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第10話 当面の方針

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 王宮を揺るがす大事件から5日後、準備を整えて城を出て行くタクミたちと彼らを見送る数名の男女が城門の前でしばしの別れを惜しんでいる。

 その中のひとりで鈴村恵すずむらめぐみは真剣な表情でタクミの前に進み出てくる。

「安西君、うちのタレちゃんをどうかよろしくお願いします」

 そういって深々と頭を下げる。

 この恵は、突然城を出ることを希望した江原美咲が所属していたパーティーのリーダーを務めている。あの黒精霊事件のあった日の夜更けにコッソリ圭子の部屋を訪ねてきたのは何を隠そう美咲で、彼女はタクミたちが城を出ると聞きつけると居ても立ってもいられずに「自分も同行したい」と申し出ていた。

 恵はもちろん美咲が胸に秘める想いを聞かされており、最初のうちは思い留まるように説得を試みたが、あまりにもタクミに対する想いが強すぎて結局折れざるを得なくなり、こうなった以上は美咲の願いが叶うように応援するという気持ちに切り替えたよう。どうせ送り出すのなら快く送り出したい… というのもあって、恵はまるで娘を嫁に出す父親のように「くれぐれもよろしく」と何度も頭を下げている。

「恵ちゃん、わざわざ見送りに来てくれてありがとう」

「タレちゃん、しばらく会えなくなるけど元気でね。私たちもいずれはこの城を出ていくけど、その時は必ずどこかで出会えるように祈っておくからね」

「恵ちゃんもどうか元気で」

 涙ながらに手を取り合う二人。名残は尽きないがそういつまでも別れを惜しんではいられない。ついに出発の時間となって、見送る者に手を振られて一行は城門をくぐって外に出ていく。

 タクミから「自由にしろ」と告げられていた生徒たちは、しばらくこの城に残ってスキルを磨いてある程度力を付けてから外の世界に飛び出していこうと決めた者がほとんど。この機会にすぐに城を出ることを選択したのはタクミたちと体育会系のパーティーの二組となっている。





   ◇◇◇◇◇






「皆さん、改めて今日からよろしくお願いします」

 城から街の中心部に向かう通りを歩きながら丁寧な物腰で美咲が頭を下げる。昨日も挨拶はしたのだが、美咲としては新たな出発の日ということで全員に挨拶をしておきたかったよう。

「タレちゃん、そんな気を使わなくていいよ。今日から仲間なんだから気楽にやってね」

 圭子が明るい調子で彼女に語りかける。

 一見すると美咲は控えめな性格で大人しいタイプに映る。だが休み時間には必ず黒板をきれいに消し、掃除の時間は細かいところまで気がついて丁寧に汚れを取ることで知られるクラスの間ではちょっとした有名人。ことに男子の間では〔結婚したいランキングベスト3〕の常連で、加えてちょっと幼い顔立ちにそぐわないクラスでナンバーワンの巨乳でもある。

 ちなみに美咲に言葉を返した圭子ではあるが、彼女はクラスの男子の間で〔間違って結婚しようものなら、その瞬間から年単位で寿命が削られていく女子ナンバーワン〕の地位に堂々と奉られている。確かに女子ながらアニメに出てくる世紀末覇者のようなスキル持ちだけに、男子たちの評価も一概に否定はできないかもしれない。

 ここでタクミが美咲に向かって話し掛ける。

「ところで美咲の職業はなんだ?」

 タクミに声をかけてもらった。しかも名前で呼ばれた… これまでの城での生活では考えもつかなかった出来事に美咲は顔を赤らめながら答える。

「は、はい、メイドです」

 その答えにキョトンとする一同。

「ちなみにメイドって武器とか装備は何を使うの?」

 あまり期待しないで圭子が尋ねる。

「ええと~、武器というか… お掃除道具とかですね。服装はもちろんメイド服です」

「掃除道具で戦うっていうの? …いや、そんなはずはないか」

 いくら圭子でもホウキを手にする美咲を戦わせるのは間違いだと気付いた模様。

 とはいっこれはまたあまりに意外過ぎる職業の人物が登場したもの。合計6名のパーティーのうち2名が戦闘のスペシャリストといって差し支えないが、残る4名のうち魔法使いの美智香を除いた3名は賢者、聖女、メイドというラインナップ。仮に戦闘でも勃発した場合、実質3名が戦いながら残りの3名を守らなくてはならない厳しい状況が直ぐに頭に思い描ける。

