上 下
4 / 22

第4話 潜入開始

しおりを挟む
 こちらは図書館に向かった春名、美智香、空の3人。春名と美智香は司書が見繕ってくれたいわば初級編の歴史書と魔法の解説書を手にしている。その足で前もって確保していた席に向かうと、そこには自分のリュックから取り出した怪しげな文庫本に一心不乱に目を通す空の姿。

 彼女の様子を目にした美智香は呆れ顔を浮かべながら口を開く。

「空、あなたは全然ヤル気がないわね。この非常事態にBL小説を読んでいられるその神経が信じられないわ」

「クックック、いかなる事態に陥ろうとも聖典にくまなく目を通すのは信者の務め。いずれは天から与えられし神託の通りにこの世界を作り変えてくれよう」

「BLで溢れた世界なんてゴメンよ! 春名、空と同類と思われたくないからちょっと離れて座ろう」

「美智香ちゃん、そんなに強く引っ張らないでくださいよ~」

 ということでBL小説の新刊を読みふけっている空とは少し離れた場所に座る二人。借りてきた魔法書を早速開こうという美智香に対して春名が…

「美智香ちゃん、なんだか昨日からずっとピリピリしているようですが、何かあったんですか?」

「春奈、あなた、それを真面目に質問しているの? 何かあったどころの騒ぎじゃないでしょう。まったく知らない世界に召喚されて平然としていられるほど私の神経は図太くないわ」

「まあそれはそうでしょうけど、なんだか召喚されたことだけが理由じゃない気がするんです」

「言われてみればそうかもしれないけど、でもその大半の理由は春名と圭子にあるわ」

「私と圭子ちゃんですか? 美智香ちゃんの気に障るようなマネをしましたっけ?」

「私はあのタクミとかいうヤツを信用できない。それなのに春名は警戒心なしに喋っているし、圭子に至っては何をとち狂ったのかパーティーメンバーにすると言い出す始末。これが私の不機嫌のもうひとつの理由」

「そうだったんですか。美智香ちゃんがタクミ君をそういうふうに見ているとは気付きませんでした」

「今日付けで転校してくる予定だったなんてふざけてことを言っているけど、その初日に異世界転移に巻き込まれるなんて偶然にしてもあり得なさすぎよ。私にはどうしてもあの男は信用できない」

「美智香ちゃんが中々他人に気を許さない性格なのはわかっていますけど、ちょっとはタクミ君のことを信用してあげてください。こんな事態の渦中にいながらあれだけ落ち着いていられるというだけでも信頼できる人です。何よりも私の勘がそう告げていますから」

「私の勘? そう言いながらこの前も試験のヤマを思いっきり外していたような気がする」

「そ、それはなかったことになっていますから今は全然関係ありません。と、とにかくタクミ君とは今後も一緒に行動することになりましたから、美智香ちゃんもあの人のいい部分を積極的に見つけるようにしてください。同じパーティーメンバーなんですから」

「それはあの男次第」

 春名の説得によってタクミに対する感情をほんの少しだけ軟化させている美智香であるが、いずれにしてもいまだその見方は厳しいよう。すでにかなりの勢いで心を許している春名としては、美智香がもっとタクミのことを受け入れてくれるように願わずにはいられない。

 このような遣り取りの後は時折雑談や意見交換なども織り交ぜながらのこの国の歴史と魔法理論に関する勉強会が続いていく。朝から開始されて昼食を挟んで夕暮れが近づくまで、相当な時間春名と美智香は知識を頭に詰め込んでいくのだった。





   ◇◇◇◇◇





 この日の夕食時、生徒たちが食事を摂るホールにタクミと圭子が入ろうとすると、タイミング悪く横合いから外に出ようとする人影が。その人物はタクミにぶつかる直前に立ち止まったはいいが、そのおかげで大きくバランスを崩して体がタクミとは反対側に傾く。

「おっと、危ない!」

 危うく転倒しかけたその人物の左手を咄嗟に掴んで傾いた体を強引に引き戻すタクミ。勢い余って抱き留めるような態勢になると、胸の下の辺りにふんわりと柔らかい感触が伝わってくる。

「あ、あ、あの… 転んでしまいそうなところをありがとうございました」

「いや、こっちこそしっかり前を見ていなかったせいでぶつかりそうになってしまって申し訳ない」

「いえいえ、私のほうこそボーっとして歩いていましたから」

 ホールの入り口で二人で抱き合うような格好になって互いにお詫びの言葉を繰り返している。もちろん偶然から生まれた状況とはいえ、このような行為はクラスの生徒たちの注目を集めるには十分。

「あー、ゴホン! そこのお二人さん、いつまでそうやって抱き合っているつもりなんですかね~」

 一番近くでこの光景を目撃している圭子がわざとらしい咳ばらいをしながら二人を引き剥がす。圭子に指摘されて自分がいかに周囲の好奇の目に晒される行動していたかを理解したその生徒は、真っ赤な顔でタクミにペコリと頭を下げてからホールの外に飛び出していく。

「圭子、今のは?」

「あの子は荏原美咲えばらみさきちゃんよ。ニックネームはタレちゃん」

「タレちゃん? べつにタレ目ってわけでもなかったぞ」

「違うわよ! 彼女の名字を思い出してみなさいよ」

「ああ、そういうことか! 荏原だからタレなんだな」

 タクミにも合点がいったよう。全国的に有名な焼肉のタレのメーカーと苗字が被っているという理由で彼女のニックネームは決まっている。

 こうしたアクシデントもあったが、タクミと圭子はすでに席に着いている他の3名と合流して夕食を取り始める。時折タクミが視線を感じると思ってそちらに目を向けると、先程の美咲という女子生徒がジッと見つめており、タクミと目が合うと恥ずかしそうに違う方向に視線を泳がせている。ひょっとしてこれは危機に瀕すると近くにいる異性に好感を抱きやすいというつり橋効果なのだろうか?



