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第64話 深部攻略開始

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 9月の半ばになると、千里は安定して魔法が使用可能となってきたよう。レベルの大幅上昇に伴って魔力の数値もほぼ2倍となっている。彼女は現在ブルーホライズンに合流しており、パーティー唯一の魔法使いとして活躍中。

 千里の加入でブルーホライズンは魔法を用いる魔物に対する有効な対抗策を得て、すでに3階層のゴブリンを相手に彼女たちだけで戦うまでに成長している。ここまで育て上げれば、すでに独り立ちも同然と考えてもよさそう。

 ということで聡史たちのパーティーは現在特待生寮で今後のダンジョン攻略の方向性について会議を開催している。この会議は桜の提案によって開催されたもの。


「それでは第36回パーティー会議を開催いたします!」

「会議の大半はただのお茶会だよな?」

 勝手に司会役を務めている桜の宣言に兄のツッコミが冴え渡る。現実問題として本日の会議の席上でも桜と明日香ちゃんの前には、食堂でテークアウトしたチョコレートパフェが堂々と存在感を主張している。

 
「お兄様、パーティーは一心同体! 常に同じものを口にして結束を強める必要がありますわ」

「そうですよ、お兄さん。甘いものを食べると人間はリラックスしていい考えが浮かんでくるんですよ~」

「いや、毎度毎度デザートを食べているのは二人だけだろう。今回もただのお茶会に堕落しているから」

 桜に続いて明日香ちゃんまで乗っかってくるが、ちょっと待ってもらいたい。明日香ちゃんの場合は、常日頃からリラックスしすぎではないだろうか? その辺の自覚をもうちょっと促していく必要があるような気がするのだが…



 まあ、その話はいいとして…

 いつものお約束の遣り取りが始まってから、美鈴とカレンは生暖かい目をしながら紅茶を口にしている。どうでもいいじゃないの… という表情がありありの様子。そんな中で微妙な流れを断ち切るように桜が司会役の責任を思い出す。


「ゴホン! えー、今回の会議の大きな議題ですが、このところ6~7階層でダンジョン攻略が停滞しています。この現状を打破するために私たちはどうすればよいのか意見を求めたいと思います」

「はい!」

「明日香ちゃん、どうぞ」

「もっと下の階層に行けないのは、時間が足りないためです。午後からダンジョンに入ると、どうしても6階層あたりで引き返さないといけなくなります」

 珍しく明日香ちゃんが正論を述べている。その論の通り、時間的な制約のため引き返さなければならない事情が存在する。その他に挙げるとしたら、学生食堂に納入するオーク肉の確保にもある程度時間がとられてる。


「素晴らしい明日香ちゃんの意見でした。皆さん、この時間が足りないという現状を打破するためには、私たちはどうすればいいのでしょうか?」

「はい!」

「明日香ちゃん、どうぞ」

「土日に泊まり掛けでダンジョンに入ると時間がタップリ取れて下の階層に行けると思います」

「またまた素晴らしい意見でした。明日香ちゃんの意見を採用して、次の土日は泊まり掛けでダンジョンに入ろうと思います」

「出来レースかぁぁぁぁぁ!」

 聡史のツッコミがまたまた炸裂する。二人の茶番劇に聡史自身これ以上辛抱堪らなくなったよう。

 すると、ここでこれまで沈黙を守っていた美鈴がはじめて口を開く。


「明日香ちゃん、桜ちゃんとどういう約束をしたのかしら?」

「はい、泊まり掛けでダンジョンに潜っている間のデザートは全部桜ちゃんが用意するという約束です」

「明日香ちゃんは何でバラしちゃうんですかぁぁぁぁ!」

 やはり裏では買収工作が行われていた模様。ただし桜は相手を完全に間違えている。なんでもペロッと喋ってしまう明日香ちゃんでは、秘密の保持など100パーセント望めないのはわかりきっている。泊りの間のデザートで買収される明日香ちゃんも明日香ちゃんだが…


