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第59話 大山ダンジョン6階層

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 模擬戦週間が終わると通常授業の再開までの間に土日を挟む。

 聡史たちは土曜の午前中を体の動きを取り戻すための訓練に充てている。模擬戦週間中に空き時間で各自が訓練を行っていたのだが、こうして全員がまとまって体を動かすのは久しぶり。

 そして当然のように聡史の周囲にはブルーホライズンが集まって何やら騒いでいる。


「師匠! 模擬戦で2勝したから約束のデートを果たしてもらいたいっス!」

「おいおい美晴、あれは冗談じゃなかったのか?」

「師匠、もしかして私たちの必死の頑張りを冗談で済ませる気ですかぁぁ!」

 トーナメントで2勝を挙げた美晴が聡史の冗談で済まそうとする態度に頬を膨らませている。それはそうだろう。彼女たちは五人とも聡史とのデートを目指して歯を食い縛って模擬戦を戦ったのだから。

 さすがに聡史も美晴にここまで言われると弱い。きちんとデートの約束をしたわけではないのだが、彼女たちが戦う姿を思い出したらちょっとぐらいならご褒美をあげてもいいかな… などと考えてしまう。


「わかったから! 美晴が頑張ったご褒美にどこかに出掛けよう!」

「やったぜー! みんな、全員で師匠とデートだぁぁぁ!」

「「「「やったー!」」」」

 メンバー全員が聡史の返事に飛び上がって大喜びをしている。だがこの反応に聡史のしっかりと頭の中には疑問が…


「なんで全員が喜んでいるんだ?」

「師匠、一人も五人も一緒ですから全員デートに連れて行ってください!」

「待て待て待て! 五人も一緒にどうやって連れて行くんだよ?」

「そこは師匠の腕の見せどころです。私たちをしっかりとエスコートしてください」

 女子とまともにデートした経験などない聡史にブルーホライズンはとんでもなくハードルが高い無理難題を押し付けてくる。どうしていいやら途方に暮れる聡史…

 だが、そこで真美が常識的な提案を出してくる。


「私たちもどこに行きたいか意見をまとめますから、師匠と一緒に相談しながら決めましょう」

「そ、そうだな。うん、みんなも積極的に意見を出してどこに行きたいのか考えてくれると助かる」

 天の助けが舞い降りたかのようにあからさまに!ホッとした表情を向ける聡史、だがブルーホライズンの攻勢はここで終わるはずがない。


「それじゃあ、私たちのお礼の気持ちを師匠に示そうぜ!」

「「「「おお!」」」」

 五人が一斉に聡史の体にまとわりつく。真美と絵美が左右の腕に絡みついて、美晴とほのかが二人で体の正面に抱き着いてくる。さらに渚は背中からしがみついて、聡史は五人から盛大なお礼を受け取っている状態。

 ブルーホライズンは五人揃っていつまでも離れる気配がない。こんなことをしていれば当然周囲の目に留まる。


「な、な、な、なんですかぁぁ! 聡史さんはなんで五人に取り囲まれているんですかぁぁぁ!」

 ちょうどこれから渚と絵美の相手をしようと愛用の棒術の棒を素振りしていたカレンは、その光景に珍しく動転した大声をあげている。もちろん背中からは撲殺天使のスタンドがヌ~ッと湧き上がる。


