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第31話 秩父ダンジョン 3

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 聡史が遅い昼食を終えると、時刻は午後4時を回っている。

 桜たちは敢えて金髪男たちの件を聡史には尋ねないまま本日は帰宅の途に着く。

 自宅に戻った聡史がテレビのスイッチを入れるが、逮捕された金髪たちの件はどこの局でも取り扱わないまま。そもそも大手マスコミはダンジョンに関するニュースをほとんど流さない。たまにニュースを流れる際は「数百万の宝が発見された」といった内容が主流で、宝探しをする場所という体裁で報道される場合が多い。

 なぜこのような報道がなされるのは不明なまま。ダンジョンの本当の価値を知っている人間が敢えてその重要性を報道しないように圧力をかけているのか、それとも古い体質のマスコミ自体がダンジョンの有効性に気が付いていないのか、いずれにしてもその理由が公に明かされることはない。

 したがってダンジョン内でどのような事故や事件があったとしても、まったく報道されないケースが常態化している。今回もおそらく誰にも知られずにこのまま事件自体が風化していくのであろう。

 聡史自身も今回の事件を忘れることに決めている。ダンジョンで人が亡くなる話など異世界では掃いて捨てるほど耳にしている。助けられるものなら手を貸すが、自分と直接の関わりがない話にまで心を痛めていたらあっという間に精神を病んでしまう。それほどダンジョンでは当たり前のように命が消えていく。

 もっともこれは異世界の話であって日本のダンジョンではまだ多少はマシなのだろうが、それでも今回のような犠牲者は付きまとう。

 そんな考えを抱いたまま、夜の9時前には聡史たちは就寝する。



 翌日、聡史たちは始発電車に乗り込んで秩父ダンジョンへと向かう。昨日同様に、明日香ちゃんとは駅で待ち合わせをして、ようやく朝日が昇ったばかりの日差しの中を秩父方面に向かう電車は出発する。


「電車の中でグッスリと寝ましたよ~」

「明日香ちゃんは、すぐにどこでも寝られていいですわね」

 目的の駅に到着する直前に桜から体を揺すられるまで明日香ちゃんは電車の中で爆睡していた。思いっきり四肢を投げ出した年頃の女の子としてどうなのかと疑問符が湧く寝姿は、画像に納めたら1万円はたかれそうな恥ずかしさ満開。

 電車を降りたホームで思いっきり伸びをしてついでに大アクビまでかます。そこそこ可愛いのにも拘らず、男子から全く支持されない理由がわかる気がする。周囲からは女子としての色々な面に疑問を持たれているが、本人は一向に気が付いてはいないらしい。


 駅前からバスに乗って終着地点が秩父ダンジョンとなる。ほとんどの冒険者は自分が運転する車でやってくるので、バスの座席は半分ほどしか埋まっていない。


「今日は時間に余裕があるから4階層を回ってみるか」

「お兄様、それがいいですわ。3階層とは違って変化がありますから、明日香ちゃんや美鈴ちゃんのいい経験になります」

 現在朝の6時半、本日は午後4時までこのダンジョンで過ごして、そのまま学院に直帰する予定となっている。昨日よりも大幅に時間があるので、もうひと階層下を目指すつもりのよう。


「桜ちゃん、変化って何ですか?」

「出てくる魔物がバラエティーに富んでいるんですの。見てのお楽しみですわ」

 どうやらグレーリザードばかりが出現した3階層とはかなり様相が違っているらしい。イタズラっぽく笑う桜に一抹の不安を感じながらも、彼女を先頭にしてパーティーは4階層を目指してダンジョンへ入場していった。




   ◇◇◇◇◇




 1時間後、パーティーは目的であった4階層まで下りてきている。


「ここが4階層ですか。でも見た感じは今までと大きな変化はないですよ~」

「そうよねぇ~。明日香ちゃんが言うように3階層と特段の変化はないみたいだけど」

 明日香ちゃんと美鈴は、見たままの感想を述べているが、カレンはちょっと違う意見を口にする。


「3階層よりも活動している人たちが多いような気がします」

「カレンさんは、いいところに気が付きましたわ。実はこの4階層は別名〔セレブ階層〕と呼ばれているんですの」

「「「セレブ階層?」」」

 三人は聞いたことのないセレブ階層なるフレーズに頭の上に???を浮かべている。高級外車やリムジンでこの場に乗り付ける金持ちでも存在するというのであろうか?


