48 / 90
第48話 夏後半の予定
しおりを挟む 聡史が理事長を屈服させて、桜が東十条家の拠点を急襲した日から1週間が経過している。すでに8月も10日を過ぎて、魔法学院の夏休みは残り少ない状況。
この日はいつものように午前中をトレーニングに充てて午後はダンジョンへと向かう予定であったのだが、聡史が学院長から呼び出しを受けて不在となったので急遽ダンジョン行きは中止にして休養となる。主に明日香ちゃんが「たまにはのんびりしましょうよ~!」と強く主張したわがままがなぜか今日に限って全会一致で認められた結果であった。
特待生寮で休養を取っているのは、桜、美鈴、明日香ちゃん、カレンの4人で、食堂からテークアウトしたデザートを囲みながら和やかな会話が弾んでいる。
ちなみにブルーホライズンの五人は今日も元気にダンジョンに向かっている。彼女たちはレベルが10に到達して、聡史の付き添いが無くてもゴブリン相手に堂々と立ちまわれるまでに成長している。ステータス上のレベルが10とか20などといったキリのいい数字に到達すると各自が所持しているスキルのレベルも上昇する仕組みのようで、渚の気配察知が1から2へ、真美のパーティー指揮も同様に1から2へと上昇した結果、1階層であれば余裕をもって探索に臨めるようになっている。
あと1、2回聡史が引率して彼女たちが複数のゴブリンに適応可能と見極めがついたら、ブルーホライズンは単独で2階層を探索する予定となっている。学院中の1年生を見渡してみてもまだAクラスの3つのパーティーしか2階層へ降りていないこの時点で、Eクラスの彼女たちが単独で2階層に降りていくのはある意味快挙と言えるだろう。それを可能にするだけの聡史の厳しい訓練にブルーホライズンの5人が体を張って応えた結果といえよう。
話はそれたが、現在特待生寮のリビングは滅多に見られないマッタリとした空気に包まれている。主に明日香ちゃんの醸し出す雰囲気に他の3人が流されているよう、珍しく桜までが普段にはない気を抜いた表情でクリームあんみつを口にしている。
「はあぁ~、こうして涼しい場所でノンビリするのもいいですね~」
「たまにはこんな日も必要ですわ。毎日気を張っているだけではなくって、時にはリラックスするのも大切なんです」
桜の主張に他の3人は頷いている。人間張り詰めているばかりでは長続きしない。こうして気を抜ける場所では緊張を解いてゆっくりと過ごす時間が必要だとこの場の全員が感じている。
「それにしても夏休みもあっという間に過ぎていきますね。もう8月も半ばに差し掛かっていますよ」
「そうねぇ… あと1週間もしたら2学期が始まるわね」
カレンが何気なく口にしたセリフに美鈴が相槌を打つ。だがそこに明日香ちゃんの驚きの声がリビングに広がった。
「ええぇぇぇぇ! 夏休みって、8月いっぱいまでじゃないんですかぁぁぁ?!」
「明日香ちゃん、それは中学校までのお話よ。魔法学院では8月の17日から2学期がスタートするの」
凄いぞ明日香ちゃん! 夏休みですっかり気が緩んで2学期がスタートする日を思いっ切り勘違いしていたらしい。この娘の能天気さは他者の追随を許さない圧倒的なレベル。美鈴からこの場で教えてもらわなかったら2学期がスタートしてもひとりで夏休みを満喫するつもりだったかもしれない。
だがもうひとり、そんな事情を知らない人物がいる。
「そうだったんですか。私も初めて聞きましたわ。それで、まだ暑いさなかに普通の授業が開始するんですか?」
魔法学院に途中から編入した桜も一年間の授業予定などまったく頭に入っていなかった様子。ただしまだ桜の場合は明日香ちゃんと比較すれば多少の弁解の余地は残る。2週間ほど授業を受けてから期末試験が始まりそのまま夏休みとなったのだから、年間予定など頭に入れる暇もなかったのは当然だろう。
「そうね、桜ちゃんは入学時のガイダンスを聞いていないから知らないのも無理はないわね。この学院では8月の後半から模擬戦週間が始まるのよ」
「模擬戦週間? なんですか、それは?」
「美鈴さん、私も初めて耳にしましたよ~」
「明日香ちゃんは絶対に知っておくべきじゃないかと思いますが…」