 しばらく沈黙が流れる。だが重たくなりかかった空気を破るように、ここでカレンが意見を述べる。


「でも泊まり掛けでダンジョンに入れば往復の時間が節約できますね」

「確かにその通りね。買収はともかくとして、往復の時間を節約できるメリットは考慮するべきね」

 どうやらカレンの意見に美鈴も乗り気の様子で、買収がバレて旗色が悪くなりかかった桜が息を吹き返す。


「そうですわ。往復の時間の分が節約できればそれだけ深い階層に潜れるんですから、絶対に泊まり掛けでダンジョンに入るべきです」

「桜ちゃん、ちゃんと私のデザートを忘れないようにお願いしますよ~」

 買収がバレても明日香ちゃんはデザートを桜に要求するつもりらしい。この娘は中々しっかりしている。というよりも、デザートに懸ける執念を感じる。単なる甘いもの好きとは一線を画しているのが明日香ちゃんといえよう。


「さあ、お兄様! リーダーとしてご決断を」

 桜はこれまでの自分に都合が悪い経過をまるっきり無視して聡史の判断を迫る。全体の空気は泊まり掛け已む無しという流れになっている。この空気をバックにして、桜はかなり強気な態度で押しているのは聡史も感じ取っている。


「確かにこのまま日帰りでダンジョンに入ってもタカが知れているのは事実だ。泊まり掛けで潜るからには中途半端にはしないぞ。金曜の午後から入って日曜の夕方に戻ってくる計画を立てよう」

「さすがはお兄様です! 2泊3日のダンジョン攻略なんて、考えるだけでもワクワクしてきますわ。どうせでしたら20階層まで到達可能な計画を立てましょう」

 聡史が提案を認めたおかげで、桜の瞳には10個以上の星がキラッキラに煌めいている。一気に深部まで到達できる千載一遇のチャンスが到来とひとりで湧き立っている。だが…


「桜ちゃん、ちょっと待ちましょうか! 現在大山ダンジョンで最も深部まで到達した記録は11階層なのよ。それをいきなり20階層だなんて、いくらなんでも無茶じゃないのかしら?」

 美鈴が桜にブレーキを掛けようと立ちはだかる。だがいかなる美鈴バリアーといえども、桜を止めるには力不足。


「美鈴ちゃん、記録など破れられるために存在するのですわ。私たちの手で一気に記録更新! ゆくゆくはは最深部まで攻略します」

「桜ちゃん、その時はデザートの大判振る舞いをお願いしますよ~」

 桜が桜なら、明日香ちゃんも明日香ちゃん。双方とも1ミリもブレない。


「それでは今週は必需品の調達と食料の準備、それから学院に提出する外泊関係の書類の用意などを進めてください、お兄様、パーティーの共有財産はどのくらいになりますか?」

「すでに30万円を超えているから必要物品は全額賄えるだろう」

「それでは早速明日にでも、キャンプ用品などを購入しに行きましょう!」

 このような流れで次の週末には2泊3日のダンジョン攻略が決定するのであった。



   ◇◇◇◇◇



 あっという間に金曜日の午後となる。 

 聡史たちのパーティーは、必要装備を万端整えて管理事務所のカウンターに並んでいる。


「パーティーで2泊の予定でダンジョンに入ります。未踏破の階層を目指しますので手続きをお願いします」

「学院生の皆さんが未踏破の階層を目指すんですか?」

 カウンターで聡史の対応をしている受付嬢は最近この事務所に配属されたばかり。学院生が泊まり掛けでしかも未踏破の階層を目指すなど、にわかには信用できない表情をして目をパチクリしている。彼女は一旦席を外して、奥の上席の事務官と何やら話をしている。


「どうもお待たせいたしました。皆さんのこれまでの活躍であれば大丈夫であろうという結論が出ました。どうか気を付けていってらしてください」

 聡史たちの実力を認知している事務所の上役はあっさりと許可を出したよう。7月以降これまでの期間、大量のドロップアイテムを持ち込んでいるこのパーティーの能力を高く評価している証であろう。