「むむ! これはもしかしたら全国の視聴者の皆さんが喜びそうなゴシップネタが転がり込んできましたよ~」

 明日香ちゃんは好奇心アンテナが電波をキャッチした模様で、背後からレポータースタンドを浮かび上がらせてはマイクを手にする体で聡史に向かって突進していく。


「お兄さん、今のお気持ちをどうぞ! 何か一言お願いします!」

「言えるかぁぁぁ!」

「気持ちいいんですね! 女の子たちの囲まれて極楽なんですね!」

「それどころではないからぁぁ!」 
 
 明日香ちゃんの乱入によって騒ぎが大きくなると、グランドの反対側で訓練をしているモテない男子たちがその様子に気付く。


「なんで聡史がぁぁぁ!」

「特権か?! トーナメントで決勝まで進んだ特権なのかぁぁ!」

「いつか必ず制裁を!」

「制裁を!」

「血の制裁こそが、我らの望む道!」

「「「「「「制裁だぁぁぁ!」」」」」

 藁人形と五寸釘を取り出す者が続出している。背後からどす黒いオーラを吹き出しながら、血の涙を流して聡史を見つめるモテない男たちであった。 



   ◇◇◇◇◇



 昼食を取って午後からは大山ダンジョンへと向かう。

 本日の予定であるが、聡史はブルーホライズンの付き添いに回って、桜たちは6階層まで降りてオーク肉を調達する予定となっている。


「それではお兄様、いってまいりますわ」

「ああ、きをつけてな」

 2階層までは一緒に降りて、ブルーホライズンはその場でゴブリンを相手にする予定。今日の戦い方によっては彼女たち単独で2階層での活動許可を聡史から降りるだけに、5人揃って張り切っている。

 聡史たちと別れた桜率いるパーティーはそのまま3階層~4階層を最短距離で通り抜けて5階層のボス部屋の前に。すでにこの部屋のゴブリンキングを過去4回倒しているだけに、四人ともまったく気負ってもいない余裕の表情。


「さて、今日は誰が倒しますか?」

「私にやらせてください」

 桜の問い掛けに真っ先に返事をしたのはカレン。これまで美鈴と明日香ちゃんのコンビが2回、あとは桜単独で2回この部屋のボスを倒しているので、いよいよ神聖魔法を試してみたいと腕捲りをしている。


「それではカレンさんに任せましょう。美鈴ちゃんは神聖魔法の余波を防ぐためにシールドを展開してもらえますか」

「ええ、守りには自信がついたから任せてもらえるかしら」

「美鈴さん、思いっきり強力なシールドにしてください。試し打ちの時の威力が怖かったですから」
 
 明日香ちゃんからは堂々とヘタレ宣言が提出される。これを聞いて第ゼロ室内演習場でカレンが魔法を放った時に、明日香ちゃんが威力に驚いて後ろに引っ繰り返っていた件を思い出した桜が腹を抱えてゲラゲラ笑い出す。
 

「く、苦しいです! 笑いすぎてお腹が…」

 ヒーヒー言いながら桜は笑い続けるが、笑われる側の明日香ちゃんは少々ムッとした表情。


「桜ちゃん、失礼じゃないですかぁぁ! 誰にも失敗はあるんですから、そんなに笑わないでください」

「そ、そんなことを言われても、明日香ちゃんがカエルみたいにひっくり返って…」

 結局桜の笑いが止まるまで2分を要する。少々手間取ったものの、四人は通算5回目となるボス部屋に踏み込んでいく。内部にはゴブリンキングに率いられたゴブリンの集団が待ち受ける。


「対物理シールド」

 威力が高いカレンの魔法の余波で恐ろしいのは爆風と飛ばされて飛来する破片の運動エネルギー。したがって美鈴は魔法シールドよりも物理シールドを選択している。


「カレン、準備オーケーよ」

「それではいきます。ホーリーアロー!」

 カレンの右手から白い光が真っ直ぐに飛び出していく。その勢いは美鈴のファイアーボールなどの比ではない。選ばれた人間だけが操れる神聖魔法、その威力は強大としか言いようがない。

 ドガガガーン! 

