薄切りにした塩漬け肉のソテーといったシンプルな内容。ただし希望者には昨日のオーク肉の煮込みの残り物が配膳されるので、同じ宿に宿泊している冒険者と思しき面々はほとんどがオーダーしている。どこの世界でも冒険者は体が資本。朝からガッツリ食べるのが当たり前のよう。ストレンジャーのメンバーでは武闘派のタクミと圭子だけ煮込みを注文して、他の女子たちはそんなに入らないという表情。
「本当にいいの? 多分かなりの距離を歩くから、しっかり食べたほうがいいわよ」
「私たち頭脳労働者にはカロリーオーバー」
「さすがに朝はそこまで食欲はないですよ~」
美智香と春名が断りの弁を述べている。
こうして朝食を終えると、一旦部屋に戻って各自が装備の確認。もっとも全員の荷物は各自のアイテムボックスに入っているので、身に付ける品と武器等の確認をすればオーケー。
「よし、それじゃあ出発しようか」
今度はタクミの号令で全員が階段を下りて外に出ていく。そのまま一旦冒険者ギルドに立ち寄って王都周辺の地図を受け取って街の門をくぐっていく。
門の外には王都への入場を待つ人達の行列が続いている。意外にも人々の往来はかなり活発なよう。その様子を横目で見ながら一行は地図を頼りに街道を進む。
「そろそろこの辺から草原に入っていくようだ。ここから先は油断するなよ」
タクミの指示に従って街道を逸れて草原を進むと遠くから小さな気配が伝わってくる。膝丈の草の間を白い生き物がピョンピョンと跳ねているのがはっきりとわかる。
「どうやらあの一帯がホーンラビットの生息区域のようだな。ここはまだ範囲外のようだから、ひとまずこの場に拠点を置こう」
タクミがイスとテーブルを取り出すと岬が素早く自分の収納からティーセットを取り出してお茶の準備を始める。なんて家庭的で有能なメイドだろう。逆に今朝方見せつけた怪力のほうが信じられない
「すぐにお茶の用意なんて気が利くな」
「メイド嗜みです」
タクミに声をかけられて顔を赤らめながらも黙々とお茶の用意をする美咲。
「どうぞ」
まずはタクミの前に丁寧に入れた紅茶を差し出している。おそらく美咲のセリフには頭に付けるべき「ご主人様」というフレーズが省略されていると思われる。
「皆さんの分も用意しますからお待ちください」
そう言って引き続きお茶の用意に戻る美咲。
岬の配慮のおかげで和やかな雰囲気で本日の実際の活動がスタートする。
「まずは春名と美智香には魔法が発動できるようになってもらおう。俺が具体的に教えるから、二人は頑張ってもらいたい」
「了解した」
「あの~、タクミ君。付与術式の勉強はしなくていいんですか?」
美智香は素直に頷いたものの春名は頭に浮かんだ質問をストレートにタクミにぶつけている。
「属性付与なんてもっと後に覚えるべき応用編だ。まずは魔法の基礎を知らなければ応用なんて手が出ないだろう」
「言われてみればその通りでした」
「ああ、そうだった。二人はちょっと待っててくれ」
タクミは春名と美智香に断りを入れると、圭子の元に。
「圭子、大振りの剣とか持ち合せはあるか?」
「アイテムボックスにいっぱい入っているわ」
「その中から美咲の手に合いそうな得物を選ばせてやってくれ」
「それはいい考えね。タレちゃん、ちょっとこっちに来てよ」
「はい、わかりました」
圭子は美咲の手を引いてテーブルからちょっと離れた場所に連れ出していく。距離を十分置いてからアイテムボックスを探っては大型の剣や戦闘斧、長槍などを次々に出していく。
「タレちゃん、どれでも好きな得物を選んでいいわよ。もちろん手に取って感触を確かめて構わないけど、どれもキレ味抜群だから取り扱いには注意してね」
「はい、わかりました」
明るい声で返事をした美咲は順番に草むらに無造作に置いてある剣を手に取る。
「う~ん、これはちょっと軽いですね~」
現在彼女が手にしているのは刃渡りが180センチの大型剣で重量は20キロほどある。訓練を積んだ騎士でもこのような大型剣を5回も振り回したら腕が上がらなくなる代物だが、そんな剣を手にする美咲は「ちょっと軽い」などとバカげたことを口にしている。