「日本国内のダンジョンで秩父のこの階層にだけ生息している〔パールホワイトミンク〕という魔物がいるんですよ」

「「「パールホワイトミンク?」」」

「はい、人を襲わない大人しい魔物で、ドロップする毛皮は3万円で引き取ってもらえますわ。しかもドロップ率は驚異の99パーセント!」

「桜ちゃん、凄いじゃないですかぁぁぁ! 大人しい上にそんな高額のドロップアイテムを落とすなんてまさにセレブですよ~」

 明日香ちゃん大興奮。右目が¥マークに左目が$マークになっている。美鈴やカレンも桜の説明にビックリした様子。大山ダンジョンで150円のゴブリンの魔石を拾っているのがアホらしくなってくる高額な獲物がここにはある。


「さて、一見いいこと尽くめのように聞こえるパールホワイトミンクですが、これがすばしっこくて捕まえるのが大変なんです。しかも深追いすると必ずグレーウルフが待ち構えている場所に逃げ込むんですの」

「ええ、それじゃあ、せっかくのオイシイ獲物が捕まらないですよ~」

 オイシイ話には毒があるを実際に証明するような話がここにある。さっきまでの¥$マークが消え失せて、明日香ちゃんの目からハイライトが無くなっている。デザート食べ放題の野望が急速に萎んでいるのが手に取るようにわかる。


「まあその辺は見かけたら私が何とかいたします。皆さんが一番注意すべきはグレーウルフですわ」

「桜ちゃん、グレーウルフというのはそんなに恐ろしい魔物なのかしら?」

「まあ、それなりに気を付けないといけませんからね。私が早目に見つけますから、皆さんは指示に従ってください」

「「「わかりました」」」

 セレブ階層の話を聞き付けてテンションが急上昇した女子三人であったが、桜の注意に頷いて気を引き締めて通路を進み出す。桜はあまり他の冒険者の邪魔にならない階層の奥を目指してパ-ティーを先導していく。


「早速グレーウルフが出てきましたわ。まずは私が見本を見せます」

 桜が前進して、目にもとまらぬ早さで無造作に狼型の魔物の顎下をひと蹴り。

 ギャン!

 グレーウルフは、そのたった一撃で天井まで撥ね上げられて絶命した模様。


「こんな感じで仕留めますの」

「「「出来るかぁぁぁぁ!」」」

 お馴染みのユニゾンを三人が奏でる。明日香ちゃん、美鈴、カレンの三人は「一体誰が桜の真似をしようというのか」と甚だ疑問が残る表情。グレーリザードの時も同様であったが、桜は無茶振りが過ぎる。


「しょうがないですねぇ~。それでは明日香ちゃんから順番に実地で指示を出しながら練習していきましょう」

「不安しか感じないですよ~」

 明日香ちゃんが正直にぶっちゃけている。見本にならない見本を見せられて「ハイ本番!」では、明日香ちゃんでなくても不安になるであろう。この様子を後ろで見ている聡史は、桜に任せっきりで何も言わない。


「明日香ちゃん、正面から来ました」

「はい」

 桜の指示で、今度は明日香ちゃんがトライデントを構えて前進する。出番がきた神槍は青く発光して万全の状態のようだ。


「えいっ!」

 ガルルル

 正面からトライデントを突き出す明日香ちゃんに対して、グレーウルフは横っ飛びになって穂先を躱して、逆に明日香ちゃんに飛び掛かろうと重心を沈める。


「えいっ!」

 だが、槍術スキルランク2を獲得している明日香ちゃんは、その一瞬のスキを見逃さずに槍の穂先を向けていく。その動きに反応したグレーウルフはさらに穂先を左に避けて一気に距離を詰める。


「不味いです」

 焦った明日香ちゃんは槍を引き戻さずにグレーウルフの胴体を横から払うようにしてトライデントを薙いでいく。瞬間トライデントの光が強まって、明日香ちゃんの攻撃力を3倍に高める。

 ギャン!

