異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第12話 和やかな特待生寮

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 特待生寮では…

 聡史が自室のドアを開くと、リビングから話し声が聞こえてくる。


「あら、お兄様、おかえりなさいませ」

「桜ちゃんのお兄さん、どうもお邪魔しています」

「ああ、いらっしゃい」
 
 リビングで桜とおしゃべりに興じていたのは紛れもなく明日香ちゃん。学生食堂で二人仲良くオヤツを食べた流れで、こうして部屋に招待されたらしい。

 ちなみに明日香ちゃんは中学時代に桜がしょっちゅう家に連れてきていたので聡史も話をする程度には顔見知りの間柄。


「それにしても、すごい部屋ですね~。寝室が一部屋余っているから私もここに住みたいですよ~」

「たまに遊びに来て泊まるくらいならいいだろうけど、ここに住み着くのは女子寮の関係者からクレームが来そうだぞ」

「お兄様、週に一回くらいだったらよろしいと思いますわ」

 桜も仲良しが一緒にいると比較的大人しくしているから、まあそのくらいだったらと聡史も首を縦に振る。ソファーには通学カバンと衣類が詰まった袋が置いてあるところを見ると、さっそく今夜桜主催のお泊り会を開催しようという魂胆が窺える。 

 その点を確認してみたところ、予想通り明日香ちゃんは外泊届を提出済みのよう。そこで聡史は思い付く。


「そうだ、今夜ここに招待したい人がいるんだけど、呼んでもいいかな?」

「まあ、お兄様、一体どなたですか?」

「さっき懐かしい人物に再会したんだ。メールが来たら誘ってみようかと思っている」

「懐かしい人? どなたか楽しみですわ」

「お兄さん、賑やかなほうが楽しいですから、今夜はパーッと盛り上がりましょう」

 予期せぬ流れではあるが、美鈴もこの部屋に招待される運びとなるらしい。





   ◇◇◇◇◇





 桜と明日香ちゃんは相変わらずリビングでたわいもない話を続けている。

 聡史は自分の部屋に戻って机に教科書と参考書を広げている。一応今日行われた学科の授業の復習をしながら美鈴からのメールを待つよう。

 夕方6時を回った時間になって彼のスマホが着信を告げる。開いてみると想像通り美鈴からの久しぶりのメール。

 聡史は食堂で待ち合わせする内容を返信すると、桜たちが待っているリビングへ向かう。


「桜、明日香ちゃん、食堂の入り口で待ち合わせだから今から向かおう」

「お兄様、ちょうどお腹が減ってきましたからナイスタイミングですわ」

「誰が待っているのか、ちょっと興味が湧きますよ~」

 三人ともすでに私服に着替えている。季節はすでに初夏に差し掛かっているので、聡史はジーンズにTシャツという大してセンスを感じないラフな服装。

 桜はジーンズのショートパンツを穿いて、水色のキャミソールの上から半袖のパーカーを羽織った活動的なコーディネートを選択。元々ファッションに大して興味がなく動きやすい活動的な服を好むので、普段からこんな装いで過ごしている。こんな雰囲気の私服で歩いていると制服姿よりも年下に見られる場合が多いが、本人は一向に気にしてはいないらしい。

 対して明日香ちゃんは、めいっぱいフリフリがあしらわれているワンピース姿。なぜこのような格好なのかはいずれ明らかになる。

 魔法学院の主な施設は、正門に近い順に校舎、研究棟、学生寮が並んでおり、グラウンドや屋外訓練場が南側に広がっている。

 学生食堂は研究棟の一階に設けられており、校舎と学生寮双方に連絡通路が設置されている。この学院は全寮制なので、所属する学生は、朝、昼、晩の三食をこの学生食堂で摂っている。レベルが高い学科の授業や体力を消耗する実技実習が続く中で、学生たちが最も息を抜ける場所こそがこの食堂といえよう。

 エレベーターで最上階から降りてくると、そこには学生食堂の入り口がある研究棟のエントランスが広がる。ちょうど夕食時ということもあって空きっ腹を抱えた男子生徒が連れ立って食堂に向かう姿や誰かを待っている女子生徒のグループが黄色い笑い声をあげている光景がそこいら中に見られる。

 その中にポツンとひとりで壁際に立ってスマホの操作をしている美鈴の姿が飛び込んでくる。彼女は他の大部分の学生が私服姿の中にあって、まだ制服を着てカバンを持ったまま待ち合わせの場に来ている。