「タ、タレちゃん、誤解のないように言っておくけど、そこに置いてある剣はどれも大型で世間一般ではかなり重たい部類に入るのよ」
「えっ、そうなんですか。でも何というか… 軽すぎてしっくりこないんです」
この時点で圭子はもう何も言うまいと心に決めている。自分と美咲の常識があまりにも掛け離れていることに気が付いたよう。
その間にも美咲は何本もの剣を手にして時には軽く素振りをしたりあれこれ悩んでいる。やがて2本の剣を選んで圭子に告げる。1本は龍殺しの聖剣と謳われるデュランダルの銘を持つ剣で、もう一方はこれまた伝説に残る聖剣のアロンタイド。当然ながらどちらも刃渡り2メートルオーバーの超大型剣。
「タレちゃん、そんな大きな剣は普通両手で持つのよ」
「でもなんだか片手で扱うほうが手に馴染むんです。こんな感じで」
美咲は2本の超大型聖剣をそれぞれ片手持ちで器用に振り回し始める。圭子は内心で(なんて無茶なマネを…)と呟くものの、よくよく美咲の剣捌きを見ていると基礎がしっかりした上に成り立っている動きだと気が付く。
「タレちゃん、ひょっとしてあなたって剣の心得があるの?」
「はい、小学校の時に剣道を習っていました。でも相手と打ち合いするとすぐに竹刀が折れるし、面に一本入れると相手は気絶するしで、結局素振りしかやらせてもらえませんでした」
「そりゃぁ~、そうだわ」
「でもその分素振りは3年間しっかりやりましたから、それなりに基礎はできているんだと思います」
「いやいや、基礎とかそういう問題じゃないでしょうが。そんな大型剣を2本も振り回していたら、誰もタレちゃんの間合いになんて入れないわよ。私だって躊躇するくらいなんだからね」
「でも実戦経験がゼロなので、圭子ちゃんにはもっと色々と教えてもらわないとご主人様をお守りできません」
「だからそのご主人様って誰のことなのよ?」
「あっ… な、何でもありませんからぁぁぁ!」
2本の大剣を手にしながら顔を真っ赤に染める美咲の叫び声が草原にこだまするのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
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「タレちゃん、たぶん脳震盪だと思うから体を揺するのは逆効果よ。まずはゆっくりとベッドに寝かせて」
「は、はい… あの… タクミ君は大丈夫なのでしょうか?」
「まあ、それなりに頑丈に出来ているはずだからたぶん命には別条ないでしょう。空、あなたって聖女なんでしょう。回復魔法くらいできるわよね」
「クックック、我は神に選ばれし使徒。いまだ未熟なれども多少の術は心得ておる」
「それじゃあチャチャッとタクミを回復してやってよ」
「よかろう」
エラそうな態度で空がタクミの横にやってくる。彼女に場所を譲った美咲は心配そうに気を失ったタクミを見つめている。
「クックック、それでは回復」
空が手を翳すと手の平から純白の柔らかな光がタクミに向けて照射されていく。そのまま5秒ほど光を当てると、ゆっくりとタクミの目が開いていく。
「う~ん、なんだか変な夢を見たな」
「タクミ君、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」
「何で美咲が謝っているんだ?」
脳震盪にありがちな記憶の一部がどこかに飛んでいる症状がタクミにも表れているのだろう。そもそも寝起きのところにもってきていきなり美咲にブッ飛ばされたのだから、覚えている方がおかしいかもしれない。
「あの… 夜中にちょっと喉が渇いて水を飲んで… それで自分のベッドに戻ったと思ったら間違えてタクミ君のベッドに潜り込んじゃったみたいなんです。それで朝起きてみたら隣にタクミ君が寝ていて… 私ったら気が動転して思いっきりタクミ君を突き飛ばしてしまいました。本当にゴメンナサイ」
