61 / 83
第61話 監視の目
しおりを挟む
ここでちょっと日本以外の各国のダンジョンに関する状況を述べておきたい。
世界中にできたダンジョンに対して各国政府の対応はまちまちという状態。
ヨーロッパの各国は概ね日本と同様に政府がダンジョンの管理に積極的に関与しているのに対して、アメリカでは民間にすべてのダンジョンが開放されており、管理自体を民間団体が行っている。それだけではなくて、魔石やドロップアイテムの有用性が日本よりもはるかに高く評価されているので、オークの魔石1つが30ドルで売買されている。最近ではドロップアイテムの取引所まで開設されており、活発な取引きが行われるとともに価格が急騰しているという声も聞こえてくる。
このような背景からアメリカのことに貧困層の出身の若者は、挙ってダンジョンに入って一獲千金を目指すのがブームとなっている。1日にちょっとした魔石を2、3個手に入れれば十分生活できるだけでなくて、宝箱でも発見しようものなら大金が手に入るとあって、新たなアメリカンドリームと呼ばれている。
南米では、今まではサッカー選手を目指していた大勢の若者が現金収入を求めて皆ダンジョンに入るために、ここ最近サッカーのレベルが下がったと嘆くファンが出ているらしい。だが、若者の多くが収入を得る手立てを見い出したおかげで、違法薬物の取引や犯罪に走る人間が減って治安が良くなったという効果を上げている。
アフリカでは、ダンジョンの管理をする権利を得た欧米企業が多数進出して現地の人間を雇ってドロップアイテムを回収しては国外に輸出する動きが始まっている。現地の労働者は安い賃金で酷使されており、人権団体から批判が集まっているという報道がなされている。
途上国では様々な問題を孕みながらも、世界各国ではダンジョンとの共存を目指して平和的に管理しながらドロップアイテムを資源として有効利用していく動きが進んでいるように見受けられる。
だがこのような世界の動きに背を向けて、まったく別の目的でダンジョンが産出する資源を用いようと考える国家が存在する。
それは中国とロシアの2国。両国ともダンジョンから産出される物資の軍事転用を画策しており、魔力を兵器に生かす研究を活発に行っているという噂がまことしやかに話されている。
現状では、このように世界全体ではダンジョンに関する考え方はけっして一枚岩ではない。ことに中露の2国の態度は国際的な非難を浴びているのであった。
◇◇◇◇◇
ここは東京にあるロシア大使館、外交を司る正規の政府機関であるとともに、日本国内の様々な情報を収集する部署も同時に存在している建物となっている。その内部の主に諜報や工作活動を専門に行っている部署に本国からとある指令が届く。
「ワレンコ室長、本国からの指令です!」
「どんな内容だね?」
「先日本国に送った魔法学院の生徒に関する指示です」
魔法学院に関する情報は自衛隊及び政府が掌握しており、一般には公開されていない。だがロシア大使館に置かれているこの組織は、日本政府の内部に潜む協力者から模擬戦の全試合が詳細に記録されたディスクを入手している。
そして全学年トーナメントの決勝で繰り広げられた聡史と桜のプロレスは、彼らの興味を引くには十分な内容といえる。人間でありながらあれだけの威力がある爆発を引き起こす能力は、魔法を戦術兵器の一部として活用する研究をしていくには十分な内容と判断可能。
「ワレンコ室長、より具体的な本国からの指令では、魔法学院の例の2名を我がロシアに招聘しろという内容です」
「ふむ、相手は未成年だな。仮に交渉するとしたら、相手は両親か」
「その件に関しても指令が来ております。手段を選ばずに連れて来いとあります」
「相当強硬な指令を出してきたな。本国はどうあってもあの2名を手に入れたいと考えているのか」
「そのようです。ですが仮に拉致するにしても、相当な困難が伴うであろうと考えます」
「そうだろうな… 何しろ相手は個人であれだけの威力が出せる魔法使いだ。生半可な手段ではこちらが全滅する可能性すら考えられる。ところで中国は動き出しているのか?」
「まだ情報がありませんが、我々の動きを察知すれば必ず動き出すものと思われます」
「そうか… では、奴らに先に手を出してもらおうか。その結果を見てからこちらが行動しても十分間に合うだろう」
「中国に先を越されませんか?」
「安心したまえ、あの連中の乱暴な方法では必ず失敗する。我らは中国の工作員を監視してその結果だけを持ち帰ればいい」