 ボス部屋の内部は白い光で満たされて耳をつんざくような大音響が鳴り響く。シールドに遮られたこちら側にはまったく影響はないが、カレンの魔法の直撃を受けたゴブリンキングたちは大変なことになっているだろう。


「な、何もなくなっていますよぉぉ!」

 白い光と土埃が晴れると、明日香ちゃんが声を上げた通りにそこにはゴブリンキングの影も形もなくなっている。床のあちこちにドロップアイテムが散らばっているだけで、この部屋の魔物たちはきれいサッパリ一掃されている。


「さすがはカレンね。桜ちゃん、今度は私の闇魔法を試していいかしら? カレンよりも威力はあるわよ」

「美鈴ちゃん、それはもっと下の階層ボスで試してみましょう。お兄様から聞いた限りでは相当ヤバい威力だそうですし」

 どうやら美鈴はカレンをいろいろな意味でライバル認定しているよう。聡史を巡るライバルであると同時に魔法に関しても相当意識をしている。当然カレンも美鈴の魔法を追い越そうと日々努力をしているだけに、同じパーティーでありながらも両者の鍔迫り合いは今後とも続くものと思われる。


 ドロップアイテムを拾ってから6階層に降りると、この階層からはゴブリンは出なくなる。代わってオークの出現頻度が上昇するだけではなくて、コウモリの魔物であるブラッディバッドやグレーウルフの上位種であるブラックウルフが登場してくる。

 5階層のボスを倒せるだけの実力を持った上で動きが早かったり宙を飛んでくるこれらの魔物に対処する能力がないと、中々攻略が難しい階層といえよう。


 だが、桜たちはすでにこの階層に足を踏み込むのは4回目となるだけに、すでに魔物への対処は手慣れたもの。


「明日香ちゃん、オオカミが来ますよ!」

「はい、任せてください!」

 桜の気配察知が魔物を捉えると、明日香ちゃんがトライデントを構えて待ち受ける。飛び掛かろうとするブラックウルフを神槍の一閃で壁に叩き付けるとそのままトドメを刺していく。


「美鈴ちゃん、コウモリが来ました!」

「大丈夫よ、ファイアーボール!」

 敢えて避けにくい至近距離まで接近を許してから、美鈴は爆発しないタイプのファイアーボールを放つ。まるで火炎放射器の掃射を食らったかのようにブラッディバッドは炎に包まれながら地面に落ちていく。


「オオカミは毛皮を落としてくれますけど、コウモリは魔石だけですよ~」

 ドロップアイテムを集める担当の明日香ちゃんが愚痴をこぼしている。ブラックウルフの毛皮は1枚3千円程度に対して、ブラッディバッドの魔石は1個800円。まあそれでもゴブリンの魔石よりはずいぶんマシな話なのだが。
 そしてお目当てのオークは桜が手早く倒していく。学生食堂に納入する肉をなるべく多く確保したいので桜も相当気合いが入っている。それでもさすがは6階層だけあって、オークの出現頻度が高いので桜がわざわざ探さなくてもすぐに姿を現してくれる。

 しばらくはオークの討伐に時間を費やしていたのだが、通り掛かった通路の壁の違和感に桜が気付く。

「おやおや? この壁はなんだかおかしいですわ」

 オークを追い掛けながらたまたまやって来た場所には何やらいわく有り気な窪みが壁に存在している。


「桜ちゃん、また例の隠し部屋のように変な場所に連れていかれるんじゃないですか?」

「桜ちゃん、また無茶をしないで今日は安全第一で戻った方がいいと思うわ」

 明日香ちゃんと美鈴が口を揃えて止めるが、肝心の桜はといえばすでに壁に向いて拳を撃ち出す構え。


「まあまあ、お二人とも。ここは隠し通路の疑いが濃厚ですからね。調べるだけ調べてみましょう」

 ガコッ!

 桜が拳を一閃すると、壁には簡単に穴が空いてその先には何やら通路が続いでいるよう。


「それでは、この先に何があるか確かめてみましょう」

「桜ちゃん、どうか思い留まってくださいよ~」

 明日香ちゃんの呼び掛けも虚しく、桜はズンズン新たに出現した通路へと入っていくのだった。 




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