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第37話 温泉街でのひと時
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聡史たちが海岸で遊んでいる頃…
伊豆のとある温泉街には観光客に紛れて東十条家の手の者が20名ほど入り込んでいる。彼らは元々陰陽師界の他の流派に潜り込んで弱みを握ったり、人間関係に無用な波風を立てて不和の原因を作り出したりと、他の家系が一枚岩になるのを阻止して東十条家に常に優位な状況を構築するための工作員として動いてきた。
何も知らずに海水浴に来ている聡史たちだけではなくて、学院生18名全員を離れた場所から監視しながら、交互に連絡を取りつつ新たな動きがないか様子を窺っている。
すでに聡史たちが宿泊する旅館なども突き止めており、宿泊客に扮装した人員が建物全体の造りや各部屋の間取りなどを全て調べ上げているという用意周到さ。
古来より陰陽師というのは占いや穢れを祓う表の仕事の他に、依頼された人間に呪いを掛けたり時にはより直接的に毒を盛って殺害するなど裏の仕事を手掛けてきただけあって、このような下調べなどお手の物らしい。
殊に東十条家はこの裏の仕事を積極的に請け負ってきた長い歴史があるので、このような監視や情報を探る人員だけでなくて実際に暗殺を実行する要員も数多く抱えている。すでにその中から選抜された腕利きのプロの陰陽師五人が別々の宿に待機しており、後は手を下すだけという段階まですべての用意を整えている。
海水浴客と温泉を楽しむ人々で賑わう伊豆の街はこれから起きる波乱含みの展開を前にして、まだ今の段階では普段通りに静かなひっそりとした佇まいを保っている。
◇◇◇◇◇
日が西に傾く頃、この日一日海水浴を堪能した学院生たちは海の家の更衣室で着替えを済ませて、まだまだ昼間の暑さの余韻が残る街中へと向かっていく。強い日差しで真っ黒に日焼けした男子生徒のひとりがまだまだ元気な様子で道案内を買って出て本日の宿へ。
聡史たちが今宵一晩の軒を借りるのは、その生徒の親戚が営んでいる旅館となっている。海岸から見ると土産物店が並ぶ街中を抜けた山間に面した土地にあって、緩やかな上り坂が続く道を登っていくと次第に建物が見えてくる。
「元原、外に立派な旅館じゃないか」
「そうだろう。創業五〇年の歴史があって、つい最近建物を改築したばかりなんだ」
頼朝が話しかけたのは明日香ちゃんがビーチボールで吹っ飛ばして鼻血を出した男子。その案内で宿の玄関に向かうと、宿の女将さんが居住まいを正して一行を出迎えてくれる。
「まあまあ、皆さん。ようこそお越しくださいました。私が健太の伯母です。どうぞごゆっくりくつろいでくださいね」
「「「「「お世話になります!」」」」
人の好さそうな女将さんに案内されて部屋に向かうと、彼らのために並びで四部屋が用意されている。桜たちが一室、ブルーホライゾンの女子たちが一室、聡史を含めた男子が二つに分かれてそれぞれの部屋に荷物を置く。
用意されたお茶を飲んでゆっくりしていると、ノックもなしに部屋のドアが開く。
「お兄様、晩ご飯まで時間がありますから、その辺を散歩しましょう」
「お兄さん、早くいきましょうよ~。スマホで調べたら、わさびソフトクリームを売っているお店があるんですよ~!」
聡史を呼びに来たのは桜と明日香ちゃん。散歩はただの口実で、わさびソフトクリームが食べたいだけ。明日香ちゃんのレーダーは常に美味しいデザートを探している。特にご当地でしか味わえないというスマホのガイドを見てしまったら、どうにも居ても立ってもいられない様子。
まったくしょうがないなぁ… という表情で聡史が立ち上がると、なぜか部屋にいる男子全員が立ち上がる。
