異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第34話 夏の予定

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 この日は5階層のボスを倒して終えてその後1時間ほどオークやその他の魔物を相手にしながら、夕方にはパーティーは学院に戻ってくる。

 その足で五人は特待生寮に集まって本日の反省会を開く。反省会とはいってもそれほど堅苦しいものではなくて、お茶を飲みながらリラックスして適当に気付いたことを話し合うだけのもの。

 秩父でお小遣いを稼いだ明日香ちゃんは大好物のフルーツパフェを食堂でテイクアウトしてとってもご機嫌な表情。この一杯のために見るからに恐ろしいオークを討伐したのだから、これはさしずめ自分へのご褒美なのだろう。サラリーマンのお父さん方が仕事帰りの一杯を楽しむのと同じように、そのうちパフェを食べながら「プハ~! この一杯が堪らない!」などと口走りそう。


 それはともかくとして、この場で本日の結果を踏まえたステータスの確認を行う。まずは明日香ちゃんから…




【二宮 明日香】  16歳 女 

 職業      フフフフ! 君は魔法少女になってみたいのかな?

 レベル       20

 体力        89

 魔力        92

 敏捷性       62

 精神力       52
 
 知力        36

 所持スキル   僕と契約して魔法少女になってみるのかい? 精神耐性ランク6 槍術ランク3



「明日香ちゃん、数値はともかくとして、なぜ職業が疑問形なんでしょうね?」

「桜ちゃん… 私自身、もうその辺を考えるのはやめました」

「そうですねぇ… なんだか見ようによっては良くない誘いのようにも受け取れますし」

「誰が悪魔の誘いですかぁぁ! 魂を対価に契約するんですかぁぁ!」

「明日香ちゃん、どうか落ち着いてください。悪魔の誘いなんて言っていませんから」

 桜はこれ以上話を続けるのをヤメる。なんだか明日香ちゃんが魔法少女になる前から絶望色に染まってしまいそうな気がしたからだと思われる。たぶんそんな気がする。

 そういえば以前聡史の話では、レベルが20に到達した時点でそれまで隠されていた職業が表示されたということだった。

 その話を聞いていた明日香ちゃんは、「レベル20になって今度こそ」と意気込んでいただけに、心の中で大きなショックを受けている。せっかく美味しくいただいていたパフェがどうもヤケ食い気味になっていそう。

 続いては、美鈴がステータスを開く。

 【西川 美鈴】 16歳 女 

 職業     ……

 レベル    20

 体力    133

 魔力    691

 敏捷性    89

 精神力   247
 
 知力     91

 所持スキル  火属性魔法 闇属性魔法 無属性魔法 魔力ブーストランク3 魔力回復ランク3 術式解析ランク7 言語理解ランク1 


「魔力に関しては、美鈴のほうが俺の2倍近くになっているな」

「本当ですわね。美鈴ちゃんの魔力の伸びはさすがの私も脱帽します」

 兄妹が比較の対象にしているのは異世界に渡る前の二人のステータスであって、現状の本物の数値ではないと付け加えておく。建前上はそうしておかないと色々とややこしい問題が発生してくる。


「美鈴さんは、魔法が使えて羨ましいですよ~。早く私も魔法を使いたいなぁ~」

「明日香ちゃん、そうそう簡単にはいかないのよ。解析が難航してていまだにファイアーボールしか使えないんだから」

「それでも私みたいに魔法のスキルが全然ないよりはマシですよ~」

 明日香ちゃんはやっぱり魔法少女の夢を諦められないよう。きっといつかは…と、将来に思いを馳せている。ただしあまりにも待たされ過ぎると、もしかしたら本当に悪魔の誘いに乗ってしまうかもしれない。


「それにしても美鈴も明日香ちゃんと同じようにレベル20になっても職業が表示されないんだな。これは相当にレアな職業が期待できそうだ」

「聡史君、そうなのかしら?」

「お兄さん、お兄さん! もしかして私もレアな職業なんですか?」

「明日香ちゃんにも、その可能性は十分あるだろうな」

 まあ、明日香ちゃんは横に置いといて、いずれにしてもレベル20にして美鈴のこの魔力量は異例中の異例の数字。ファイアーボールに換算して600発放てるというのはそれだけで大きな武器となる。