 手続きを終えた聡史たちはブルーホライズンを伴ってダンジョンに入場していく。彼女たちとは3階層まで同行する。もちろんブルーホライズンは3階層でゴブリンを相手にして日帰りで学院に戻る予定となっている。


「師匠たちはスケールがデカいよな! 2泊3日で未踏破の階層を目指すなんて信じられない話だぜ!」

「師匠たちなら、必ずやり遂げてくれますよ!」

「私たちも師匠に負けないように、もっと実力を付けないとダメですよね!」

 聡史たちに尊敬の目を向けるブルーホライズンたち。だが現在彼女たちは同級生のトップを切って3階層に挑んでいるだけではなくて、そろそろ4階層へ向かおうかという話も取り沙汰されている。パーティーの実力的には、実質1年生のトップを突っ走っている。それでも彼女たちが満足していないのは、聡史たちという高い目標が目の前に存在するからであろう。


「師匠、どうかご武運を!」

「皆さんも気を付けてください!」

「元気な姿で帰ってくるのを待っていますよ~!」

 ブルーホライズンに見送られて聡史たちはダンジョンの下の階層に降りていく。ここから7階層まではほとんど毎日のように通っている道なので、安定して魔物を片付けながら進んでいく。

 5階層のボスを瞬殺して6階層に降りて、しばらくオークの相手をして食堂に納入する肉を確保を開始する。ある程度の肉を確保してから、その後は7階層を経ていよいよ8階層まで降りる。


「ここも大して変化がないですねぇ~」

 桜の発言通り、この階層もオークやブラックウルフ、ブラッディーバッドに加えて、ブラックリザードの亜種などがたまに顔を出してくる。違いがあるとすれば一度に出現する数が増えたり、違う種類の魔物がミックスで登場する程度で、大半は美鈴の魔法と明日香ちゃんのトライデントの組み合わせで片付いていく相手ばかり。

 パーティーは順調に歩を進めて9階層を突破したのちに、あっという間に10階層のボス部屋まで到達する。


「注意しろよ」

 聡史は敢えて慎重な言葉を選んではいるが、その態度に危機感はまったくない。ここまで登場してきた魔物を見る限りは注意すべき強敵が出現していないので、その延長の相手が出てくるであろうと聡史には予想がついている。


「中に入りますわ」

 桜が重たい扉を開くと、中に待ち受けていたのはオークキングに率いられた合計10体のオーク軍団。


「美鈴、左側に魔法をお見舞いしてくれ! 俺が右側を片付ける!」

「任せて!」

 美鈴と聡史の手からファイアーボールが飛び出すと、下っ端のオークは次々に吹き飛ばされていく。2発の魔法が炸裂した結果、何とか生き残ったのはオークキングだけという結果に。手下をあっという間に排除されたオークキングは怒りに身を震わせている。

 ブモオォォォォォ!

 雄叫びを上げて突進しようとするが、その3メートル近い巨体に向かって聡史の魔法が飛び出していく。


「アイスアロー!」

 氷で出来た2メートルの矢が鎧に覆われていないオークの首元に突き刺さる。首から血を流すオークキングの動きは、わずか1発の魔法で完全に止められている。


「明日香ちゃん」

「いきますよ~!」

 トライデントを構えた明日香ちゃんがオークキングに向かって走り出す。レベルが上昇したおかげでいつの間にか踏み出す足が速くなっており、あっという間にトライデントの射程距離に達する。


「えいっ!」

 トライデントはオークキングの革鎧を突き破って、心臓の間近に3本の刃を立てる。

 バチバチバチ!

 いつものように電流が流れてオークキングは絶命。凄いぞ、明日香ちゃん!

