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第20話 成長の実感
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隠し部屋から転移した四人は見慣れぬ通路と思しき場所に運ばれている。しかし、二度目は失敗しないとばかりに美鈴と明日香ちゃんはお尻で着地することなく無事に自分の足で立つ。キョロキョロと周囲を見回してみるが、ここがどこなのかを示す手掛かりは特に見当たらない。
「あれ? どっちに行っても行き止まりみたいですよ~」
「本当ね! どうやって外に出ればいいのかしら?」
ダンジョン初心者の明日香ちゃんと美鈴は再び不安を口にしている。だが聡史と桜は全く平常運転で焦った表情一つ見せていない。ことに桜に至っては行き止まりになっている壁をしきりに調べている。
「正解は、こっちの壁ですね~」
ガコッ!
右手のストレートを叩き込むと、脆い造りであった壁は発泡スチロールのように簡単に崩落。そして大きな穴が開いた先には見慣れた普通の通路がある。
壁を崩した部分から桜が通路に出て周囲を見回すと残りのメンバーに向けて手招きをする。
「危険はないようですから、こちらへ出てきてください。どうやらここは2階層みたいですわ」
桜は自分が通った個所の景色を覚えているという、いわゆるマッピングに相当するスキルを持っている。いちいちメモを取らなくても脳内にダンジョンの地図を描けるという大変便利な能力。こんなスキルがあるからこそ単独でダンジョンに突入などという無茶を仕出かすという側面も否定できない。
そして通路から呼び掛ける桜の勘は的中しており、すぐに1階層に昇っていく階段を発見する。
階段を昇るとそこには1年生パーティーの姿が遠目に見掛けられる。やはり無事に1階層に戻れたよう。予定以上の収穫を得て本日は終了とばかりにそのまま最短距離で出口に向かい、四人は大山ダンジョンを出ていく。
そのまま管理事務所のカウンターに出向くと…
「魔石の買取りをお願いしますよ~」
回収係の明日香ちゃんがダンジョン事務所のカウンターに買取りを申し出ると、係員はにこやかな笑顔で対応してくれる。魔石や他のアイテムの買取りと転売は事務所の重要な収入源なので、愛想のいい笑顔を浮かべるのは業務上の必須マニュアル。ハンバーガー屋のお姉さんよりも5倍くらい輝いた笑顔をカウンターにやってきた冒険者にもれなく向けてくれる。この笑顔に魅せられて「俺に気があるんじゃないか?」と勘違いする男性冒険者が後を絶たないのも公然たる事実。
「はい、どうぞこちらのトレーに並べてください」
明日香ちゃんのジャージのポケットにはジャラジャラ音がするくらいに魔石が詰まっており、これ以上入りきらない限界までパンパンに膨らんでいる。ひと掴みふた掴みと取り出すうちにトレーには小山が出来上がる。
「ずいぶん沢山あるんですね」
「はい、みんなで頑張りましたよ~」
ピカピカの笑顔で答える明日香ちゃんだが、実は魔物を1体も倒していないという事実はこの際内緒にしておこう。こういう場面で他人と会話を合わせるのは非常に手慣れた娘である。俗に言うお調子者に相当するのだろうか?