桜同様にいかにも今初めて聞きましたと言わんばかりの表情をしている明日香ちゃんに対して、カレンが控えめなツッコミを入れている。だがその程度の可愛らしいツッコミなど明日香ちゃんには通じるはずがない。もっと思いっ切りドカーンと正面からカマシてやらないと、明日香ちゃんのお花がいっぱい咲き乱れる脳内には届かない。
この明日香ちゃんの態度には、さすがに生徒会副会長の立場にある美鈴は、どうにかしないといけないといけないと自らの使命のごとくに心に深く念じている。同時にここまで無知でよくぞ魔法学院の生徒としてやってこられたものだと、変な部分で感心もしているよう。だがこのままでは埒が明かないので、美鈴は明日香ちゃんを含めて納得してもらえるように今一度懇切丁寧な説明を開始する。
「模擬戦週間というのは文字通り学年の生徒がトーナメント形式で対戦するのよ。魔法部門と近接戦闘部門があって、それぞれにエントリーした生徒がトーナメント表に従って勝ち上がりを目指して対戦していくの」
「ほほう、それは中々面白そうな催しですわね」
「ああ、桜ちゃんと聡史君はシード扱いだから学年トーナメントには参加しないわ。すでに開催要項が生徒会に届いているの。特待生の二人は各学年トーナメント上位者による全学年トーナメントから参加するみたいね」
「そうでしたか… 1年生の他のクラスの皆様を軽くブチノメシテ差し上げようと思ったんですが、ちょっと残念ですわ。まあその分は2、3年生をブッ飛ばしますから最終的な帳尻は合うでしょう」
桜が物騒な発言をしている。上級生を相手にしてレベル600オーバーの底力を見せつけてやろうかと考えているらしい。本気とまではいかなくとも、ある程度の力はこの際見せておこうという魂胆を秘めている。どうにか模擬戦で死者だけは出してもらいたくないもの。
両眼に危険極まりない光を湛えている桜とは別に、こちらは極めてお気楽な表情の明日香ちゃんが口を開く。
「トーナメントというからには、クジ運が大切ですよ~。できれば同じクラスの人と対戦したいです」
確かに楽な相手と戦いたいというのは誰にも共通する気持ちであろう。殊に何事も楽をしたがる明日香ちゃんにとっては、切実な思いであるのは言うまでもない。だが美鈴は残念そうに首を振る。
「もうトーナメント表は出来上がっているから、あとはそこにエントリーする人の名前を当て嵌めていくだけなの。今回の模擬戦には期末試験の成績を反映する時間が足りなかったから、入学試験の成績を元にして決定されるわ。つまり入試順位1位と200位が一回戦で当たるのね」
「むむ? 入試順位の1位とは、いったいどなたですか?」
「Aクラスの勇者ね」
「200位とは…… ああ、この場にいましたわ」
桜の指摘通り、その視線の先で暢気にフルーツパフェを食べている人物こそが話題の200位御当人。ついついパフェに夢中になって今の会話をまるっきり聞いていなかった明日香ちゃん、だが桜の視線に何かに気が付いたのか、つと顔を上げる。
「あれ、桜ちゃん。私の顔に何かついていますか?」
「明日香ちゃんの対戦相手は、すでに決定しているようですの」
「ええぇぇぇ! クジ引きもやらせてもらえないんですかぁぁぁ!」
この場の話の流れくらいはしっかり頭に入れていろ! ちょっとだけ残っていたフルーツパフェに気を取られて、ついついうわの空になっていた自分自身を深く反省してもらいたい。
「明日香ちゃんは魔法スキルが無いので近接戦闘部門しかエントリーできませんの。ということで明日香ちゃんの一回戦の相手はAクラスの勇者ということで決定しましたわ」
「ええぇぇぇぇぇ! ゆ、勇者ですかぁぁぁぁ! ところで、勇者って誰ですか? もしかして廚2病を患った気の毒な人だったりして」
ズコーン! …と全員が揃ってコケている。物を知らないにもほどがあり過ぎだろう。明日香ちゃんは勇者の存在すら知らなかったのがこの場で明らかとなる。ついこの間ダンジョンで顔を合わせたにも拘らず、勇者と美鈴の遣り取りなどすっかり忘れている。一体どういう世界にこれまで生きていたのか不思議でならない。どうやら明日香ちゃんにとっては、勇者との対戦よりもクジ引きが出来ないということのほうがより大きな問題らしい。