 横薙ぎに飛んできた神槍の威力でグレーウルフはそのまま壁に叩き付けられて動きを止める。


「今です」

 トドメの一撃で明日香ちゃんのトライデントはグレーウルフの胴体に突き刺さる。

 バチバチバチ

 いつものように電流が流れてグレーウルフは一巻の終わりであった。


「明日香ちゃん、お見事ですわ。グレーリザードとは違って前後左右に動く相手ですからね。今のように槍を横に振るって魔物の体勢を崩してから仕留めるのが上手なやり方ですの」

「先に行ってくださいよ~。寿命が縮むかと思いました」

 桜は明日香ちゃんが危なくなったらいつでも戦いに介入できる体勢で黙って見守っていた。そんな中で、明日香ちゃんがグレーウルフとの戦いに対応したこの成長ぶりを我がことのように喜んでいる。


「あっ、桜ちゃん、毛皮が落ちていますよ~」

「ああ、グレーウルフのドロップアイテムですね。これならたぶん2千円くらいですよ」

「なんだ、期待しちゃったじゃないですか。まあ、それでもパフェ4杯分ゲットですよ~」

 こうして、秩父ダンジョンでの魔物狩りはまだまだ続いていく。

 通路を進んでいくと、桜の話通りに多種多様な魔物が次々に登場する。3階層で散々狩ったグレーリザードやその亜種であるブラックリザードというトカゲの魔物。さらに通路の端を駆け抜けていく大ネズミやそれを追いかけるネコの魔物など… ゴブリンしか登場しない大山ダンジョンとは違った光景が繰り広げられている。気の毒なのは大山ダンジョン、こんな所も冒険者たちに不人気な要因であろう。

 中々気が抜けない階層であるが、桜は全く余裕の表情で歩いている。この辺に出てくる魔物などそもそもが桜の相手にならない。もちろんパ-ティーメンバーの安全には気を配っているが、桜を脅かすレベルの魔物はもっと下の階層まで足を運ばないと遭遇しない… いや、もしかしたらこのダンジョンには存在しないかもしれない。

 とはいうものの、ついつい癖で気配を探りながら桜は歩いていく。そしてその目が何かを捉えたかのようにキラリと光る。

 ビシッ!

 キュー

 桜の直後を歩いていた明日香ちゃんの目には横道から白い影が通路を横切ったように見えている。そしてその影は横切る途中で何かに襲われたかのようにしてバッタリと床に身を横たえている。


「皆さん、これがパールホワイトミンクですわ」

 通路に倒れた真っ白な魔物を指さして一行にドヤ顔を向ける桜。


「ええ、これが例の3万円ですかぁぁぁ!」

 明日香ちゃん、金額で言うのはどうなのかな? という目を桜に向けられている。

 その横から美鈴が…


「ねえ、桜ちゃん、今どうやって仕留めたのかしら?」

「美鈴ちゃん、それは企業秘密ですの」

 桜の右手にはパチンコ玉が握られている。そして横切る途中で倒れたパールホワイトミンクは正確に何かによって真横から頭を撃ち抜かれていた。レベル600オーバーの桜にとっては実に簡単なお仕事だろう。


「桜ちゃん、3万円ですよぉぉぉ! セレブです。私もセレブになっちゃいましたぁぁ」

 明日香ちゃんはすかさずドロップアイテムを回収。その手に握られた40センチ四方の毛皮がゴブリンの魔石200個分に相当するのがどうにも信じられない様子。というよりも興奮しすぎて何を言っているのか自分でもわかっていない。そもそも明日香ちゃんはセレブなどではなくて根っからの庶民だろうに。


