蒼の箱庭

葎月壱人

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第三章

始まりの合図

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スタッフに連れて来られた扉の前で待機を命じらている最中、時折聞こえる歓声やら怒号に真白の興味が惹かれ出した時、絶妙なタイミングで背後から綺羅の冷静な声が耳に届いた。

「真白、勇敢と無謀について一度話し合った方がいいと思うんだけど、どうかな?」
「あ、ぅ。で、でも好奇心と探究心は紙一重だと思うのよ」
「ふーん?」
「ちょっと見るだけだから!ちょーっとだけ、ね!?」
「……はっきり言うとね?俺は、動かない方がいいと思うんだけど」

部屋を出る前の、あの弱々しい真白は何処に行ってしまったんだろう?
元気があるに越した事は無いのだが、我慢できず遂に扉を開けて頭だけをスッポリ中へ入れてしまった体勢のまま動かなくなった真白には、嫌な予感しか感じていない。

「……綺羅。先に謝ってもいい?」
「謝罪を受けるかどうかは顔を見せて貰ってから決めようかな」

真白は、悪戯がバレた時の照れ隠しに似た顔で背後にいる綺羅を振り返った。

「ごめんなさい」
「……ったく、仕方ないな」

結局、許してしまう自分の甘さを自覚しながら、綺羅は思い切って扉を開いた。
此方の出方を待ち構えていた熱を感じるスポットライトで一瞬、目が眩んだが後ろ手に真白を庇いながら中へ入ると拍手喝采で出迎えられた。

「ようこそ!ようこそ!はぁぁぁい!!こっち、こっちまで上がっておーいでっ!!」

白椿の呼ぶ声のテンションの高さにドン引きしながら真白を連れて進む途中、此方を見ている視線の中に、見知った人物が立っている事に気づいた綺羅は更に肝が冷えた。
多少傷だらけではあるものの出会った当初の姿で立っている姫椿が綺羅を見つめたまま微笑むのを見て、顔が引き攣る。

あ、なんか企んでる?
呼応する様に身体を縛る赤い鎖が反応している。

「……姫椿なの?」
「真白!?」

綺羅の後ろから顔を覗かせた真白に気づいた姫椿は、一目散に駆け寄ると綺羅を押し退けて思いっきり真白を抱きしめた。

「そうだよ。真白!無事で良かった」

ぎゅうぎゅう抱きしめてくる女性は確かに真白の知っている姫椿だ。
トレードマークの三つ編みも消え、桃色のショートヘアになってたり身長差も様変わりしている姿に動揺はするものの、真白は自分の無事を伝える為にそっと背中に手を回す。
姫椿には至る所に切り傷があって、抱きしめられた時も生々しい血の香りが鼻を掠めた。
一体、ここであったんだろう。
これから自分も死んじゃうかもしれないと、急に怖くなる。

「真白。大丈夫だからね」

頼もしい声に顔を上げると、姫椿が血塗れの顔に真白が怯えているのを承知で、いつも通りに微笑んでみせた。

「私が守るから」

熱いものが込み上げてきて、胸に詰まる。
何か声を掛けようとした時に再び白椿が会場全体に向けて話出した。

「……皆様。まだ全員揃っていないのですが先に零落の魔女・姫椿の即売会を始めまーす!落札額が高い人勝ちでーす。じゃんじゃん金額を叫んじゃって下さいね!それまでは、殺し合いをご覧にいれまーす」

「後輩」

姫椿の鋭い声に、渋々ながら上着を脱いで準備していた綺羅が頷く。
その身体に赤い鎖が煌々と光り出現しているのを見せつける様にシャツのボタンを数個外していると、綺羅と向かい合う様に王李が立ちはだかる。

「……あの、俺、死にたくないんですけど。これ大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」

信憑性のまるでない投げやりな姫椿の声に、綺羅は内心で嘘だろと毒づく。
此方を睨む王李こと綾瀬の表情はどこまでも冷たく、無表情だった。
カシャン、と音を立てて肩に担いだ大鎌の大きく湾曲した刃先をちらつかせる王李に対して綺羅は丸腰だった。
動いても動かなくても死が近い状況に、追い詰められた鼠もこんな気持ちなのかもしれないと思う。
ふいに王李の手にしている大鎌の色が、錆色から深紅色へと変色していった。
王李の力を最大限に集約した武器は、深紅色になった時に真の効力を発揮する。
死神がよく持っているものと同等で相手を斬りつけても身体に傷はつかないが、命そのものを刈り取る事ができると“天狼”に身を寄せている時に聞いた事があった。
武器の所持を許されているのは組織の中でも上位の者達だけなので、新参者の綺羅には付け焼き刃に近い魔法しか対抗手段がなかった。
しかも、隠密系なので戦闘向きではない。
圧倒的に不利な状況に、及び腰になっても“使役”されている身体は綺羅の意志を悉く無視した。

「綺羅……!」

不安そうな真白の声に反応する余裕はない。
大鎌を持つ王李の動作がスローモーションに見えて反射的に目を閉じた綺羅の身体は、突然、強い力に背後へ引っ張られた後、それまで自分が居た場所に銀の筋が風を切る音と共に半月を描いた。

「おやぁぁ?」

わっと一時的に湧き上がる歓声の中に、すぐに決着がつくと思っていた白椿の嘆く声がする。
訳もわからず姫椿を振り返ると、周囲にバレない様に口を動かして何かを伝えようとしているのが見えたが、ちゃんと確認する間もなく再び王李が大鎌を振り上げた。

