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第7話 黒精霊との戦い

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 訓練場で睨み合うタクミと黒精霊。両者の間には一発触発の空気が流れる。

 このような状況で先に仕掛けたのはタクミ。右手に持っているハンドガンに術式を構築する。

(属性はナシ、威力は通常、照準はマニュアル)

 ボシュっという気が抜けた音と共にハンドガンから通常の魔力弾が黒精霊に向けて撃ち出されていく。だが黒精霊もこれまで難なく騎士たちを蹂躙してきたタクミの攻撃を直接目にしているだけに、危険と判断したのか背中にある翼を広げて大空へと飛び上がって回避。

(やっぱり飛べるのか。面倒くさい相手だな)

 苦虫を噛み潰した表情のタクミに対して、悠々と空を飛翔する黒精霊から多分に嘲りの混ざった声が…

「まこと愚かにして地を這いずるしか能のない人間よ! 下賤の者がいい気になるのはこれで最後にしてくれるわ」

 不敵な笑い声が混ざった大きな声が一帯に響いたかと思ったら、黒精霊の両手から夥しい数の火球が生み出されてタクミがいる地面目掛けて殺到してくる。直後には大量の氷の礫と強力な電流を帯びた稲妻のシャワーも追加されて、一帯は猛烈な爆発音と煙と雷鳴に包まれる。

「愚かな虫ケラは妾がほんの少しの力を振るっただけで踏み潰されていくのが定め。何とも儚いものよ」

 往々にして神の使いを自認する存在はこのように人間を明らかに見下す態度をとる。もちろんそれは当たり前といえば当たり前の話なので、人間が天使や悪魔に真っ向からぶつかっても潜在的なポテンシャルの違いによって敗れ去るだけ。

 だが忘れてはならないことが1点だけある。それはタクミのステータスにある〔神殺し〕という称号。そこに記載されている通り、タクミは天使や悪魔を遣わす神そのものをすでに滅ぼしているという驚くべき真実が存在する。

 余裕の表情で上空から地表を見下ろしている黒精霊だが、その後頭部から首筋に掛けて髪の毛が逆立つようなチリチリと焼け付く感覚を覚える。これは本能的に危険を知らせるサイン。ハッとして周囲を見渡すと、地面から自分に向かって途轍もない魔力を内包する危険な塊が一直線に上昇してくるのが目に飛び込んでくる。

 本能的に翼をはためかせて自分に襲い掛かる魔力の塊を回避しつつそれが飛んできた方向に目を遣ると、タクミが金属製の筒のような物体を肩に担いでこちらに狙いを定めている。その現在位置は黒精霊が魔法攻撃を放った場所から相当に離れており、攻撃を察知したタクミは瞬時に自分の立ち位置を変えていたよう。

 そんなタクミといえば…

「チッ、1発で仕留めるつもりだったが、上手いこと躱されたな」

 口惜しそうなセリフを吐いてはいるが、どうやら想定の範囲内だったようでその表情は冷静なまま。それだけに留まらずにさらに追加で2発目、3発目を黒精霊がホバリングしている上空に向けて投射していく。ちなみに彼が担いでいるのはロケットランチャー。といっても実際にロケット弾を発射する仕様ではなくて、魔力によって作成した砲弾を撃ち出す仕組み。しかもハンドガンやマシンガンとは比較にならない大容量の魔力砲弾を撃ち出せるので、その破壊力はひと口に言ってもとんでもないヤバいレベル。

 黒精霊は続けざまに放たれた砲弾を何とか回避して上空から忌々し気にタクミを見下ろす。

「この世のすべてを支配する我が神より直々に力を授かった妾の攻撃を避けるとは… そこなる人間よ、そなたは一体何者か?」

「これから消滅していくクソヤローに名乗るっつもりはない」

 両者が問答している間にタクミがロケットランチャーから撃ち出した魔力砲弾が黒精霊の頭上で爆発して真っ黒な雲を生み出している。爆発の衝撃で周囲の空気をイオンに分解しているのだろうか、雨が降る前のような独特の匂いが周辺に充満する。

 上空を見上げるタクミはロケットランチャーを仕舞うと今度はその手に自動小銃を構えて黒精霊に狙いをつける。

(属性はナシ、弾種は散弾、威力は最大、照準はマニュアル)

 小銃の内部で術式が構築されていく。タクミが引き金を引くとこれまたヤバい威力の魔力弾が上空に向けて飛び出す。

 黒精霊はタクミの様子を見て今度も楽々回避が出来ると高を括りながら翼をはためかせる。だが1発だと思っていた魔力の銃弾は飛翔する最中に数十に分裂して黒精霊が回避しようとする方向を覆い尽くすように広がって向かってくる。しかもタクミは連続で数十発の弾丸を発射してくるので、周辺一帯には逃げ場がない。