 最後に、カレンの順番となる。

【神崎 カレン】  16歳 女 

 職業        ……

 レベル       18

 体力        80

 魔力       237

 敏捷性       46

 精神力      189
 
 知力        77

 所持スキル   回復魔法ランク4 状態異常回復ランク1 解毒ランク1 精神力上昇ランク1 物理防御上昇ランク3 魔法防御上昇ランク2 魔力回復ランク2 神聖魔法ランクMAX 棒術ランク1


「レベル的に、カレンはだいぶ美鈴や明日香ちゃんに追い付いてきたな」

「皆さんのおかげです」

 元々カレンは自分から前に出る性格ではない。そこにもってきてAクラスでは各パーティーに持ち回りで参加する形となっていたので、常にお客様扱いで自分の意見を積極的に口にするのを避けていた。

 その癖がいまだに抜け切れておらず、このパーティーの正式なメンバーとなった現在でも一歩引いた立場を頑なに守っている。というよりも桜や明日香ちゃんといったどこにでも口を出す性格の二人に押されて口を挟む余地がないともいえる。


「カレンの神聖魔法は今度5階層のボス部屋で試してみようか。ゴブリンキング程度ならば一撃で倒せるだろう」

「そ、そうでしょうか?」

 先日の第ゼロ演習室での試し撃ちであれだけの威力を実証した結果からみて、編入試験の折に桜が見せた〔太極破〕に匹敵する威力を秘めている可能性が高い。にも拘らず、カレンは控えめに自分の魔法が通用するのかと聡史に尋ねている。

 するとそこに、カレンのせっかくの話題を遮るようにして桜が口を挟む。


「カレンさんはしばらく棒術の訓練も続けていきましょう。ダンジョンで身を守る方法が複数あるのは役に立ちますから。そうです! 美鈴ちゃんもよかったら何か武器を使えるようになりませんか?」

「わ、私は、魔法の解析に時間がかかるから、こ、今度暇があったらお願いするわ」

 美鈴は桜の恐怖の勧誘から必死の逃げを打っている。ボロボロになっている明日香ちゃんの姿を見ていると、自分がとてもあの無茶苦茶な訓練についていけるとは思えない。まさかこんなところで自分にお鉢が回ってくるとは予想外で、桜の勧誘を撥ね付けるために相当精神力を使っている。

 こうして、次回はいよいよ6階層を目指してみようかという意見が出て今回のパーティー会議は終了する。ちょうど夕食の時間ということもあって五人は食堂へと向かう。このあとはさして何事も起きずにこの日は終わっていく。





   ◇◇◇◇◇






 翌日……


「聡史! 今日も早いな」

「頼朝か、おはよう」

「なんですってぇぇぇ! お兄様、こやつは清盛ではなかったのですか?」

「それは平氏の親玉だろうがぁぁぁ! 敵方だぞ。鎌倉幕府を立てる前の敵だから。 源平合戦くらい登場人物を覚えておけ」

 桜はせっかく覚えた名前が間違っていたことに素で驚いている。今回こそは相当自信があっただけに、なんだかショックを隠せない表情。実はこの娘は本当はわかっているくせに中々の演技派なのではないだろうか?


「おかしいいですねぇ… 名前を頭に叩き込んだと思ったんですが」

「相変わらず叩き込む角度を間違えているからな。それから頼朝、このくらいで涙目になっているんじゃないぞ! ところで手に持っている紙はなんだ?」

 聡史の指摘にハッとした頼朝は彼の肩に腕を回して声を潜めながら手にする紙を見せる。聡史の横にいる桜と明日香ちゃんにはまだ聞かせたくないよう。


「そうだった。こっちのほうが大事な話なんだ。実はこのクラスで夏休み中に海に出掛けようという話が持ち上がっていてな。親戚が伊豆で旅館をやっている奴がいて、割引料金で泊まれるんだ」

 聡史の檄で立ち直った頼朝は手にしている紙を差し出す。そこには1週間後1泊2日の予定で伊豆の海に向かうお誘いが記されている。殊に女子に対して熱烈な勧誘のキャッチコピーが大きく描かれているのは気のせいではない。