もちろん彼らの目的は同じクラスで毎日顔を合わせる桜や明日香ちゃんではない。その表情が「絶対に違う!」と雄弁に語っている。当然ながら男子一同はAクラスの高嶺の花である美鈴とカレン両名にほんの少しでもお近づきになりたい… その一心でコブシに力を込めて立ち上がっている。
「あら、なんだか大勢引き連れてきたのね。じゃあみんなで行きましょうか」
「せっかくですから、皆さんでにぎやかにお散歩しましょう」
宿の玄関で待っている美鈴とカレンのありがたい対応を聞いて男子一同は感涙に咽んでいる。少なくとも近くにいて構わないというお許しが出たのを全員が目から汗を流して喜びあう。
男子一同の脳内メモリーには昼間のカレンの見事な水着姿の姿態が鮮やかに蘇っている。目の前にいる悩殺天使のお姿を少しでも近くから見ていたい… もはや煩悩の塊になり果てている。揃って女子とは縁遠い男たちにとっては、近くで見ているだけでも幸せらしい。しかし彼らの胸の内を慮ると、なんだかちょっと悲しくなってくる。
だがまだこの時点で男子一同な何も知らない。美鈴とカレンは心の中で一大決心をして夕方の散歩に臨んでいるという事実に。そしてその決心こそが男子一同の純真なハートを粉々に砕くとは…
桜と明日香ちゃんが先頭に立って歩いているので、もちろんお目当ての店に真っ先に向かっていく。ゾロゾロ18名の学院生が夕方の温泉街を仲良く散歩している姿は、あたかも修学旅行にやってきた学生のよう。
束の間の休暇を楽しむ女子たちは時折土産物店の店先に並ぶ品を手に取ったりしながら、それぞれがのんびりとした時間を楽しんでいる。
一方男子たちは美鈴とカレンをボケっと眺めている手合いと、同じクラスの女子とそれとなく話題を見つけて会話を続けているグループに完全に分かれている。手が届かない高級美術品を鑑賞して楽しむのもアリだし、頑張れば手が届くかもしれない可能性にチャレンジするのもそれはそれでアリな状況。
こんな様々な思惑が入り乱れながらも、一行はお目当ての店に到。と同時に桜と明日香ちゃんはさっそく注文を開始。
「わさびソフトを3ついただけますか」
「私は1つでいいですよ~」
桜は3つ一度に受け取ったソフトクリームを手早くアイテムボックスに仕舞い込んでいる。そのうちの1つだけ手にしてさっそく食べ始めると…
「こ、これは意外と鼻にツーンときますわ」
「わさびの辛さと香りが、結構利いていますよ~」
鮮やかなグリーンでパっと見は抹茶ソフトと見間違えてしまうが、中身は伊豆名産の本わさびをスリ下ろした成分がガッツリ入っている。ソフトクリームの甘さとわさびのツーンと鼻を刺激する香りが相まって、伊豆周辺ではかなりの人気商品となっている。
桜たちに続いて、聡史、美鈴、カレンの三人も物は試しとばかりにひとつずつ購入してみると、急に美鈴が思い切った行動に出る。
「はい、聡史君! アーンして」
「俺は子供じゃないぞ」
「まあいいから。はい、アーン」
本日の美鈴はいつになく積極的に聡史に迫っている。会えなかった期間心の中にためていた〔聡史に出会ったらやってみたかったことその3〕をこの場で躊躇いなく実行に及んでいる。
「美鈴さん、なんだか面白そうですね。はい聡史さん、アーンしてください」
なぜか普段は控えめなカレンまでが悪ノリして参戦の意思を見せる。美鈴のこめかみが一瞬ピクリと動くが、表情だけはまだ笑顔を保っている。聡史は両側から次々にわさびソフトを差し出されて忙しく両方に首を振っている。自分で購入した分はいまだに手がつかないまま。
「チクショォォォォ! 聡史め!」
「なんだか殺意が湧いてくるな」
「誰かダンジョン用の武器を持っている奴はいないのかぁぁぁ!」