「っ、は、マジか」

思わず素で毒づく綺羅を他所に、またしても身体が強引に後ろへ引かれるが、足がついていけず、もつれて尻餅をついた。
ヤバいと思った綺羅の脇に、不自然に軌道が逸れた大鎌の刃が深々と床に刺さる。
ゆっくりと大鎌の柄を取りに近づいてきた王李が、周囲にバレない様に呆けている綺羅に耳打ちした。

「……時間稼ぎ」
「え?」
「時間稼ぎ、だ」

王李は、綺羅を見ていなかった。
何処を見ているのかと視線の先を追って、納得する。

「……えぐい」

不服そうな綺羅の呟きに、王李は口角を少しだけ上げた。

「ついて来いよ、後輩?」

大鎌の色を変えて武器の効果を上げ、身体を掠めたとしても傷がつかない様に配慮し、ギリギリの所で“使役”が発動して綺羅の身体を動かすという作戦なのだろうが……この茶番に付き合える体力が自分にあるのかだけ未知数だ。
綺羅は頬を伝う汗を拭うと、命を削られたくなければ全力を出せと暗に示してくる凶悪な先輩に悪態つきながら立ち上がる。

「この、凶悪コンビ!!」

綺羅の素肌に発現している見慣れた赤い鎖。
姫椿が“時間を稼げ”と言っているなら、大立ち回りくらいしてみせる。
勝手に盛り上がる会場のステージの隅で真白と話し込んでいる姫椿を一瞥してから決意を新たに、王李は大鎌を持ち上げた。





王李が大鎌を振って風を切る音と、軽快な足取りで刃を避けている綺羅の姿は曲芸を目の前にしているかの様で現実味がなかった。
ステージ脇に置かれた巨大な電光掲示板には、姫椿の名前が表示されており名前の下では猛スピードで数字カウンターが回転し続けている。

「何、これ……何なの?なん、で?」

真白の中には疑問しかない。
勝手に盛り上がっている会場の熱気も、司会者さながらに実況中継している白椿も楽しそうなのが理解できない。
だって、今、私の友達が……闘ってて死ぬかもしれないのに。
やめてほしいのに、二人を止めたいけど足がすくんで動けなかった。

「大丈夫。二人とも死なないよ」
「そんなの分からないじゃない!」

真白は、苛々した気持ちを姫椿にぶつけた事を後悔した。
こんなの、ただの八つ当たりだ。
恥ずかしくて俯く真白を見ながら、姫椿は小さく呟いた。

「うん。でも、信じて欲しい」

姫椿は、唇をきつく噛み締め黙り込んでしまった真白の肩を抱いてステージの隅へ移動した。
ものすごい勢いで回転する数字カウンターの音を聞きながら王李と綺羅が稼いでくれた時間で真白には伝えないといけない事が沢山ある。
朱の大会について……自分が知り得る事を今から話さなきゃいけない。

「真白、聞いて欲しい事があるの。林檎の国についてと、これから始まる朱の大会について。内容的に聞くに耐えない話だと思う。けどアイツらから聞かされるより、今、私から聞いて欲しい」

姫椿の瞳は真剣だった。
切迫詰まった話し方が少し気になるけど、ちゃんと返事を待ってくれている姿勢に真白も覚悟を決めた。

「……わかった」
「ありがとう」

ふぅ、と一息ついてから、まるで暗記した物語を朗読する様に姫椿は話し始めた。

「林檎の国は、他所から子飼の国とも呼ばれているの。様々な理由で親元を離れた子達が流れ着く国。皆、ある程度の教養を受け学園を卒業すると同時に世界各地に買われていく。買い手の理由も様々ある中で、昔からそうやって成り立っているのが私達が今居る林檎の国なの」

顔が蒼白になってる真白に、姫椿は続けた。

「“朱の大会”は、割と最近始まった大会で実際に出場者を見ながら値段を決める参加型の競売会の事よ。毎年、巨額の富が動いている筈なのに林檎の国が裕福になるでもなく何も変化がないのよ。おかしいと思わない?そこで今回、私と王李で実態調査の為に林檎の国へ潜入しに来たの。“朱の大会”で動いた金は何処に行ってるのか?って部分を探る為にね」
「姫椿と王李が……?」
「うん。見ての通り、実は真白より年上だし王李の本当の名前は綾瀬っていうの。あの学園長は私の双子の片割れで……因縁めいた物があって素性を隠してた」

そこまで言って姫椿は突然、口を閉ざした。
黙ったまま王李と綺羅の様子を見つめている姫椿の横顔を、何とも言えない感情で見ていた真白もまた掛ける言葉が見当たらずにいる。

「そっか。騙してたくせに信じて欲しいって言うのは無理があったね、ごめん」

突然謝られてしまい、これには真白の方が焦った。

「そ、そんな。もう、いいから」
「真白とね、喧嘩したい訳じゃないの。いい加減に言ってるでもないし……つ、伝わってそう?」
「う、うん!伝わってるよ!!」

よかったと小さく笑う姫椿の口の端から、ふいに赤い血が滴り落ちた。

「っ!!ひ、姫っっ!?」

すぐに袖口で鮮血を拭うと、何事も無かった様に笑う。
私の心配はいいから、と言われ真白は何も言えなくなった。
誰にも見つからない様に小さく咳き込む姫椿は、どんどん具合が悪そうに見える。
それでも懸命に話を続けようとしてくれる姫椿に、真白は正面から向き直ると頭を下げた。

「姫椿、私に……知ってる事を全部、教えてほしい」
「うん!そのつもりだよ。大丈夫、まだ、大丈夫だから」

カラカラ回り続ける数字カウンターの音を聞きながら、姫椿は一番大事な部分の話題をついに切り出した。

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