「中国が失敗すれば本国も諦めるということでしょうか?」
「まあ、そうだな。火中の栗を拾うのは中国の役目だよ。この場は連中のお手並みを拝見しようか。まあ、大ヤケドは間違いないだろうがな」
ニンマリとした笑いを浮かべながらワレンコは何かを企む様子であった。
◇◇◇◇◇
ロシア大使館のワレンコ室長の読み通り、中国の諜報機関はすでに動きを開始している。
魔法学院と大山ダンジョンが一望できる市街地にある高層マンションの一室を借り上げて、そこに望遠レンズ付きのビデオカメラを準備して聡史たちの動きを逐一監視中。
「相手は高々高校生だろう。なんでわざわざ拉致する必要があるんだ?」
「特別な能力を持っているからに決まっているだろう! それよりも学院内にいる間はこちらも手を出せないから、奴らが外に出た機会を絶対に逃すんじゃないぞ」
「わかったよ! 精々監視しておくから、実行部隊との連絡は任せるぞ」
中国の工作員は、こうしてマンションの最上階から24時間体制で聡史たちの動きを監視するのであった。
◇◇◇◇◇
模擬戦週間が終わって1週間が経過する。
そして迎えた最初の土曜日、聡史は待ち合わせのために学院の正門に立っている。今日はブルーホライズンとデートの約束をしている日となっており、朝の9時に待ち合わせの約束だが、聡史は律義に15分前にこの場にやってきて彼女たちを待っている。
今朝特待生寮を出る時に、聡史は桜から色々と言い含められて送り出されていた。
「お兄様が、女の子とデートだなんて… こんな日が来るとは思いませんでしたわ。私が見立てたコーディネートがバッチリ決まっていますから、安心してお出掛けくださいませ」
「デートって言ったって、相手はブルーホライズンの五人だぞ。ダンジョンと一緒で俺は引率者の心境だ」
「いいじゃありませんか。お兄様が最も苦手とする女子の心理をしっかりと学習してきてください。それから待ち合わせの時の最初の一言は、絶対にあの子たちの服を誉めるんですよ。みんな気合を入れて服を選んだに決まっていますから、その努力を認めてあげてください」
「そんな簡単に褒める言葉ないか浮かばないぞ。一体どうすればいいんだ?」
「仕方がありませんねぇ~。かくかくしかじか…」
「わ、わかった。何とか努力しよう」
「それから、美鈴ちゃん、明日香ちゃん、カレンさんの三人は私がダンジョンに連れ出しますから、どうぞご安心を」
「どういう意味だ?」
「色々と口うるさい外野は私が押さえておきますから、お兄様は今日一日楽しんでくればいいんですの」
実によくできた妹と不器用でニブチンの兄の姿がここにある。美鈴とカレンが聞きつければ必ず大騒動が起きるであろうという懸念を桜が未然に防ごうと言っている。なんという心遣いであろうか! これぞまさに妹の鑑であろう。
とまあ朝のひと時、特待生寮ではこのような兄妹の会話が交わされたのであった。
聡史が正門でしばらく待っていると、こちらにやってくる人影が目に入ってくる。ジーンズにTシャツという飾り気のないラフな服装でやってきたのは美晴のよう。
「師匠~!」
聡史の姿を遠目に発見した美晴は全力ダッシュで駆けてくる。レベルが上昇したおかげで相当な速さ。今なら女子の日本記録に挑めるだろう。
「師匠、お待たせしました! 楽しみすぎて朝の5時に目が覚めて、暇だから筋トレしていました!」
「美晴らしいな。それにしてもその服は普段からこんな感じなのか?」
「動きやすさが一番重要ですからね。こんな感じの服しかもっていないっス!」
さすがは脳筋、この娘はオシャレという概念を持ち合わせていないよう。だが聡史は必ず女子の服を誉めろと桜から固く言いつけられている。
「そうなのか、その考えは俺と一緒だな。動きやすさ重視というのは俺の服選びの第一条件だ」
「さすがは師匠だぜ。服のセンスが一緒ということは、もしかしたら赤い糸で結ばれているんじゃないのかな?」
「なんだ、その赤い糸というのは?」
「何でもないっス!」
赤い糸の意味は聡史に伝わらなかったものの、服の趣味が同じというだけで美晴は上機嫌になっている。聡史にしてみれば、脳筋の妹がいる分だけ美晴は女子としては扱いやすい部類に属するかもしれない。
続いては、絵美がやってくる。彼女は昨夜から迷いに迷い抜いた挙句に、ブラウスと膝上10センチのミニスカートというコーディネートに落ち着いたよう。肩からは小さなポシェットをぶら下げている。