カウンター嬢は魔石を一つ一つ丹念に計測装置に掛けていく。
普通のゴブリンがドロップする魔石は含有する魔力が10~20程度なので、これからエネルギーを取り出そうとしても外部から加えなければならないエネルギー量が上回ってしまい採算が合わない。いわゆるクズ魔石と呼ばれて価値が低い物とされている。
だが、利用法が全くないわけではない。クズ魔石を粉末にして少量を火薬に混ぜただけでも燃焼効率が上昇するので相応の引き取り手はある。価格はジュース代程度ではあるが。
カウンター嬢が端末に測定結果を打ち込むと、自動的に計算された代金が表示される。
「ゴブリンの魔石が42個で6300円、ゴブリン上位種の魔石が12個で6000円、それからこちらの魔石はもしかしてオークジェネラルですか?」
「はい、そうですよ~」
明日香ちゃんがドヤ顔で答えている。実際に対面した際は気を失っていたくせに…
「魔法学院の学生さんが、オークジェネラルを倒したんですか?」
「とっても運がよかったんですよ~」
聡史と桜が一緒だったのは果たして幸運なのか不運に巻き込まれたのか判断は微妙なところではあるが、明日香ちゃんがニコニコ顔なのでひとまず良しとしておこう。
それよりも、カウンター嬢のほうがビックリ顔で明日香ちゃんを見つめている。彼女は業務上学院の生徒だけではなくて、このダンジョンに潜る一般の冒険者も数多く見ている。その外見や装備、体から放つ雰囲気だけで冒険者の能力をある程度判断可能。
ところがどこからどう見てもピカピカの初心者である明日香ちゃんがオークジェネラルの魔石などを提出したものだから、何が起きたのかと不思議な表情をしている。だがカウンター嬢は明日香ちゃんの背後に連れ立っている聡史と桜を見て納得した表情へと変わっていく。
(確かあの二人は秩父ダンジョンの最年少記録を次々に塗り替えた兄妹よねぇ~。先日は何万単位の魔石を秩父の事務所へ提出したというし、有り得ない話ではないわ)
各地のダンジョン事務所においては活躍中の冒険者の情報が共有されており、聡史と桜は秩父ダンジョンの注目株。法令改正で年齢制限に引っかかるため兄妹のダンジョンへの入場を断らざるを得なかったのは、事務所にとっても痛恨の出来事と所内で話題になっていた。
ちなみにこれは兄妹が異世界へ行く前の情報であり、今ではこの二人が数々の異世界ダンジョン攻略者であることは、さすがにこの有能受付嬢も気が付いてはいない。
カウンター嬢はいつもの営業スマイルに戻って、明日香ちゃんに集計された最終結果を告げる。
「それでは、オークジェネラルの魔石が3個で7500円ですね。合計で19800円、源泉徴収10パーセントで、17820円になります」
「そんなになるんですか。4時間ちょっとで大儲けですよ~」
明日香ちゃんの脳内では大好物のパフェがダンスを踊っている。これだけのお金があれば、一体いくつパフェが食べられるんだろうとソロバンを弾いているよう。
自分のお小遣いの3か月分に相当するお金を握りしめた明日香ちゃんは、頬を紅潮させながら他のメンバーが待っているベンチへと向かう。
「皆さん、こんな大金が手に入りましたよ~」
「聡史君、このお金はどうするの?」
美鈴も高校生にとってはちょっとした金額に相当戸惑った表情。過去にクラスの生徒とパーティーを組んでゴブリンを相手にした時は、全員でジュースを飲んで魔石の買取り代金はお仕舞だった。それに比べて今回はたった一度のアタックでこんな大金を得るなんて… おそらくこんな心情であろうと思われる。
ちなみに美鈴の経験は、とりもなおさずゴブリン程度を相手にしていては冒険者としての稼業は成り立たないことを意味している。いかに下の階層に潜って手強い魔物を倒すかが、一人前の冒険者として生活の糧を得る唯一の方法であり手段。それだけに命の危険が常に付きまとう稼業といえる。
さらに具体的にいえば、オークを倒せるかどうかで冒険者として生活が成り立つかどうかの分かれ目となる。その点からするといまだオークを相手にできない学院の3年生でもまだまだ一人前には至っていないと言えよう。
