蒼の箱庭

葎月壱人

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第三章

対峙する理由

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白馬は、目の前に広がる凄惨な現場に理解が追いつかず暫くその場に立ち尽くしていた。

喧騒が聞こえ漏れていた扉の前で、入場のタイミングを白椿に確認しようとも連絡がつかず途方に暮れていると中の気配が一変する不穏な空気を感じとったのがついさっきの話。
シューという聞き慣れた音は、真白を誘拐しようとしていた奴等の末路と同じ時の音だった。
雪乃に気取られない様に扉を押し開けてみても内側から施錠され、入れなくなっていた事からも中で非常事態が起きている事を察した白馬は万が一、林檎の国の目玉イベントである“朱の大会”でイレギュラーな事が起きた場合は秘密裏に大会ごと消すと明言していた白椿の言葉を思い出していた。

多分、きっと、そうだ。

確信めいたものを実感しながら、今後の事を瞬時に計算する。
まずは雪乃の身柄だ。
これだけは死守しないと復興どころか財源も底を尽きてしまう。
中の状態は絶望的だろうと予測した上で、金になる物は別の場所へ移さないといけない。

「引き返そう、雪乃。ここは危ない」
「嫌よ!私、白馬くんと離れたくない!!」

白馬の腕に縋りながら懇願しても、白馬は険しい表情のまま微動だにしなかった。
それでも雪乃は諦めなかった。
真白に白馬との関係を見せつけたい気持ちだけが雪乃を饒舌に突き動かす。

「真白達が中に居るんでしょう!?」

白馬の横をすり抜け扉に手をかける。

「とにかく中を確認しなくちゃ!助けが必要かも知れないわ!!」

勿論、そんな気はない。
早く、早く、あの子が絶望する顔が見たい。それだけだった。
施錠されている事を知り、ガチャガチャと音をたてて無理矢理開けようと躍起になっている雪乃の後ろでパチンと乾いた指の鳴る音がした。

「……え?」

それを聞いた途端に急激な眠気に襲われた雪乃は、膝から崩れ落ちそのまま床に倒れた。
冷たい床の感触と混濁する意識の中で、必死に抗おうとしても意味はなく静かに深い眠りについていく。

「……連れて行け。追って指示を出す」

離れた場所に控えていた付人に命じるなり、白馬は扉に右手を添えると緊急解除用のシステムが作動して白馬の指紋を読み取った扉からロックが解除される音がした。

こうして、扉を押し開いた先に広がる光景に唖然とする冒頭へと戻るのである。



「何だ、これ……」

“朱の大会”が滞りなく進められているのであれば、先に王李の競売からスタートされている筈だった。
しかしステージ上のカウンターには何故か“姫椿”と名前があり競売金額も購入者が誰一人居ないにも関わらず動き続けている。
会場には大多数の顧客達が降り重なる様にして倒れている中で、緑色をした魔法陣の中にいる姫椿と真白、その近くで応戦している白椿と大鎌を振るっている王李が見えた。
見知った人達が生存している事に安堵している自分に驚きつつも、どうしてこうなった?という根本的な部分が解せない。

何故、“姫椿”が競売にかけられているのか?
王李が持っている武器は何だ?
緑色の魔法陣?
大多数が息を引き取る惨劇の中で生き残っていると言うことは、全員が魔力持ちと言う現実を前にして白椿から聞かされていない情報がある事に若干の怒りを覚える白馬の元に駆け寄る黒い影を視界に捉えた時、全てを理解した。

「……まさか、“天狼”?」
「あたり」

信じられないと言わんばかりの呟きに答えたのは綺羅だった。
漆黒のコートから銀色の狼を模したブローチを取り出して悪戯っぽく笑う。

「俺を逃した事を後悔するんだね。お前達“暗夜”は今日をもって解散だ」
「……三下が」
「いやいや、もうちょっと強いから、今」

そう言う発言が弱く見えるんだと言いたくなったのをグッと堪え、白椿の方を見た。
向こうは向こうで此方に気づく様子はなく、見た感じ一方的に押されている。
引き際が難しいなと毒づきながら、白馬は改めて綺羅を見た。

「いいだろう。相手してやる」
「それは、どーも!」

白馬の気が自分に向いた事に幾らか安堵した綺羅は、頼みますよと願いを込めて自分の胸元に触れると体術の構えに入った。
戦闘訓練もろくに受けてない自分がどうやって戦うのか一抹の不安があったものの、よりによって苦手な体術ときた。
これ、絶対痛いやつじゃん!!と非難がましく姫椿に目配せしても、真白との会話に夢中で気づいてもらえない。
白馬が武器を出したらどうする?と自分でゾッとする疑問を思い浮かべてしまった時、強制的に身体が動き出した。
パシン、パシンと乾いた音を響かせながら綺羅が繰り出す打拳術も足技も軽やかに受け流される。

「へぇ」

白馬の感嘆の声を聞き、何とか渡り合えているんだと気を立て直して幾度となく衝突しては、お互いにすれすれの所を交わしてまた距離を取る。
白馬は額に流れた汗を拭うことなく、乱れた呼吸をゆっくりと整えた。
相手がこれ程まで強かったとは知り得なかった。
むしろ自分の方が有利だと思っていたのに、幾度となく足元を絡め取られる様に挑発されたり掬すくわれたりしてしまう。
視線を上げれば、平然と構えている綺羅がいた。
疲れの色さえ見せず隙があれば真白の方を見ていて正直、疎うとましかった。
白馬の視線に気づいた綺羅は、構えるが攻撃に転じたりはしない。
ひたすら受けの体制に回り、此方ばかりが体力の消耗が激しいと言うことに気づいた時には、やられたと思った。
本当、油断も隙もない。

「あれ?息が上がってる?」
「まさか。……なぁ、何故、戻ってきた」

白馬は、常々不思議だった事を綺羅に尋ねた。
お前なんか戻ってこなければ少なくともこんな事態にはならなかったのに。
お前が、計画を頓挫させたと苦々しく思いながら睨みつけると、白馬の表情に満足したのか満面の笑みを返された。

「やられたら、やり返す性分でね」
「は?」
「あっちの二人と似た様な理由だよ」

綺羅が見た方向に視線を向けると、尻餅をついた白椿の背後に立った王李が手にしていた巨大な大鎌の刃を首元に向けている所だった。

「目的があるんだ。君にもあるでしょう?」

金色の瞳が此方の思惑を全て見透かしてくるみたいで、白馬は目を逸らした。
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