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この街のギルドには、10年前からずっと貼りっぱなしの依頼があるという。
昨日の竜小屋の近くにある、古びた宿屋の霊退治の依頼だ。
10年前、その宿でパーティに追放された女が自ら命を絶ち、それ以来宿をずっと呪ってるとかなんとか。
どんな屈強の男も、どんな魔法を自在に操る魔法使いも、色んなランクの人が挑戦したけれど、未だにクリアされることのないクエスト。
宿屋の主人が5年前に逃亡してから色んな噂が飛び交って、今じゃクエストを受ける人も居なくなってしまったらしい。街としては、どうにか宿屋の土地を再利用できるならしたいみたいだったけれど、受けてくれる人も居ないし困っていた、と。
「まー……それで、わたしに恩を売ってこの問題をどうにか片付けてほしいってことね」
噂の割には難易度Dランクと低いものだ。最低ランクだったから、わたしはこの以来の存在すら知らなかったけれど。
報酬金は依頼人の宿屋の主人が居なくなってしまったからお金自体はない。でも代わりに街――ベンノさんとニーナが言うにはクリアできたらこの宿ごとあげる! と言っていた。
街のイメージにも関わるから、早くどうにかしたいんだって。
わたしはあまり気乗りしなかったけれど、シャルが「今の部屋が四人で狭かったから、宿屋ごと貰えるならちょうどいいんじゃないか」って言ったのと、ハティとスコルの服を見ると受けざるをえなかった。
「新しいお城が手に入るなら嬉しいですの」
「ああ、ちゃっちゃと終わらせよう」
喜ぶシャルとスコルとは正反対に、わたしとハティの顔は暗い。
「別に、怖いわけじゃないのだぞ。ただ、……くだらない依頼を受けるから、そう、呆れてるのだぞ!」
言葉の割にしっかりとわたしの手を握り締めているハティ。
「そうね! 別に怖いわけじゃないけれど、宿なんていくらでもあるし? ここじゃなくてもいいかなって。ほら街はずれだもの! 不便だし!」
わたしもハティの手を強く握り返してシャルに言ってみるけれど、シャルは首を傾げて「人目につかないところの方が良いと思う」とだけ言って、スコルと一緒にさっさと宿の中に入ってしまった。古びた木の扉が不気味な音を立てて開いて、閉じて。
「……」
「……」
ぽつんとわたしとハティだけがそこに残される。
今はもうお昼のはずなのに、なんでか足元が寒い。
今ならまだ引き返せる。そう、こんなところ不便なだけだもの。だから依頼は断って、違うお願いを聞けばいいんだわ。
――そう、思っていたとき。
ふーーっ。
耳元に、冷たい吐息。
ぞわりと背筋が震えて、ゆっくり後ろを振り向けば――
「きゃーーーーー!?!? お、置いていかないでぇ!!」
後ろに居たのは真っ白な顔をして、薄っすらと後ろが透けている女が居て。
呆然と固まるハティの手を引っ張って、涙目でわたしたちも宿屋の中に逃げ込むしか、無かった。
昨日の竜小屋の近くにある、古びた宿屋の霊退治の依頼だ。
10年前、その宿でパーティに追放された女が自ら命を絶ち、それ以来宿をずっと呪ってるとかなんとか。
どんな屈強の男も、どんな魔法を自在に操る魔法使いも、色んなランクの人が挑戦したけれど、未だにクリアされることのないクエスト。
宿屋の主人が5年前に逃亡してから色んな噂が飛び交って、今じゃクエストを受ける人も居なくなってしまったらしい。街としては、どうにか宿屋の土地を再利用できるならしたいみたいだったけれど、受けてくれる人も居ないし困っていた、と。
「まー……それで、わたしに恩を売ってこの問題をどうにか片付けてほしいってことね」
噂の割には難易度Dランクと低いものだ。最低ランクだったから、わたしはこの以来の存在すら知らなかったけれど。
報酬金は依頼人の宿屋の主人が居なくなってしまったからお金自体はない。でも代わりに街――ベンノさんとニーナが言うにはクリアできたらこの宿ごとあげる! と言っていた。
街のイメージにも関わるから、早くどうにかしたいんだって。
わたしはあまり気乗りしなかったけれど、シャルが「今の部屋が四人で狭かったから、宿屋ごと貰えるならちょうどいいんじゃないか」って言ったのと、ハティとスコルの服を見ると受けざるをえなかった。
「新しいお城が手に入るなら嬉しいですの」
「ああ、ちゃっちゃと終わらせよう」
喜ぶシャルとスコルとは正反対に、わたしとハティの顔は暗い。
「別に、怖いわけじゃないのだぞ。ただ、……くだらない依頼を受けるから、そう、呆れてるのだぞ!」
言葉の割にしっかりとわたしの手を握り締めているハティ。
「そうね! 別に怖いわけじゃないけれど、宿なんていくらでもあるし? ここじゃなくてもいいかなって。ほら街はずれだもの! 不便だし!」
わたしもハティの手を強く握り返してシャルに言ってみるけれど、シャルは首を傾げて「人目につかないところの方が良いと思う」とだけ言って、スコルと一緒にさっさと宿の中に入ってしまった。古びた木の扉が不気味な音を立てて開いて、閉じて。
「……」
「……」
ぽつんとわたしとハティだけがそこに残される。
今はもうお昼のはずなのに、なんでか足元が寒い。
今ならまだ引き返せる。そう、こんなところ不便なだけだもの。だから依頼は断って、違うお願いを聞けばいいんだわ。
――そう、思っていたとき。
ふーーっ。
耳元に、冷たい吐息。
ぞわりと背筋が震えて、ゆっくり後ろを振り向けば――
「きゃーーーーー!?!? お、置いていかないでぇ!!」
後ろに居たのは真っ白な顔をして、薄っすらと後ろが透けている女が居て。
呆然と固まるハティの手を引っ張って、涙目でわたしたちも宿屋の中に逃げ込むしか、無かった。
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