「もう一度城に戻ることも考慮すべき」

 美智香が冷静な意見を述べるが春名が口を挟む。

「大丈夫ですよ、なんとかなりますって」

 脳内お花畑全開な模様。一体何の根拠があってここまで楽観的な見通しを立てられるのかと小一時間説教してやりたいタクミがいる。

「とりあえずどこか拠点を決めてから今後どうするかを話し合おう」

 タクミが現実的な案を提示したので皆は賛成して、城下を歩いている人に聞いて宿屋が集まっている地区に向かう。さすがは王都だけあって宿屋の軒数が多いもののどこも満室という状況。なかなか空き部屋が見つからず、7軒目にしてようやく6人で一部屋が取れる。

 美智香だけは男女が一緒に泊ることに難色を示すが、他に空き部屋がないのではこの際止むを得ないと諦めるしかない。

 部屋に入って荷物を置くと…

「大して広くない部屋に無理やりベッドを詰め込んだような感じねぇ~」

 圭子にしては珍しくため息混じりのボヤキが零れている。

「お城からもらったお金がいっぱいあるんですから、宿代をもうちょっと奮発すればいいんじゃないですか?」

「春奈は楽観すぎ。多少のお金があっても無暗に使っていたらすぐになくなる」

 春名のお花畑発言を嗜めるように美智香が彼女の意見を却下する。

「まあ、最初のうちは安宿で我慢するしかないわね。タクミは窓側の一番奥で寝てよね」

「ああ、わかった」

 取り敢えずタクミの寝場所は決まったものの、問題はその隣に誰が寝るか。何しろベッドとベッドの間には人が横になってやっと通れる程度の隙間しかない。

「私はお断り」

「いきなり男性の隣というのはさすがに抵抗がありますよ~」

 美智香と春名は渋っている。だがここで… 

「あ、あの~… 差し出がましいようですが、私がそちらのベッドで寝させてもらいます」

「タレちゃん、本当にいいの? ひょっとしたらタクミが野獣に変身して襲い掛かってくるかもしれないわよ」

「誰が野獣になるって?」

 圭子に反論しようというタクミだが、彼が何か言おうとするのを美咲が遮る。

「大丈夫です。それに、そ、その… タクミ君ならそんなことはしません。王太子に連れていかれる私を助けてくれたとっても優しい人です」

 顔を真っ赤にしながらもタクミを擁護する美咲。この美咲のセリフでメンバーの女子連中は彼女がどのような想いを抱えてこちらのパーティーに転籍したのか… その理由がハッキリと伝わっている。美咲の乙女心に気付いていないのはタクミただひとりという状況。ちなみに名前で呼び合うというのは圭子が勝手に決めたこのパーティーのルール。

 美咲以外は寝る場所はどこでもいいということだったので、あとは適当に自分のベッドを選んでいく。

「では今後の方針を話し合うとしようか」

 タクミと圭子が備え付けの椅子に座って、他の女子たちは近くのベッドに腰掛けている。このような状況でまずは春名が切り出す。

「この世界って仕事とかどうなっているんですか?」

「普通に考えて私たちが簡単に仕事に就けるわけないわよね。身元だって怪しいし、特に仕事に役立つ技能を持っているわけじゃないわ」

「そもそも私たちは生きていくためのお金は必要だけど、どこかに就職してこの世界で暮らしていきたいわけではない」

 圭子と美智香が自分たちが置かれている状況を端的に説明すると、お花畑春名もやっと本来自分たちが目指さなければならない方向を思い出す。

「あっ、そうでした。早く日本に帰って両親を安心させてあげないといけないんでした」

 今更思い出したかのように、春名は「日本」というフレーズを口にする。やっと春名が自分たちにとっての最終目標を理解したようなので、美智香はタクミと圭子に向かって質問を投げかける。

「二人が過去に異世界に召喚されて戻ってこれたきっかけはあるの?」

「俺は事前にクソ神から知らされていたミッションをクリアしたからだろうな。あっちの世界を壊そうとする邪神を滅ぼしてくれという内容で、どちらもその邪神を倒し終えたら光に包まれて日本に戻ってきた」

「私も同じようなモノね。大陸の東西南北にいる4体の魔王を全部倒したら日本に戻ってこれたわ」

 タクミと圭子が口にする過去の召喚のパターンには共通する部分がある。その点について学年ナンバーワンの明晰な頭脳を持つ美智香が即座に分析している。

「ということは、今回の召喚に際して神様から何らかのメッセージを受けた人間がいるかもしれないということ?」

「私は何も聞いてないわよ」

「俺は漠然とした情報だけは与えられている」

「タクミが神様から教えてもらったその情報というのをこの場で話してもらいたい」

「いいだろう。実は俺にとっては過去2回の召喚はいわば予行練習で、今回こそが本番らしい。なんでも銀河を統治する帝国が3年後に地球を侵略しにやってきて、その結果人類だけではなくて地球という惑星自体に大きな被害が生じるそうだ。具体的には数十年間に渡って水を収奪され続けて、その結果として地球の表面では気温の上昇と極端な乾燥化が進んで誰も住めなくなるらしい。その銀河帝国の侵略を防ぐカギがこの世界にあるそうで、俺はそのカギとやらを手に入れれば地球に戻れると考えている」

 タクミの話を聞き終わった女子たちは、そのあまりに壮大なスケールの内容に目をパチクリしている。自分たちが地球に戻れるかどうかなどというだけではなくて、地球という惑星の運命、ひいては銀河全体における権力争いすら左右しかねないという宇宙規模の深い事情が絡んでくるとなるとこれは只事では済まない予感がしてくる。

「確かにタクミがいう通りかもしれないわね。そのカギとやらを手に入れるために私たちが行動するってことでいいんじゃないかな」

「何もわからない状態で動くよりも何らかのヒントや指針があるほうが全然マシ」

 圭子と美智香が賛成に回ったので、ひとまずはこの未来の地球を救うカギを探すことが目標と決定される。ここで今まで黙っていた空が…

「クックック、我が聖典による啓示が頭の中に閃いた。圭子よ、そなたが申しておった冒険者ギルドとやらに早く向かうべきであろう」

「空、この大事な話をしている時に、あんたは何を考えているのよ… いや、ちょっと待ってよね。そのカギを探すには1か所に留まっているわけにはいかないわよね。となると冒険者に登録して依頼をこなしながらあちこち動き回るのは都合がいいかもしれないわ」

「ふむ、冒険者というのはゲームや小説では見聞きしているが、実際に自分がそんな立場になるとは思ってもみなかった」

 空の空気を読まない発言のおかげで、どうやら冒険者に登録してお金を稼ぎながらカギ探しで各地を転々とする方向に話が進んでいく。

「冒険者ですか~。なんだかロマンの塊ですねぇ~」

「メイドの私に冒険者が務まるのかちょっと不安です」

 まったく戦力になりそうもない春名が目をキラキラさせているのに対して、美咲は不安顔を浮かべている。タクミとしてはこのような場合圧倒的に美咲が正しいように思えてくるのはやむを得ないであろう。

 このような流れで王都の中央広場の近くにある冒険者ギルドにに向かう一行。タクミと圭子は以前異世界でしばらく暮らしていた際に手に入れた服に着替えて腰には小型のナイフを差し込んでいる。美智香と春名は王宮に仕える駆け出しの魔法使いが身にまとうローブ姿。空はとある小説に登場するイン何とかさんのような高貴な聖職者が纏う神官服を身に付けていてかなり目立つ。美咲はもちろんメイド姿でタクミの後ろに影のように付いて歩いている。

 こうしてタクミを含む6名のパーティーはかなり人目を引きながら冒険所ギルドに向かって歩いていくのであった。
 
 

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