「そうだなぁ… 今日のところは一人当たり2千円でどうだろう? パーティー共有の物品なども後々買わないといけないし、残った金額はキープしておくのがいいと思うぞ」
聡史の意見は異世界で培った冒険者としての収入分配の知恵。パーティー共有財産を多めに残しておくことで、いざ装備や日用の必需品を購入するという時にそこから支出可能となる。
「そうねぇ… 聡史君たちの部屋にはティーセットもないし、食器とかも揃えたいわね」
特待生専用学生寮はこのパーティーの溜まり場に決定した模様。コンビニで購入した紙コップで味気ないお茶を飲むよりは、揃いのティーセットを美鈴は所望している。
「パフェの数が大幅に減ってしまいました…」
「明日香ちゃん、気落ちしなくて大丈夫ですわ。次回はもっと下の階層まで行きましょう。そうすれば、お金なんてザックザクですよ」
「そうでしたぁぁ! 今日で終わりではなかったんですよね。次回はもっと頑張りましょう!」
実に現金な明日香ちゃん。再び脳内で大量のパフェがダンスを開始している。
こうして相談がまとまってダンジョン事務所を出ると美鈴が時計を見る。まだ4時半を少々回った位置を彼女の時計の針が指し示している。
「今から生徒会に顔を出そうかしら」
「いや、ひとまずは俺たちの部屋に来てもらいたい。美鈴と明日香ちゃんはステータスが上昇しただろうから色々と確認しておきたいんだ」
「美鈴ちゃん、今日は生徒会お休み宣言をしたのですから最後まで私たちに付き合ってもらいますわ」
元はといえば桜の強引さに押し負けて美鈴は生徒会を欠席したのだが、再び強引な大波が押し寄せてきてあっという間に流されていく。
だがそんな美鈴とは対照的に、この娘は確固たる自らの欲望を隠そうともしない。
「お兄さん、桜ちゃん、絶対に食堂に立ち寄ってパフェを食べましょうよ~。ねぇ、桜ちゃんもそう思いますよね」
「いいですわねぇ~」
「テイクアウトにしてもらうんだぞ。部屋で話をしながら食べてくれ」
「お兄さん、ナイスアイデアですよ~」
明日香ちゃんからグイっとサムズアップされた聡史はとっても微妙な表情を浮かべている。その表情の裏側には、「そんなことで褒められても、全然嬉しくねぇぇぇ!」という本心が隠されていたのは言うまでもない。
◇◇◇◇◇
四人は特待生寮へと戻ってきている。
手や顔を洗ってテーブルに着くと、さっそく桜がアイテムボックスから食堂でテイクアウトした品々を取り出す。明日香ちゃんが世界で最も輝く時間が到来。
「明日香ちゃんはフルーツパフェ。お兄様はアイスコーヒー。美鈴ちゃんはアイスティーでしたわね。残りは全部私のものですわ」
桜の手元には、チョコレートパフェ、バナナチョコアイスクレープ、五段重ねパンケーキ3倍生クリームトッピングの三品が並んでいる。夕食の前によくぞこれだけ腹に入るものだ。
「桜、今月の小遣いは大丈夫なのか?」
「お兄様! 御心配には及びませんわ。危ないところでしたが、今日2千円の臨時収入が入りました」
「少しは残してあるんだよな?」
「500円玉が一枚残っていますが問題ありません。いざとなったらお兄様にゴチになりますの」
「俺の財布頼りか? 1円も貸さんぞ」
「もしお嫌ならばいち早くダンジョンに入るしか道は残されていません。次の計画を今日中に立てておきましょう。私の経済状況が改善されなければお兄様の財布は常に狙われ続けますわ」
桜は聡史の財布を人質にして次回のダンジョン突撃計画をまとめろと兄に向って強要している。自らの闘争本能と食欲を満たすためならば、兄の財布すら犠牲にするのを厭わない恐ろしい娘がここにいる。
聡史はヤレヤレという視線を妹に向けている。当の張本人である桜は平然とした表情で明日香ちゃんのフルーツパフェと自分のチョコレートパフェを一口ずつ交換中。妹の特権だといわんばかりの、ワガママなお姫様モードに入り込んでいるよう。
「それじゃあ、明日香ちゃんからステータスを見せてもらえるか?」
「ふぁい、フテーハス、オーフン」
ちょうどたっぷりクリームが乗ったバナナを口に放り込んでいた明日香ちゃんは、モゴモゴしながらステータス画面を開く。食べるかしゃべるか、どっちかにしろ!
【二宮 明日香】 16歳 女
職業 魔法少女になっちゃうぞ!
