異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節

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第8話 入学初日

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 魔法学院に編入が決まった兄妹は以前通学していた高校の退学手続きを母親に任せて、明日から始まる寮生活に必要な生活必需品や衣類等をせっせとアイテムボックスに放り込んでいる。


「お兄様、どうせだったら私の分も一緒に運んでください」

「服や洗面道具ぐらい自分で仕舞え。何もかも俺に任せていると本当にダメな人間になるぞ」

「仕方がありませんねぇ…」

 自分の下着まで兄に管理させようと目論んでいた桜のわがままな考えは即座に聡史によって拒否される。そもそも高校生になっているにも拘らず何から何まで兄に頼りっ放しというのが大きな間違いだろうに。これを機に妹の自立心をほんの少しでもいいから育てようとする兄の苦労がしのばれる。



 そして、翌日…

 二人は魔法学院の生徒としての初日を迎える。

 用意が間に合わなかったので、以前の高校で使用していた制服を着用して職員室へと向かう。校舎の廊下で時折在校生とすれ違うと物珍しい表情を誰もが浮かべるのは転校の際の通過儀礼のようなもの。



「失礼します」

 二人揃って職員室に入っていくと、はじめに全職員に紹介されてから担任の教員に連れられて教室に向かう。廊下を歩きながら中年の男性担任は気さくな態度で説明してくれる。


「私は君たちが所属する1年Eクラスの担任の東だよ。クラスは入学試験の成績順に分けられていてね、特待生である君たちは本来ならばAクラスに所属するのが当然なんだけど、定員に空きがあるのは我がクラスだけなんだよ。申し訳ないが、その点は了解してくれるかな?」

「どこのクラスだろうが特に気にしませんから」

「先生、私たちは特待生ですので実技実習単位免除の特典を活かしてさっそく今日からダンジョンに入ってよろしいでしょうか?」

 桜は今からでもダンジョンに乗り込もうかという勢いを見せている。彼女が口にした特待生の特典とは実技に関する授業を全て免除するというもの。この特典はそもそも一撃で演習室を破壊するような人間に何を教えてよいのかと散々頭を悩ませた学院教師陣が出した結論でもある。


「生憎だが今日は学科の授業が組まれている日だから大人しく教室にいてもらえるかな。それから今週いっぱいは学院に慣れるために全ての授業に出席してもらいたい」

「とっても残念なお返事をいただきましたわ」

 教員側としても聡史と桜の為人ひととなりをある程度把握しておかなければならないので、初日から完全な放し飼いはさすがに認められないらしい。すぐにダンジョンに行けるものと思い込んでいた桜は思いっきり気落ちしている。


「桜、この機会に少しはクラスの人と仲良くするんだぞ。気に入らないからといっていきなりクラスメートを殴ったりするんじゃないからな」

「お兄様は私をどのような目で見ていらっしゃるのですか? とっても心外です」

「気に入らないことがあるといきなり他人を殴る人間だと真剣に心配している」

「私はお兄様とは違って誰とでもすぐに仲良くなれます。闇雲に人を殴ったりしませんから、どうかご安心を」

「闇雲というからには、相応の理由があれば殴るつもりだよな」

「本当に心配性なお兄様ですわ。そんな些末なことを今から心配してもしょうがありませんわ」

 こんな兄妹の遣り取りに一番頭を痛めているのは間違いなく東先生であろう。殊に要注意人物と試験を担当した教員から申し送りを受けていた桜に関して不安が募らないはずはない。 


 そして、ついに二人は新たなクラスに足を踏み入れる。当然クラス中の注目が集まるのは言うまでもない。


「今日からこのクラスの一員となった楢崎聡史君と桜さんだよ。二人は双子だそうだ。それでは順番に自己紹介をしてもらえるかな」

 東先生に促されて、まずは聡史が自己紹介を始める。


「初めまして、今日からこのクラスでお世話になる楢崎聡史です。どうぞよろしくお願いします」

 当たり障りのない自己紹介にクラスからまばらな拍手が起こる。こういう場では気の利いたことを何も言えない生真面目な性格としか言いようがないこの挨拶は「無難」以外に形容する言葉が見つからない。

 続いて桜の番がくる。


「皆様、楢崎桜です。女子の皆さんは親しみを込めて『桜ちゃん』と呼んでください。男子は、そうですねぇ… 敬意を込めて『桜様』と呼ぶことを許可します」

 クラス中がポカンとしている。いきなりの上から目線の自己紹介にどう反応してよいのか全員が絶賛戸惑っている最中。


 パシッ

「お兄様! 痛いです。いきなり後頭部をひっぱたかれましたわ」

「調子に乗るんじゃない。普通に挨拶しろ」

「お言葉ですがお兄様、クラスをシメるには、最初にガツンと…」

「しなくていいから。バカな妹で本当に申し訳ありませんでした」

 桜に代わって聡史がクラスの全員に頭を下げている。妹のしでかしに謝り慣れているので、ついつい条件反射的に頭を下げる癖が身に付いているよう。

 一瞬緊張が走ったクラスのムードが聡史のフォローでなんとか和やかさを取り戻す。


「それでは二人は一番後ろの空いている席に座りなさい」

 東先生の言葉に促されて、こんな感じで聡史と桜は1年Eクラスの一員としての新たな学院生活がスタートする。




 朝のホームルーム後…


 聡史は、数人の男子生徒に囲まれている。


「同じクラスの一員として、これからよろしく頼むぜ」

「それにしても、楢崎の妹の自己紹介には驚かされたな」

「でも、すごい美人だよな。俺、お友達から始めようかな?」

 好意的に聡史を取り巻いて話をしているが、もっぱら話題の中心は桜について。パッと見は人目を惹く美人なので、すでに男子の間で話題の中心になっている。聡史はあくまでも桜と仲良くなる手段扱いされている模様。

 聡史は彼らに対して同情がこもった目を向けている。何も知らないのは本当に幸せなことなんだと…




 同じ時間、桜は女子たちに取り囲まれている。


「桜ちゃんは、冗談が上手いわね」

「それにしても、すごくスタイルがいいわ。羨ましい」

「どうしたら、そんなに細いの?」

 女子の間では、もっぱら桜のスタイルが話題の中心となっているよう。センセーショナルなデビューを果たした美少女として意外と好意的に受け取られている。だが女子たちから聡史について触れる話題は一切ない。聡史が知ったら涙目になって、おのれの影の薄さを心から嘆くかもしれない。

 適当に相槌を打って取り囲む女子としゃべっている桜はふと自分の右袖が引っ張られる気配を感じてそちらに顔を向ける。なんと驚くことに、そこには見慣れた人物が立っている。


「まあ、私の中学校以来の親友の明日香ちゃんじゃないですか。また同じクラスになるとは奇遇ですね~」

「なんで説明口調なんですかぁぁ! 桜ちゃん、電話をしてもメールをしても全然返事がなかったし、一体どこに行っていたんですか?」

 高校に入学してからこうして二人が面と向かって話をするのは久しぶりな様子。殊にゴールデンウイークから昨日まで桜は異世界にいて音信不通だったという他人には言えない事情がある。


「ちょっと海外に短期留学していました」

 これはもちろん兄からの入れ知恵。本当の話など明かせないとわかっていても口からポロッと思ったことをそのまま喋ってしまう桜には、事前にこのように答えるように教えてある。


「それならそうと、なんで教えてくれなかったんですか? いつまで経っても連絡がつかなかったから本当に心配だったんですよ~」

「まあまあ、その話は放課後に甘い物でも食べながらゆっくりしましょう」

「桜ちゃん、それはナイスアイデアですよ~。それじゃあ、放課後また」

 桜の親友の明日香ちゃんこと二宮にのみや明日香あすかは甘い物に目がない。体重を気にしつつもついつい手が伸びてしまい、食べた後から後悔する毎日を送っているという話がどこからともなく聞こえてくる。

 こうして久しぶりに親友と顔を合わせた明日香ちゃんは桜の誘いに二つ返事をして自分の席へと戻っていく。そのまま学科の授業は無事に進み放課後…


「桜ちゃん、カフェテリアに急ぎましょうよ~」

「頭を使うとお腹が空いてきますわね。甘~い物も食べ放題ならいいのにその点が実に残念です」

 食事は無料なのだが、デザート等は自己負担となっている。さすがにそこまで生徒を甘やかしてはいないのが現実社会というもの。こうして二人は連れ立って学生食堂へと向かっていく。

 その後ろから桜に興味を示す男子生徒が数人付いていくのは言うまでもない話であった。対して聡史は…


「おーい! 楢崎~」

 ひとりの男子生徒が特待生寮に戻ろうとする聡史に声を掛けてくる。


「呼び方は聡史でいいぞ。何の用だ?」

「そうか、俺は藤原頼朝だ。頼朝と呼んでくれ」

「歴史上の有名な姓と名前がミックスになっているぞ」

 聡史が驚くのも無理はないが、両親が命名したれっきとした本名だから仕方がない。今朝方聡史に真っ先に声を掛けたのがこの頼朝。


「聡史、今から自主練に行かないか? 今日は学科の授業しなかったから、このままでは体が鈍るだろう」

「自主練なんかしているのか。面白そうだから一緒に行ってみるか」

 桜は明日香ちゃんと一緒に飛び出していったし、寮に戻っても特にすることが思い浮かばない聡史はこの申し出を快く受けている。頼朝だけではなくて数人の男子生徒が自主練に参加しようと連れ立ってジャージに着替えて屋外訓練場に向かう。
 
 
 彼らがやってきたのは第3屋外訓練場。校舎に近い順に第1第2訓練場が並んでおり、放課後ともなると滅多に他のクラスの生徒ががやってこない場所。とはいっても施設の造りはどれも同じで、テニスコートが3面はとれる広さのフィールドとそれを取り囲む形でスタンドが設けられている。

 当然公式の模擬戦もこの場所が会場のひとつとなる。


「頼朝、授業のない日だけ自主練をしているのか?」

「聡史、それは違うな。俺たちは現時点で明らかに他のクラスに比べて能力が劣っている。だから雨が降らない限り毎日こうして集まってトレーニングをやっているんだ」

「それは感心だ。訓練は絶対に自分を裏切らないから地道に鍛えていくのが強くなる近道だよな。俺も自主練仲間に入れてもらえるか?」

「もちろん大歓迎だ」

 準備体操をしながら聡史と頼朝はすっかり打ち解けた雰囲気。他のメンバーもこうして聡史が加わるのを歓迎してくれている。

 すると、そこへ…


「オイオイ、せっかく俺たちが貸し切りでトレーニングをしようと思ったら、ゴミ溜めのEクラスがいるじゃないか」

「ゴミはゴミらしく、端っこに座っていろ。ここは今から俺たちAクラスの貸し切りだ」

 10人以上のグループで第3演習場にわざわざやってきたのは1年Aクラスの生徒たち。彼らは普段第3屋内演習室を自主練に使用しているのだが、桜のせいで使用禁止となった影響でこの場に足を運んできたらしい。

 こうして聡史を含むEクラスの生徒とあとからやってきたAクラスの生徒との間で一発触発の状況が生まれるのであった。


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