「あ、明日香ちゃん、よく今まで学院生としてやって来られましたね。ある意味凄いですわ」
「えへへ、桜ちゃん。そんなに褒められても困りますよ~」
「褒めているじゃないですぅぅぅ! もうちょっと常識を身に付けろと言っているんですぅぅぅ!」
リビングを埋め尽くす桜の盛大なツッコミが鳴り響いても、明日香ちゃんはキョトンとしたまま。これはどうにも大物の片鱗を予感させずにはいられない。
ひとまず明日香ちゃんは横に置いといて、話題は美鈴とカレンへと移る。
「美鈴ちゃんは魔法部門にエントリーするんですか?」
「そうね、戦闘訓練をしていないから魔法で頑張るしかないわね」
「まあ、美鈴ちゃんの実力でしたら楽々勝ち抜けるでしょう。カレンさんはどうするんですか?」
「神聖魔法はまだ封印してあるので、棒術でエントリーしようと思っています!」
「それはいいですね。現在の棒術スキルはどうなっていますか?」
「ついこの間ランク2になりました」
「でしたら十分に戦えますわ。それでは各自トーナメントを勝ち抜く覚悟で、明日から対人戦の訓練を強化しましょう」
「「ええぇぇぇぇ! これ以上強化されると本当に死にますぅぅ!」」
明日香ちゃんとカレンの一糸乱れぬハーモニーがリビングに響く。本当にこれ以上桜からシゴかれたら命がいくつあっても足りないと感じている今日この頃のよう。
すると、ここで桜が何かに気が付いたような表情になる。一体何だろうか
「美鈴ちゃん、このトーナメントに優勝すると何か特典があるのでしょうか?」
「もちろん成績の参考とされるし、上位に入れば八校戦の出場機会が得られるわ」
「ああ、八高線ですか。懐かしいですわ。小学校の時に飯能までピクニックに出掛けましたね」
「そうそう、桜ちゃんが電車の中ではしゃぎっぱなしで… って、違ぁぁぁぁぁう! 八校戦よ、八・校・戦! 全国にある8つの魔法学院の対抗戦が10月に予定されているの。各校がプライドを懸けてトーナメントにシノギを削るのよ」
「ほほう、それは面白そうですねぇ。もしかして全国的に注目を集めるんですか」
「冒険者を目指す人たちとか、若い戦力をスカウトしたい既存の冒険者パーティーからは注目されているわね。甲子園のようなテレビ中継はないけど」
「それはちょっと残念ですわ。私の華麗な戦いぶりが全国ネットで放送されないんですか」
「いや、全国放送なんかしたら、桜ちゃんの登場シーンは全部モザイクが掛けられるでしょうね。衝撃的過ぎて、一般視聴者には見せられないから!」
「私は18禁ですのぉぉぉぉぉ?!」
今度は、納得がいかない感満載の表情に満ちた桜の叫びがリビングに響き渡るのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! 皆様の応援を心よりお待ちしております。
この日はいつものように午前中をトレーニングに充てて午後はダンジョンへと向かう予定であったのだが、聡史が学院長から呼び出しを受けて不在となったので急遽ダンジョン行きは中止にして休養となる。主に明日香ちゃんが「たまにはのんびりしましょうよ~!」と強く主張したわがままがなぜか今日に限って全会一致で認められた結果であった。
特待生寮で休養を取っているのは、桜、美鈴、明日香ちゃん、カレンの4人で、食堂からテークアウトしたデザートを囲みながら和やかな会話が弾んでいる。
ちなみにブルーホライズンの五人は今日も元気にダンジョンに向かっている。彼女たちはレベルが10に到達して、聡史の付き添いが無くてもゴブリン相手に堂々と立ちまわれるまでに成長している。ステータス上のレベルが10とか20などといったキリのいい数字に到達すると各自が所持しているスキルのレベルも上昇する仕組みのようで、渚の気配察知が1から2へ、真美のパーティー指揮も同様に1から2へと上昇した結果、1階層であれば余裕をもって探索に臨めるようになっている。
