異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第54話 全学年トーナメント 1

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 魔法学院の模擬戦週間もいよいよ大詰めに差し掛かる。迎えた9日目からは各学年上位の生徒が選抜されて出場する全学年トーナメントが始まる。

 出場するのは、シードされている特待生2名、3年生6名、2年生4名、1年生4名の計16人となっている。魔法部門と近接戦闘部門の双方で最後の2日間このトーナメントの優勝が争われる。

 ここ第1訓練場では、近接戦闘部門に出場する16選手がスタンドを埋める生徒に紹介をされている場面。


「1年特待生、楢崎桜」

 パチパチパチパチ! とまばらな拍手が起こる。大多数の生徒にとっては7月に急に編入してきた特待生というのはベールに包まれた謎の存在という印象をもたらしている。

 もちろん、その人間離れした身体能力や戦闘力について一部には知れ渡っているのだが、大方の生徒は直接目にしたことがないのでどんなレベルなのか見極めてやろう程度の認識しか持ってはいないよう。

 そして出場選手の中には誠に不本意ながら1年生のトーナメントを優勝してしまった明日香ちゃんも並んでいる。アナウンスで名前を呼ばれてペコリとお辞儀をしてはいるが、どうもその表情は気もそぞろといった様子が窺える。というよりも、なんだか小声でブツブツ呟いている。


「どうか桜ちゃんとだけは対戦しませんように。桜ちゃんとだけは絶対に当たりませんように。お願いします! 桜ちゃんとだけは…」

 日々の訓練で散々シゴかれている明日香ちゃんにとっては、公式戦で桜と対戦するなどまさに悪夢としか言いようがない。もし仮に対戦となったらどうせ調子に乗って理不尽かつ有り得ない攻撃を放ってくるのは明白なだけに、カレンの回復魔法の世話になるのは確実であろうと考えている。生存本能にこれ以上ない危機を感じている状態の明日香ちゃん。


「それではただいまより、トーナメントの抽選を行います」

 アナウンスが流れると出場選手の間にはある種の緊張感が流れる。対戦者が誰になるかによって自分の勝利の可能性が左右されるだけに、大方の生徒が表情を引き締めて番号が書かれているカードを選ぶ箱が置かれている場所に集合する。


「フフフ、どなたの挑戦でも受けますわ」

「桜、いいからこの場では口を謹んでいろ」

 どうやらこの兄妹の二人は緊張とは程遠いよう。ことにようやく出番が回ってきた桜は目をキラッキラに輝かせながら来るべき試合を楽しみにしている。

 すでに兄妹と3年生のトーナメント決勝進出者は対戦表に名前が記されている。シード選手として桜が1番、聡史が16番の枠に入っており、3年生の2名はそれぞれ8番と9番に名を連ねている。残った枠に他の選手が抽選で入っていく仕組みとなる。

 
「どうかお願いしますから、桜ちゃんだけは… 神様…」

 明日香ちゃんが心の底から祈りながら引いたカードには10という数字が書いてあった。


「よかったぁぁぁぁ!」

 明日香ちゃんの対戦相手が決まる。本人は桜と当たらなくてホッとした心境なのだが、実はその相手とは3年生のトーナメントを圧勝した近藤勇人だとはまだ知らない。どうやら明日香ちゃんは新たな試練を迎えたよう。

 ちなみに聡史たちのパーティーはこのトーナメントに五人全員が出場している。そのため付き添い役の手が足りなくて2日間ブルーホライズンのメンバーが防具の着脱を手伝う。同時にスタートする魔法部門に出場する美鈴の付き添いは千里が務めている。

 毎日一緒に訓練している間柄なので、ブルーホライズンのメンバーはこの役を快く引き受けてくれている。だがその裏には聡史の付き添い役を巡る壮絶なジャンケン5回勝負が行われたのはここだけのナイショの話。




 開会式が終わって選手控室では、第1試合に出場する桜と絵美が防具の装着をしている最中。


「明日香ちゃんが言っていた通りで、この防具は確かに動きにくいですねぇ…」

「そうなんですよ。なんだか別人になったような体の動きになっちゃうんですよね」

 身軽なフットワークを身上とする桜にとっては動きを阻害されるのは何よりも大きな問題。ヘルメット、プロテクター、レガースを全て装着してから立ち上がって体の動きの感覚を確かめている。


「まあこのくらい動ければそれほど問題はないでしょう」

「それよりも桜ちゃん、本当に武器は使わないんですか? 相手は2年生ですよ」

「大丈夫ですわ。この拳が私の最強の武器ですから」

 絵美の心配をよそに、桜は威力を加減するオープンフィンガーグローブを嵌めた手をパフンパフン打ち付けてから控室を出ていくのであった。




   ◇◇◇◇◇






「ただいまから全学年トーナメント1回戦、1年Eクラス楢崎桜対2年Aクラス本郷肇の試合を開始いたします」

 場内に流れるアナウンスとともに桜と対戦相手が入場する。いよいよベールを脱ぐ特待生の実力にスタンドの殊に上級生たちは興味津々な表情をして待ち構えている。


「実際に目にするのは初めてだが、どの程度の能力を持っているのか楽しみだな」

「相手は2年生の2位か。実力を測るにはちょうどいい相手だろう」

「それにしても何も武器を手にしていないようだが、どうやって戦うつもりなんだ?」

 一見すると丸腰の桜に誰もが疑問を覚えるのは当然。しかも相手はリーチの長い槍を手にしているだけに、より一層桜の戦い方に興味を惹かれている。


「試合開始ぃぃ!」

 審判の腕が振り下ろされると槍を手にする2年生が積極的に前に出てくる。この生徒は丸腰の桜を見て秘かにほくそ笑んでいる。

(武器を持っていないんだったら、こんな楽な相手はいないな)