「シマッタ、なんとかもっと高度をとって逃げるしかない」

 予想外のタクミの攻撃に黒精霊の額に薄っすらを汗が滲むも、懸命に翼を動かして高度を上げていく。だが黒精霊の行く手にはいまだにロケットランチャーから撃ち出された魔力弾の爆発で生じた真っ黒な雲が横たわっており、どうにもこの雲の内部に突っ込んでいくのは気が進まない。仕方なしに水平飛行に切り替えて散弾が覆い尽くす範囲の外へ逃げようと試みる。

 だが空中での方向転換の際にちょっとした焦りが生じたのか、黒精霊の翼の先が横たわる真っ黒な雲に触れる。

「ギャァァァァァ!」

 突然翼から生じた激痛によって上空で絶叫する黒精霊。その原因は雲に触れた翼の先端部分が分解されて消え去っていくせい。それだけならまだしも翼に生じる異変は1秒ごとに広がっていき、このままでは飛翔する自らの体を支えられなくなるのは必定。

 実はタクミの真の狙いはこれにある。ロケットランチャーから撃ち出された膨大な魔力の塊は暴走魔力で練り上げられており、雲のように広がるこの区域に黒精霊を追い込むことがタクミの最初からの目的。空を飛んでいる厄介な敵を地上に強制的に降ろすためにこのような手の込んだ罠を仕掛けていたよう。

 黒精霊の片翼は半ば分解されて浮力を得るには不十分な状況。残ったもう1枚の翼を懸命に動かしてギリギリ地上に戻ってくると、黒精霊は死に物狂いで翼を元に戻そうと魔力を流し込む。元来精霊種には自らの体が損傷した際にこれを復元する手段が備わっている。だが現在翼を侵食しているのは万物を分解する暴走魔力。精霊の復元力をもってしてもその分解作用を食い止めるのが精一杯な模様。

「無様だな。地面を這いずり回る気分はどうだ?」

「に、人間風情が妾にこのような仕打ちを… 絶対に許さぬぞ!」

 口だけはずいぶんと元気そうだが、体内の魔力のほぼすべてを翼の復元に回しているので、すでにこの時点でタクミを攻撃する余裕などどこにもない。


「そうか、まだ生意気な口を利ける余裕が残っているんだな。それじゃあこちらも遠慮しないぜ」

 一瞬で黒精霊との距離を詰めるタクミ。その勢いのままに胴体に渾身のヤクザキックをお見舞いする。

「ギャァァァァァ!」

 攻撃力999999を誇るタクミのキックをまともに受けた黒精霊の体は水平方向に吹っ飛んで訓練場の壁に高速で衝突する。その勢いによって体が壁にめり込んで身動きが取れなくなる。

 タクミは黒精霊の体が埋まっている壁のほうへとゆっくりと歩を進めていく。

「口だけで全然大したことないな」

「な、なぜだ! そなたは妾の姿を見た瞬間その顔に緊張が走ったはず。あれは明らかに妾に対して強い警戒感を感じ取っていた。なのになぜこれほどまでに妾とそなたでは力の差があるのか?」

「つまらないことを気にするヤツだな。まあいい、教えてやるよ。確かにお前からは俺が過去に相手をした敵と同等の強さを感じた。だがな、その時はお前と同じような翼をもった邪神の配下がまとめて500体襲ってきたんだよ。それに比べて今回は高々1体が相手。難易度のレベルが違いすぎるだろう」

「まさかな… 妾自らが召喚した者たちの中にこれほどの強者が紛れ込んでおったとは…」

「遺言は終わったか? それじゃあ、これで最後にしよう」

 タクミは手にしていた小銃を仕舞い込んで、今度はアイテムボックスから取り出した一振りの槍を手にしている。

「この槍はロンギヌスという銘でな、俺たちの世界でとある神の申し子が磔刑になった際にその心臓を貫いて命を奪ったという伝説と同じ名を持っている。聖属性のアーティファクトでトドメを刺されるんだから、薄汚い悪魔風情にはこの上ない喜びだろう」

 タクミの言葉にこれ以上ないほど黒精霊の目が見開かれている。タクミが手にする神槍があまりにも恐ろしすぎて目が離せないよう。

 だがそんな黒精霊の恐怖の感情など素知らぬフリで、タクミはロンギヌスを思いっきり振り被るとキッチリ最後のスナップまで効かせて投擲する。

「ギャァァァァァ!」

 黒精霊の断末魔の叫び声が訓練場に響く。タクミの視線の先には両手を広げて壁にめり込んで、ちょうど心臓の部分をロンギヌスによって刺し貫かれた黒精霊の姿。偶然にも十字架に掛けられて亡くなった有名な宗教の開祖と同じような姿勢ですでに叫び声も聞こえない。

 最後に恨めしそうにタクミを見返すその瞳の光が徐々に弱くなって、ついにはハイライトが消え去って虚ろなままに虚空を見つめる。

「まあ、こんなもんか」

 ひと仕事終えたとばかりにタクミが振り返ると、そこにはいつの間に集まったのか大勢のギャラリーが遠巻きに黒精霊の最期を見届けているのだった。
 


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