 聡史たちが彼女に近付いても、スマホに視線を向けている美鈴はまったく気が付く様子がない。


「美鈴、お待たせ」

 聡史の声に美鈴がハッとした表情で顔を上げる。その表情は一瞬喜びに頬を染めるが、すぐに微妙な様子へと変化。美鈴の視線は聡史の隣に並んでいる女子二人に向けられている。


「聡史君、ご一緒の方はどなたなのかしら?」

 目の前に現れた聡史が女子生徒を二人同行させていることに対して美鈴は一体誰だろうと訝しむ目を向ける。


「お兄様、まさか美鈴ちゃんとこの学院でお会いできるとは思ってもみませんでしたわ」

「桜、どうやら美鈴はお前が誰なのか気が付いていないようだぞ」

 イタズラっぽく笑う兄妹に今度は美鈴が「まさか」という表情に変わる。


「も、もしかして桜ちゃんなの?」

 美鈴の記憶の中で桜は真っ黒に日焼けして網を持ってセミを追いかけて走り回っていた印象が強く残っている。聡史の横に並んでいる黒髪で色白の美少女が現在の桜だと気が付くには少々時間が必要だったよう。

 ようやく事態を理解した美鈴に桜はニッコリ微笑みながら挨拶する。その表情を一目見たら大抵の男子生徒の脳みそを一撃で崩壊するような破壊力最凶の笑顔。


「美鈴ちゃん、本当にお久しぶりです。小学校の頃みたいに仲良くしてくださいね」

「桜ちゃんはずいぶん変わったのね。本当にビックリしちゃったわ。男の子みたいだったのに、なんだか話し方までお嬢様風になっているし…」

 美鈴は想い出の中にあった子供時代の桜の印象と現在の姿のギャップにいまだ脳内の処理が追い付かないらしい。すっかり別人になった桜を相当な時間まじまじと見つめっ放しのまま。

 すると、そこへ…


「桜ちゃん、桜ちゃん、西川副会長とどういう関係なんですか?」

 ここまで蚊帳の外に置かれていた明日香ちゃんが好奇心丸出しの表情で桜に喰らい付く。クラスが違っていても、生徒会副会長の顔は彼女ももちろん知っている。


「美鈴ちゃんは小学校を卒業するまでお隣に住んでいた仲良しだったんですよ。ほら以前明日香ちゃんが家に来た時に空き家になっていたお隣の話をしましたよね」

「ああ、そのお話は覚えていますよ~。その仲良しがまさかの副会長だったんですね」

 桜と明日香ちゃんは中学1年の新しいクラスで知り合いになっており、それ以降の付き合い。ちょうど美鈴と入れ替わりになるかのように… 桜はその辺の事情を説明する。


「美鈴ちゃん、こちらは二宮明日香ちゃんです。中学で知り合った私の親友で、今日の朝突然声を掛けられて本当にビックリしましたわ」

「どうも、一年Eクラスの二宮です」

「こちらこそよろしくお願いします。お顔は知っていましたが、こうしてお話しするのは初めてですね」

 美鈴は生徒会役員という職務上、1年生全生徒200人の顔と名前をすべて記憶している。クラスが違うので話をする機会こそなかったが、明日香ちゃんの能力データまで実は把握済み。


「挨拶が長引いたな。夕食をとりながらゆっくり話をしよう」

「お兄様、そうでしたわ。もうお腹がペコペコですの」

 もちろんこの提案に桜は身を乗り出して食いつくのは言うまでもない。こうして四人は空いているテーブルをキープして各自の食事をカウンターに取りにいく。


「ちょっと待って、桜ちゃん。トレーに乗っている食事の量がどう考えてもおかしいんだけど?」

「美鈴ちゃん、人は時間の経過とともに成長するものですわ」

「成長の仕方を間違えているぞ~」

 美鈴が桜の行動に目を見開き、桜が平然と返して、聡史が突っ込むというサイクルは小学校の頃に確立された当時のまま。三人で昔を思い出して思わず吹き出している。さらにこのやり取りを混ぜ返すがごとくに、横から明日香ちゃんが食い込んでくる。


「桜ちゃんはこれだけ大量に食べているのに、なんで太らないのか本当に疑問ですよ~」

「明日香ちゃん、体を動かしていれば食べた分は全て消化するんです。あなたも明日から私と一緒に体を動かして、ダイエットに取り組みましょう」

「絶対に嫌です。桜ちゃんと一緒に運動なんかしたら物理的に死にますよ~」

 明日香ちゃんは桜の実態をよくわかっている。家族以外で最も桜を理解しているのは彼女に他ならないだろう。それゆえに高速で首を横に振って桜の提案を撥ね付けようとしている。現実問題として本当に死なない保証がどこにもないから、彼女も必死な様子。

 その横では聡史と美鈴が見つめ合いながら子供の頃のの想い出や互いの近況などを交わしている。


「ところで美鈴はどうしてこの学院に入学したんだ?」

「中学の時にたまたま魔力測定をしたら有望だという判定が出て推薦を受けたの」

「ということは魔法が専門なのか?」

「専門かどうかはまだ何とも言えないわ。術式を組み上げるのさえもそうそう簡単にはいかないし…」

「いやいや魔法なんか簡単だろう。よかったら俺が教えようか?」

「聡史君は魔法が使えるの?」

「初級魔法なら大概は何とかなるかな。属性は一通り網羅している」

「そ、それはどういうこと? 通常の場合個人に適性がある属性は一つか二つでしょう?」

 美鈴の声に驚きと聡史の言葉を果たして信用していいのかという疑念を含んだニュアンスがこもっている。だがその疑念を払拭するかのように桜が横から口を挟む。


「美鈴ちゃん、お兄様の魔法はそこそこ信頼がおけますわ。大抵の魔物でしたら一撃で倒しますから」

「魔物? 一撃? 桜ちゃん、それはどういうことかしら?」

 美鈴の頭の上には???が大量に浮かんでいる。桜の発言そのものの意味が美鈴には理解不能らしい。

 だがこの成り行きを聡史は不味いと感じている。桜がウッカリ口を滑らせたのは異世界での話。この場で二人が召喚された件まで話が及ぶのはどう考えても問題がある。仕方がないからかねてから用意していた言い訳を口にする。


「実は俺たち二人は海外のダンジョンにアタックしていたんだ。ほら日本のダンジョンは18歳にならないと入れなくなっただろう。だから俺たちは海外にしばらく行っていた。日本に戻ってきたのはつい一昨日の話だ」

「桜ちゃんのお兄さん、もしかして桜ちゃんが海外留学していたと話していたのは、ダンジョン留学だったんですか?」

 ここで明日香ちゃんがまたまた横から割り込んでくる。色々と好奇心の塊のような性格なので、何でも知りたがる。


「まあ、そうだな。しっかり語学力も身に着けたぞ」

 聡史の回答は実は正確ではない。異世界召喚特典で言語理解スキルを得て、異世界の言葉だろうが、英語だろうが、フランス語だろうが、会話だけなら可能になっただけ。


「そうだったの。すでにダンジョンデビューしていたのね。だったら明日から聡史君に魔法を教えてもらおうかしら」

「いいぞ、俺たちは実技実習を免除されているから美鈴の魔法の練習にずっと付き合ってやるよ」

「ずっと付き合って… いやいや、何でもないから。聡史君、ど、どうか誤解しないで」

「んん? 何を誤解するんだ?」

 聡史の「ずっと付き合って」というフレーズに敏感に反応してしまった失態に美鈴は耳まで真っ赤になりながら、恥ずかしさのあまりに両手で顔を覆っている。だが美鈴が周囲にバレバレの態度でなんとか誤魔化そうとした心の奥に秘めた気持ちに聡史が気付くことは一切なかった模様。鈍感男これに極まれり! 鈍感万歳! 一生童貞でいるつもりか! こんな感情を表面に丸出しにしながら桜が兄に諦めたかのように語り掛ける。


「本当にお兄様ったら… 私でしたら目の前に転がっているオイシい餌にパクっと食いついているのに…」

 妹から憐みの表情を向けられているが、それでも聡史は何も気づく様子はない。そこにすかさず明日香ちゃんが…


「私も、お兄さんに魔法を教えてもらいたいですよ~」

「明日香ちゃんは私がマンツーマンでビシッとシゴキ倒します」

「絶対に嫌ですぅぅ!」

 鬼軍曹のような表情を浮かべた桜の提案に、明日香ちゃんの心からの叫びが食堂内に響くのだった。



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