あと1、2回聡史が引率して彼女たちが複数のゴブリンに適応可能と見極めがついたら、ブルーホライズンは単独で2階層を探索する予定となっている。学院中の1年生を見渡してみてもまだAクラスの3つのパーティーしか2階層へ降りていないこの時点で、Eクラスの彼女たちが単独で2階層に降りていくのはある意味快挙と言えるだろう。それを可能にするだけの聡史の厳しい訓練にブルーホライズンの5人が体を張って応えた結果といえよう。
話はそれたが、現在特待生寮のリビングは滅多に見られないマッタリとした空気に包まれている。主に明日香ちゃんの醸し出す雰囲気に他の3人が流されているよう、珍しく桜までが普段にはない気を抜いた表情でクリームあんみつを口にしている。
「はあぁ~、こうして涼しい場所でノンビリするのもいいですね~」
「たまにはこんな日も必要ですわ。毎日気を張っているだけではなくって、時にはリラックスするのも大切なんです」
桜の主張に他の3人は頷いている。人間張り詰めているばかりでは長続きしない。こうして気を抜ける場所では緊張を解いてゆっくりと過ごす時間が必要だとこの場の全員が感じている。
「それにしても夏休みもあっという間に過ぎていきますね。もう8月も半ばに差し掛かっていますよ」
「そうねぇ… あと1週間もしたら2学期が始まるわね」
カレンが何気なく口にしたセリフに美鈴が相槌を打つ。だがそこに明日香ちゃんの驚きの声がリビングに広がった。
「ええぇぇぇぇ! 夏休みって、8月いっぱいまでじゃないんですかぁぁぁ?!」
「明日香ちゃん、それは中学校までのお話よ。魔法学院では8月の17日から2学期がスタートするの」
凄いぞ明日香ちゃん! 夏休みですっかり気が緩んで2学期がスタートする日を思いっ切り勘違いしていたらしい。この娘の能天気さは他者の追随を許さない圧倒的なレベル。美鈴からこの場で教えてもらわなかったら2学期がスタートしてもひとりで夏休みを満喫するつもりだったかもしれない。
だがもうひとり、そんな事情を知らない人物がいる。
「そうだったんですか。私も初めて聞きましたわ。それで、まだ暑いさなかに普通の授業が開始するんですか?」
魔法学院に途中から編入した桜も一年間の授業予定などまったく頭に入っていなかった様子。ただしまだ桜の場合は明日香ちゃんと比較すれば多少の弁解の余地は残る。2週間ほど授業を受けてから期末試験が始まりそのまま夏休みとなったのだから、年間予定など頭に入れる暇もなかったのは当然だろう。
「そうね、桜ちゃんは入学時のガイダンスを聞いていないから知らないのも無理はないわね。この学院では8月の後半から模擬戦週間が始まるのよ」
「模擬戦週間? なんですか、それは?」
「美鈴さん、私も初めて耳にしましたよ~」
「明日香ちゃんは絶対に知っておくべきじゃないかと思いますが…」
桜同様にいかにも今初めて聞きましたと言わんばかりの表情をしている明日香ちゃんに対して、カレンが控えめなツッコミを入れている。だがその程度の可愛らしいツッコミなど明日香ちゃんには通じるはずがない。もっと思いっ切りドカーンと正面からカマシてやらないと、明日香ちゃんのお花がいっぱい咲き乱れる脳内には届かない。
この明日香ちゃんの態度には、さすがに生徒会副会長の立場にある美鈴は、どうにかしないといけないといけないと自らの使命のごとくに心に深く念じている。同時にここまで無知でよくぞ魔法学院の生徒としてやってこられたものだと、変な部分で感心もしているよう。だがこのままでは埒が明かないので、美鈴は明日香ちゃんを含めて納得してもらえるように今一度懇切丁寧な説明を開始する。
「模擬戦週間というのは文字通り学年の生徒がトーナメント形式で対戦するのよ。魔法部門と近接戦闘部門があって、それぞれにエントリーした生徒がトーナメント表に従って勝ち上がりを目指して対戦していくの」
「ほほう、それは中々面白そうな催しですわね」
「ああ、桜ちゃんと聡史君はシード扱いだから学年トーナメントには参加しないわ。すでに開催要項が生徒会に届いているの。特待生の二人は各学年トーナメント上位者による全学年トーナメントから参加するみたいね」
「そうでしたか… 1年生の他のクラスの皆様を軽くブチノメシテ差し上げようと思ったんですが、ちょっと残念ですわ。まあその分は2、3年生をブッ飛ばしますから最終的な帳尻は合うでしょう」