「いや、全然覚えていないからそんなに謝らないでいいぞ。言われてみれば側頭部と首にちょっと痛みが残っているけど特に問題ないレベルだ。あとで自分で治療しておくから、出掛ける頃には完全に復活しているはずだ」
「本当ですか? 変なぶつけ方をしていませんか?」
「ああ、問題ない」
どうやらタクミのダメージは大したことがないようなので美咲は一安心した表情。つい先程までは今にも泣き出しそうだったのだが、現在は俯きがちではあるもののだいぶ立ち直っている。
するとここで圭子が…
「いや~、ビックリしたわ。まさかタレちゃんがタクミを軽々と吹っ飛ばすなんて」
「はい、実は皆さんには隠していましたが、私って生まれつき力が強いんです」
「いやいや、あれは力が強いとかいうレベルじゃないわよ。ちなみに握力はいくつなの?」
「学校にある握力計では針を振り切ってしまって計測不能です」
「じゃあ、ちょっとこれを持ってみてよ。結構重たいからそっと渡すわよ」
圭子がアイテムボックスから取り出したのは彼女が日常の筋トレで使用している70キロのバーベル。
「えっ、これが重たいんですか?」
圭子が両手で手渡したバーベルを、あろうことか美咲はヒョイッと片手で受け取って清ました顔で上げ下げしてまったく重量を感じさせない。
「いやいや、タレちゃん、それはおかしいってば! 私だって片手では扱わないわよ」
「そうですか。私にはもうちょっと重たくないと重量感を感じません」
恐れ入るとはこのことだろう。圭子だけではなくて他のメンバーも70キロのバーベルをバトントワリングの要領でクルクル回し始める美咲にドン引きしている。
「これが噂に聞く怪力メイドってやつね。まさかこんな身近に希少属性の持ち主がいるとは思わなかったわ。あっ、タレちゃん。これ以上は危険だからバーベルは仕舞っておくわね」
このままでは調子に乗った美咲がバーベルをもっとド派手に振り回すんじゃないかと懸念した圭子が止めに入っている。その時…
「圭子ちゃん、そのバーベルって本当に重たいんですか?」
圭子がアイテムボックス収納しようとした横から春名が口を挟んでくる。
「そんなに信じられないんだったら自分で持ち上げてみなさいよ」
圭子はバーベルを床に置いて春名に向かって「さあやってみろ!」と顎をしゃくる。美咲があまりにも軽々とバーベルを取り扱うのを見たせいで自分も出来そうだと変な考えを起こしてしまった春名が両手で握って引き上げようとするが…
「重すぎてビクともしませんよ~」
「当たり前でしょう。軽かったら私のトレーニングにならないじゃないの」
「はぁ~… タレちゃんはスゴイんですねぇ~。ひょっとして武器を手にしたらもっと強くなれるんじゃないですか?」
春名の言葉に美咲はハッとする。
「私、春名ちゃんの言葉で目が覚めました! これから武器の取り扱い方を学んでご主人様をお守りできるメイドになりたいです!」
「タレちゃん、ご主人様って誰のことよ?」
圭子のちょっと意地悪な質問に美咲は耳まで真っ赤になっている。
「そ、そ、それは… 秘密です」
女子たちには美咲が顔を真っ赤にする意味がわかっているが、タクミには何のことやらサッパリ理解不能の会話だったと付け加えておく。
ここで美智香が思い立ったように…
「それにしても空って名ばかり聖女かと思っていたけど、実はちゃんと回復魔法が使えるとは驚いた。ちょっと見直したかもしれない」
「クックック、我は敬虔なる経典の信者ゆえにこの程度の術は造作もない」
「さっき『いまだ未熟』って言ってたじゃないのよ」
「クックック、更なる高みを目指すのであらば新たなる経典を手に入れなければならぬ」
「異世界でガチホモ本が手に入るわけない」
「あっ」
これまで調子に乗って厨2病の風をブイブイ吹かしていた空が素になってシマッタという表情。いや、たぶん聖女のスキルとガチホモ本は関係ないと思われるが…
この遣り取りを聞いていたタクミが空に向き直る。