「師匠、お待たせしました」
「おはよう、絵美は女の子らしい服だな。制服と色合いが違うだけでずいぶん印象が変わるな」
「えへへへ… 師匠とのデートだから色々迷いましたけど、着慣れている服が一番いいかなって…」
「似合っていていい感じだぞ」
聡史、グッドジョブ! 絵美は顔を真っ赤にしてクタクタと美晴にもたれ掛かっている。訓練やダンジョンでの活動の際には聡史から中々褒めてもらえないだけに、こうして面と向かって「似合っている」と言われてデレデレになって体から力が抜けているよう。
三人目にやってきたのは渚。スラリとした体形に合わせて黒のスキニージーンズとパンプスの組み合わせに、グレーのキャミソールの上からクリーム色のサマーセーターを羽織っている。
「師匠、早かったんですね。私も余裕をもって寮を出たつもりだったんですが、お待たせしてすいません」
「気にしなくていいから。それよりも渚はスタイルがいいんだな。制服や演習ジャージではよくわからなかったけど、こうして私服になるとモデルみたいだぞ」
聡史は事前に脳内で組み立てていた文章を口にする。当然桜の協力を得たのは言うまでもない。だがこのセリフが渚にもたらした効果は絶大な模様。
「そんなに褒めないでください。モデルだなんて…」
はい、掴みはオーケー! 渚は一番褒めてもらいたいツボをピンポイントで突かれて撃沈している。聡史の戦略がここまでは功を奏している。もちろん参謀の桜の陰の助言が効果絶大なのだが…
四人目はほのか。彼女はメンバー中で一番小柄であり、服選びの際に中々合うサイズを見つけるのに苦労する。時には子供服から見繕わなければならない中で、今日は気合を入れて精一杯大人っぽいコーディネートに挑んでいる。
「師匠、おはようございます!」
「ほのか、おはよう。今日はずいぶん大人っぽい印象だな」
「師匠とのデートなのでちょっと頑張りました」
「いい感じじゃないか。普段よりもちょっと年上に見えるぞ」
本当は小学校の高学年が背伸びしているように見えなくもないのだが、聡史から「年上に見える」と言われただけでほのかは舞い上がっている。いつもは実年齢よりも年下に見られがちの彼女にとっては、とっても嬉しい一言がもらえたようで何より。
そして最後にやってきたのは真美。渚とちょっと被り気味のキャミソールにサマーセーターという組み合わせだが、わざと胸を強調した服を選んだ様子が窺える。カレンが特盛ドンブリ2杯に対して、真美は大盛りドンブリ2杯の立派なプルンプルンをお持ち。クラスのオッパイ星人男子たちからも実は秘かに目を付けられているだけのことはある。
「師匠、どうもお待たせしました。私が最後でしたね」
「えーと、真美さんや… その服装は俺に何を言わせたいんだ?」
「えっ?普段からこんな格好をしていますよ」
他の女子四人を敵に回しそうな真美の一言。美晴、絵美、渚、ほのかの四人は真美に対してジトーっとした視線を送っている。羨望とちょっとだけ同性としての憎悪が入り混じった複雑な感情が各自から漏れ出している。
「そのう… そ、そうだな… 大変いいものを見させてもらってありがとうございました」
「師匠ったら、私のどこを見ているんですか?」
聡史の正直なぶっちゃけに対して自分の両手で胸を両腕で隠しながらも真美は満更でもない表情をしている。自分のチャームポイントが聡史に伝わったと彼女なりに満足しているご様子。
こうして全員が揃ったので、最寄りのバス停まで歩いていく。本日は電車に乗って2つ目の結構賑わっている街で一日過ごす予定となっている。
この時点ですでに監視の目が追い掛けているとも知らずに、聡史とブルーホライズンの五人はワイワイ盛り上がりながら学院の敷地の外へ出ていくのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! 皆様の応援を心よりお待ちしております。
世界中にできたダンジョンに対して各国政府の対応はまちまちという状態。
ヨーロッパの各国は概ね日本と同様に政府がダンジョンの管理に積極的に関与しているのに対して、アメリカでは民間にすべてのダンジョンが開放されており、管理自体を民間団体が行っている。それだけではなくて、魔石やドロップアイテムの有用性が日本よりもはるかに高く評価されているので、オークの魔石1つが30ドルで売買されている。最近ではドロップアイテムの取引所まで開設されており、活発な取引きが行われるとともに価格が急騰しているという声も聞こえてくる。