 こんな雰囲気で4階層の通路を進んでいく。あいにくパールホワイトミンクは一度きりしか姿を見せないが、順調に魔物を狩りながら五人が歩く。殊にグレーウルフの対処に慣れた明日香ちゃん… というよりもトライデントの活躍が目についている。扱っている明日香ちゃんは何も気が付いてはいないが、陰で大きなアシストをしている模様。ただしそのトライデントになんだかんだ言いながら主人であると認めてもらった明日香ちゃんの運の強さもこの場合いは特筆すべきであろう。


「明日香ちゃん、そろそろ美鈴ちゃんとバトンタッチしましょうか」

「そうですね。だいぶ頑張りましたから美鈴さんにお任せしますよ~」

 各自の攻撃力が高すぎるため、今のところパーティーの連携を試す機会が全くない。それどころか明日香ちゃんの後ろに控えている美鈴でさえもここまで何も仕事がないまま。こうしてバトンタッチしないといつまでたっても出番が来ない。


 ところが美鈴はグレーウルフに対して予想外に苦戦する。


「ファイアーボール」

 俊敏な動きで魔物に躱された炎は後方に飛び去って、通路の向こう側の15メートル先で爆発している。遠くで起きた爆風を感じるものの、グレーウルフには何の影響も与えていない。この状況を見て美鈴はもう一方の手に用意している予備の魔法を放つ。


「ファイアボール」

 これもまた躱される。こうなると次の魔法の準備に時間を要する魔法使いは苦戦を強いられていまう。攻撃が飛んでこない状況を察知したグレーウルフが美鈴に躍り掛かろうとする。


「きゃぁぁぁぁ!」

 大型犬と同様の体格をしたグレーウルフが迫る様子は通常の人間には恐怖をもたらし、美鈴の体は硬直して身動きが取れなくなってしまう。だが…


「ほい」

 美鈴に向かって飛び掛かろうとするグレーウルフであったが、横に待機していた桜が足を伸ばして天井に向かって蹴り上げて仕留める。一瞬生命の危機を覚えた美鈴は真剣な表情で聡史に振り返る。


「聡史君、グレーウルフに魔法を当てるためにはどうすればいいのかしら?」

 こうも上手くいかないと美鈴は困り顔で聡史にアドバイスを求める。ワラにも縋る気持ちを今この場で実感しているよう。


「方法は2つあるかな。ひとつは外れてもいいから魔物が立っている手前の床に向けて魔法を放つ方法だ」

「床に向けると効果があるの?」

「まあ、試してみるといい。もうひとつの方法は弾数を増やすことだ。5,6発まとめて撃てば嫌でも当たるだろう」

「数を増やすなんてそうは簡単にできないでしょう。それじゃあ最初の方法で試してみるわ」

 気を取り直した美鈴は再び術式の準備に取り掛かる。その時…


「美鈴ちゃん、また来ましたわ」

 通路の奥からうっそりとした様子でグレーウルフが姿を現す。パーティーの気配を察知してすでに戦闘態勢に入り、尻尾をピンと立てながら唸り声をあげる。そして、そのまま走り出してこちらに向かってくる。


「ファイアーボール」

 美鈴は、先ほどよりもやや下向きに魔法を撃ち出す。もちろん魔物が走る速度も計算に入れて、走って向かってくる魔物の進路を遮るようなコースを炎が飛んでいく。


 ドゴーン!

 床に着弾したファイアーボールは大きな炎を上げて炸裂する。


 ギャン!

 パーティーに向かって突進していたグレーウルフは直撃こそ免れたものの、鼻先で起こった爆発に煽られて体ごと宙に放り出される。そのまま固い床に体を打ち付けてまだ息はあるものの身動きが出来なくなっている。