 それこそが桜の思う壺だとは知らずに無警戒に前進して思いっ切り槍を一閃する。


「仕留めた!」

 と彼は考えた。通常ならば絶対に避けられないタイミングで突き出した槍は確実に相手を捉えているはず。だが槍から伝わる感触は何もない。


「中々の突きでしたが、もう半歩足りませんわね」

 槍が向かう正面にいたはずの桜はいつの間にか相手の左側方に移動している。スキルを用いたのでもなんでもなく、ただ普通に槍を避けただけで瞬時にここまで位置を変えている。動きを阻害する防具を装着してもなお目にも止まらない桜のフットワークは恐ろしい。


「クソッ、これでも食らえ」

 視界の片隅にようやく桜の姿を捉えた相手は今度は手にする槍を横薙ぎに振るう。だが、そこにも桜の姿はない。


「こちらですわ」

 対戦相手が振り向くと、なんと桜はいつの間にか相手の真後ろまで回り込んでいる。

 最初の攻防を目撃したスタンドの1年生は現在フィールドで何が起きているのか全く理解していない。だが上級生の中には桜の動きを目で追える人間もある程度存在する。彼らはレベルの上昇とともに動体視力が向上した一部の生徒。


「信じられないスピードだな」

「防具をつけてもあんな動きが可能とは… 特待生というのはどうやら伊達ではないようだ」

 彼らはすでに桜のちょっとした試合での動きにその大器の片鱗以上のモノを見て取っている。そう、それはもはや神業と呼べるようなレベルで…


「なんて動きが速いんだ」

 対戦者も桜に関しては呆れている。槍がその動きを捉えるのは相当困難であろうと彼自身覚悟を決めているよう。いつの間にか後ろ側に回り込んでいた桜に彼は改めて向き直ってから槍を構える。そして自らの最速で手にする槍を突き出していくが、それは虚しく空を切るばかり。


「どうやら防具を着けた動きにも慣れてきましたから今度はこちらから参りますわ」

 必死で槍を繰り出す相手に対して今度は桜から前に出る。


「そうはいくかぁぁ!」

 対戦者も前に出てこようとする桜目掛けて渾身の一突きを放つ。だが彼の目に映る桜の姿が一瞬ブレたかと思ったら、その直後体に強烈な衝撃が走り抜ける。


「うげぇぇぇぇ!」

 桜は突き出される槍を一歩右に避けると、そのまま前進して対戦者の胴体に拳をめり込ませている。たったその一撃で相手は地面に崩れ去る。


「そこまでぇぇ! 勝者、青!」

 勝ち名乗りを受けた桜は悠然とした態度で一礼してから控室に下がっていく。その背中にまとう雰囲気には王者の風格すら漂うかのよう。


「ワンパンかよ!」

「最後の動きは見えたか?」

「残像しか映らなかった。気が付いたらもう終わっていたな」

「あれは想像以上の化け物だぞ」

 スタンドの一部では桜を巡って騒然としたざわめきが広がっている。おそらく3年生が固まって座っているエリアが中心であろう。もちろん彼らの目でも桜の戦いの最後の部分は理解できてはいない。ただただ想像を絶するレベルの戦い方であったという印象を残したのみ。


 控室に戻ってきた桜を絵美が出迎える。


「桜ちゃん、今何が起きたんですか?」

 モニターの画面を見つめていた絵美だったが、桜が最後に何をしたかなどてんで理解が及んでいないよう。


「絵美ちゃんは槍が専門ですよね?」

「はい、そうです」

「槍使いが一番困る状況って何ですか?」

「懐に飛び込まれて超接近戦になることですね」

「私は相手の槍を躱してその超接近戦に持ち込んだだけですわ。とっても簡単なお話ですの」

「そんなことが簡単に出来たら誰も苦労なんかしないでしょうがぁぁぁ!」

 ケロッとした表情で答える桜に、絵美の渾身のツッコミが炸裂する。彼女が打ち合いで相手にするのは明日香ちゃんかカレンがほとんど。いまだにその二人から手玉に取られるのにさらにはるか上に存在する桜は、やはり絵美にとっては理解の範疇の外であった。


          【お知らせ】

 いつも当作品をご愛読いただきましてありがとうございます。この度こちらの小説に加えまして新たに異世界ファンタジー作品を当サイトに掲載させていただきます。この作品同様に多くの方々に目を通していただけると幸いです。10月4日の午後5時~6時の間に投稿開始いたしますので、興味のある方は是非ともご覧いただけるようよろしくお願いいたします。作品の詳細は下記に記載いたしております。

 なおこちらの小説に関しましてもまだ300話分のストックがございます。今後も継続して投稿していく予定となっているのでどうぞご安心くださいませ。


 新小説タイトル 〔クラスごと異世界に召喚されたんだけどなぜか一人多い。まあそれは俺なんだけどね〕

 異世界召喚モノにちょっとだけSF要素を取り入れた作品となっておりますが、肩の力を抜いて楽しめる内容です。


    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


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