桜が物騒な発言をしている。上級生を相手にしてレベル600オーバーの底力を見せつけてやろうかと考えているらしい。本気とまではいかなくとも、ある程度の力はこの際見せておこうという魂胆を秘めている。どうにか模擬戦で死者だけは出してもらいたくないもの。
両眼に危険極まりない光を湛えている桜とは別に、こちらは極めてお気楽な表情の明日香ちゃんが口を開く。
「トーナメントというからには、クジ運が大切ですよ~。できれば同じクラスの人と対戦したいです」
確かに楽な相手と戦いたいというのは誰にも共通する気持ちであろう。殊に何事も楽をしたがる明日香ちゃんにとっては、切実な思いであるのは言うまでもない。だが美鈴は残念そうに首を振る。
「もうトーナメント表は出来上がっているから、あとはそこにエントリーする人の名前を当て嵌めていくだけなの。今回の模擬戦には期末試験の成績を反映する時間が足りなかったから、入学試験の成績を元にして決定されるわ。つまり入試順位1位と200位が一回戦で当たるのね」
「むむ? 入試順位の1位とは、いったいどなたですか?」
「Aクラスの勇者ね」
「200位とは…… ああ、この場にいましたわ」
桜の指摘通り、その視線の先で暢気にフルーツパフェを食べている人物こそが話題の200位御当人。ついついパフェに夢中になって今の会話をまるっきり聞いていなかった明日香ちゃん、だが桜の視線に何かに気が付いたのか、つと顔を上げる。
「あれ、桜ちゃん。私の顔に何かついていますか?」
「明日香ちゃんの対戦相手は、すでに決定しているようですの」
「ええぇぇぇ! クジ引きもやらせてもらえないんですかぁぁぁ!」
この場の話の流れくらいはしっかり頭に入れていろ! ちょっとだけ残っていたフルーツパフェに気を取られて、ついついうわの空になっていた自分自身を深く反省してもらいたい。
「明日香ちゃんは魔法スキルが無いので近接戦闘部門しかエントリーできませんの。ということで明日香ちゃんの一回戦の相手はAクラスの勇者ということで決定しましたわ」
「ええぇぇぇぇぇ! ゆ、勇者ですかぁぁぁぁ! ところで、勇者って誰ですか? もしかして廚2病を患った気の毒な人だったりして」
ズコーン! …と全員が揃ってコケている。物を知らないにもほどがあり過ぎだろう。明日香ちゃんは勇者の存在すら知らなかったのがこの場で明らかとなる。ついこの間ダンジョンで顔を合わせたにも拘らず、勇者と美鈴の遣り取りなどすっかり忘れている。一体どういう世界にこれまで生きていたのか不思議でならない。どうやら明日香ちゃんにとっては、勇者との対戦よりもクジ引きが出来ないということのほうがより大きな問題らしい。
「あ、明日香ちゃん、よく今まで学院生としてやって来られましたね。ある意味凄いですわ」
「えへへ、桜ちゃん。そんなに褒められても困りますよ~」
「褒めているじゃないですぅぅぅ! もうちょっと常識を身に付けろと言っているんですぅぅぅ!」
リビングを埋め尽くす桜の盛大なツッコミが鳴り響いても、明日香ちゃんはキョトンとしたまま。これはどうにも大物の片鱗を予感させずにはいられない。
ひとまず明日香ちゃんは横に置いといて、話題は美鈴とカレンへと移る。
「美鈴ちゃんは魔法部門にエントリーするんですか?」
「そうね、戦闘訓練をしていないから魔法で頑張るしかないわね」
「まあ、美鈴ちゃんの実力でしたら楽々勝ち抜けるでしょう。カレンさんはどうするんですか?」
「神聖魔法はまだ封印してあるので、棒術でエントリーしようと思っています!」
「それはいいですね。現在の棒術スキルはどうなっていますか?」
「ついこの間ランク2になりました」
「でしたら十分に戦えますわ。それでは各自トーナメントを勝ち抜く覚悟で、明日から対人戦の訓練を強化しましょう」
「「ええぇぇぇぇ! これ以上強化されると本当に死にますぅぅ!」」
明日香ちゃんとカレンの一糸乱れぬハーモニーがリビングに響く。本当にこれ以上桜からシゴかれたら命がいくつあっても足りないと感じている今日この頃のよう。