「仕留めてきますよ~」

 明日香ちゃんがトライデントを構えてグレーウルフに向かう。そのまま槍を突き刺して無事に討伐は成功。この結果に美鈴は首を捻っている。


「聡史君、当たっていないのに、なんでダメージを与えているのかしら?」

「美鈴は自分で撃ち出しておいて魔法の効果に気が付いていないのか?」

「効果? ファイアーボールの効果だったら火が燃えて爆発するということでしょう」

「まだまだその答えでは50点だな。炎は単なる導火線で、爆発の威力でダメージを与える点が一番重要なんだよ。炎じゃなくて爆弾を撃っていると考えるべきだ」

「爆弾を撃っている… そうだったのね! 火属性の魔法だから燃えるという点に目が行きがちだったけど、ダメージを与えるのは爆発の威力だったのね」

 魔法学院の実技試験で粘土製の的を粉々にしても美鈴はこの点を見逃していた。より重要なのは爆発の威力という点を今この場で改めて理解する。


「パーティーにおける魔法使いは一撃で仕留めるのではなくて相手に確実にダメージを与えてその後の展開を有利にするという点に主眼を置くのが望ましい。優秀な魔法使いは優秀なアシスト役なんだ。今みたいに美鈴がダメージを与えて明日香ちゃんがトドメを刺せば、危なげない戦い方ができるからな」

「そうだったのね。やっとわかったわ」

 ゴブリンやグレーリザードのようなさほど俊敏でない敵であったら美鈴の魔法で一撃で仕留めるのも可能だろう。だが狼系の魔物のように身軽に動く相手に魔法を直撃させるのは相当に困難な技。このような場合にはダメージを与える役割に徹しろという聡史の実戦的な教えに美鈴は感銘を受けている。
 
 さらにこの応用編もある。前衛が魔物を一か所に追い込んで、最後に魔法使いが止めを刺すという方法も存在する。こちらのやり方のほうがパーティーとしてはより高度な連携を求められるといえよう。

 ともあれ聡史は今の時点ではこれで十分と感じている。一朝一夕に連携など組み立てられるはずもないのだから、徐々に互いの特性に合わせた戦術をおいおい覚えていけばよい。


 こうしてグレーウルフの対処法をマスターした美鈴はもう無敵状態。確実にダメージを与えては、最後のトドメを明日香ちゃんに任せていくというチームプレーをいつの間にか確立している。

 学院に在籍している中で魔法を扱える生徒というのは多かれ少なかれプライドが高い傾向にある。だが元々美鈴は他人からの助言を素直に受け入れる性格。しかも指導を務めるのが聡史とあれば、余計に素直になってしまう。

 多数の魔物を討伐した聡史の経験を尊敬して魔法の先生として素直にアドバイスを受け入れる美鈴。二人の良好な関係があってこそ、このような指導が可能となってくるのだろう。パーティー全体としても非常に良い傾向といえる。


 こうして午前中は順調に魔物を討伐して、昼食時を迎えた一行はセーフティーゾーンで休息を取る。待ち合わせが早朝の時間帯でったのでコンビニのおにぎりやサンドイッチで空腹を満たしているが、桜の前には駅前の牛丼屋で買い込んだテイクアウトの商品がドドンと3つも置かれている。牛丼大盛り、すき焼き丼大盛り、カルビ焼き肉丼大盛りの3品というラインナップ。


「桜ちゃんは、いつもながらよく食べますねぇ」

「お腹が空くと力が出ませんからね」

 大盛り3杯を次々に平らげていくのを周囲はいつものように呆れた目で見ている。


 昼食を終えると、ここまで全く目立っていなかったカレンが口を開く。


「あのー… 私はこのパーティーに必要なんでしょうか?」

 実際カレンはここまでほとんど空気に等しい。回復魔法を使用した機会はあの金髪の男たちと床の段差に躓いて肘を擦り剥いた明日香ちゃんだけ。そもそもこのパーティーでこのレベルの階層で活動している状況では誰かが怪我を負うなど考えにくい。多少危険な場面が起きたとしても聡史か桜がその芽を刈り取ってしまう。


「そういえば、カレンさんは全然目立ちませんでしたねぇ…」

「私たちばかり張り切っちゃって、すいませんでした」

 桜がこのダンジョンでの活動ぶりを振り返り、明日香ちゃんは反省の弁を述べている。聡史と美鈴もはたと額に手を当てている。


「カレンの回復魔法という切り札があるのに、確かに使う機会が全然なかったな」

 もちろん誰も怪我をしないのはいいことなのだが、あまりに何もなさすぎるのは一緒にいるカレンが手持ち無沙汰になってしまう。かといって、わざと怪我をするもの本末転倒だし…

 そこで桜が…


「カレンさんは、攻撃手段はお持ちですか?」

「いいえ、全然ありません」

 回復役は絶対に怪我やダメージを負わないようにパーティー全体で守るのが鉄則。場合によっては他のメンバーが負傷を負っても回復役だけを守り切っていれば後からいくらでも挽回が効く。それほど回復役はパーティー全体にとっての命綱といえる。

 したがってこのカレンの攻撃手段がないという返事は当然といえば当然の成り行き。彼女は学院の実技実習の時間は救護所に待機して怪我人の治癒を行っているのだから、武器を用いた練習ですら2~3回しか経験がない。


「いきなり武器を持たせても魔物と戦うのは時期尚早だよな」

「何もできないで本当に申し訳ないです」

 聡史の呟きにカレンが身を縮こませている。だがここで意外な人物からの提案が…


「桜ちゃん、私の槍のような誰にでも簡単に使いこなせる武器はないんですか?」

 明日香ちゃん、絶賛勘違い継続中。トライデントは誰にでも簡単に使いこなせる槍ではない! 断じてそれだけはない!


「私の手持ちにあるのは切れ味鋭い 逸品ばかりですからねぇ… お兄様は何かありますか?」

「そうだなぁ… カレンが使えるとしたら杖系統しかないな。何か手に合う品がないかちょっと広げてみようか。カレン以外は手に触れないようにしてくれ」

 そう言って聡史はアイテムボックスに収納されている品々を取り出していく。


「ほえぇぇ! こんなにいっぱい種類があるんですね」

 テーブルの上に並べられた数々の杖を見た明日香ちゃんが溜め息交じりに驚いている。十数本の杖は、どれもが大きな魔石が取り付けてあったり、それ自体が強力な魔力を発するA~SSSランクの品々。


「どの杖も、凄い力を感じるんですけど」

 当事者のカレン自身もズラッと並んだラインナップを見て驚いている。聡史から具体的な説明はされていないが、異世界製の高価なマジックアイテムだろうと彼女自身にも見当がつく。


「これなど、どうでしょうか」

 カレンが手を伸ばしたのは、居並ぶ立派な杖の中では比較的シンプルな木の枝をそのまま利用した白木の杖。カレン自身の直観であるが、何となくその杖が自分を呼んでいるような気がしたらしい。そしてカレンが手に取るとその杖からキラキラした光のエフェクトが無数に発生する。


「どうしたのでしょうか? キラキラの光が出ています」

 カレンは不思議そうな表情でその杖を見ている。

 様子を観察している聡史は最初からカレンがその杖を選ぶような気がしていたので、その表情はニヤニヤが止まらない。

 カレンが手にしている白木の何の変哲もない杖は、異世界の大精霊にして世界樹の管理者から受け取った〔世界樹の杖〕であった。たまたま折れてしまった世界樹の枝を大精霊が杖に仕立てた異世界にもこの一本しか存在しない激レア品である。


「カレン、その杖でいいか?」

「はい、とっても手に馴染みます。この杖を使わせてもらいます」

 カレンがそう宣言した途端に世界樹の杖から膨大な魔法式が彼女の脳内に流れ込んでいく。


「えっ、なに? 今何が起きているの?」

 そう言い残すとカレンの体が硬直する。膨大な情報によって脳の処理が追い付かずに呼吸をしているのがやっとの状態になっている。

 やがて世界樹の杖が放つ光が収まると、カレンはようやく我に返る。


「聡史さん、なんだか物凄い量の魔法術式が頭の中に流れ込んできました」

「ステータスを確認したほうがいいんじゃないか?」

「はい、ステータス、オープン」

 カレンがステータスを開くと、スキルの欄に〔神聖魔法ランクMAX〕という記載が新たに加わっているのだった。



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