「そうか、俺が目を回していたのを空が回復してくれたのか。助かった、感謝する」
「クックック、言葉による礼ではなくて我は大胸筋を所望する」
「圭子、空は俺に何を求めているんだ?」
「たぶん『タクミの胸板を心行くまで触らせろ』っていう意味でしょう」
「空、ハッキリ言っておくぞ。だが断る!」
どうやらタクミは空の妄想のオカズになるのは勘弁という表情。確かにガチホモ好きの腐女子の妄想ネタになるのは正常な男子には耐えがたいに決まっている。
こんな具合でずいぶんとバタバタした朝だったが、圭子の「朝食にしましょう」という号令で各自は朝の支度を整えて1階へと降りていく。朝食のメニューは野菜スープに黒パン、薄切りにした塩漬け肉のソテーといったシンプルな内容。ただし希望者には昨日のオーク肉の煮込みの残り物が配膳されるので、同じ宿に宿泊している冒険者と思しき面々はほとんどがオーダーしている。どこの世界でも冒険者は体が資本。朝からガッツリ食べるのが当たり前のよう。ストレンジャーのメンバーでは武闘派のタクミと圭子だけ煮込みを注文して、他の女子たちはそんなに入らないという表情。
「本当にいいの? 多分かなりの距離を歩くから、しっかり食べたほうがいいわよ」
「私たち頭脳労働者にはカロリーオーバー」
「さすがに朝はそこまで食欲はないですよ~」
美智香と春名が断りの弁を述べている。
こうして朝食を終えると、一旦部屋に戻って各自が装備の確認。もっとも全員の荷物は各自のアイテムボックスに入っているので、身に付ける品と武器等の確認をすればオーケー。
「よし、それじゃあ出発しようか」
今度はタクミの号令で全員が階段を下りて外に出ていく。そのまま一旦冒険者ギルドに立ち寄って王都周辺の地図を受け取って街の門をくぐっていく。
門の外には王都への入場を待つ人達の行列が続いている。意外にも人々の往来はかなり活発なよう。その様子を横目で見ながら一行は地図を頼りに街道を進む。
「そろそろこの辺から草原に入っていくようだ。ここから先は油断するなよ」
タクミの指示に従って街道を逸れて草原を進むと遠くから小さな気配が伝わってくる。膝丈の草の間を白い生き物がピョンピョンと跳ねているのがはっきりとわかる。
「どうやらあの一帯がホーンラビットの生息区域のようだな。ここはまだ範囲外のようだから、ひとまずこの場に拠点を置こう」
タクミがイスとテーブルを取り出すと岬が素早く自分の収納からティーセットを取り出してお茶の準備を始める。なんて家庭的で有能なメイドだろう。逆に今朝方見せつけた怪力のほうが信じられない
「すぐにお茶の用意なんて気が利くな」
「メイド嗜みです」
タクミに声をかけられて顔を赤らめながらも黙々とお茶の用意をする美咲。
「どうぞ」
まずはタクミの前に丁寧に入れた紅茶を差し出している。おそらく美咲のセリフには頭に付けるべき「ご主人様」というフレーズが省略されていると思われる。
「皆さんの分も用意しますからお待ちください」
そう言って引き続きお茶の用意に戻る美咲。
岬の配慮のおかげで和やかな雰囲気で本日の実際の活動がスタートする。
「まずは春名と美智香には魔法が発動できるようになってもらおう。俺が具体的に教えるから、二人は頑張ってもらいたい」
「了解した」
「あの~、タクミ君。付与術式の勉強はしなくていいんですか?」
美智香は素直に頷いたものの春名は頭に浮かんだ質問をストレートにタクミにぶつけている。
「属性付与なんてもっと後に覚えるべき応用編だ。まずは魔法の基礎を知らなければ応用なんて手が出ないだろう」
「言われてみればその通りでした」
「ああ、そうだった。二人はちょっと待っててくれ」
タクミは春名と美智香に断りを入れると、圭子の元に。
「圭子、大振りの剣とか持ち合せはあるか?」
「アイテムボックスにいっぱい入っているわ」
「その中から美咲の手に合いそうな得物を選ばせてやってくれ」
「それはいい考えね。タレちゃん、ちょっとこっちに来てよ」