すると、ここで桜が何かに気が付いたような表情になる。一体何だろうか
「美鈴ちゃん、このトーナメントに優勝すると何か特典があるのでしょうか?」
「もちろん成績の参考とされるし、上位に入れば八校戦の出場機会が得られるわ」
「ああ、八高線ですか。懐かしいですわ。小学校の時に飯能までピクニックに出掛けましたね」
「そうそう、桜ちゃんが電車の中ではしゃぎっぱなしで… って、違ぁぁぁぁぁう! 八校戦よ、八・校・戦! 全国にある8つの魔法学院の対抗戦が10月に予定されているの。各校がプライドを懸けてトーナメントにシノギを削るのよ」
「ほほう、それは面白そうですねぇ。もしかして全国的に注目を集めるんですか」
「冒険者を目指す人たちとか、若い戦力をスカウトしたい既存の冒険者パーティーからは注目されているわね。甲子園のようなテレビ中継はないけど」
「それはちょっと残念ですわ。私の華麗な戦いぶりが全国ネットで放送されないんですか」
「いや、全国放送なんかしたら、桜ちゃんの登場シーンは全部モザイクが掛けられるでしょうね。衝撃的過ぎて、一般視聴者には見せられないから!」
「私は18禁ですのぉぉぉぉぉ?!」
今度は、納得がいかない感満載の表情に満ちた桜の叫びがリビングに響き渡るのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! 皆様の応援を心よりお待ちしております。
68
お気に入りに追加
493
あなたにおすすめの小説

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。


凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

寝て起きたら世界がおかしくなっていた
兎屋亀吉
ファンタジー
引きこもり気味で不健康な中年システムエンジニアの山田善次郎38歳独身はある日、寝て起きたら半年経っているという意味不明な状況に直面する。乙姫とヤった記憶も無ければ玉手箱も開けてもいないのに。すぐさまネットで情報収集を始める善次郎。するととんでもないことがわかった。なんと世界中にダンジョンが出現し、モンスターが溢れ出したというのだ。そして人類にはスキルという力が備わったと。変わってしまった世界で、強スキルを手に入れたおっさんが生きていく話。※この作品はカクヨムにも投稿しています。

召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します
あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。
異世界パルメディアは、大魔法文明時代。
だが、その時代は崩壊寸前だった。
なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。
マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。
追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。
ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。
世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。
無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。
化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。
そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。
当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。
ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる