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第14話 基礎実技実習

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翌日…

 登校の準備を整えて四人で特待生寮を出ると、教室に向かう途中で美鈴が振り返る。


「私、一度生徒会室に顔を出してから教室に向かうから先に行くわね」

「わかった。忙しんだな」

「美鈴ちゃん、お仕事頑張ってくださいませ」

「さすがは、副会長ですよ~」

 三人の応援を背に受けて美鈴は一足先に階段を昇っていく。階段を駆け上がると短いスカートから眩しい足が姿を曝け出すが、せっかくの場面に気づく者は誰もいなかった模様。せっかくの美鈴の見せ場が実に残念。

 残った三人は時間に余裕がある事だし、さほど急ぐ様子もなくEクラスへと向かう。


 教室に入ると、明日香ちゃんが…


「あっ、今日は日直でしたよ~」

 そのままカバンを自分の席に置くと、いそいそと黒板に本日の授業予定などを書きこんでいる。そんな様子を横目に見ながら聡史と桜が席に向かおうとする時、野太い低音の声が二人を呼び止める。


「聡史、昨日は色々と世話になったな」

「ああ、頼朝か。ずいぶん早いんだな」

 聡史と和やかに朝の挨拶を交わしているのは件の藤原頼朝。多少のトラブルはあったものの、聡史と一緒に当初の予定通り自主練をこなして、早くもクラスの仲間と認め合う間柄。

 だが桜にとっては全く面識がないも同然。クラスの生徒全員の名前と顔を覚えるには、あまりに時間が足りないのは仕方のない話。


「お兄様、こちらの方はどなたですか?」

「ああ、昨日一緒に自主練をして仲良くなった藤原頼朝だ」

「まあ、男同士でコブシで語り合ったんですね。私もぜひとも私も仲間に入りたいですわ。立場の上下をキッチリと分からせて差し上げます」

「お前は朝から喧嘩を売っているのかぁぁ! もうちょっと色々とオブラートに包めぇ!」

 明日香ちゃんや美鈴に対する態度で分かるように桜は女子の友達とは気安くしゃべれるのだが、こと相手が男子となるとついつい喧嘩腰の口調になる悪い癖がある。おかげで生まれてこの方彼氏などできた例はない。せっかくの美少女ぶりがまったく生かされずに宝の持ち腐れでなんとも残念すぎる。


「し、失礼しました。自分は藤原頼朝です」

 桜に面と向かって挨拶をするには頼朝のなけなしの性根では力不足らしい。まるで大姐御に舎弟が頭を下げるが如くの、気の毒なくらいに卑屈な態度になっている。逆に言えば、彼に自ずとそうさせるだけの目に見えない何かを桜は持っている。
 

「頼朝、頭を上げろ。完全に名前負けしているぞ」

「放っといてくれ。子供の頃からずっと言われ続けている」

 なるほど、頼朝は特に相手が桜だからというわけでもないようだ。それはそうとして、彼は改まった顔をして聡史に向き直る。


「聡史、なんだか噂が出回っているぞ」

「噂? なんだそれは?」

「お兄様、おそらく私の魅力に惹かれた名もなき男子がこの美しさを褒めそやし…」

「桜、ひとまずお口にチャックしような。それから頭が重傷みたいだから、すぐに病院で多目の薬を出してもらってこい。それで頼朝、噂というのは?」

 横から邪魔をする桜の本当のど~~~~でもいい主張を止めてから、聡史は頼朝に改めてその噂とやらの詳しい話を聞く。


「昨日聡史がAクラスの連中を瞬殺しただろう。どうもあの話が学年に広まっているみたいだ」

 頼朝の口から飛び出した「瞬殺」という蠱惑的なフレーズに黙っていられる桜ではない。どうにも我慢できない様子で横からしゃり出てくる。


「お兄様、私がいない間になぜそのようなオイシイ場面に出くわすんですかぁぁ! そのような際にはすぐに私を呼んでくださいませ」

「桜、確かその時間、お前と明日香ちゃんは食堂で美味しいスイーツを食べていたんじゃないのか?」

「それはもう。カフェテリアのフルーツパフェはウットリする美味しさでした。それからチョコレートパフェは濃厚な味わいが口の中に広がり、クリームあんみつは抹茶の香りが…」

「いくつ食べているんだぁ! もういいから明日香ちゃんと今日のおやつの相談でもしてこい」

「ハッ、そうでしたわ。お兄様は何から何までお見通しなのですね。私にとってとっても大切なスケジュールを果たさなければなりません」

 桜はすでに着席している明日香ちゃんの元にそそくさと向かっていく。二人仲良く放課後のオヤツの相談を開始しているよう。すでに頼朝など存在ごとその頭の中からキレイに抹消されているお気楽さを発揮している。

 だが、ちょうどここで始業を告げるチャイムが鳴る。聡史はもう少し情報を集めたかったが、止む無く頼朝と別れて自分の席に向かう。

 なにごともなく朝のホームルームが終わると、本日のカリキュラムは終日実技実習となっている。



 1年生のクラスでは、魔法の研究を希望している生徒と将来ダンジョンで活躍したいと希望している生徒が混在しながら授業を受けている。といっても研究職を目指そうという人間などごく一握りで、大抵は一攫千金がぶら下がる冒険者を目指すケースがほとんど。

 とはいえこの状況は、1年生のみ本人の希望や適性に拘わらず一緒くたに指導カリキュラムが組まれているのがその理由。2年生になってはじめて専門的な授業内容が用意されており、少数の研究者を目指す人材はそちらのコースへ分かれていく仕組みとなる。

 つまり「1年生はつべこべ言わずに一人前の体を作れ!」という学院長の指導理念がそのまま生かされているといえる。この辺は各校の学院長の裁量で決めれるので、その地にある魔法学院ごとに個性を打ち出すことも可能。

 さて、1年生の実技系科目は大まかに分類すると3科目に区分される。その内容は、基礎実技、専門実技、自由課題の3科目。

 基礎実技というのは、簡単に言えば体力訓練に相当する。この科目が最も厳しいのは言うまでもないだろう。内容はほぼ自衛隊の基礎訓練課程に準じており、午前中の半分の時間をかけて厳しい訓練が続く。


 そんな中で、聡史と桜は…


「桜、20分走からスタートだぞ」

「お兄様、思いっ切り走ってよろしいのでしょうか?」

「絶対にやめるんだ。他の生徒に合わせて走れ」

「仕方ありませんねぇ~」

 桜は大いに不満そうな表情。ついこの間まで過ごしていた異世界では人の姿などまったく存在しない草原や荒野が至る所にあったので、桜がノビノビと運動しても誰にも迷惑を掛けなかった。気の向くままに新幹線と同等の速度で走り回るのも可能という環境。だが学院のグラウンドで同じスピードを出そうものなら阿鼻叫喚の地獄絵図は確定であろう。異世界生活でレベル600を越えてしまった驚異の能力なのだが、その反面として様々気を使わなければならないことも多い。

 ピー

 自衛隊上がりの指導教官がホイッスルを吹き鳴らすと、1年生全員がクラスごとにまとまって1周400メートルのトラックを走り出す。スタート後すぐに隊列がバラけ始めて、200人が追い抜いたり追い抜かれたりと、トラック上は混沌とした様相を呈する。


「桜、危険だからトラックの外側を走るぞ」

「はい、お兄様」

 誰にも邪魔されない場所を走る二人はややペースを上げる。その光景を目撃した訓練教官は…


「おい、あの二人は何者だ?」

「凄いスピードだぞ」

「タイムを計ってみろ」

「その必要はないだろう。軽く世界記録を越えている」

 教官たちの表情が驚愕に染まっていることなど全く気付かない兄妹は、その速度を維持したまま周回を繰り返す。10周以上走ったところでもまだ余裕の表情の聡史は、桜に現状の感じたままを話す。


「桜、どうもこんなスピードでは負荷が足りないな」

「お兄様、全然物足りないですわ」

「そうだ、桜、俺の背中に乗ってくれ」

「いいですわ」

 桜が地面を蹴ると、ヒョイと兄の背中におぶさる形となる。このまま猛スピードで走ろうというのだから、周囲は開いた口が塞がらない。


「これで多少はマシになったな」

「お兄様、5周交代にしましょう」

 こうして兄妹は、互いを負ぶったままで一切速度を落とさずに周回を重ねていく。


「今度は片方を負ぶり始めたぞぉ」

「スピードが落ちない。化け物か?」

「俺、あんな生徒を指導する自信ないわ」

 タフな精神が合言葉の自衛隊上がりの教官をもってしても、兄妹の驚異的な身体能力にはお手上げの状態。

 トラックを走る生徒たちもこの様子を目の当たりにして誰もが抵抗を諦めている。

 だがひとりだけ聡史たち兄妹に苦々しげな視線を向ける生徒がいる。その名を浜川茂樹はまかわしげきといい、所属するのはAクラス。美鈴の話に一瞬出てきた勇者の職業を持った男子といえばお分かりだろう。


「今のうちにいい気になっていろ。あとで俺の前に這いつくばらせてやる」

 茂樹はそう捨てゼリフを残してから既定の20分間走を終えて何処の場所へと姿を消していく。茂樹以外の生徒は誰も彼のこんな態度に気付く様子もない。それよりもその視線の先には聡史兄妹が映っている。これほどの能力の違いを見せつけられてしまったら、誰一人この双子に対して抵抗しようなどといった大それた感情を捨て去るのであった。



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