 それにしても底辺の頭脳しか持ち合わせていないEクラスの男子生徒が作成したにしては、中々しっかりとした内容の計画となっている。この機会に女子との親睦を深めたい悲しい男たちの必死の思いと努力の跡がチラシの端々から浮かび上がってくる。

 Eクラスの脳筋男子といえども、ひと夏の思い出くらいは作りたい。いくら厳しい訓練で知られる魔法学院とはいっても、夏休み中のたった2日間くらいは息抜きをしたいと考えるのも、若い彼らとしては当然だろう。

 そして頼朝が本音を漏らす。


「実は女子の集まり具合が今一つで、聡史には期待しているんだ」

「俺に何を期待するんだ?」

「パーティーの女子全員をツアーに参加させること。特にAクラスのお二方をぜひとも連れてきてもらいたい」

「俺の存在意義は?」

「女子の集客マシーンとして役立つと期待している」

「扱いが酷いぞ」

「聡史、どうか公平に考えてくれ。俺たちがひとりでも女子を勧誘できると思うか?」

「自分で言ってて悲しくならないか?」

 聡史に背を向けた頼朝の表情はよくよく覗いてみると全てを達観している。窓の外に視線を向けて遠くを見渡しながら、モテない男たちの悲哀をこれでもかというくらいに背中から滲み出させている。


「お兄様、海とは何のお話ですか?」

「そうですよ~。藤原君と二人で何を話していたんですか?」

 ここで、脇に置かれていた桜と明日香ちゃんが「なんだなんだ?」と目を輝かせて参加してくる。殊に明日香ちゃんの好奇心レーダーが面白そうな話題を感知している。


「Eクラスの有志で1泊で伊豆に出掛けようという話が持ち上がっているんだ」

 聡史からの話を聞いた桜は…

(夏の海水浴! 海の家で食べる焼きソバ、カレーライス、おまけに屋外バーベキュー etc…)

 同じく明日香ちゃんは…

(夏の海水浴! 冷たいスイカとキンキンのカキ氷、トロピカルなお飲み物、口の中でとろけるアイス etc…)

 二人とも脳裏に浮かぶのは、食べ物ばかり。だが…


「お兄様! 楽しいバーベキューが待っています。ぜひとも参加しましょう」

「お兄さん! 海はとっても美味しいんですよ~。行きます。絶対に行きますからぁぁ!」

 詳しい話を何も聞かないうちから声を大にして賛成している二人に聡史は戸惑った表情を浮かべている。その横ではついに女子の参加が実現した頼朝が嗚咽を漏らしながら男泣き。


「えーと… 二人とも本当に参加するのか?」

「お兄様、もちろんです。美鈴ちゃんとカレンさんも絶対に連れていきましょう!」

 頼朝号泣! 「本当にいいの?」と聡史同様の戸惑った表情を浮かべながらも、ニヤニヤが止まらない顔で泣き笑いしている姿がなんとも不気味に映る。

 この二人が参加を表明すると、過去のデータを鑑みれば聡史のパーティーはなし崩しに全員が参加する方向となる。美鈴は聡史が行くといえば必ず付いてくるし、カレンはいつものように全体のムードに流されてしまうであろう。

 こうして1週間後、否応なしに聡史は四人の女子を連れて1泊2日で伊豆の海へと足を延ばすことが決定する。






 ◇◇◇◇◇






 所変わって、こちらは魔法学院の理事長室。本学院理事長の東十条胤篤は苛立ちを隠せない表情で研究棟の最上階から窓の外を見下ろしている。この研究棟の最上階には聡史たちの特待生寮があるがそれはエレベーターに最も近い側で、理事長室は最も奥まった場所に設けられている。

 魔法学院設立当初からこの学院の実権を乗っ取るために講じてきた様々な手段が現在あちこちに大きな綻びを見せて、今や理事長の権限が及ぶ範囲はごく限られたものとなっている。これが苛立たないでどうするものかと、まるで苦草を煎じて煮詰めたものを飲み干した顔付きになるのも無理はない。

 苛立ちに紛れて期せずして呟きがその口から洩れる。


「クソッ、あの学院長め! ここまで見事にワシを遣り込めてくれるとは思ってもみなかったわ」

 今振り返ると現学院長が就任以来全てが理事長にとっては誤算の連続であった。次々に理事長派の教員はクビに追い遣られ、新たな魔法理論による教育カリキュラムの導入で陰陽術に基づく術式構築の教育は傍流に格下げされた。

 ならば生徒をこの手で掌握しようと目論んで入学したばかりの一人娘である雅美に期待してみたが、先日の生徒会副会長拉致未遂事件においては、たった一人の女子生徒によって全てが粉砕されてしまった。

 驚くべきことにその女子生徒はつい最近編入したばかりの特待生だと聞き及んでいる。学院長は理事長に何の相談もなく二人の生徒を特待生として入学させていた。

 実はその裏にはダンジョン対策室中枢の強い意向があったなど、この理事長には知らされてはいない。それは学院内での権力闘争などといった低い次元の争いではなくて、政治的により高度な判断に基づいて下されたプランに他ならない。しかもその特待生二人が異世界からの帰還者であるなど、理事長にとっては想像の彼方の話であろう

 ただ理事長の立場から見てはっきりとしているのは、あの特待生2名は確実に学院長側に味方をしているという点。

 実際には聡史たちは誰の味方などとは関係なく降りかかる火の粉を払っただけなのだが、その過程で学院内ににおける理事長側の戦力を壊滅に追い込んでいる。その上偶然が重なった結果カレンと知り合いになって、現在では学院長の最大の手駒たる彼女までもが特待生のパーティーに加入している。

 このような経緯を鑑みては、猜疑心の塊となっている理事長からすると全てが学院長の思惑のままに動いているように見えている。

 学院長からの圧迫に加えて二の矢として放った生徒の掌握もここへきて完全に頓挫しているのは明らか。


「忌々しい特待生めがぁぁ!」

 今や理事長の目には学院長本人ではなくてその配下として動いている二人の特待生がより大きな障害に映る。どうにかしてこの学院から排除できないものかと何らかの陰謀を張り巡らそうにも、校内で直接手を下すのは監視カメラ等に証拠を残してしまうので打つ手をなくしているのが実情。


「失礼いたします」

 相変わらず窓の外を見るフリをして苛立ちを紛らわせている理事長の部屋に女性秘書が入室してくる。実はこの秘書は東十条家に代々仕える陰陽師の家柄の出身で、その腕を見込まれて理事長の懐刀を務めている。


「ご当主様、例の特待生についての情報がございます」

「なんだ?」

 当主の懐刀を務めるだけあって、この女性秘書の情報収集能力は特筆すべきものがある。件の兄妹について何らかの有益な情報を得たよう。

 今や最大の懸案とも言っていい特待生の情報と聞いて、理事長の表情が真剣なものに変化する。


「私の耳に入りました話によりますと、例の特待生は学院長の娘とともに来週伊豆へと向かうようです。学生同士が親睦を深める夏休みの旅行だと思われます」

「なんだと! あいつらが学院長の娘まで同道してこの学院を離れるというのか」

 理事長にとっては、久方ぶりの朗報が手元に届いた心地。今や天敵に昇華したともいうべき特待生二人が学院を離れて警備が手薄な外部へ出かける。このような機会は二人に何らかの陰謀を仕掛ける絶好機と理事長の目には映る。今回こそ絶対に逃がせない降って湧いたような天の配剤に映るのも無理からぬ話。

 実は先日聡史たちが秩父に向かう情報も理事長側は得ていたのだが、あまりに急な出立であったために準備が間に合わないままに彼らの外出をみすみす見逃がしたという経緯があった。その分今回こそはと力が入るのは当然であろう。

 窓際からデスクに身を移した理事長は思案する表情で束の間瞑目する。その頭の中でどのような考えが蠢いているのかは余人には理解のしようがない。

 やがて理事長はその眼を開いて秘書に矢継ぎ早に指示を出す。


「特待生2名を亡き者にする。東十条家の暗殺部隊を緊急招集せよ。さらには諜報部隊を先回りして現地に送り込み準備万端を整えよ。そなたは引き続き特待生身辺の情報を集めるのだ」

「かしこまりました」

 理事長はついにこの不利な状況を覆すべく、乾坤一擲の勝負に出る意を固めている。その指示を受け取った女性秘書は陰謀に向けて様々な手配をすべく一礼して理事長室を出ていく。

 こうして、聡史たちの全く知らない場所で彼らを巡る大きな企みが動き出すのであった。



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