 ドロップアイテムを拾ってからボス部屋の奥にある階段を降りていく。いよいよ大山ダンジョン最深記録に並ぶ11階層。この階層でなぜ攻略が止まっているかというと、足を踏み入れた聡史たちにはその理由が一目瞭然の光景が広がる。

 階層全体が墓場のように薄暗くて重苦しい雰囲気を湛えている。吸血蝙蝠が飛び交う中で現れるのはアンデッドばかりという忌まわしい階層。過去にこの階層に足を踏み入れたパーティーは、この状況を見てあっという間に引き返したという記録が残されている。


「コウモリは俺が片付ける。アンデッドはカレンに任せて大丈夫か?」

「はい、全て神聖魔法で浄化していきます」

 頼もしいカレンの言葉が返ってくるが、一つ大きな問題が発生している。


「さ、桜ちゃん、ダメです! お化けは一番苦手なんですよ~」

 完全に腰が引けて桜の背中にヒシとしがみ付いている明日香ちゃん。手にするトライデントが、主人のあまりの情けなさに号泣しているかのよう。


「えーと… 明日香ちゃんは美鈴に任せるから、手を引いて連れて歩いてくれ。桜は引き続き先頭に立って索敵を続けるんだ」

「お兄様、お任せください」

 こうしてフォーメーションを組み替えて11階層のフロアーを歩き始めていくと、前方からさっそくアンデッドが登場してくる。ヨロヨロした足取りで向かってくるのは、ボロボロの衣服の残骸を身にまとって腐敗した肉体で動き回る1体のゾンビ。


「カレンさん! ゾンビが向かってきました」

「大丈夫です! 聖光ホーリーライト

 カレンが手にする世界樹の杖から白い光が飛び出しては、ゾンビの体を包み込んでいく。その光が止むと、そこにいたはずのゾンビの姿を消え失せている。聖なる光に包まれて体ごと浄化されたらしい。カレンの神聖魔法はアンデッドに対して絶大な効果を発揮している。


「カレン、見事だぞ。この調子で頼む」

 こうして聡史たちは11階層を進んでいく。次に現れたのは骸骨だけになっても動き回るスケルトン。


「カレンさんが出るまでもありませんわ。私の拳で十分ですの」

 桜がダッシュしてオリハルコンに包まれた拳を一閃する。

 パッカーン! 

 スケルトンが粉々になって砕け散る。倒されたスケルトンはそのままダンジョンに吸収されて消えていく。


「まったく、アンデッドはほとんどドロップアイテムを落とさないんですよね。せっかく倒しても経験値しか得られないのはどうも納得できませんわ」

 桜は憤慨しているが、魔物に文句を言っても仕方がない。ましてや相手は一度死んでいるだけに、大したアイテムなど持っていなくて当然だろう。もっとも高位のアンデッドであれば何がしかを落とすであろうが、下級のアンデッドにドロップアイテムを求めても仕方がない。


 続いて現れたのはブラッディバッドの巣窟。天井にコウモリがビッシリと張り付いており、今にも一斉に羽ばたきつつある。


「俺が相手をするぞ。ウインドカッター!」

 聡史の右手から螺旋を描く風の渦が飛び出して天井に張り付いている吸血コウモリを切り刻んでいく。風の渦が通り抜けた跡には、天井の魔物の姿はすっかり消えている。

 こうして聡史たちはアンデッドが出現するフロアーを順調に進んで、12階層に降りていく階段を発見する。


「やっとアンデッドから解放されますわ。明日香ちゃん、もうちょっとの辛抱ですからね」

「うぅぅ… 怖いですぅぅ」

 相変わらず明日香ちゃんは目を閉じたままで、美鈴の背中にしがみ付いている。だが階段を降りていくと、今度は全く別の景色が広がる。

 そこは森林と草原が広がるフィールドエリア。陰鬱なアンデッドだらけの空間で滅入った気持ちをリフレッシュするにはピッタリの場所といえよう。


「そろそろいい時間ですから、適当な場所を見つけてキャンプに入りましょう」

「そうだな、桜は安全そうな場所を探してもらえるか?」

「わかりましたわ」

 こうして平坦で見晴らしがいい草原にテントを張って、聡史が周囲に結界を展開して一夜を明かすのであった。



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