このような背景からアメリカのことに貧困層の出身の若者は、挙ってダンジョンに入って一獲千金を目指すのがブームとなっている。1日にちょっとした魔石を2、3個手に入れれば十分生活できるだけでなくて、宝箱でも発見しようものなら大金が手に入るとあって、新たなアメリカンドリームと呼ばれている。
南米では、今まではサッカー選手を目指していた大勢の若者が現金収入を求めて皆ダンジョンに入るために、ここ最近サッカーのレベルが下がったと嘆くファンが出ているらしい。だが、若者の多くが収入を得る手立てを見い出したおかげで、違法薬物の取引や犯罪に走る人間が減って治安が良くなったという効果を上げている。
アフリカでは、ダンジョンの管理をする権利を得た欧米企業が多数進出して現地の人間を雇ってドロップアイテムを回収しては国外に輸出する動きが始まっている。現地の労働者は安い賃金で酷使されており、人権団体から批判が集まっているという報道がなされている。
途上国では様々な問題を孕みながらも、世界各国ではダンジョンとの共存を目指して平和的に管理しながらドロップアイテムを資源として有効利用していく動きが進んでいるように見受けられる。
だがこのような世界の動きに背を向けて、まったく別の目的でダンジョンが産出する資源を用いようと考える国家が存在する。
それは中国とロシアの2国。両国ともダンジョンから産出される物資の軍事転用を画策しており、魔力を兵器に生かす研究を活発に行っているという噂がまことしやかに話されている。
現状では、このように世界全体ではダンジョンに関する考え方はけっして一枚岩ではない。ことに中露の2国の態度は国際的な非難を浴びているのであった。
◇◇◇◇◇
ここは東京にあるロシア大使館、外交を司る正規の政府機関であるとともに、日本国内の様々な情報を収集する部署も同時に存在している建物となっている。その内部の主に諜報や工作活動を専門に行っている部署に本国からとある指令が届く。
「ワレンコ室長、本国からの指令です!」
「どんな内容だね?」
「先日本国に送った魔法学院の生徒に関する指示です」
魔法学院に関する情報は自衛隊及び政府が掌握しており、一般には公開されていない。だがロシア大使館に置かれているこの組織は、日本政府の内部に潜む協力者から模擬戦の全試合が詳細に記録されたディスクを入手している。
そして全学年トーナメントの決勝で繰り広げられた聡史と桜のプロレスは、彼らの興味を引くには十分な内容といえる。人間でありながらあれだけの威力がある爆発を引き起こす能力は、魔法を戦術兵器の一部として活用する研究をしていくには十分な内容と判断可能。
「ワレンコ室長、より具体的な本国からの指令では、魔法学院の例の2名を我がロシアに招聘しろという内容です」
「ふむ、相手は未成年だな。仮に交渉するとしたら、相手は両親か」
「その件に関しても指令が来ております。手段を選ばずに連れて来いとあります」
「相当強硬な指令を出してきたな。本国はどうあってもあの2名を手に入れたいと考えているのか」
「そのようです。ですが仮に拉致するにしても、相当な困難が伴うであろうと考えます」
「そうだろうな… 何しろ相手は個人であれだけの威力が出せる魔法使いだ。生半可な手段ではこちらが全滅する可能性すら考えられる。ところで中国は動き出しているのか?」
「まだ情報がありませんが、我々の動きを察知すれば必ず動き出すものと思われます」
「そうか… では、奴らに先に手を出してもらおうか。その結果を見てからこちらが行動しても十分間に合うだろう」
「中国に先を越されませんか?」
「安心したまえ、あの連中の乱暴な方法では必ず失敗する。我らは中国の工作員を監視してその結果だけを持ち帰ればいい」
「中国が失敗すれば本国も諦めるということでしょうか?」
「まあ、そうだな。火中の栗を拾うのは中国の役目だよ。この場は連中のお手並みを拝見しようか。まあ、大ヤケドは間違いないだろうがな」
ニンマリとした笑いを浮かべながらワレンコは何かを企む様子であった。
◇◇◇◇◇
ロシア大使館のワレンコ室長の読み通り、中国の諜報機関はすでに動きを開始している。
魔法学院と大山ダンジョンが一望できる市街地にある高層マンションの一室を借り上げて、そこに望遠レンズ付きのビデオカメラを準備して聡史たちの動きを逐一監視中。
「相手は高々高校生だろう。なんでわざわざ拉致する必要があるんだ?」