レベル 11
体力 48
魔力 50
敏捷性 34
精神力 28
知力 33
所持スキル 魔法少女になっちゃう気持ち
新たな数値が並ぶ明日香ちゃんのステータスを覗き込んでいる桜が真っ先に意見を述べる。
「明日香ちゃんのゴミのようなステータスがようやく人並みに近づきましたわ」
「誰が、ハエがブンブン集るようなクソステータスですかぁぁぁ!」
「明日香ちゃん、どうか落ち着いてくださいませ。ごく普通にゴミと呼んだだけです。どうも最近、被害妄想が悪化しているようですわ」
「桜ちゃんだって誇大妄想じゃないですか。ステータスの数字をあれだけ盛っている人に被害妄想なんて言われたくないですよ~」
明日香ちゃんは先日目にした桜のステータスを丸っきり信じてはいない。つい今しがたまでダンジョンであれだけの力を目の当たりにしても偽造された数字だと信じ切っているよう。
ちなみにステータス上の各種数値は、レベルが一つ上昇するごとに8パーセント増えていく仕組みとなっている。今日一日で明日香ちゃんの各種数値は約2倍となっているが、それでもようやく人並みというのはさすがはEクラス最弱の存在。
「それにしても、職業とスキルがなんとも微妙ですわ」
「桜ちゃん、そこは触れないでくださいよ~」
どうやら多少は気にしているらしい。だが以前よりは念願の魔法少女に向かって一歩前進している感はある。そこだけが唯一の救いのような気がしてくる。
こんな桜と明日香ちゃんのど~~でもいい遣り取りを黙って聞いていた聡史がようやく口を開く。
「明日香ちゃんは、精神面を鍛える必要があるんじゃないかな? オークジェネラルを見た瞬間気絶していたし」
「お兄様! いい所にお気づきですわ。私が明日香ちゃんの精神面をビシッと鍛え上げます」
「桜ちゃん、なんだか悪い予感しかしないですよ~。本当に大丈夫なんですか?」
「お任せくださいな。オークジェネラルよりも怖いものを見ればあの程度全然気にならなくなりますわ」
桜の目が怪しく光っている。果たして明日香ちゃんをどのような方向に鍛えていくつもりなのだろうか? そんな妹の不穏な企みはスルーして聡史は続ける。
「それから、武器はどうするんだ? いつまでも手ぶらでダンジョンに入るわけにはいかないだろうし」
「そうですわね。私の手持ちの武器から無理やりにでも選ばせますわ」
「桜ちゃん、なんでそこで無理やり感満載なんですか?」
こうして、明日香ちゃんの運命は完全に桜の手に委ねられたところで、次は美鈴の番となる。
「ステータス、オープン」
【西川 美鈴】 16歳 女
職業 ……
レベル 12
体力 72
魔力 374
敏捷性 48
精神力 134
知力 90
所持スキル 火属性魔法 闇属性魔法 無属性魔法 魔力ブーストレベル2 魔力回復レベル2 術式解析レベル5
「聡史君、どうかしら?」
「うーん、魔法属性が増えているのはいいけど、パターンとしては珍しいな~」
「えっ、何が珍しいのかしら?」
「火属性持ちは結構な数がいるし、攻撃手段としてはポピュラーといえる。でも次にステータスに現れたのが闇属性と無属性という点が珍しい組み合わせだと思うんだ。ほら、普通なら風属性とか水属性が現れるのが一般的だろう」
「そういうものかしら?」
美鈴は今一つピンと来ていないようだが、闇属性の使い手というのは日本ではもしかしたら初めての例かもしれない。聡史が指摘するようにこれは極めて珍しい事例といえる。
「それじゃあ、新しい属性の魔法を練習しようか」
「はい、聡史君、どうかよろしくお願いします」
美鈴の新たな訓練方針が決定した。新たな属性の術式を自分のものにしようと決意する美鈴の目はキラキラに光っている。
それとは対照的に桜による恐怖を克服する訓練が頭を離れずに、パフェを食べていた時の輝きの一切を失って死んだ魚の目をしている明日香ちゃんの姿が皆の印象に強く残るのだった。
【お知らせ】
いつも当作品をご愛読いただきましてありがとうございます。この度こちらの小説に加えまして新たに異世界ファンタジー作品を当サイトに掲載させていただきます。この作品同様に多くの方々に目を通していただけると幸いです。すでにたくさんのお気に入り登録もお寄せいただいておりまして、現在ファンタジーランキングの40位前後に位置しています。作品の詳細は下記に記載いたしております。またこの作品の目次のページ左下に新作小説にジャンプできるアイコンがありますので、どうぞこちらをクリックしていただけるようお願い申し上げます。
新小説タイトル 〔クラスごと異世界に召喚されたんだけどなぜか一人多い 浮いている俺はクラスの連中とは別れて気の合う仲間と気ままな冒険者生活を楽しむことにする〕
異世界召喚モノにちょっとだけSF要素を取り入れた作品となっておりますが、肩の力を抜いて楽しめる内容です。皆様この小説同様に第1話だけでも覗きに来てくださいませ。
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「面白かった」
「続きが気になる」
「早く投稿して!」
と感じていただいた方は是非とも【お気に入り登録】や【いいねボタン】などをポチッとしていただくと作者のモチベーションに繋がります! 皆様の応援を心よりお待ちしております。
「あれ? どっちに行っても行き止まりみたいですよ~」
「本当ね! どうやって外に出ればいいのかしら?」
ダンジョン初心者の明日香ちゃんと美鈴は再び不安を口にしている。だが聡史と桜は全く平常運転で焦った表情一つ見せていない。ことに桜に至っては行き止まりになっている壁をしきりに調べている。
「正解は、こっちの壁ですね~」
ガコッ!
