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「ギルドの大通りの他にも、露天商が並ぶ通りや住宅地に貴族の館通りなんてのもあるのよ」
あの後、少しだけ戻ってくるのを待っていたけれど、三人が戻ってくることはなかった。
ナタリアさんにも二人で行くように勧められて、シャルと大通りまで戻ってきた。
大通りを歩きながら横に伸びる通りを指差して説明する。
「ニア、あまり離れすぎるとはぐれるぞ」
いつの間にか早足になっていたわたしの手首をシャルが掴む。
思っていたよりも熱い手のひらにどきっとしてしまって、足を止める。
「ご、ごめんごめん」
「急がなくてもこの街には暫く居るつもりだからな。ゆっくり知れていけばいい。それに、女に引っ張られているほうが俺としては……」
「え?」
どういう意味だろうかと首を傾げれば、離された手首。すかさずわたしの手を握り締めて先を歩きだすシャル。
その耳はちょっぴり赤く染まっている。
「エスコートは慣れていないんだ。すまない」
……なんて、ちょっと恥ずかしそうな、ぶっきらぼうな感じで言うから、わたしもつられて恥ずかしくなって。
「そ、だね。じゃあ、エスコートお願いね、シャル」
わたしは悪戯気に笑うだけで、精一杯だった。
※
シャルは歩き出したけれど、目的の行き先がわからなかったようで何度も止まって、歩き出してを繰り返した末に「行きたい場所がある」と言って、結局わたしが案内しながら来た先は、街の外れにある竜車の竜たちの小屋に来ている。
長細い木でできた建物が三つ。その奥には一際小さい小屋がある。
「昨日の竜車の竜が気になって。せっかく案内をすると言ってくれたのにすまない」
「別にいいよ。竜車は何度も利用することになるだろうし、ここの場所は覚えていて損はないからね」
通りを走っている竜車は空いていることが少ないから、何か遠出の用が決まっているならば直接ここにきて御者と交渉した方が早い。
冒険者としてやっていくなら必要になることも増えるだろうし。
うーん、竜が逃げ出すことは滅多にないけれど、勝手に小屋に入ったら怒られちゃうよね。
出来れば誰か居てほしいなぁ。
小屋の近くまで来たところで、違和感を感じる。
……なんだか、妙に静かだ。
「……様子がおかしくないか?」
「うん、なんだろう……」
来たことのないシャルもわかるくらい、妙な空気が溢れている。
昼間でいくつか竜車が出ているとはいえ、他の竜の鳴き声一つ聞こえないなんて。
シャルは険しい顔で警戒しているみたいで、静かに目線だけであたりを見回している。
「あ、見張りが交代制でいる御者の小屋があるの。行ってみよう」
竜の小屋がある更に奥に小さな小屋が建てられている。
逃げ出さないためにと一応の監視と、御者が休憩をするための小屋だ。
シャルが先導して奥の小屋へと歩き出す。
いつの間にか手が離れていて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけさらっと離されたのが悔しいっていうか。
わたしがそんなことを思っている間に小屋の元まで行ってしまっていったシャルの背中を走って追い掛けて行く。
小屋に近付くにつれて、むわっと噎せ返るような血の匂いが漂ってくる。
背筋に寒気が走る。
御者の小屋の前まで来ると、シャルと顔を見合わせてからお互い頷いて。
勢いよく扉を開ければ、一面の赤。
人らしきものが、人だったものが、壁に、天井に、床に、ばらまかれている――いや、塗られている、の方が近い。
――ドラコ、じゃ、ない。
辛うじて残る頭の残骸を見れば、どれも血塗られてはいるけれど、青髪は見付からない。
ほっとしちゃダメなのに。知っている子じゃなくて良かった、なんて思ってしまう。
「こんな、誰が……」
魔物の仕業とは思えない。
人間を襲ったり、食べることは確かにある。けれど、こんな猟奇的なことをするなんて考えられない。
そもそも、街には結界が張られているから魔物が入ってくることはない。
「grrrrrr」
「……ニア。構えろ」
何かの唸り声が聞こえて、シャルに腕を引っ張られて振り返れば、薄汚れた灰色の毛並みの魔物――ダイアウルフの群だ。
「って、なんで街に魔物が!?」
街には結界がしてあるはずなのに!
ダイアウルフは10……20は行かないくらいの数だ。
これくらいなら何とかシャルを守りながらでも戦えそう。
あれ? でも、ダイアウルフって……。
「ダイアウルフは森の奥に行ったんじゃなかったの?」
「俺の知っているダイアウルフ達じゃない」
わたしを庇う様に前に立つシャル。
ハティが逃がしたダイアウルフじゃない? でも、このダイアウルフはどこから?