そんな声が聞こえてくるが美鈴とカレンは全く聞こえないフリで、完全に聡史を集団から隔離してやりたい放題。男子たちから歯軋りの音がバキバキ聞こえてくる気がする。聡史が食べ終わる頃には彼らの歯はボロボロのガタガタになっているだろう。
こうして男子一同から殺意漲るヘイトを買いまくった聡史は、結局わさびソフトを丸2つ食べる羽目になる。意外と刺激が強いわさび味を次から次に口の中に押し込まれて今の聡史は若干涙目。これはあくまでもわさびの刺激が想像以上に利いていたせいであって、美鈴とカレンの行為自体は照れ臭いながらも嬉しく感じている。ちなみに自分で購入したわさびソフトは現在桜に取り上げられてアイテムボックスに収納されている。
「それじゃあ行きましょうか」
今度は美鈴が聡史の右腕に自分の腕を絡ませてくる。これは〔聡史と出会ったらやりたかったことその2〕に該当する。二人が腕を組んで歩きだそうとすると、そこに待ったをかける人物が現れる。
「美鈴さん、なんだか面白そうですから私もやってみますね」
なんと、カレンまでが美鈴とは反対側の聡史の腕に自分の腕を絡ませてくる。再び美鈴のこめかみが一瞬ピクリと動き、今度は顔面に張り付けたようなマネキン的な冷ややかな笑顔を浮かべている。美鈴自身カレンの横槍でどうやら雲行きが怪しくなってきたのを感じ取ったよう。
「チクショォォォォ! 見せつけやがってぇぇl!」
「おい! どこかに刃物は売っていないかぁぁ!」
「両手が塞がっているから、背後から首を絞めるのはどうだろう?」
後続の男子からは、ますます殺意に満ちた声が上がる。もちろんその声は聡史の耳に届いているが、美鈴とカレンの攻勢に対応が後手に回って彼らの気持ちに配慮するどころではない。
この危なげな状況に、さらに桜が燃料を投下する。
「美鈴ちゃん、もっと密着したほうが、きっとお兄様もお喜びますわ」
愉快そうに煽ってくる桜からのナイスアシスト! これは絶好のチャンスとばかりに美鈴は若干遠慮がちに組んでいた腕に力を込めて聡史の体をグッと引き寄せる。その行動は、まるでカレンから聡史を引き剥がすかのよう。どうやらカレンの挑戦を受けて立つ決意表明らしい。
対してカレンもちょっと間が空いた聡史との隙間を埋めようと、敢然と体を寄せてくる。両側から美女二人に密着された聡史は頭の中が真っ白でどうしていいやら… 左右に首を振って、二人の表情を挙動不審気味に見ているしかない。
さらに明日香ちゃんも背後からレポータースタンドを浮かび上がらせては、聡史をグイグイ追い詰めていく。
「お兄さん、視聴者の皆さんが知りたがっていますよ~。美鈴さんとカレンさんのどちらが好きなんですか?」
桜の燃料投下どころではない、容赦ない水爆級の爆弾をペロリとこの場に放り込んでくれている。この娘は全く空気を読まない。ただ好奇心のままに仕出かすだけ。
ブルーホライズンの五人もこの成り行きに好奇に満ちた目を向けている。そして男子たちは…
「返事によっては刺し違えても殺す!」
「ワラ人形と五寸釘はどこかに売っていないかぁぁ!」
「ど、どっちか選ばれなかったほうにアタックするのだどうだろう?」
微妙な沈黙が流れる中で、聡史がようやく口を開く。
「コラコラ、二人ともふざけすぎだぞ。そんなにくっついたら歩きにくいだろう」
何かに期待する目を向けていた美鈴とカレンはこの聡史の反応にガックリと項垂れている。せっかくここまで頑張ったのに、何一つ聡史には届いていなかったという空しい思いが込み上げてくる。
「本当にお兄様ったら… 今回は反論の余地はありませんわ。採点のしようがないので0点… いや、マイナス100点ですの」
兄に対して失格の烙印を押す桜の呟きだけがこの場に残るのであった。
【お知らせ】
9月12日の投稿より小説のタイトルを変更させていただきます。確定ではありませんが当面の仮タイトルは以下の予定です。お間違えの無いようにご承知おきください。
〔異世界から日本に戻ったらなぜか魔法学院に入学。ダンジョンで活動しているうちにパーティーメンバーがどんどん強くなっていくので楽が出来ると思ったらとんでもない間違いだったでござる〕
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! 皆様の応援を心よりお待ちしております。
伊豆のとある温泉街には観光客に紛れて東十条家の手の者が20名ほど入り込んでいる。彼らは元々陰陽師界の他の流派に潜り込んで弱みを握ったり、人間関係に無用な波風を立てて不和の原因を作り出したりと、他の家系が一枚岩になるのを阻止して東十条家に常に優位な状況を構築するための工作員として動いてきた。
何も知らずに海水浴に来ている聡史たちだけではなくて、学院生18名全員を離れた場所から監視しながら、交互に連絡を取りつつ新たな動きがないか様子を窺っている。
すでに聡史たちが宿泊する旅館なども突き止めており、宿泊客に扮装した人員が建物全体の造りや各部屋の間取りなどを全て調べ上げているという用意周到さ。
古来より陰陽師というのは占いや穢れを祓う表の仕事の他に、依頼された人間に呪いを掛けたり時にはより直接的に毒を盛って殺害するなど裏の仕事を手掛けてきただけあって、このような下調べなどお手の物らしい。
殊に東十条家はこの裏の仕事を積極的に請け負ってきた長い歴史があるので、このような監視や情報を探る人員だけでなくて実際に暗殺を実行する要員も数多く抱えている。すでにその中から選抜された腕利きのプロの陰陽師五人が別々の宿に待機しており、後は手を下すだけという段階まですべての用意を整えている。
海水浴客と温泉を楽しむ人々で賑わう伊豆の街はこれから起きる波乱含みの展開を前にして、まだ今の段階では普段通りに静かなひっそりとした佇まいを保っている。
◇◇◇◇◇
日が西に傾く頃、この日一日海水浴を堪能した学院生たちは海の家の更衣室で着替えを済ませて、まだまだ昼間の暑さの余韻が残る街中へと向かっていく。強い日差しで真っ黒に日焼けした男子生徒のひとりがまだまだ元気な様子で道案内を買って出て本日の宿へ。
聡史たちが今宵一晩の軒を借りるのは、その生徒の親戚が営んでいる旅館となっている。海岸から見ると土産物店が並ぶ街中を抜けた山間に面した土地にあって、緩やかな上り坂が続く道を登っていくと次第に建物が見えてくる。
「元原、外に立派な旅館じゃないか」
「そうだろう。創業五〇年の歴史があって、つい最近建物を改築したばかりなんだ」
頼朝が話しかけたのは明日香ちゃんがビーチボールで吹っ飛ばして鼻血を出した男子。その案内で宿の玄関に向かうと、宿の女将さんが居住まいを正して一行を出迎えてくれる。
「まあまあ、皆さん。ようこそお越しくださいました。私が健太の伯母です。どうぞごゆっくりくつろいでくださいね」
「「「「「お世話になります!」」」」
人の好さそうな女将さんに案内されて部屋に向かうと、彼らのために並びで四部屋が用意されている。桜たちが一室、ブルーホライゾンの女子たちが一室、聡史を含めた男子が二つに分かれてそれぞれの部屋に荷物を置く。
用意されたお茶を飲んでゆっくりしていると、ノックもなしに部屋のドアが開く。
「お兄様、晩ご飯まで時間がありますから、その辺を散歩しましょう」
「お兄さん、早くいきましょうよ~。スマホで調べたら、わさびソフトクリームを売っているお店があるんですよ~!」
聡史を呼びに来たのは桜と明日香ちゃん。散歩はただの口実で、わさびソフトクリームが食べたいだけ。明日香ちゃんのレーダーは常に美味しいデザートを探している。特にご当地でしか味わえないというスマホのガイドを見てしまったら、どうにも居ても立ってもいられない様子。
まったくしょうがないなぁ… という表情で聡史が立ち上がると、なぜか部屋にいる男子全員が立ち上がる。
もちろん彼らの目的は同じクラスで毎日顔を合わせる桜や明日香ちゃんではない。その表情が「絶対に違う!」と雄弁に語っている。当然ながら男子一同はAクラスの高嶺の花である美鈴とカレン両名にほんの少しでもお近づきになりたい… その一心でコブシに力を込めて立ち上がっている。
「あら、なんだか大勢引き連れてきたのね。じゃあみんなで行きましょうか」
「せっかくですから、皆さんでにぎやかにお散歩しましょう」
宿の玄関で待っている美鈴とカレンのありがたい対応を聞いて男子一同は感涙に咽んでいる。少なくとも近くにいて構わないというお許しが出たのを全員が目から汗を流して喜びあう。
男子一同の脳内メモリーには昼間のカレンの見事な水着姿の姿態が鮮やかに蘇っている。目の前にいる悩殺天使のお姿を少しでも近くから見ていたい… もはや煩悩の塊になり果てている。揃って女子とは縁遠い男たちにとっては、近くで見ているだけでも幸せらしい。しかし彼らの胸の内を慮ると、なんだかちょっと悲しくなってくる。
だがまだこの時点で男子一同な何も知らない。美鈴とカレンは心の中で一大決心をして夕方の散歩に臨んでいるという事実に。そしてその決心こそが男子一同の純真なハートを粉々に砕くとは…
桜と明日香ちゃんが先頭に立って歩いているので、もちろんお目当ての店に真っ先に向かっていく。ゾロゾロ18名の学院生が夕方の温泉街を仲良く散歩している姿は、あたかも修学旅行にやってきた学生のよう。
束の間の休暇を楽しむ女子たちは時折土産物店の店先に並ぶ品を手に取ったりしながら、それぞれがのんびりとした時間を楽しんでいる。
一方男子たちは美鈴とカレンをボケっと眺めている手合いと、同じクラスの女子とそれとなく話題を見つけて会話を続けているグループに完全に分かれている。手が届かない高級美術品を鑑賞して楽しむのもアリだし、頑張れば手が届くかもしれない可能性にチャレンジするのもそれはそれでアリな状況。
こんな様々な思惑が入り乱れながらも、一行はお目当ての店に到。と同時に桜と明日香ちゃんはさっそく注文を開始。
「わさびソフトを3ついただけますか」
「私は1つでいいですよ~」
桜は3つ一度に受け取ったソフトクリームを手早くアイテムボックスに仕舞い込んでいる。そのうちの1つだけ手にしてさっそく食べ始めると…
「こ、これは意外と鼻にツーンときますわ」
「わさびの辛さと香りが、結構利いていますよ~」
鮮やかなグリーンでパっと見は抹茶ソフトと見間違えてしまうが、中身は伊豆名産の本わさびをスリ下ろした成分がガッツリ入っている。ソフトクリームの甘さとわさびのツーンと鼻を刺激する香りが相まって、伊豆周辺ではかなりの人気商品となっている。
桜たちに続いて、聡史、美鈴、カレンの三人も物は試しとばかりにひとつずつ購入してみると、急に美鈴が思い切った行動に出る。
「はい、聡史君! アーンして」
「俺は子供じゃないぞ」
「まあいいから。はい、アーン」
本日の美鈴はいつになく積極的に聡史に迫っている。会えなかった期間心の中にためていた〔聡史に出会ったらやってみたかったことその3〕をこの場で躊躇いなく実行に及んでいる。
「美鈴さん、なんだか面白そうですね。はい聡史さん、アーンしてください」
なぜか普段は控えめなカレンまでが悪ノリして参戦の意思を見せる。美鈴のこめかみが一瞬ピクリと動くが、表情だけはまだ笑顔を保っている。聡史は両側から次々にわさびソフトを差し出されて忙しく両方に首を振っている。自分で購入した分はいまだに手がつかないまま。
「チクショォォォォ! 聡史め!」
「なんだか殺意が湧いてくるな」
「誰かダンジョン用の武器を持っている奴はいないのかぁぁぁ!」
そんな声が聞こえてくるが美鈴とカレンは全く聞こえないフリで、完全に聡史を集団から隔離してやりたい放題。男子たちから歯軋りの音がバキバキ聞こえてくる気がする。聡史が食べ終わる頃には彼らの歯はボロボロのガタガタになっているだろう。
こうして男子一同から殺意漲るヘイトを買いまくった聡史は、結局わさびソフトを丸2つ食べる羽目になる。意外と刺激が強いわさび味を次から次に口の中に押し込まれて今の聡史は若干涙目。これはあくまでもわさびの刺激が想像以上に利いていたせいであって、美鈴とカレンの行為自体は照れ臭いながらも嬉しく感じている。ちなみに自分で購入したわさびソフトは現在桜に取り上げられてアイテムボックスに収納されている。
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「チクショォォォォ! 見せつけやがってぇぇl!」
「おい! どこかに刃物は売っていないかぁぁ!」
「両手が塞がっているから、背後から首を絞めるのはどうだろう?」
後続の男子からは、ますます殺意に満ちた声が上がる。もちろんその声は聡史の耳に届いているが、美鈴とカレンの攻勢に対応が後手に回って彼らの気持ちに配慮するどころではない。
この危なげな状況に、さらに桜が燃料を投下する。
「美鈴ちゃん、もっと密着したほうが、きっとお兄様もお喜びますわ」
愉快そうに煽ってくる桜からのナイスアシスト! これは絶好のチャンスとばかりに美鈴は若干遠慮がちに組んでいた腕に力を込めて聡史の体をグッと引き寄せる。その行動は、まるでカレンから聡史を引き剥がすかのよう。どうやらカレンの挑戦を受けて立つ決意表明らしい。
対してカレンもちょっと間が空いた聡史との隙間を埋めようと、敢然と体を寄せてくる。両側から美女二人に密着された聡史は頭の中が真っ白でどうしていいやら… 左右に首を振って、二人の表情を挙動不審気味に見ているしかない。
さらに明日香ちゃんも背後からレポータースタンドを浮かび上がらせては、聡史をグイグイ追い詰めていく。
「お兄さん、視聴者の皆さんが知りたがっていますよ~。美鈴さんとカレンさんのどちらが好きなんですか?」
桜の燃料投下どころではない、容赦ない水爆級の爆弾をペロリとこの場に放り込んでくれている。この娘は全く空気を読まない。ただ好奇心のままに仕出かすだけ。
ブルーホライズンの五人もこの成り行きに好奇に満ちた目を向けている。そして男子たちは…
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「ど、どっちか選ばれなかったほうにアタックするのだどうだろう?」
微妙な沈黙が流れる中で、聡史がようやく口を開く。
「コラコラ、二人ともふざけすぎだぞ。そんなにくっついたら歩きにくいだろう」
何かに期待する目を向けていた美鈴とカレンはこの聡史の反応にガックリと項垂れている。せっかくここまで頑張ったのに、何一つ聡史には届いていなかったという空しい思いが込み上げてくる。
「本当にお兄様ったら… 今回は反論の余地はありませんわ。採点のしようがないので0点… いや、マイナス100点ですの」
兄に対して失格の烙印を押す桜の呟きだけがこの場に残るのであった。
【お知らせ】
9月12日の投稿より小説のタイトルを変更させていただきます。確定ではありませんが当面の仮タイトルは以下の予定です。お間違えの無いようにご承知おきください。
〔異世界から日本に戻ったらなぜか魔法学院に入学。ダンジョンで活動しているうちにパーティーメンバーがどんどん強くなっていくので楽が出来ると思ったらとんでもない間違いだったでござる〕
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