右手のストレートを叩き込むと、脆い造りであった壁は発泡スチロールのように簡単に崩落。そして大きな穴が開いた先には見慣れた普通の通路がある。
壁を崩した部分から桜が通路に出て周囲を見回すと残りのメンバーに向けて手招きをする。
「危険はないようですから、こちらへ出てきてください。どうやらここは2階層みたいですわ」
桜は自分が通った個所の景色を覚えているという、いわゆるマッピングに相当するスキルを持っている。いちいちメモを取らなくても脳内にダンジョンの地図を描けるという大変便利な能力。こんなスキルがあるからこそ単独でダンジョンに突入などという無茶を仕出かすという側面も否定できない。
そして通路から呼び掛ける桜の勘は的中しており、すぐに1階層に昇っていく階段を発見する。
階段を昇るとそこには1年生パーティーの姿が遠目に見掛けられる。やはり無事に1階層に戻れたよう。予定以上の収穫を得て本日は終了とばかりにそのまま最短距離で出口に向かい、四人は大山ダンジョンを出ていく。
そのまま管理事務所のカウンターに出向くと…
「魔石の買取りをお願いしますよ~」
回収係の明日香ちゃんがダンジョン事務所のカウンターに買取りを申し出ると、係員はにこやかな笑顔で対応してくれる。魔石や他のアイテムの買取りと転売は事務所の重要な収入源なので、愛想のいい笑顔を浮かべるのは業務上の必須マニュアル。ハンバーガー屋のお姉さんよりも5倍くらい輝いた笑顔をカウンターにやってきた冒険者にもれなく向けてくれる。この笑顔に魅せられて「俺に気があるんじゃないか?」と勘違いする男性冒険者が後を絶たないのも公然たる事実。
「はい、どうぞこちらのトレーに並べてください」
明日香ちゃんのジャージのポケットにはジャラジャラ音がするくらいに魔石が詰まっており、これ以上入りきらない限界までパンパンに膨らんでいる。ひと掴みふた掴みと取り出すうちにトレーには小山が出来上がる。
「ずいぶん沢山あるんですね」
「はい、みんなで頑張りましたよ~」
ピカピカの笑顔で答える明日香ちゃんだが、実は魔物を1体も倒していないという事実はこの際内緒にしておこう。こういう場面で他人と会話を合わせるのは非常に手慣れた娘である。俗に言うお調子者に相当するのだろうか?
カウンター嬢は魔石を一つ一つ丹念に計測装置に掛けていく。
普通のゴブリンがドロップする魔石は含有する魔力が10~20程度なので、これからエネルギーを取り出そうとしても外部から加えなければならないエネルギー量が上回ってしまい採算が合わない。いわゆるクズ魔石と呼ばれて価値が低い物とされている。
だが、利用法が全くないわけではない。クズ魔石を粉末にして少量を火薬に混ぜただけでも燃焼効率が上昇するので相応の引き取り手はある。価格はジュース代程度ではあるが。
カウンター嬢が端末に測定結果を打ち込むと、自動的に計算された代金が表示される。
「ゴブリンの魔石が42個で6300円、ゴブリン上位種の魔石が12個で6000円、それからこちらの魔石はもしかしてオークジェネラルですか?」
「はい、そうですよ~」
明日香ちゃんがドヤ顔で答えている。実際に対面した際は気を失っていたくせに…
「魔法学院の学生さんが、オークジェネラルを倒したんですか?」
「とっても運がよかったんですよ~」
聡史と桜が一緒だったのは果たして幸運なのか不運に巻き込まれたのか判断は微妙なところではあるが、明日香ちゃんがニコニコ顔なのでひとまず良しとしておこう。
それよりも、カウンター嬢のほうがビックリ顔で明日香ちゃんを見つめている。彼女は業務上学院の生徒だけではなくて、このダンジョンに潜る一般の冒険者も数多く見ている。その外見や装備、体から放つ雰囲気だけで冒険者の能力をある程度判断可能。
ところがどこからどう見てもピカピカの初心者である明日香ちゃんがオークジェネラルの魔石などを提出したものだから、何が起きたのかと不思議な表情をしている。だがカウンター嬢は明日香ちゃんの背後に連れ立っている聡史と桜を見て納得した表情へと変わっていく。
(確かあの二人は秩父ダンジョンの最年少記録を次々に塗り替えた兄妹よねぇ~。先日は何万単位の魔石を秩父の事務所へ提出したというし、有り得ない話ではないわ)
各地のダンジョン事務所においては活躍中の冒険者の情報が共有されており、聡史と桜は秩父ダンジョンの注目株。法令改正で年齢制限に引っかかるため兄妹のダンジョンへの入場を断らざるを得なかったのは、事務所にとっても痛恨の出来事と所内で話題になっていた。
ちなみにこれは兄妹が異世界へ行く前の情報であり、今ではこの二人が数々の異世界ダンジョン攻略者であることは、さすがにこの有能受付嬢も気が付いてはいない。
カウンター嬢はいつもの営業スマイルに戻って、明日香ちゃんに集計された最終結果を告げる。
「それでは、オークジェネラルの魔石が3個で7500円ですね。合計で19800円、源泉徴収10パーセントで、17820円になります」
「そんなになるんですか。4時間ちょっとで大儲けですよ~」
明日香ちゃんの脳内では大好物のパフェがダンスを踊っている。これだけのお金があれば、一体いくつパフェが食べられるんだろうとソロバンを弾いているよう。
自分のお小遣いの3か月分に相当するお金を握りしめた明日香ちゃんは、頬を紅潮させながら他のメンバーが待っているベンチへと向かう。
「皆さん、こんな大金が手に入りましたよ~」
「聡史君、このお金はどうするの?」
美鈴も高校生にとってはちょっとした金額に相当戸惑った表情。過去にクラスの生徒とパーティーを組んでゴブリンを相手にした時は、全員でジュースを飲んで魔石の買取り代金はお仕舞だった。それに比べて今回はたった一度のアタックでこんな大金を得るなんて… おそらくこんな心情であろうと思われる。
ちなみに美鈴の経験は、とりもなおさずゴブリン程度を相手にしていては冒険者としての稼業は成り立たないことを意味している。いかに下の階層に潜って手強い魔物を倒すかが、一人前の冒険者として生活の糧を得る唯一の方法であり手段。それだけに命の危険が常に付きまとう稼業といえる。
さらに具体的にいえば、オークを倒せるかどうかで冒険者として生活が成り立つかどうかの分かれ目となる。その点からするといまだオークを相手にできない学院の3年生でもまだまだ一人前には至っていないと言えよう。
「そうだなぁ… 今日のところは一人当たり2千円でどうだろう? パーティー共有の物品なども後々買わないといけないし、残った金額はキープしておくのがいいと思うぞ」
聡史の意見は異世界で培った冒険者としての収入分配の知恵。パーティー共有財産を多めに残しておくことで、いざ装備や日用の必需品を購入するという時にそこから支出可能となる。
「そうねぇ… 聡史君たちの部屋にはティーセットもないし、食器とかも揃えたいわね」
特待生専用学生寮はこのパーティーの溜まり場に決定した模様。コンビニで購入した紙コップで味気ないお茶を飲むよりは、揃いのティーセットを美鈴は所望している。
「パフェの数が大幅に減ってしまいました…」
「明日香ちゃん、気落ちしなくて大丈夫ですわ。次回はもっと下の階層まで行きましょう。そうすれば、お金なんてザックザクですよ」
「そうでしたぁぁ! 今日で終わりではなかったんですよね。次回はもっと頑張りましょう!」
実に現金な明日香ちゃん。再び脳内で大量のパフェがダンスを開始している。
こうして相談がまとまってダンジョン事務所を出ると美鈴が時計を見る。まだ4時半を少々回った位置を彼女の時計の針が指し示している。
「今から生徒会に顔を出そうかしら」
「いや、ひとまずは俺たちの部屋に来てもらいたい。美鈴と明日香ちゃんはステータスが上昇しただろうから色々と確認しておきたいんだ」
「美鈴ちゃん、今日は生徒会お休み宣言をしたのですから最後まで私たちに付き合ってもらいますわ」
元はといえば桜の強引さに押し負けて美鈴は生徒会を欠席したのだが、再び強引な大波が押し寄せてきてあっという間に流されていく。
だがそんな美鈴とは対照的に、この娘は確固たる自らの欲望を隠そうともしない。
「お兄さん、桜ちゃん、絶対に食堂に立ち寄ってパフェを食べましょうよ~。ねぇ、桜ちゃんもそう思いますよね」
「いいですわねぇ~」
「テイクアウトにしてもらうんだぞ。部屋で話をしながら食べてくれ」
「お兄さん、ナイスアイデアですよ~」
明日香ちゃんからグイっとサムズアップされた聡史はとっても微妙な表情を浮かべている。その表情の裏側には、「そんなことで褒められても、全然嬉しくねぇぇぇ!」という本心が隠されていたのは言うまでもない。
◇◇◇◇◇
四人は特待生寮へと戻ってきている。
手や顔を洗ってテーブルに着くと、さっそく桜がアイテムボックスから食堂でテイクアウトした品々を取り出す。明日香ちゃんが世界で最も輝く時間が到来。
「明日香ちゃんはフルーツパフェ。お兄様はアイスコーヒー。美鈴ちゃんはアイスティーでしたわね。残りは全部私のものですわ」
桜の手元には、チョコレートパフェ、バナナチョコアイスクレープ、五段重ねパンケーキ3倍生クリームトッピングの三品が並んでいる。夕食の前によくぞこれだけ腹に入るものだ。
「桜、今月の小遣いは大丈夫なのか?」
「お兄様! 御心配には及びませんわ。危ないところでしたが、今日2千円の臨時収入が入りました」
「少しは残してあるんだよな?」
「500円玉が一枚残っていますが問題ありません。いざとなったらお兄様にゴチになりますの」
「俺の財布頼りか? 1円も貸さんぞ」
「もしお嫌ならばいち早くダンジョンに入るしか道は残されていません。次の計画を今日中に立てておきましょう。私の経済状況が改善されなければお兄様の財布は常に狙われ続けますわ」
桜は聡史の財布を人質にして次回のダンジョン突撃計画をまとめろと兄に向って強要している。自らの闘争本能と食欲を満たすためならば、兄の財布すら犠牲にするのを厭わない恐ろしい娘がここにいる。
聡史はヤレヤレという視線を妹に向けている。当の張本人である桜は平然とした表情で明日香ちゃんのフルーツパフェと自分のチョコレートパフェを一口ずつ交換中。妹の特権だといわんばかりの、ワガママなお姫様モードに入り込んでいるよう。
「それじゃあ、明日香ちゃんからステータスを見せてもらえるか?」
「ふぁい、フテーハス、オーフン」
ちょうどたっぷりクリームが乗ったバナナを口に放り込んでいた明日香ちゃんは、モゴモゴしながらステータス画面を開く。食べるかしゃべるか、どっちかにしろ!
【二宮 明日香】 16歳 女
職業 魔法少女になっちゃうぞ!
レベル 11
体力 48
魔力 50
敏捷性 34
精神力 28
知力 33
所持スキル 魔法少女になっちゃう気持ち
新たな数値が並ぶ明日香ちゃんのステータスを覗き込んでいる桜が真っ先に意見を述べる。
「明日香ちゃんのゴミのようなステータスがようやく人並みに近づきましたわ」
「誰が、ハエがブンブン集るようなクソステータスですかぁぁぁ!」
「明日香ちゃん、どうか落ち着いてくださいませ。ごく普通にゴミと呼んだだけです。どうも最近、被害妄想が悪化しているようですわ」
「桜ちゃんだって誇大妄想じゃないですか。ステータスの数字をあれだけ盛っている人に被害妄想なんて言われたくないですよ~」
明日香ちゃんは先日目にした桜のステータスを丸っきり信じてはいない。つい今しがたまでダンジョンであれだけの力を目の当たりにしても偽造された数字だと信じ切っているよう。
ちなみにステータス上の各種数値は、レベルが一つ上昇するごとに8パーセント増えていく仕組みとなっている。今日一日で明日香ちゃんの各種数値は約2倍となっているが、それでもようやく人並みというのはさすがはEクラス最弱の存在。
「それにしても、職業とスキルがなんとも微妙ですわ」
「桜ちゃん、そこは触れないでくださいよ~」
どうやら多少は気にしているらしい。だが以前よりは念願の魔法少女に向かって一歩前進している感はある。そこだけが唯一の救いのような気がしてくる。
こんな桜と明日香ちゃんのど~~でもいい遣り取りを黙って聞いていた聡史がようやく口を開く。
「明日香ちゃんは、精神面を鍛える必要があるんじゃないかな? オークジェネラルを見た瞬間気絶していたし」
「お兄様! いい所にお気づきですわ。私が明日香ちゃんの精神面をビシッと鍛え上げます」
「桜ちゃん、なんだか悪い予感しかしないですよ~。本当に大丈夫なんですか?」
「お任せくださいな。オークジェネラルよりも怖いものを見ればあの程度全然気にならなくなりますわ」
桜の目が怪しく光っている。果たして明日香ちゃんをどのような方向に鍛えていくつもりなのだろうか? そんな妹の不穏な企みはスルーして聡史は続ける。
「それから、武器はどうするんだ? いつまでも手ぶらでダンジョンに入るわけにはいかないだろうし」
「そうですわね。私の手持ちの武器から無理やりにでも選ばせますわ」
「桜ちゃん、なんでそこで無理やり感満載なんですか?」
こうして、明日香ちゃんの運命は完全に桜の手に委ねられたところで、次は美鈴の番となる。
「ステータス、オープン」
【西川 美鈴】 16歳 女
職業 ……
レベル 12
体力 72
魔力 374
敏捷性 48
精神力 134
知力 90
所持スキル 火属性魔法 闇属性魔法 無属性魔法 魔力ブーストレベル2 魔力回復レベル2 術式解析レベル5
「聡史君、どうかしら?」
「うーん、魔法属性が増えているのはいいけど、パターンとしては珍しいな~」
「えっ、何が珍しいのかしら?」
「火属性持ちは結構な数がいるし、攻撃手段としてはポピュラーといえる。でも次にステータスに現れたのが闇属性と無属性という点が珍しい組み合わせだと思うんだ。ほら、普通なら風属性とか水属性が現れるのが一般的だろう」
「そういうものかしら?」
美鈴は今一つピンと来ていないようだが、闇属性の使い手というのは日本ではもしかしたら初めての例かもしれない。聡史が指摘するようにこれは極めて珍しい事例といえる。
「それじゃあ、新しい属性の魔法を練習しようか」
「はい、聡史君、どうかよろしくお願いします」
美鈴の新たな訓練方針が決定した。新たな属性の術式を自分のものにしようと決意する美鈴の目はキラキラに光っている。
それとは対照的に桜による恐怖を克服する訓練が頭を離れずに、パフェを食べていた時の輝きの一切を失って死んだ魚の目をしている明日香ちゃんの姿が皆の印象に強く残るのだった。
【お知らせ】
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異世界召喚モノにちょっとだけSF要素を取り入れた作品となっておりますが、肩の力を抜いて楽しめる内容です。皆様この小説同様に第1話だけでも覗きに来てくださいませ。
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