「特別な能力を持っているからに決まっているだろう! それよりも学院内にいる間はこちらも手を出せないから、奴らが外に出た機会を絶対に逃すんじゃないぞ」
「わかったよ! 精々監視しておくから、実行部隊との連絡は任せるぞ」
中国の工作員は、こうしてマンションの最上階から24時間体制で聡史たちの動きを監視するのであった。
◇◇◇◇◇
模擬戦週間が終わって1週間が経過する。
そして迎えた最初の土曜日、聡史は待ち合わせのために学院の正門に立っている。今日はブルーホライズンとデートの約束をしている日となっており、朝の9時に待ち合わせの約束だが、聡史は律義に15分前にこの場にやってきて彼女たちを待っている。
今朝特待生寮を出る時に、聡史は桜から色々と言い含められて送り出されていた。
「お兄様が、女の子とデートだなんて… こんな日が来るとは思いませんでしたわ。私が見立てたコーディネートがバッチリ決まっていますから、安心してお出掛けくださいませ」
「デートって言ったって、相手はブルーホライズンの五人だぞ。ダンジョンと一緒で俺は引率者の心境だ」
「いいじゃありませんか。お兄様が最も苦手とする女子の心理をしっかりと学習してきてください。それから待ち合わせの時の最初の一言は、絶対にあの子たちの服を誉めるんですよ。みんな気合を入れて服を選んだに決まっていますから、その努力を認めてあげてください」
「そんな簡単に褒める言葉ないか浮かばないぞ。一体どうすればいいんだ?」
「仕方がありませんねぇ~。かくかくしかじか…」
「わ、わかった。何とか努力しよう」
「それから、美鈴ちゃん、明日香ちゃん、カレンさんの三人は私がダンジョンに連れ出しますから、どうぞご安心を」
「どういう意味だ?」
「色々と口うるさい外野は私が押さえておきますから、お兄様は今日一日楽しんでくればいいんですの」
実によくできた妹と不器用でニブチンの兄の姿がここにある。美鈴とカレンが聞きつければ必ず大騒動が起きるであろうという懸念を桜が未然に防ごうと言っている。なんという心遣いであろうか! これぞまさに妹の鑑であろう。
とまあ朝のひと時、特待生寮ではこのような兄妹の会話が交わされたのであった。
聡史が正門でしばらく待っていると、こちらにやってくる人影が目に入ってくる。ジーンズにTシャツという飾り気のないラフな服装でやってきたのは美晴のよう。
「師匠~!」
聡史の姿を遠目に発見した美晴は全力ダッシュで駆けてくる。レベルが上昇したおかげで相当な速さ。今なら女子の日本記録に挑めるだろう。
「師匠、お待たせしました! 楽しみすぎて朝の5時に目が覚めて、暇だから筋トレしていました!」
「美晴らしいな。それにしてもその服は普段からこんな感じなのか?」
「動きやすさが一番重要ですからね。こんな感じの服しかもっていないっス!」
さすがは脳筋、この娘はオシャレという概念を持ち合わせていないよう。だが聡史は必ず女子の服を誉めろと桜から固く言いつけられている。
「そうなのか、その考えは俺と一緒だな。動きやすさ重視というのは俺の服選びの第一条件だ」
「さすがは師匠だぜ。服のセンスが一緒ということは、もしかしたら赤い糸で結ばれているんじゃないのかな?」
「なんだ、その赤い糸というのは?」
「何でもないっス!」
赤い糸の意味は聡史に伝わらなかったものの、服の趣味が同じというだけで美晴は上機嫌になっている。聡史にしてみれば、脳筋の妹がいる分だけ美晴は女子としては扱いやすい部類に属するかもしれない。
続いては、絵美がやってくる。彼女は昨夜から迷いに迷い抜いた挙句に、ブラウスと膝上10センチのミニスカートというコーディネートに落ち着いたよう。肩からは小さなポシェットをぶら下げている。
「師匠、お待たせしました」
「おはよう、絵美は女の子らしい服だな。制服と色合いが違うだけでずいぶん印象が変わるな」
「えへへへ… 師匠とのデートだから色々迷いましたけど、着慣れている服が一番いいかなって…」
「似合っていていい感じだぞ」
聡史、グッドジョブ! 絵美は顔を真っ赤にしてクタクタと美晴にもたれ掛かっている。訓練やダンジョンでの活動の際には聡史から中々褒めてもらえないだけに、こうして面と向かって「似合っている」と言われてデレデレになって体から力が抜けているよう。
三人目にやってきたのは渚。スラリとした体形に合わせて黒のスキニージーンズとパンプスの組み合わせに、グレーのキャミソールの上からクリーム色のサマーセーターを羽織っている。