とにかく、この数が街に下りたら混乱してしまう。どうにかここで食い止めなくちゃ。
でも、魔物を大事にするシャルは戦えるんだろうか。わたしだけで戦うしかないかな。
ダイアウルフの群はわたしたちに牙を剥き出しにして唸っている。
「ニア、こいつらは……敵だ」
「えっ?」
わたしもシャルも今は武器なんて持っていない。
ダイアウルフは素早い。詠唱途中で攻撃されることもあるから、魔法だけで戦うのはかなり苦戦する。
小屋を背にしているわたし達に、群が少しずつ近付いてくる。
「ここで戦うしかない。戦えるな、ニア」
「え、う、うん!」
昨日のシャルらしくないけれど、戦ってくれるならそれはそれでいい。
ダイアウルフがわたし達に向かって走り出すのと同時に、わたしも群へと走り出した。
あの後、少しだけ戻ってくるのを待っていたけれど、三人が戻ってくることはなかった。
ナタリアさんにも二人で行くように勧められて、シャルと大通りまで戻ってきた。
大通りを歩きながら横に伸びる通りを指差して説明する。
「ニア、あまり離れすぎるとはぐれるぞ」
いつの間にか早足になっていたわたしの手首をシャルが掴む。
思っていたよりも熱い手のひらにどきっとしてしまって、足を止める。
「ご、ごめんごめん」
「急がなくてもこの街には暫く居るつもりだからな。ゆっくり知れていけばいい。それに、女に引っ張られているほうが俺としては……」
「え?」
どういう意味だろうかと首を傾げれば、離された手首。すかさずわたしの手を握り締めて先を歩きだすシャル。
その耳はちょっぴり赤く染まっている。
「エスコートは慣れていないんだ。すまない」
……なんて、ちょっと恥ずかしそうな、ぶっきらぼうな感じで言うから、わたしもつられて恥ずかしくなって。
「そ、だね。じゃあ、エスコートお願いね、シャル」
わたしは悪戯気に笑うだけで、精一杯だった。
※
シャルは歩き出したけれど、目的の行き先がわからなかったようで何度も止まって、歩き出してを繰り返した末に「行きたい場所がある」と言って、結局わたしが案内しながら来た先は、街の外れにある竜車の竜たちの小屋に来ている。
長細い木でできた建物が三つ。その奥には一際小さい小屋がある。
「昨日の竜車の竜が気になって。せっかく案内をすると言ってくれたのにすまない」
「別にいいよ。竜車は何度も利用することになるだろうし、ここの場所は覚えていて損はないからね」
通りを走っている竜車は空いていることが少ないから、何か遠出の用が決まっているならば直接ここにきて御者と交渉した方が早い。
冒険者としてやっていくなら必要になることも増えるだろうし。
うーん、竜が逃げ出すことは滅多にないけれど、勝手に小屋に入ったら怒られちゃうよね。
出来れば誰か居てほしいなぁ。
小屋の近くまで来たところで、違和感を感じる。
……なんだか、妙に静かだ。
「……様子がおかしくないか?」
「うん、なんだろう……」
来たことのないシャルもわかるくらい、妙な空気が溢れている。
昼間でいくつか竜車が出ているとはいえ、他の竜の鳴き声一つ聞こえないなんて。
シャルは険しい顔で警戒しているみたいで、静かに目線だけであたりを見回している。
「あ、見張りが交代制でいる御者の小屋があるの。行ってみよう」
竜の小屋がある更に奥に小さな小屋が建てられている。
逃げ出さないためにと一応の監視と、御者が休憩をするための小屋だ。
シャルが先導して奥の小屋へと歩き出す。
いつの間にか手が離れていて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけさらっと離されたのが悔しいっていうか。
わたしがそんなことを思っている間に小屋の元まで行ってしまっていったシャルの背中を走って追い掛けて行く。
小屋に近付くにつれて、むわっと噎せ返るような血の匂いが漂ってくる。
背筋に寒気が走る。
御者の小屋の前まで来ると、シャルと顔を見合わせてからお互い頷いて。
勢いよく扉を開ければ、一面の赤。
人らしきものが、人だったものが、壁に、天井に、床に、ばらまかれている――いや、塗られている、の方が近い。
――ドラコ、じゃ、ない。
辛うじて残る頭の残骸を見れば、どれも血塗られてはいるけれど、青髪は見付からない。
ほっとしちゃダメなのに。知っている子じゃなくて良かった、なんて思ってしまう。
「こんな、誰が……」
魔物の仕業とは思えない。
人間を襲ったり、食べることは確かにある。けれど、こんな猟奇的なことをするなんて考えられない。
そもそも、街には結界が張られているから魔物が入ってくることはない。
「grrrrrr」
「……ニア。構えろ」
何かの唸り声が聞こえて、シャルに腕を引っ張られて振り返れば、薄汚れた灰色の毛並みの魔物――ダイアウルフの群だ。
「って、なんで街に魔物が!?」
街には結界がしてあるはずなのに!
ダイアウルフは10……20は行かないくらいの数だ。
これくらいなら何とかシャルを守りながらでも戦えそう。
あれ? でも、ダイアウルフって……。
「ダイアウルフは森の奥に行ったんじゃなかったの?」
「俺の知っているダイアウルフ達じゃない」
わたしを庇う様に前に立つシャル。
ハティが逃がしたダイアウルフじゃない? でも、このダイアウルフはどこから?
とにかく、この数が街に下りたら混乱してしまう。どうにかここで食い止めなくちゃ。
でも、魔物を大事にするシャルは戦えるんだろうか。わたしだけで戦うしかないかな。
ダイアウルフの群はわたしたちに牙を剥き出しにして唸っている。
「ニア、こいつらは……敵だ」
「えっ?」
わたしもシャルも今は武器なんて持っていない。
ダイアウルフは素早い。詠唱途中で攻撃されることもあるから、魔法だけで戦うのはかなり苦戦する。
小屋を背にしているわたし達に、群が少しずつ近付いてくる。
「ここで戦うしかない。戦えるな、ニア」
「え、う、うん!」
昨日のシャルらしくないけれど、戦ってくれるならそれはそれでいい。
ダイアウルフがわたし達に向かって走り出すのと同時に、わたしも群へと走り出した。
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