 夕食を終えて宛がわれた部屋に戻ったタクミ。明かりひとつ用意されていない部屋はすっかり夜のとばりが降りて真っ暗で、わずかに小さな窓から月明かりが入り込んでくるのみ。このままでは色々と不自由なのでアイテムボックスから魔石を用いて周囲を照らすランプを取り出す。ぼんやりした明るさながらもだいぶマシとなった室内でタクミは行動を開始する。

 まずは変装用のパレットを取り出して顔面にファンデーションを塗っていく。何も華やかに着飾ろうというのではない。顔まですっかり暗闇に紛れて目立たないように潜入用の変装を施している。これは趣味のサバゲーでマスターした技術。

 顔面のペインティングが終わると今度はアイテムボックスから何の変哲もない黒いマントを取り出す。実はこのマントは敵地潜入の際に非常に役立つマジックアイテムとなっており、相手の視認する能力を阻害する精神感応魔法の術式が組み込まれている。要するに眼球はタクミの姿を捉えていても、その情報を受け取った脳がそこには誰もいないという誤った判断を強制するマントとなっている。ちなみに特段名前がついていなかったので、タクミは便宜上〔プレデターマント〕と呼んでいる。有名な映画に登場する姿を見せないエイリアンにあやかっての命名となっている。

「さて、それじゃあ出掛けるか」

 一番最初にタクミが向かったのは、彼とクラスメートがこの世界に召喚された場所。そこは王宮のメインの建物の裏手にあって常日頃は厳重に封鎖されて誰も近づかない、いってみれば禁足地のような扱いとなっているよう。しかしタクミにとってはこの国のルールにすべて従わなければならないという謂れなどどこにもないので、頑丈な錠前を力尽くで破壊して内部に入り込んでいく。

 建物の内部は明かりひとつない真っ暗闇なので再びランプを取り出して周囲を照らしながら自分が召喚された広間に向かうと、奥のほうから低い唸り声と明白な敵意がタクミに向かって突き刺さるような感覚を覚える。

(これだけ重要な建物なんだから、ガーディアンくらいは用意しているよな)

 タクミの見立て通り召喚用の巨大な魔法陣が床に描かれている広間には、顔がライオン、胴体が巨大なサル、尻尾がヘビという合成生物キマイラが口から炎の息を吐きつつこちらを睨み付けている。

(せっかくのお出迎えだが、お前ごときを悠長に相手にしている時間はないんだよ)

 そう心の中で呟いたタクミは、アイテムボックスから小銃を取り出して狙いを付けてキマイラに向かって3発発砲。銃口から飛び出したのは通常の鉛弾ではなくて、タクミの魔力を凝縮して創られた特製の弾丸。しかも限界を超えて圧縮しているせいで弾丸を構成する魔力自体が暴走を開始している。

 ほとんど無音で発射された3発の魔力弾はキマイラに向かって一直線。コンマ何秒かの後に着弾すると、キマイラの体内に暴走した魔力が浸透を開始し始める。それだけならまだしも、暴走魔力がもたらす微細振動によってキマイラの体はもの凄い勢いで崩れ去っていく。ものの5秒もすると、そこには粒子状になったキマイラの残骸が残されているのみ。

(さて、やっと邪魔者がいなくなったか)

 ということで建物内部の調査を開始するタクミ。だが結果的にこの建物の調査は空振りに終わる。確かに転移術式描き込まれた大型の魔法陣と大量の魔力を供給する多数の魔石があるにはあるのだが、王女が言っていた通り悉く力を失っており当分使い物にならないという結論しか導き出せない。

(どうやら再びこの魔法陣で地球に戻るというルートは諦めたほうが良さそうだな)

 タクミとしてもひょっとしたら保険程度には役立つかな程度の考えだったので、さしてガッカリはしていないよう。それに神様から依頼された地球を救うという重大なミッションもあるので、ここのままこの場所から戻るなどというプランはこの際論外だろう。

(それじゃあ、いよいよ王宮内部を探るとするか)

 ということで来た道を引き返して今度はメインの宮殿に潜入するタクミであった。


 
     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「面白かった」

「続きが気になる」

「早く投稿して!」

と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! 皆様の応援を心よりお待ちしております。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕 タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】 3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう

果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。 名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。 日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。 ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。 この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。 しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて―― しかも、その一部始終は生放送されていて――!? 《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》 《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》 SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!? 暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する! ※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。

転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです

狼蝶
恋愛
 転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?  学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

処理中です...