「師匠、早かったんですね。私も余裕をもって寮を出たつもりだったんですが、お待たせしてすいません」
「気にしなくていいから。それよりも渚はスタイルがいいんだな。制服や演習ジャージではよくわからなかったけど、こうして私服になるとモデルみたいだぞ」
聡史は事前に脳内で組み立てていた文章を口にする。当然桜の協力を得たのは言うまでもない。だがこのセリフが渚にもたらした効果は絶大な模様。
「そんなに褒めないでください。モデルだなんて…」
はい、掴みはオーケー! 渚は一番褒めてもらいたいツボをピンポイントで突かれて撃沈している。聡史の戦略がここまでは功を奏している。もちろん参謀の桜の陰の助言が効果絶大なのだが…
四人目はほのか。彼女はメンバー中で一番小柄であり、服選びの際に中々合うサイズを見つけるのに苦労する。時には子供服から見繕わなければならない中で、今日は気合を入れて精一杯大人っぽいコーディネートに挑んでいる。
「師匠、おはようございます!」
「ほのか、おはよう。今日はずいぶん大人っぽい印象だな」
「師匠とのデートなのでちょっと頑張りました」
「いい感じじゃないか。普段よりもちょっと年上に見えるぞ」
本当は小学校の高学年が背伸びしているように見えなくもないのだが、聡史から「年上に見える」と言われただけでほのかは舞い上がっている。いつもは実年齢よりも年下に見られがちの彼女にとっては、とっても嬉しい一言がもらえたようで何より。
そして最後にやってきたのは真美。渚とちょっと被り気味のキャミソールにサマーセーターという組み合わせだが、わざと胸を強調した服を選んだ様子が窺える。カレンが特盛ドンブリ2杯に対して、真美は大盛りドンブリ2杯の立派なプルンプルンをお持ち。クラスのオッパイ星人男子たちからも実は秘かに目を付けられているだけのことはある。
「師匠、どうもお待たせしました。私が最後でしたね」
「えーと、真美さんや… その服装は俺に何を言わせたいんだ?」
「えっ?普段からこんな格好をしていますよ」
他の女子四人を敵に回しそうな真美の一言。美晴、絵美、渚、ほのかの四人は真美に対してジトーっとした視線を送っている。羨望とちょっとだけ同性としての憎悪が入り混じった複雑な感情が各自から漏れ出している。
「そのう… そ、そうだな… 大変いいものを見させてもらってありがとうございました」
「師匠ったら、私のどこを見ているんですか?」
聡史の正直なぶっちゃけに対して自分の両手で胸を両腕で隠しながらも真美は満更でもない表情をしている。自分のチャームポイントが聡史に伝わったと彼女なりに満足しているご様子。
こうして全員が揃ったので、最寄りのバス停まで歩いていく。本日は電車に乗って2つ目の結構賑わっている街で一日過ごす予定となっている。
この時点ですでに監視の目が追い掛けているとも知らずに、聡史とブルーホライズンの五人はワイワイ盛り上がりながら学院の敷地の外へ出ていくのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! 皆様の応援を心よりお待ちしております。
26
お気に入りに追加
477
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
同級生の女の子を交通事故から庇って異世界転生したけどその子と会えるようです
砂糖琉
ファンタジー
俺は楽しみにしていることがあった。
それはある人と話すことだ。
「おはよう、優翔くん」
「おはよう、涼香さん」
「もしかして昨日も夜更かししてたの? 目の下クマができてるよ?」
「昨日ちょっと寝れなくてさ」
「何かあったら私に相談してね?」
「うん、絶対する」
この時間がずっと続けばいいと思った。
だけどそれが続くことはなかった。
ある日、学校の行き道で彼女を見つける。
見ていると横からトラックが走ってくる。
俺はそれを見た瞬間に走り出した。
大切な人を守れるなら後悔などない。
神から貰った『コピー』のスキルでたくさんの人を救う物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/sf.png?id=74527b25be1223de4b35)
日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる