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第15話 魔法レベルの格差

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 基礎実技の時間はなおも続いていく。

 もちろんランニングだけではなくて筋力を高めたり瞬発力アップを目的としたトレーニングの他、体幹強化やジャンプ力、握力に至るまで、それぞれの生徒の課題に応じた細かいメニューが用意されている。

 聡史と桜は他の生徒には過酷に映るトレーニングメニューを終始鼻歌交じりの余裕の表情で終えている。というよりも、むしろランニング同様にどうにも物足りなくて自主的に数を増やしたり、腕立て伏せの時に互いを背中に乗せたりと、ランニング時と同様に周囲を驚かせて続けている。



 基礎実技が終わると専門実技演習の時間となる。

 専門実技演習は各自が取り組みたい項目を自由に選択できる。剣の腕を上げたかったら同じような目的の生徒が集まって打ち合いをしてもよいし、ひたすら素振りを繰り返しても構わない。自分で課題を見つけて取り組むという生徒の自主性に任されている。

 中でも生徒に最も人気なのは魔法技能の習得と向上。練習仲間と一緒に魔法の使用が可能な屋内演習場に向かう姿が多数みられる。

 そんな中…


「お兄様、私は、明日香ちゃんをマンツーマンでビシッと鍛えますので別行動をいたします」

「ああ、わかった。行ってこい」

 桜は明日香ちゃんがバテバテになって茹で上がったカエルのように芝生の上に倒れている場所に歩いていく。その表情には一切の慈悲などありはしない。心を鬼にして明日香ちゃんを鍛え抜く所存のよう。明日香ちゃんとしては迷惑この上ない話であろう。

 聡史の眼から見ても、これから2時間明日香ちゃんには耐えがたい試練が待っているのは明白。すでに体力が尽きているところにもってきて、この後さらに桜による拷問のようなシゴキが待っている。聡史はいまだ立ち上がれない明日香ちゃんに向かって、ご愁傷様ですの思いを込めて心の中でそっと手を合わせるしかできない。


 聡史が桜と明日香ちゃんから視線を移すと、こちらに向かって歩いてくる美鈴の姿が目に入る。午前中とはいえ初夏の日差しの中で2時間トレーニングに費やしたおかげで美鈴は汗だくの様子。


「聡史君、汗でビッショリだから一度着替えてくるわね」

「水分の補給を忘れるなよ。第1屋内演習場の入り口で待っている」

 聡史の忠告に美鈴は力なく頷いて更衣室へ向かっていく。明日香ちゃんほどではないにしろ相当バテている美鈴の後ろ姿に、聡史は自販機でスポーツドリンクを購入してアイテムボックスに放り込んでおく。



「聡史君、お待たせしました」

「いや、大して待っていないから気にするな」

 Tシャツを着替えて顔を洗ったことでちょっとだけ復活した美鈴は、聡史に向かって微笑み掛ける。実は聡史と二人で魔法の練習をするというだけで昨夜から胸が高鳴っているのが一目瞭然。


「それじゃあ、行こうか」

「でも第1演習場は魔法の練習をする生徒で混雑しているわよ」

「心配しないで大丈夫だ」

 聡史は、美鈴を連れて屋内第1演習場の建物の入り口をくぐっていく。その先にある頑丈な扉を開くと、多くの生徒が魔法の練習を始めている演習フィールドが広がる。だが聡史は扉には向かわずに地下へと向かう階段を降り始める。


「えっ、聡史君、施設の地下は生徒の立ち入りが禁止されているのよ」

「普通の生徒はそうかもしれないけど、これは特待生の特権だからな」

 聡史はポケットからカードキーを取り出すと、第1演習場よりもさらに頑丈な扉のロックを解除する。重たい扉を押し開けると、そこにはコンクリート打ちっ放しで見るからに武骨な造りのスペースが広がっている。


「編入試験の時にちょっとしたトラブルがあって、俺と妹が魔法関係の練習をする時はこの第ゼロ演習場を使うようにと言われているんだ」

 聡史が言う「ちょっとしたトラブル」とは、もちろん桜の太極破によって第3演習場が半壊した一件を指している。あのような事故が発生しないように、学園側は核シェルターとしても使用可能な2メートルの厚さのコンクリート製の壁に囲まれたこの場所を練習場所として指定していた。


「まずは、あそこのベンチに座ろうか」

「ええ」

 聡史は美鈴を座らせると、アイテムボックスからスポーツドリンクと謎の小瓶を取り出す。さらにマグカップも取り出して謎の瓶に入った液体を50㏄ほど流し込むんでからスポーツドリンクで薄める。謎の瓶の中身は異世界製のポーションに他ならない。


「これを飲むと疲れが取れるぞ」

「な、何なの? この液体は?」

「特製ドリンクだよ。まあ、飲んでみろ」

 美鈴は、恐る恐るマグカップに手を伸ばして口に運ぶ。一度ゴクリと喉が鳴った途端に彼女は顔を顰める。


「苦くてなんだか生臭~い。想像以上に酷い味ね」

「良薬は口に苦しだよ。すぐに効果が出てくるはずだから全部飲むんだ」

 美鈴は聡史に言われるままにマグカップの中身を飲み干す。しばらくの間口から舌を出して苦そうな顔をしていたが、そのうち自分の体調の変化に気が付く。


「あれ? 本当に疲れが取れているわ」

「魔法の薬だからな。効果は俺の体で何度も試しているからバッチリなはずだ」

 不思議そうな表情をしたまま、美鈴は聡史の顔をまじまじと見つめている。彼の口から出た「魔法の薬」というフレーズになんだか高い信憑性を感じてしまっているよう。


「魔法でこんな薬ができるの? もしかして聡史君が作ったの?」

「俺は作り方を知らないんだ。知り合いが作って持たせてくれた品だよ」

 そのビンの中身のより正確な正体は、異世界で聡史と桜がパーティーを組んでいた大賢者特製のポーションで間違いない。作った人物が人物なので回復効果抜群の上級ポーションに相当する。


「さあ、体力が回復したところで、魔法の練習を開始しようか。まずは美鈴が発動可能な魔法を見せてもらえるか」

「まだファイアーボールしか出来ないのよ。ひとまずやってみるから見ていてね」

 美鈴はコンクリート打ちっぱなしでブルーのラインが雑に引かれているだけのフィールドに立つと、20メートル先にある合金製の的を見つめる。そのまま精神を集中しながら頭の中で術式を反芻。そして発音がはっきりした大きな声で…


「ファイアーボール」

 その右手から弱々しい炎が飛び出すと、的に向かって小学生のキャッチボール程度のスピードで飛翔する。炎は合金の的に当たると飛散して消え去っていく。的の表面には何ら変化はない。美鈴のレベルがいまだ3という事実を鑑みても、やはり威力に問題がありすぎて実戦での効果には大きな疑問が…


「聡史君、どうだったかな?」

「これはさすがに評価のしようがないな」

 聡史の評価基準は魔物に対してダメージを与えられるかという点に重きを置いている。今見た美鈴の魔法ではゴブリンでさえいとも簡単に避けてしまうであろう。そのような意味で「評価できない」と敢えて厳しい言い方で答えている。


「やっぱりダメかぁ…」

「美鈴、ひとつ質問していいか?」

「なに? 聡史君」

「Aクラスの生徒の魔法ってこんなレベルなのか?」

「そうね。全員大体こんな感じかな」

「ということは術式の構築方法自体に問題があるな」

 日本で魔法の存在が明らかになったのは今から5年前。当時は魔法が発動しただけでも涙を流して喜ぶ大騒ぎであった。その頃の人々を第一世代だとすると、より使いやすい形に術式を改良している美鈴たちは第二世代と呼べるかもしれない。

 だが、日本の魔法界にはエポックメーキングと呼べるような画期的な発見や新たな方法の開発は未だに生まれていなかった。悲しい事実ではあるが、第一世代が開発した術式の改良を進めるに留まっている段階といえよう。

 聡史は意気消沈している美鈴に敢えて厳しい口調で声を掛ける。


「美鈴、俺のファイアーボールを見てくれ。ああ、そうだった。耳を押さえておくんだぞ。鼓膜がやられる恐れがあるからな」

 美鈴は聡史の警告の意味も分からないままに、両手で耳を押さえて開始戦に立つ彼の姿を見つめる。

 聡史は編入試験の反省から威力を5分の1に抑えるように設定した術式を頭の中に思い浮かべる。そして…


「ファイアーボール」

 先ほど美鈴が放った魔法とは別物の正真正銘威力と破壊力を秘めたファイアーボールが飛び出して的にぶつかる。

 ドガーン!

 耳を押さえていても激しい爆発で生じた大音響と空気を震わせる振動が美鈴には伝わる。もちろんその威力に彼女は信じられない表情で目を丸くしている。


「なにコレ? 凄い威力…」

 自分の魔法とは別物の聡史の魔法… それは彼女に魔法界全体の革命のような衝撃を齎している。

 だが聡史の表情はこの程度は当然と言わんばかり。嫌味のように映るかもしれないが、聡史は誰に対してもスパルタで臨む方針を貫いている。そして聡史よりもさらに厳しい超スパルタなのが桜といえる。今頃明日香ちゃんはどうなっているのか、ちょっと心配になってくる。


「美鈴、この程度で驚いてもらっては困るぞ。もう一度同じ魔法を放つから、美鈴は自分のスキルを用いるんだ」

「えっ、私のスキル?」

 美鈴には聡史が何を言いたいのか理解できてはいない様子。自分のスキルと言われても、何をどうしようというのか見当がつかない。反対に聡史は昨夜見せてもらった美鈴のステータスを完璧に把握している。中でもこのスキルは魔法の習得に役立つと判断している。このような判断が可能なことこそが、彼が異世界で得た数値には表れない経験値の賜物であろう。


「自分のスキルはきちんと把握しておこうな。美鈴には術式解析のスキルがあるだろう。俺の魔法をその目でしっかりと見て解析するんだ」

「えっ、えーと、今まで使用してこなかったから、どうすればいいのかよくわからないんだけど…」

「せっかく持っているスキルを利用しないのは損だぞ。いいか、心の中で術式解析のスキルが発動するように念じるんだ」

「は、はい」

 美鈴は、聡史に言われたままに心の中で念じる。すると目に魔力が集中する気配を感じる。


(これが私のスキルなのかしら? なんだか不思議な感覚)
 
「美鈴、スキルは発動したか?」

「ええ、なんだか目に違和感を感じるわ」

「それで大丈夫だ。ゆっくり発動するから、可能な限り解析してくれ」

「はい、聡史君、お願いします」

 ついつい敬語になってしまったのは、自分のためにわざわざ見本を見せてくれる聡史の気持ちに対する感謝ゆえの美鈴の思い。

 聡史は美鈴の返事を確認すると、わざとゆっくり手の平に魔力を集める。すでに聡史の術式は発動しており、その右手に螺旋を描くかの如くに絡みつく魔法式を美鈴の眼は追っている。


(すごい高度な内容。魔力の集中方法に始まって、炎とへ変換する具体的な命令が細かに記載されているわ。発動時は表面のみが燃焼して、的にぶつかってから内部が瞬間的に燃え上がるように魔力に対してより具体的な指示を出しているのね。威力を設定する箇所はここかしら? 魔法に込める魔力の量を調整しているみたいだわ)

「ファイアーボール」

 聡史の魔法が先ほどと同様に宙に飛び出していく。美鈴の眼が解析できたのは術式の一部であって、その全体像はたった一回の実演では理解できなかった。 


「聡史君、もう一度お願いします」

「いいぞ、全体像が解析が出来るまで何度でも撃ってやるから遠慮するなよ」

 再び聡史は同じ魔法を発動する。美鈴の眼は今度は魔法式の別の部分に着目している。


(威力の設定までは理解したから、次は飛翔の命令と距離や方向性が書き込んである部分ね。あら、これは何かしら? 視線と同調せよという意味みたいだけど…)


 魔法が的に炸裂してから、美鈴は術式の気になった箇所に関して聡史に質問する。まるで先生にわからない部分を聞く生徒のような表情。聡史はその美鈴の様子を自分に重ねて「俺にもあんな時期があったな」と苦笑を浮かべる。


「聡史君、距離や方向の設定を視線と同調に置き換えているのかしら?」

「ほう、もうそこまで解析したのか。初めてにしては優秀だな」

 スパルタが身上の聡史にしては珍しく美鈴を褒めている。だがこれはお世辞などではない。聡史自身が彼女の解析能力に実際に舌を巻いているとは美鈴はまだ気が付いてはいない。


「距離や方向を具体的に数字を入力して設定する方法もあるが、視線に同調させたほうが簡単なんだよ。術式構築の手間も省けるし」

「そういう理由だったのね。確かに大幅に手間を減らせるわ」

 美鈴はひとりでしきりに感心しているが、異世界ではこのようなやり方が現在は主流となっている。これは聡史が彼の魔法の師である大賢者から聞いた話。

 こうして聡史が何度も同じ魔法を放って、美鈴が細かな部分まで自分の眼で解析していく作業が繰り返される。回数が10回を超えたときに美鈴は目にちょっとした変化を感じる。


「聡史君、なんだか今までよりもはっきりと術式の細部がわかるようになったんだけど、一体どうしたのかしら?」

「ああ、それはたぶん美鈴のスキルのランクが上がったせいだよ。使用すればするほどスキルはランクアップしていくんだ」

「本当なの、それは知らなかったわ」

 美鈴がステータス画面を開いて確認すると、確かにランク4だった術式解析がワンランク上昇している。むしろ最初からランク4のスキルを持っていた美鈴こそがかなりの才能の持ち主だといえよう。

 このような形で何度も聡史の魔法を解析しているうちに美鈴は奇妙なことに気が付く。聡史は常に一瞬で術式を構築している。美鈴のように丹念に魔法式の一個一個を読み上げるのではなくて、術式そのもの1セットが瞬時に現れてくる。


「聡史君はどうやって術式を構築しているの? いくら何でも早すぎないかしら?」

「ああ、これは術式自体をイメージとして捉えて丸覚えしているんだ。威力の部分だけその場で書き換えれば簡単なお仕事だろう」

「そんな方法があるなんて…」

 美鈴はまさに目からウロコがボロボロ落ちる思いを感じている。一回ごとに術式を構築するのではなくて、出来合いの魔法式の必要な部分だけ書き換えるこの方法は、聡史の言葉通りに合理的であった。その分頭の中に魔法式全体のイメージを植え付けるという作業を必要とするが、慣れてしまえば圧倒的に発動が早い。

 
「さて、解析は充分みたいだから、今度は美鈴が実際に魔法を放ってみようか」

「同じように出来るかどうか不安だけど、やってみるわ」

 美鈴は頭に残っている魔法式を呼び出す。その細部まで間違いがないか確認すると、大きくひとつ頷いてから発声する。


「ファイアーボール」

 聡史のものに比べれば10分の1程度の魔力しか込められていないが、それでも最初のヘロヘロ火の玉とは見違えるような色鮮やかなオレンジの炎が飛び出す。 

 ドーン!

 そして狙い通りに的にぶつかって小さな爆発を生じる。この結果に聡史は満足そうに頷いている。

 ワシが育てた! とでも言いたげなドヤ顔がなんとも小憎らしい。


「聡史君、やったわぁぁ!」

 魔法が成功した美鈴は満面の笑みを浮かべて聡史の傍までやってくると、そのまま彼の首に腕を回して抱き着く。人目も気にする必要がない場所で心のままに聡史にしがみついて、美鈴はそのまましばらくの間離れようとはしなかった。


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