「はい、わかりました」
圭子は美咲の手を引いてテーブルからちょっと離れた場所に連れ出していく。距離を十分置いてからアイテムボックスを探っては大型の剣や戦闘斧、長槍などを次々に出していく。
「タレちゃん、どれでも好きな得物を選んでいいわよ。もちろん手に取って感触を確かめて構わないけど、どれもキレ味抜群だから取り扱いには注意してね」
「はい、わかりました」
明るい声で返事をした美咲は順番に草むらに無造作に置いてある剣を手に取る。
「う~ん、これはちょっと軽いですね~」
現在彼女が手にしているのは刃渡りが180センチの大型剣で重量は20キロほどある。訓練を積んだ騎士でもこのような大型剣を5回も振り回したら腕が上がらなくなる代物だが、そんな剣を手にする美咲は「ちょっと軽い」などとバカげたことを口にしている。
「タ、タレちゃん、誤解のないように言っておくけど、そこに置いてある剣はどれも大型で世間一般ではかなり重たい部類に入るのよ」
「えっ、そうなんですか。でも何というか… 軽すぎてしっくりこないんです」
この時点で圭子はもう何も言うまいと心に決めている。自分と美咲の常識があまりにも掛け離れていることに気が付いたよう。
その間にも美咲は何本もの剣を手にして時には軽く素振りをしたりあれこれ悩んでいる。やがて2本の剣を選んで圭子に告げる。1本は龍殺しの聖剣と謳われるデュランダルの銘を持つ剣で、もう一方はこれまた伝説に残る聖剣のアロンタイド。当然ながらどちらも刃渡り2メートルオーバーの超大型剣。
「タレちゃん、そんな大きな剣は普通両手で持つのよ」
「でもなんだか片手で扱うほうが手に馴染むんです。こんな感じで」
美咲は2本の超大型聖剣をそれぞれ片手持ちで器用に振り回し始める。圭子は内心で(なんて無茶なマネを…)と呟くものの、よくよく美咲の剣捌きを見ていると基礎がしっかりした上に成り立っている動きだと気が付く。
「タレちゃん、ひょっとしてあなたって剣の心得があるの?」
「はい、小学校の時に剣道を習っていました。でも相手と打ち合いするとすぐに竹刀が折れるし、面に一本入れると相手は気絶するしで、結局素振りしかやらせてもらえませんでした」
「そりゃぁ~、そうだわ」
「でもその分素振りは3年間しっかりやりましたから、それなりに基礎はできているんだと思います」
「いやいや、基礎とかそういう問題じゃないでしょうが。そんな大型剣を2本も振り回していたら、誰もタレちゃんの間合いになんて入れないわよ。私だって躊躇するくらいなんだからね」
「でも実戦経験がゼロなので、圭子ちゃんにはもっと色々と教えてもらわないとご主人様をお守りできません」
「だからそのご主人様って誰のことなのよ?」
「あっ… な、何でもありませんからぁぁぁ!」
2本の大剣を手にしながら顔を真っ赤に染める美咲の叫び声が草原にこだまするのだった。
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藤川未来
ファンタジー
主人公カイン(男性 20歳)は、あらゆる能力を模倣(コピー)する事が出来るスキルを持つ。
だが、カインは「モノマネだけの無能野郎は追放だ!」と言われて、勇者パーティーから追放されてしまう。
失意の中、カインは、元弟子の美少女3人と出会う。彼女達は、【希少種】と呼ばれる最強の種族の美少女たちだった。
ハイエルフのルイズ。猫神族のフローラ。精霊族のエルフリーデ。
彼女たちの能力を模倣(コピー)する事で、主人公カインは勇者を遙かに超える戦闘能力を持つようになる。
やがて、主人公カインは、10人の希少種のヒロイン達を仲間に迎え、彼女達と共に、魔王を倒し、「本物の勇者」として人類から崇拝される英雄となる。
模倣(コピー)スキルで、無双して英雄に成り上がる主人公カインの痛快無双ストーリー
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